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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第一章{現在}
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宇宙港

 管制塔の一角に立ったまま、ジークはぼんやりと空を眺めていた。


 この1週間、いろいろなことがあった。

 大統領に引き回され、いちいち覚えていられないようなハード・スケジュールに付きあわされて、エクソダス計画の最初の山場である第1次船団の出発にようやくこぎつけたのだった。


「ねーねー、ジーク。あれ見てみてみてぇ。くもがヘンなかたちぃ」


 ジークのとなりで、リムルが奇声を張りあげる。

 ひさしぶりに顔を合わせたカンナやエレナたちは、あいかわらずのリムルに、やれやれとばかり肩をすくめた。

 悲壮な心境で見送られるはずの脱出船団も、リムルにとっては大きなお祭になってしまうらしい。


 リムルの指差した東の空には、穴だらけになった入道雲が浮かんでいた。


 重力機関によって滑るように離陸していった宇宙船が、核融合ロケット・エンジンを全開にして本加速に入るのがちょうどあのあたりだ。

 高温高速のプラズマ流が、雲を吹きとばしてしまうのだ。


「はぁーい、アンジェでぇ~す♥」


 すぐとなりで黄色い声があがり、ジークは思わず、脇に飛びのいてしまった。


 もうひとり、緊張感のない人物が管制塔にのぼってくる。

 窓のひとつに取りつくなり、リポーターの彼女は元気に後ろを振り返った。パステル・カラーのミニスカートが、くるりとひらめく。


 カメラマンの男は肩にホロカメラを構えたまま、アングルを探してコントロール・センターの中を動き回った。


 政府筋の人間が何人か、居場所を失ってフロアの隅へと追いやられてゆく。

 誰もが迷惑顔だった。


「ななな、なんとっ! わたしはいま、なんとエクソダス計画の現場にきていますっ。と~ってもおおきな宇宙船が、つぎつぎと飛びたっていきますぅ。とにかくもうっ、すっごいんですもう! スタジオのマーリアさーん、見えてますかぁ?」


 にこやかに笑いながら、彼女はカメラに向けて手を振った。


 数時間後にとなりの星系で流されるはずの映像だ。

 夜のニュースにでも流されるのだろう。

 ひょっとすると特集番組でも組まれているかもしれない。となりの星系の人々にとっては、しょせんは他人事なのだ。


「宇宙港の外には、とーってもたくさんの人がつめかけていまっす! 映してますかぁー、カメラのお兄さん。はい、映ってますね」


 カメラはぐるりと回って、宇宙港の外側を映しだした。

 宇宙港のフェンスの外には大勢の人が詰めかけていた。満員御礼のスタジアムと見間違うような光景だ。


「きょうの第1便に乗れるのは、全人口のえーと……なんぱぁせんとでしたっけ、ADさん?」


 カメラの死角に控えていたADが、両手の指で数字を送る。


「あ、15パーセントですね……どもども。そうなんです! なぁんと! 全人口のたった15パーセントしか席がないのれす!」


 関係者一同が、思わず胃を押さえたくなるような言葉を平然と言い放つ。


「そんなわけで、国民番号のくじ引きに当たらなかったアンラッキーな人たちが、親や兄妹や友達や恋人や、おじいちゃんやおばあちゃんや孫なんかを見送りにきているわけです。いやあもう、たいへんな混雑です。いちおー、政府からは各家庭での別れなんかをすいしょーしてたりするようですけど、もお誰も、聞いちゃいませんって感じですねー」


 呆れて見ているジークたちの目の前で、彼女はクレアにマイクをつきつけた。


「だいとーりょー! わたしたちの目から見るとですねぇ、これでパニックが起きていないというのが、もお不思議でフシギでたまらないんですけど、そのへんをひとつおねがいしまっす!」

「ええ、まあ――」


 のんびりしているように思えても、さすがは一国を治める大統領だ。

 ぶしつけな質問にも顔色ひとつ変えずにとりあってみせる。


「――それはもちろん、ここにいるキャプテン・ジークのおかげですわね」

「えっ?」


 いきなり話を振られて、ジークはうろたえた。


「はい、キャプテン! ディスプレイの向こうの食卓の皆さんに、なにかコメントをどーぞ!」

「いや、その……。ぼくは……」


 困るのだ。台本もなしに、いきなりマイクを向けられても。


「はいっ、キャプテン! いままでどんな事件にかかわってこられたのでしょーか? そこのところを、ぜひひとつ!」

「いやあの。たいしたことは、ないんですが……。マツシバの事件とか、パンドラの事件とか……。あとは宇宙船の救難活動とか……、まあいろいろと」

「あのねあのね。ジークがね、ぼくのこと助けてくれたんだよ」


 リムルがカメラの前にしゃしゃり出てくる。


「はいっ! ありがとーございましたっ!」


 ずいぶん一方的に話を打ち切ると思ったら、ADの合図が入っていたらしい。

 滑走路に向けられたカメラに合わせるように、彼女はマイクに向かって声を張りあげた。


「いままさにっ! 最後の1隻が飛びたとうとしていますっ! フェンスのむこうがわで、見送りのひとたちが手を振っています。まるで波打つ海原のよーに、おーなみこなみ、どんぶらこっこ、ほいこっこです」

「あははー! ほいこっこだって」


 リムルがはしゃぐ。ついにエレナの手が伸びた。


「もうっ、すこし静かにしてなさい」

「いひゃひ! いひゃいほー、へへはー!」


 くちびるを引き伸ばされて、リムルはようやく静かになった。


 見送りの人々の熱気は、ここまで伝わってきそうだった。


 これが最後の船なのだ。

 ちょっとしたトラブルのおかげで、順番を最後に回していた貨物船が滑走路の端にタキシングしてくる。


 全長250メートル。貨物容量5000トンのペイロード・ベイを改装して、1万人が1週間生活できるだけの設備を備えつけてある。

 1立方メートルに大人を2名も押しこんでいるといえば、わかりやすいかもしれない。


 15パーセントという数値は、言い換えると――6人か7人にひとりということになる。

 ネクサスには大家族が多いというから、たぶんどの家庭でも、家族のひとりだけが先に避難することになる。


 残される人々が、どんな気持ちで第1便の船を見送るのか。


 わかる――と思うのは、傲慢だろう。

 この惑星ほしの人間ではないジークには、真に理解することなどできはしない。もっとも、理解したと思いこむのは容易なことだが――。


 最後の船は、滑走路のうえをゆっくりと加速していった。

 その機首がゆっくりと持ちあがる。その姿を目で追いかけながら、ジークはぼんやりと考え事をしていた。


 自分には、なにができるのだろうか。

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