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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第二章 放浪惑星へ
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《サラマンドラ》の食堂

「おーい、メシができたぞー! 取りにこーい!」


 ジークはフライパンを鳴らしながら、ラウンジに入っていった。《サラマンドラ》のほぼ中央に位置するこのラウンジ・ルームは、食堂兼リビングルームになっている。


 30名ほどの収容人数を持つこの部屋は、いまは片隅しか使われていない。埃をかぶったスツールの列。その奥に、埃をかぶっていない椅子が5つほど並んでいる。


 その一角には、誰の姿も見あたらなかった。


「ちぇっ」

 ジークは舌打ちして、エプロンを外した。社長が食事当番では体裁が悪いという意見を却下され、それならばと腕によりをかけた結果がこれだった。誰も時間に顔を見せようとしない。


 惑星アーリアを出発して、すでに3日が経過していた。ラセリアの訪問を受けたあの日から数えると4日目になる。


 彼女の持ってきた十数枚のカードは、300年前に漂着した祖先のものということだ。博物館に展示してあったものを王女権限で持ちだしてきたらしい。経年変化で読み取り不能になっていたものが数枚。銀行そのものがなくなってしまっていたのが数枚。あとの数枚の全額を引き出して、違反金をなんとか支払える額の現金が用意できた。


 海賊を退治するという契約は、まだ行っていない。カンナやアニーはすっかり海賊退治をするつもりでいるようだが、ジークのサインした契約書の内容は旅客1名の運送ということになっている。あくまで、ラセリアを故郷に送り届けるという名目だ。


 惑星アーリアをあとにして、ジャンプ航法を行うこと数回。地球を中心とした既知宇宙(ノウン・スペース)などとっくに飛び出し、名もない開拓惑星ばかりがつづく辺境星域に差しかかっていた。このあたりになってくると、完全な星図など作られていない。人類文明に忘れ去られたロストコロニーが存在していても、おかしくはないだろう。


「まったく、飯の時間くらい守れよなぁ……」


 ぼやきながら、ジークは壁際の艦内モニターを操作した。慣れた手つきで各人の居場所を呼び出してゆく。《サラマンドラ》の船体を示すワイヤーフレームが空間に飛び出し、ゆっくりと回転する。船体の各部に、各人の識別マークが点滅していた。


 船体の中ほどにある一室で、葉巻をくわえた黒ウサギが椅子にふんぞり返っている。


「カンナは研究室【研究室:ラボ】か……」


 船体中央の小部屋では、機関銃トンプソンを背負った軍曹さんが、黙々とベンチプレスを行っていた。その後方――船体後部の大部屋では、空色のエプロンドレスを着た『不思議の国のアリス』が、手にしたじょうろでハーブに水をやっている。


「ジルはトレーニングルーム。エレナさんは菜園ガーデンか……」


 もうひとつ。ジークのいるラウンジに向かって、てくてくと歩いてくるアイコンがあった。


「あー、いいお風呂だったぁ!」


 ドアのあたりから聞こえた声に、ジークは思わず振りかえった。


 開け放たれたドアのところ。ほとんど裸同然の格好でアニーが立っていた。上気して、ほんのりと桜色に染まった肌が大胆に露出している。胸の膨らみはかろうじてタオルによって隠されているものの、いまにも見えてしまいそうで危なっかしい。


