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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第一章{現在}
72/333

黒服の男たちと交渉

 約束どおり、パイン・ジュースがテーブルに並ぶ。

 ひとつの果実をまるまる使い切り、皮を器に、中身はジュースに仕立てた豪華なものだ。


 きれいに爪を塗ったウエイトレスは、一礼すると、大きく開いた背中を見せて歩き去っていった。

 女性に限らず、ここでは誰も彼もが肌を大きく露出させていた。

 例外は目のまえにいる黒服連中だけだ。


 ジークはジャケットがわりにしている簡易宇宙服を脱いだ。

 ストローに口を付け、さっぱりとした甘さのパイン・ジュースを一気に吸いこむ。

 冷房の効いたパーラーで、こうしてジュースをすすっていると、まるで観光客にでもなった気分だ。


 観光客といえば、女たちの服装がまさにそんな感じだった。


 エレナは白地の清楚なワンピース。別荘地の令嬢といった趣だ。

 アニーは露出度に関するかぎり、現地の娘たちにも負けてはいない。

 ジリオラもめずらしくアーミー・ルックではなく、カット・ジーンズに逞しいヒップを包んでいる。


 誰か教えてくれればよかったのだ。

 40度の気温というのが、どんなものかということを――。そうすればジークだって、アロハにサンダル履きという格好を考えたに違いない。


 ひととおり喉が潤ったところで、ジークは話を切り出した。


「――それで? いったいどんな説明をしてくれるっていうんだ?」

「そうですね……。まずはこれを見ていただきましょうか」


 男はそう言うと、両脇に座る男たちに目で合図を出した。

 2個のスーツケースがテーブルの上に載せられ、同時に開かれる。


 紫のビロードで内張りされたスーツケースには、透明なレンズ状の物体が収められていた。

 大きさはちょうどコインほど。

 中央の厚くなった部分の内側に、空色のコアが見えている。


 銀河公用貨幣とされているクレジット・チップだった。

 コアの色が額面をあらわしている。ライト・ブルーのチップは、たったひとつで1万クレジットもの価値を持っている。


 安月給のサラリーマンが月に20クレジットの給料をもらうとして、1万クレジットといえば一生かかって稼ぎだす額に相当する。


 ひとつのケースに12個。それが2ケースあるから、しめて24万クレジットということになる。


 サラリーマン24人分の大金を前にして、ジークは言った。


「それで?」

「あなた方の宇宙船を、これで買い取らせていただきたいのです」


「なんでまた、うちの船を買い取ろうとするんだ? 政府の人間が?」

「残念ながら、それは申せません」


 一瞬、男の目が険しくなったことをジークは見逃さなかった。

 〝政府の人間〟というのは図星だったらしい。

 ジークは同じ長椅子に座っているエレナに、ちらりと目を向けた。

 こういった腹芸は、彼女がもっとも得意とするところなのだが――。


 パイン・ジュースにストローを立てたエレナは、リムルにねだられて、ピンク色のチェリーを取り出してあげようとしているところだった。


 やるだけやってみようと心に決めて、ジークは次なる言葉を探した。


「あー、だけど本気で買いとるつもりがあるのかい? いくらなんでも安すぎやしないか」

「失礼とは思いましたが、調べたうえで査定させていただきました。20万トン級で、150年落ちの船ですから――」


「ジャンク屋の買い取りかよ。冗談じゃない。トンいくらの屑鉄を目方売りしてんじゃないんだ。動く船だぜ? それに、あれでもいちおうM級のジャンプ・ドライブを積んでるんだ」


「おや、そうでしたか。どうやら調査不足だったようですね。それではのちほど、もう2ケースほど届けるとして――それで売っていただけますか?」


「いくら積まれようが、売る気はないね」

「残念ですね。ならこれは片付けるとしますか」


 スーツケースの蓋が閉じられ、男たちの足元に戻される。


「ずいぶんと、あきらめがいいじゃないか」

「ええまあ。すんなり売ってくださるとは、思っていませんでしたから」


 さらりと言ってのける男に、ジークは興味を駆られた。


「そういう場合は、どうするんだい?」

「そのような時は、これを見ていただくことにしています」


 男は自分のスーツケースを引き寄せると、膝の上で蓋を開いた。

 クリップで綴じられた書類を、一部だけ取りだす。


「なんだい?」


 手渡された書類を、ジークはぱらぱらとめくっていった。

 その手が、ぴたりと停止する。


「強制……接収命令だって?」


 それは国家の権限によって、船の権利を強制的に取りあげることを記した書類だった。

 書類の末尾には、このネクサスの大統領のサインが記してある。


「冗談じゃない!? こんなでたらめな話、聞いたことがないぞ!」

「ジークフリード・フォン・ブラウンさん……。私どもはいま、貴方の船をどうしても必要としているのですよ。売っていただけないのでしたら、こうして非紳士的な手段に訴えなくてはなりません」


