未帰還の船
数日が過ぎた。
例のクルーザーを筆頭にして5隻の船が、予定した星系を素通りして、他の場所に向かっていることが判明していた。
40光年も先の星系の入港記録に船の名前が見つかったのだ。
K級の貨物船もぼちぼち到着している頃だったが、やはり欠けている便がある。
壁際に立ったホワイトボードには、「○」「×」「△」といったマークで状況が表されているが、到着をしめす「○」のマークは、9割程度というところだ。
「貴様のとこの部下は、いったい何をやってる!」
「黙れ! だから儂は、もっと増員を要求しただろうが!」
罵る声に、捜査局の長官が怒鳴り返す。
それぞれの船には、監視のために捜査局の局員が乗りこむことになっていた。
だが人手不足のために、充分な人数が乗っていたとは言いがたい。
騒然としている室内に、ジークは声をあげた。
「とにかく、いまは言いあっていても仕方がない」
「そうね。キャプテンの言う通りね。みんな席についてちょうだい。対策を考えましょう」
クレア大統領に言われ、閣僚たちはしぶしぶと席についた。
「5時の便が来たゾ!」
勢いよくドアを開けて、カンナは部屋に入ってきた。
ペンの蓋を親指ではじき、ホワイトボードに「×」マークをいくつか加えていった。
ざわざわと、室内に声があがる。
「見ての通り、分岐点突破だワサ」
分岐点とは、ネクサスの全員を運びだせるかどうかの分かれ目だった。
「なんとかならないのか、カンナ?」
「ロクに人数の乗らないクルーザーはともかく、大型貨物船をいくつかなくしたのが痛いワサ。予備に取ってある《サラマンドラ》を駆り出しても、もう絶対に無理ッてことにナル」
「何パーセントなの?」
クレアの声があがる。閣僚たちがぎくりと顔を向けた。
「何パーセントの人を、ここから脱出させられるの? 現在のデータでいいわ――教えてちょうだい」
そう訊ねるクレアの声は、怖いほど落ちついていた。
「最大でも、98パーセント。こりャ推測だが、これからあと95パーセントまで落ちこむだろーナ」
「そう、わかったわ。その線で進めていきましょう。すべての責任は、わたしが取ります。もういちど抽選を行って、ここに残る5パーセントを決めましょう」
「だめだ!」
ジークは立ち上がって叫んでいた。
「だめだよ! そんなこと! だめに決まってるじゃないか!」
「でも……でも、他に手がないのよ?」
クレアは歪めた顔をジークに向けた。
「オレに考えがあるんだ。カンナ、ちょっと来てくれ――」
「ナンだい?」
この2、3日、考えていたことがあった。ジークは寄ってきたカンナに、耳打ちした。
「フム……なるほどナ。そりャ、いけるかもナ――オイ、宇宙局のオヤブン。ちょっと来イ」
ジークに呼ばれたカンナが、今度は宇宙局の局長を呼びつける。
その局長は、さらに内線を使って技術畑の部下を呼びだした。
数分もしないうちに会議室の一角に円陣ができあがり、そして15分後には計画の概要がまとまっていた。
「もうっ――なにがどうなってるの? いじわるしないで、話してちょうだい?」
ずっと待たされていたクレアが、しびれを切らして言ってきた。
「マァ待て……。オッと。こいつァ、もういいナ――」
踏み台にのぼったカンナは、到着状況の書かれたホワイト・ボードを消していった。
「概要はコウだ」
さらさらと図面とイラストを描きつけ、カンナは説明を開始した。
「ネクサスの軌道上に、昔の資材打ちあげロケットが、いっぱい捨てられている場所がある。そこから拾ってきたロケットを再整備して乗客用に改修する。なァに、椅子なんていらん。床でも柱でも、どこにでも縛りつけときゃいい」
言葉を区切って、カンナは一同を見回した。
「ンでもッて、その捨てられている場所というのは――ココだワサ」
イラストの一部に、大きく丸をつける。
「宇宙樹の構造材――茎になってる部分だナ。この部分は、ZOAK型のモジュール・ロケットを組み合わせて出来ている。だから25メートルずつ切り離せば立派なロケットに戻るワケだ。1基ずつの収容人数は少ないが、そこのトコは数で勝負ってコトになる」
そこまで説明を受けたとき、閣僚のひとりが口を開いた。
「しかし15年も昔の物を――」
「どうせ1回きりしか使わんし、使用回数の残ってる状態のいいやつを選んで使う。ちゃんと整備さえすれば問題ナイ。部品が足りなきゃ、貨物船をバラしてでも間に合わせる」
「だが燃料の調達は――」
「おマエさんの頭は飾りかい? いまとなりの星系に、貨物船が何隻行ってるんだ? 買い付けて帰ってくりゃいーダローが」
ちらほらとあがる反証の声を、カンナはひとつずつ潰していった。
誰も異論を唱えなくなった頃を見計らって、ジークはポケットから1枚の紙を取りだした。
一連の数列が記されたその紙を、テーブルの上に広げる。
「このネクサスに何が起きるのかはわからないが、消滅範囲の正確なデータはここにある。このエリアから1センチでも抜けだせばそれでいい」
そのデータは、今朝方――ジークのメールボックスに届いていたものだ。
文字どおり1センチ単位で指定されている対象範囲は、宇宙樹の軌道の約3倍となっていた。
そのデータがどこから送られてきたものかはわからなかったが、差出人の名前には、〝J〟と――ただ1文字だけが記されていた。
「この計画のもっとも大きなメリットは――」
全員を見回してから、ジークは言った。
「宇宙樹の人たちも助けられるというところにある」
その言葉に、閣僚たちは気まずそうに顔を見合わせた。
「しかし、どう説明すれば……あそこの連中に」
閣僚たちのとまどいもわかる。
一度は見捨てるつもりだった相手に協力を要請しなければならないのだ。どの顔で言うのだ?
クレアが言った。
「それは私の仕事ね……」
「いや、ぼくの仕事です。ぼくが――ぼくが、行ってきます」
ジークはきっぱりと言い切った。