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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第一章{現在}
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ユグドラシルでの会談

 会談の場所に選ばれたのは、体育館ほどの広さのドームだった。


 1気圧の空気が満たされ、人工重力もきちんと1Gに調整されている。


 地上側の代表者たちは、用意された円形のテーブルに当たり前のように座っている。

 だがいちど宇宙樹(ユグドラシル)を訪れたジークにはわかっていた。


 これだけの環境を維持するのは、ここでは大変なことなのだ。

 人が生きてゆくだけなら、重力はかならずしも必要ではない。

 空気だって2分の1気圧もあれば充分だ。すくなくともアニーたちの〝家〟(ホーム)ではそうなっていた。


「遅いですなぁ……」


 官僚のひとりが、そうぼやいた。落ちつかなげに周囲を見回している。


 代表団の中央に座ったジークは、腕組みしてじっと待っていた。

 頭数を揃えるために、ジークの他に政府側の官僚が8名ほどついてきている。

 宇宙樹(ユグドラシル)の側も、ひとりの代表と8人の補佐役がくるはずだ。

 この自治区の実権を握る老人は、かなりの高齢者だと聞いている。


 軽いエア音とともに、ドアが開いた。


「たいへんお待たせしました――」


 そう言いながら入ってきた人物に、ジークは目を見開いた。

 髪を手堅くまとめ、濃紺のスーツに身を包んではいるものの、それはまぎれもなくアニーだったのだ。


「ドン・バルバスの健康状態が思わしくないため、この件に関しての全権を委任されました、アニー・カーマインと申します」


 テーブルを回って席に向かいながら、彼女はそう言った。

 その説明を聞いて、顔を見合わせていた官僚たちは納得のいったようにうなずいた。


「どうぞ――お座りになってください」


 そう言われて初めて、ジークは自分が立ち上がっていることに気がついた。

 なにか言おうとして口を開けたものの、ぱくぱくと金魚のように開け閉めされるばかりで、何も言葉がでてこない。


 彼女は腰を下ろした。

 補佐役としてついてきた8人の屈強な男たちは、壁に背中を預けて立ったままだった。こちら側に座っている肉の弛んだ官僚たちとは、えらい違いだった。マフィアの側近というような趣がある。


 ジークは個人的な会話をあきらめた。

 椅子にどさりと体を落としこむ。となりにいた官僚が、気を利かせたのかジークに耳打ちしてきた。


(ドンは心臓をわずらっていると聞きましたからな――それが悪化でもしたのでしょう)


 ジークと彼女アニーとの関係を、官僚たちは知る由もない。


 ジークの見せた驚きを誤解してしまったのも無理はなかった。


「それでは――さっそく本題に入りましょう。おたがいに時間もないことですし」


 硬い雰囲気と硬い口調を崩さないまま、彼女は告げた。

 そうしていると、十は歳上に見える。官僚たちの誰ひとりとして、相手が15の小娘だとは思っていないようだった。


「こちらが条約文です」


 法務局の若手局長が、用意してきた条約文を彼女の前に持ってゆく。


 もっとも――その行為は形式的なものだった。

 こちらが地上を出発する何時間も前に、おなじ内容のテキスト・ファイルが送信されている。

 精読して検討する時間は充分にあったはずだ。


 綴じられた条約文の表紙も開こうともせず、彼女は言った。


「第1条から第5条までは、内容の修正なしで同意します。宇宙樹(ユグドラシル)自治区は、今回の計画に全面的に協力することを約束します」

「あのぅ、条約は全部で6条あったはずですが……最後の第6条に関しましては、どうでしょうか?」


 官僚のひとりが、おずおずと訊ねた。

 彼女は眉も動かさずに答えた。


宇宙樹(ユグドラシル)の全員にネクサス国籍を与えるという第6条ですが――お受けできかねます。わたしたちは生きのびるために貴方がたと手は組みますが、仲間になるつもりはございませんので」

「いや、しかしそれは――」


 彼はねばった。

 すべての条項について承認を取り付けるのが、彼の仕事なのだった。


 別のひとりが、横合いから口をはさむ。


「しかしそれでは、我がネクサスが一方的に借りを作るというのは……。この第6条は我々の好意の証として、ですな――」


 その言葉が終わらないうち、彼女の顔はみるみる怒りに染まっていった。


「待ちなよ――あんたらいったい、何様のつもりだい?」


 息を呑む官僚たちの目の前で、彼女はゆっくりと、慎み深い代表者としての仮面を脱ぎ去っていった。

 椅子から立ち上がり――スカートのスリットに手をかけて、びっと破いて広げる。


「この期に及んで、借りだの貸しだの、どうでもいいことをうだうだ言ってんじゃないッ!」


 だん――と、テーブルの上に足が載る。


「いま大事なのは、生きのびることだろ! 生きるか死ぬかの瀬戸際に、体裁なんか気にしてんじゃないよッ! いいかい!? この宇宙樹(ユグドラシル)の人間はね! いつだって覚悟は決まってんだ!生きるためなら、なんだってやってやるのさ! あんたらみたいな胸糞の悪くなるような連中とだって、手を組んでやるとも!」


 憤然と言い放つ。小娘の発する気迫に、皆、呑まれていた。


「どう! わかった!? わかったなら――」


 ガーター吊りの下着を見せつけ、アニーは叫ぶ。


「あんたたちも、覚悟を決めな」


 どすの聞いた声でそう言われ、官僚たちは、ちぎれんばかりに首を振りたくった。


「ふんっ……」


 テーブルから足を下ろしたアニーは、条約文を引っつかむと、殴りつけるようにサインした。

 ぶ厚く綴じられた紙の束を、ジークにつきつける。


「ほらッ! これを持って、帰りなさいよ! あの女のところに!」


 ジークはただ、黙って受け取ることしかできなかった。


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