 呆気に取られるジークを前に、男は淡々とつづけた。


「まださっきの商談は有効ですよ。48万で手を打っていただくか、強制接収命令を受けとられるか、どちらかお選びになってください。どちらでも、お好きなほうをね――」


 ジークはちらりとエレナを見た。

 そろそろ交代してほしいところなのだが、彼女は素知らぬ顔でパイン・ジュースをすすっている。


 ジークはため息をついた。

 もうすこし頑張らないといけないらしい。


「ひとつ聞かせてくれないか? 大統領は、いったいなにを企んでいるんだ?」

「さあ、なんのことでしょう?」


「とぼけるなよ。となりの星系で妙なニュースを聞いたぜ。マッド・サイエンティストに脅迫されてるんだってな? 急ぎすぎる依頼と、貨物船ばかりでずいぶんと混みあった航路。こうやって船を取りあげるのは、オレたちで何組目なんだい? 200万人を運び出すのは、そりゃあ大変なんだろうな」


「ですから、なんのことでしょうか?」


 男はハンカチで汗をぬぐった。


「わかるよ。あんたも仕事だから、言えないんだろ? だからオレがかわりに言ってやる。大脱出エクソダスさ。大統領は、この惑星ほしからの避難を計画してるんだろ?」

「そ、そんなことは……」


 リムルがテーブルの下を覗きこむ。


「おじさん足がブルブルしてるね。ぼく知ってるよ。それってビンボー揺すりっていうんでしょ?」


 男は膝頭を手で押さえこんだ。


「と、とにかく! こちらのことは関係ないでしょう! 売られるおつもりがあるのか、ないのか? さあ答えていただきますよ」

「否定はしないわけだ」


「……」


 男の無言が、肯定をしめしていた。


「逃げだすのって……下だけ?」


 そう言ったのはアニーだった。

 最初からずっと黙りこくっていたと思ったら、とつぜん妙なことを言いだしてくる。


「下って、なんのことだい?」

「だから下よ。逃げだすのは地上の連中だけかって聞いてるの。上は置いてけぼりにでもするつもり?」


「ああ、宇宙樹(ユグドラシル)の人たちのことか」


 アニーの言わんとしていることを、ジークはようやく理解した。さっき出会ったカタリナの顔が、一瞬、脳裏に浮かんでくる。


「――んで、どうなんだ?」


 ふたりの視線を受けて、男は言葉を選びながら返答した。


「その件に関しましては、善処させていただくつもりでして……」

「なによ、それ! ぜんぜん答えになってない!」

「おい、まさか見捨てるつもりじゃないだろうな?」

「ですから、そうならないように善処する所存で――」

「この偽善者! やる気もないのに、言葉面だけ取り繕うんじゃないわよ!」


 アニーは席から立ち上がって、男を罵った。

 その大声に、店内にいた何組かの客が、何事かと顔を向けてくる。


「なにを言われますか。あの廃棄された軌道施設を不法占拠している何万人かの連中は――」

「もっとよ! 18万5千人!」


「――その18万5千人の不法居住者たちは、このネクサスに1ミリクレジットの税金も納めてはいないのですよ? 税金も払わない連中を保護してやる義理が、どこにあるというのです?」

「それは! でも、それは……」


 うつむいてしまったアニーに代わり、ジークは口を開いた。


「義理はなくとも、人道にもとるんじゃないのか?」

「……」


 男は沈黙した。

 その顔にわずかな後悔の念を見て取って、ジークは話題を切り替えることにした。


「まあ、話はだいたいわかった。うちの《サラマンドラ》を必要としているわけもな。許容人数を無視して詰めこめば、あれで1万人くらいはいけそうだな?」

「換気システムを強化しとかんと、酸欠でみんなお陀仏だがね」

 カンナが言う。ストローでグラスの中の氷をつついている。

「そりゃそうだな。乗せるとなったら、もちろんやるさ」

「では、お売りいただけるわけですか?」


 顔をあげた男に、ジークは言った。


「誰もそんなことは言ってない。話はわかったと、そう言ったんだ。そっちの言い分はわかった。よく検討してから、返事をさせてもらう。とりあえずこの場は、引き上げてくれないか?」


「あのう、なにか思い違いをされているようですが。ご覧になられた通り、この命令は大統領のサインもある正式なものでして……。貴方がこれを読まれた時点で、すでに有効になっているのですよ? 事実上、貴方に選択権はないのですがね」

「そっちこそ、なにか思い違いをしてるみたいだな……」


 ジークはため息をついた。長椅子の端に座っているエレナに顔を向ける。


「大統領の名前を出せば、誰もがびびると思ったら大間違いだってことを――エレナさん、ちょっと教えてやってくれ」

「ええ、わかりましたわ」


 今度こそ、エレナも知らんぷりはなかった。


「ではまず、惑星同盟法第6条、非常時における国家の権限からまいりますわね。これは英雄暦(A.H.)97年の修正第32条において――」


 いきなり展開された法律論に、男は目を白黒とさせた。


 ジークは背もたれに体を預けると、パイン・ジュースを大きく吸いこんだ。

 これは、すこしばかり考えてみる必要がありそうだった。

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