 下のほうも、ショーツ一枚だけときている。ジークには刺激的すぎる格好をしたアニーは、ミルクのプラパックを手にしていた。腰に片手をあて、一気に飲み干す。


「ぷは~っ。やっぱ風呂あがりはこれに限るわね」

「お、おまえな……そんな格好で恥ずかしくないのかよ!」


 手で目を覆いながら、ジークは叫んだ。


 アニーは自分の体を上から下まで眺めてから、面白くなさそうに言った。


「べつに。あんたが恥ずかしがるのは勝手だけどさ、それをあたしにまで押しつけるのはやめてよね」


「お、女の子っていうのはだな、もっと慎み深くて……」

「それが押しつけだっていうの! それともなに? あんたはあたしのパパか何かなわけ?」


 そこまで言われては、ぐうの音も出ない。ジークは何も言えずにうつむいた。


「だいたいさ――」

 ショート・カットの髪に指を差し入れ、アニーは蔑むような視線をジークに投げかけた。


「見たいなら、見たいって言えばいいじゃん。目隠しした振りで隙間から覗いてるより、堂々と見るほうがどれだけ男らしいか……」


 アニーはジークの脇を通りすぎて、テーブルに向かった。スツールを引きだして、小振りなヒップをその上に乗せる。


「なによ、見たいの……?」


 アニーはスツールの上で膝を抱えた。ショーツに覆われた股間が丸見えになる。ショーツは青と白のストライプだった。


「いいかげんにしろよな!」

 ジークは部屋を飛び出した。追い討ちをかけるようにして、甲高い笑い声が聞こえる。不快な気分はますます強まって、ジークは逃げだすように駆けだしていた。


 《サラマンドラ》船内の長い主通路を、ジークはブリッジに向かって歩いていた。


 エレナたち3人は、もう捕まえてある。あとはブリッジで星を見ているお姫様だけだった。夢中になっているのか、何度コールしても応じようとしない。


 通路に干された洗濯物をよけながら、ジークは歩きつづけた。


 この《サラマンドラ》も、ずいぶんと女臭くなったものだ。わずか半年前まで、《サラマンドラ》は男の中の男たちが乗る船だった。深宇宙探査船として、年間のほとんどを銀河中心核で過ごした。1年以上も人類の文明圏を離れていたこともある。


 太古の超文明が残した遺産。学術的に貴重な遺失物アーティファクトを発掘し、持ち帰ることが《ファミリー》の仕事だった。


 半年前、ジークたちの《ファミリー》は大きなヤマをあてた。


 大金が転がりこんできた。星がひとつ、丸ごと買えてしまうほどの額だ。家族だと思っていた男たちは、分配された金を手にして何処ともなく消えさっていった。ひとり残った父親は、息子であるジークにこう言った。「船はやる。あとは好きにしろ」と。


 ひとりきりになったジークは、『SSS』という名の会社を設立した。

 その時に雇ったメンバーが、アニーたち4人の女社員だ。できるなら男の乗組員が欲しいところだったが、業績が白紙の会社に贅沢の言えるはずもない。


 女たちとの共同生活は、ジークにとってカルチャー・ショックの連続だった。特にアニーだ。先程のように下着姿でうろつき回るのは日常茶飯事。人前で屁をこくわ、汚れた下着を平気で人に洗わせるわと、とんでもないことばかり平然としてくれる。


 男ばかりの船で過ごした16年間。ジークは女の子というものについて色々と想像をめぐらせていたものだ。それが幻想だということは、この半年のあいだに嫌というほど思い知らされていた。


 それでも――夢を見るぐらいはいいと思う。


 長い廊下も、ようやく終わりを告げる。ジークは三重になった気密扉を開けて、ブリッジに足を踏み入れていった。


 室内の照明は落とされていた。背後でドアが閉まると、完全な暗闇がそこに現れる。コンソールのインジケータ表示までもが消灯しているところをみると、ラセリアはブリッジを全展望モードにしているらしい。


 いつ操作を覚えたのだろうと思いながら、ジークは壁があるはずの方向に目を向けた。1秒ほどそのままでいると、ピッと小さな電子音が響く。壁に埋めこまれた光学投射機が、ジークの網膜に焦点を合わせた合図だった。


 周囲の光景に変化が現れた。暗闇を追いやるようにして、色とりどりの光点が空間を満たしてゆく。


 ジークは歩きはじめた。

 勝手知ったるブリッジだ。どこに何があるか、目をつぶっていてもわかる。見えないシートやコンソールをよけながら、ジークは星々の間を歩いていった。


 ラセリアの姿は、ブリッジのいちばん奥まったところにあった。


 G型の黄色い恒星と、A型の明るく輝く青白い恒星。少女の体は、その合間にすっぽりとはまり込んでいる。少女のまわりだけがぼんやりと不思議な光をはなっている。まるで白い繭に包まれているようだ。


 宇宙の光景と重なるようにして、コンソールの計器板が透けて見える。コンソールのスモール・ライトに照らしだされているのだ。


 ラセリアは背筋を伸ばして椅子に腰掛けていた。星々の声に聞き入りでもするかのように、じっと目を閉じている。


 声をかけるべきか迷って、ジークは隣のシートに腰を下ろした。ラセリアは身動きひとつしない。ブラウスの胸元だけが静かに上下して、深くゆるやかな呼吸のリズムを刻んでいる。


