地上の宇宙港
シャトルの降下とひきかえに、斜めに傾いだ地平線がせりあがってくる。
いつもより速い降下速度に、ジークは副操縦士席で身を固くした。
夏季に入ったネクサスの気温は、40度近い。
滑走路で熱せられた大気は密度が薄く、シャトルの小さな翼では、失速しないようにするのはひと苦労だった。
アニーの腕前は信じているが、なにしろこのボロ船だ。
いつ機体がまっぷたつにへし折れないとも限らない。
軽いショックとともに、着陸脚が滑走路と触れあうスキール音が聞こえてきた。
浮遊感が消えさり、そのかわりに3本の着陸脚が大地をしっかりと踏みしめる感触が伝わってくる。
ジークはほっと息をついた。
無事に着陸できたのだ。何事もなく――。
カタリナの持ってきたシャトルは、ジークでさえ二の足を踏むような状態だった。
オート・パイロットが付いていないことは聞いていたが、ボルトの跡を床に残し、コンピュータが丸ごと取り外されているとは思いもしなかった。
文字どおり、〝付いていない〟のである。
姿勢制御のバーニア類も、基本設計の余裕がないところに、半分以上は動作不良ときている。
絶対に必要な計器以外は黙して語らず、溶接の跡のうかがえる耐熱船殼には、どこから引っぺがしてきたものか、規格外の耐熱タイルが貼りつけてあった。
シャトルの受け渡しのときには、アニーがとつぜん腹痛をもよおしたために、ジークが検分を行うことになった。
大口を叩いた手前、他のシャトルに換えてくれとも言いだせず、アニーにどやされることになるのかと、ひやひやしたものだが――。
ジークの心配をよそに、アニーはこのおそるべきボロ船を軽々と乗りこなしてしまった。
「了解、A37に向かいます――」
インコムを首に下ろしたアニーは、操縦桿から手を放して中立に戻した。
放した手は地上操舵のハンドルにかける。
ホイール・ブレーキで速度を落としていったシャトルは、車が走るほどの速度で、指示されたタキシーウェイを進んでいった。
大勢で動かす外宇宙船と違って、系内シャトルでは操縦から通信までパイロットひとりが行う。
なにもしないで座っているというのは居心地が悪いが、コックピットがそういう作りなのでしかたがない。
ジークは後部座席に目をやった。
乗客用のシートはクッションが破れてスプリングが飛びだしている。しっかりとベルトをしめたカンナたちは、手持ち無沙汰そうに窓の外を眺めていた。
数キロほどとなりには、外宇宙船のための1万メートル級滑走路が並んでいる。
高層ビルを横に寝かせたような巨大な宇宙船が、いましも雲の切れ間から降りてくるところだった。
「だけどなんだって、大型船ばかり集まってくるんだ? こんな観光地に……」
ジークはつぶやいた。窓の外を見ていたエレナが、それに答える。
「行けばわかるはずですわ。行政府に」
「ああ、そうだけど……」
このドノヴァン宇宙港は、ネクサスの首都から100キロほど離れた郊外にある。ハイウェイを車で飛ばせば、30分ほどで着いてしまう距離だった。
このまま駐機場までタキシングしてゆき、そこで積み荷を降ろしたら、仕事は終わってしまうのだった。
そのあとは、気の重たくなる仕事が待っている。
行政府に行き、しかるべき機関に接触をはかって――。
考えれば考えるほど、ジークは憂鬱になるのだった。
◇
「おい、どういうことだよ。なんで市街に出ちゃいけないんだ?」
紺の制服を着た警備員は、その大きな体でゲートをふさぐように立ちながら、ジークの渡した書類をひらひらと振ってみせた。
「わからんやつだな。だから手続きがいると言ってるだろう!」
宇宙港から出ようと――正確には駐機場のフェンスを越えようと――したところで、はやくもトラブルが降りかかってきた。
ゲートに立つ警備員たちが、腰に吊った警棒を見せつけるようにして、ジークたちの前に立ちふさがっていた。
炎天下で言い争うこと、数分ばかり。
ジークの気力は早くも尽きようとしていた。リムルなどは日向に置かれた犬よろしく、だらしなく舌を垂らしてあえいでいる。
他の連中はといえば、交渉をジークにまかせっきりにして木陰へと避難していた。ちゃっかりしたものだ。
ジークは顎先から汗をしたたらせながら、日に焼けた警備員の顔を見上げた。
「いまあんたの持っているのは、うちの運輸認可証じゃないのか? 事業社名『SSS』、社長以下、社員5人の1週間以内の臨時滞在だ。なにか問題でもあるのか?」
エレナの作った書類だ。不備のあろうはずがない。
それに自由通商圏に属している星系では、業者の出入りに関しては実質的にノーチェックであることが多い。
事前に調べたかぎりでは、ここもそのはずなのだが――。
貨物口のすぐ近くに設けられたゲートも、フェンスに扉がついているだけのもので、詰所などは見受けられない。
普段は開けはなされたままだということが容易に見てとれる。
「うるさい! 特別許可証がなければ、誰であろうと出入り禁止だ!」
警備員はジークに取り合おうとせず、傍らの同僚に向けて顔を向けた。
苛立ちをあらわにして罵声をあびせかける。
「おい! 黒服の連中はまだなのか! カモどもがここに来てるって言ってやれ!」
気の弱そうな相棒が、怒鳴られておどおどと通信機を操作する。
「まったく! やつらの仕事だろうに……いつまでガキのおもりをさせるつもりだ!」
「ガキじゃないもん!」
ジークの肩ごしに、リムルが声を張りあげる。
「黒服がなんだって? おい、人の話を聞けよ。オレはあんたに聞いてるんだぞ。オレが言いたいのはだな、なんの法的根拠があってオレたちを足留めしてるのかっていうことさ」
エレナ流に――法による解決を試みようとジークが足を踏みだしたとき、横合いから声が掛けられた。
「それは私どもが説明しましょう。――仕事なのでね」
3人ほどの男たちが、フェンス沿いに歩いてくるところだった。
手に手にアタッシュケースを下げている。
警備員の口にした〝黒服〟というのは、どうやらこの連中のことらしかった。
黒いスーツに黒いネクタイ。全身黒ずくめという格好で、穏やかな笑みを口許にたたえている。
ジークは身構えた。
ようやく真相を知っている人間が出てきたらしい。
オフシーズンなのに異常な渋滞を見せる航路、出入りが禁止されている宇宙港。いくつかの疑問に答えられるはずの相手が――。
だがその相手は、人畜無害な顔をしていながら、蛇のように隙がなかった。
ちょっとでも隙を見せたら、頭から丸呑みにされてしまいそうだ。なによりも、この日差しのなか――ぴしりとスーツを着こなしているような連中は信用できない。
「まあこんなところで立ち話もなんですし、どうですか? 場所を変えて、冷たいジュースでもやりながらというのは?」
「えっ、ジュース!? ぼく行くー!」
ジュースと聞いて、リムルの顔がぱっと輝く。
ジークは警戒を崩さずに訊いた。
「港内で? それともこのフェンスの外でかい?」
「もちろん、港内で。パイン・ジュースのうまい店を知ってるんですがね」
警戒心を残したまま、ジークは答えた。
「まあいいだろう。よし、行くぞリムル」
「あのねあのね、ぼくパイナップルまるごと使ったおっきなのがいいのぉ!」
黒服の男たちに尻尾を振るリムルを先頭に、ジークたちは歩きはじめた。