「そう。そのまま、こっちへ――」


 小さなつぶやきが、ラセリアの唇からもれた。

 ジークはどきっとして、ラセリアの顔を見た。桜色の唇から、ふたたび声がもれる。


「ちがうの……そう、そっちのほう。もうすぐ出口だから頑張って」

 親しい友達をはげましてでもいるような、優しげな口調だった。ジークは思わず、ラセリアの話し掛けている相手を探して周囲を見回した。その目が、空間の一点で停止する。


 赤いワーニング・マークが、宇宙の一角で明滅していた。


「音声モードON。対象物の詳細を報告せよ」

『方位32-07、距離2万に重力源。ジャンプ・アウトの可能性あり』

 ジークが許可を与えると、船のAIが待ちかねたように報告を返す。


「推定サイズは?」

『データ・ベースに重力波の類型パターンなし。解答不能』

「推論せよ」

『惑星規模と推定』


 乾いた声が、そう告げた。

 ジークがその言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。


「惑星サイズだって――!?」


 矢印で導かれた計測数値が、ワーニング・マークの周囲にいくつも並んでゆく。信じられない数値がいくつも並ぶさまを見ながら、ジークはAIへの指示を口にした。


「全システムの自己チェックを実行」

『確認――30秒のシステムダウン』

「命令取り消し。現状維持」


 ジークは舌打ちした。あとでセンサー系統の総点検をしようと心に決める。

 重力波強度。空間歪曲率。放射電磁波強度。表示されるすべてのデータが、恐ろしい勢いで跳ねあがってゆく。


「マジかよ……」


 ジークはもう疑っていなかった。関連するすべてのデータと、何よりジークの勘がそうだと告げている。何かが出現しようとしているのだ。


 それも、惑星サイズの“何か”――だ。


 ワーニング・マークの周囲で、星の配置に歪みが生じていた。星々の光が一ヶ所に集まろうとするように引き寄せられてゆく。ジャンプ・アウトの際に生じる重力の(ゲート)だった。だが肉眼で確認できる(ゲート)など聞いたこともない。


 星はつぎつぎと引き寄せられていった。天の川を流れる星々のうち、かなりの量が見えざる(ゲート)に食われてゆく。

 甲高い音が響いた。データ表示のひとつが点滅を始め、やがて消失する。


『重力波センサー、保護のためシャット・ダウン』


 加速度的に勢いを増すデータ表示は、いくつかの9を並べたところで次々とカウンターストップしていった。


 (ゲート)に引き寄せられていた星々の光は、ある時を境にして逆転をはじめた。集まってきたときに数倍する勢いで、外へ向けて広がりはじめる。それはまるで、(ゲート)の向こうからやってくる何物かに押し出されるような動きだった。


 七色の光を周囲に放射して、(ゲート)が発光を始めた。

 小さな点だったものが、ぐっと広がって円盤になる。さらに拡大をつづけるうち、円盤の中央が失われて光のリングへと変化してゆく。


 リング状の(ゲート)を通りぬけて、“それ”は出現した。


 星々の光を押しのけて先端が生まれる。周囲に光源のない宇宙空間の真っ直中だ。目で見えるわけではない。背景の星々が切り取られたように消失してゆくことで、それとわかる。


「球体? いや……円柱か?」


 物体はじりじりと(ゲート)から伸びだしていた。すでに見えている部分から、全体が円柱の形を取っていることが予想できる。


 だがなんという大きさか! センサーが落ちる前に入った報告が信頼できるなら、相対距離は2万キロはあるはずだ。それだけの距離を隔ててこの大きさで見えるとなると――。


「直径1万キロ以上? 惑星の直径と同じじゃないか!?」


 ジークは驚愕の面持ちで、ゆっくりと伸びだしてくる巨大な円柱を見つめた。それはもはや円筒ではなく、異形の惑星としてジークの目に映っていた。


 3分ほどかかって、円筒状の“惑星”は光の(ゲート)を完全に抜けきった。惑星が抜け落ちると同時に、ゲートはしぼむようにして消えさってゆく。


 空間の異常がゆっくりと回復してゆくにつれ、シャットダウンしていた《サラマンドラ》のセンサーもつぎつぎと息を吹き返してゆく。


 全長6万キロ。直径15000キロ。形状は縦横比4対1の円柱。表面重力は約1G。――それが測量されたデータだった。空気も水も存在し、表面には生活反応を示すエネルギー分布を持っている。宇宙を自力で航行してのけるこの惑星には、人が住んでいるのだ。


「勇者さま、ここがわたくしの故郷ですわ」

 いつのまにか目を開いていたラセリアが、ジークに向かって微笑んでいた。


「惑星マツシバに、ようこそ――」


 ラセリアの言葉に合わせるように、惑星の表面に小さな光点が生まれた。それはみるみるうちに上昇してゆき、軌道へと駆け昇った。


 ぱあっと、光があふれる。


 ジークはまぶしさに目を閉じた。ふたたび目を開いたとき、小さな太陽が水と緑に満ちあふれた惑星を照らしだしていた。人の手によるミニチュアの太陽――人工太陽だ。


「勇者さま。ほら、あそこ……」


 ラセリアの指が、マツシバの夜の側を指ししめした。ぽつぽつと生まれてくる街の光が、きらめきながら何かの文字を形作ろうとしている。

 その文字は、ジークにはこう読めた。


 ――WELCOME TO MATUSHIBA

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