表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第一章{現在}
70/333

ユグドラシル

 (リーフ)が欠落してできた隙間を通って、《サラマンドラ》はゆっくりと進入していった。


 銀色の葉のあいだを微速で通り抜けると、多少は広い空間が現れてくる。


 (リーフ)の1枚1枚は、それぞれが数百メートルほどの大きさを持っていた。

 茎に支えられて、表層近くに何枚もの(リーフ)がひとかたまりになって茂っている。


 何層もの(リーフ)の層をつき抜けると、そのあとには何もない空間が広がっていた。

 (リーフ)の層が、ちょうど球殼のように内側の空間を囲んでいる感じだ。

 中心部のほうには、菱形の形をした構造物が見えている。そこをコアにして、茎は全体を支えているらしい。


 シートにそっくり返っていたカンナが、ジークに言った。


「おいジーク、知ってるかい? ユグドラシルってな、古い地球時代の神話で宇宙の樹って意味だワサ」

「ふぅん、宇宙樹(ユグドラシル)ねぇ……」


 内側から(リーフ)を見上げ、ジークはうなずいた。

 たしかに構造が樹木に似ていないこともない。


 子供のころに地上で遊んだとき、1度だけ木登りをしたことがあった。登る途中で内側から見た木のようすが、ちょうどこんな感じだったことを覚えている。


 外側を(リーフ)に包まれた差し渡し数十キロの空洞――その中心部に向かって、《サラマンドラ》はゆっくりと進んでいた。


 到着が間近に近づくと、ジークはふと思いだした。


「そうだ……。カタリナ、聞こえているかい? シャトルを貸してくれるって話だったけど」

『ええ、聞いてるわよ。レイブン級のやつでいい? 推進剤は別で、20クレジットでいいわ。それから係船料のほうだけど、50だったわね……。高くないかな? なんだったら、すこしはまけられないこともないけど?』


「いや、それでいいよ……。そのかわり、ちゃんと見ててくれよ。戻ってきたら空き巣に入られてたなんて、いやだからさ」


 さきほど管制官の言っていた「スラム」という言葉がジークの脳裏に引っかかっていた。

 戻ってきたときには《サラマンドラ》の船体が骨だけになっているのではないかと心配だった。


『あははっ――だいじょうぶ、ちゃんと見てるって。誰にも手は出させないから』


 ジークは一抹の不安を感じながら、カタリナに言った。


「頼むよ、本当に……。それで、シャトルはいつ持ってきてくれるんだい」

『あっ、ちょっと待って――』


 カタリナは何かを思い出したような顔をした。すまなそうに、ジークに言ってくる。


『あのぅ、ごめんなさい。レイブンなんだけど、やっぱだめ……。サターン級のやつがあるから、そっちでいいかな? こっちは30になるけど……』

「レイブンのほうは、どうしてだめなんだい?」


 ジークは聞いた。

 どうせなら小回りのきく小型シャトルのほうがありがたい。どのみち運ぶ荷物はたいした量ではない。


 カタリナは決まり悪そうな顔で言った。


『ちょっとね……壊れてるのよ、オート・パイロットが。普通の人には扱えないと思う』

「ああ、そういうことか」


 ジークはうなずき、そして言った。


「それなら問題ない。そう――ノー・プロブレムってやつだ」


 機関上席のジリオラが、ちらりと顔を向けてくる。

 だが何も言わずに、計器に向き直った。


「気づいてないかい? さっきからずっと、この船も手動で飛んでるんだぜ」


 この時代。本当の意味での〝パイロット〟は、ほとんど存在しない。

 いまアニーがやっているように、宇宙船を手動で飛ばせることのできる人間――という意味である。


 巨大貨物船から個人所有のレジャーボート、はては軍用の戦闘艦まで、あらゆる船に自動操縦装置(オート・パイロット)が備わっている。

 人間は指示を与えるだけでよい。実際の操船は機械が行う。そのほうが確実で安全なのだ。


 航宙免許というのは操船プログラムを扱う技能であり、免許の取得に手動操縦の技能は必須ではない。

 宇宙船の側でも、手動操作のための操縦桿を備えることは義務づけられているが、それはあくまで非常時のためのものとされていた。


 カタリナは感心したように言った。


『へぇ……。手動で船を飛ばしてるなんて、ここの人間だけかと思ってた』

「うちのパイロットは腕がいいんだ」


 そう言いながら、ジークは操縦席に視線を向けた。

 アニーはさっきからずっと、黙々と船を操っている。


宇宙樹(ユグドラシル)の人って、みんなそうなのかい?」

『そうよ。みんな自動操縦なんて使わないって。だってかったるいじゃない』

「違いない」


 それにはジークも同感だった。

 父親からたっぷりと仕込まれたおかげで、ジークも手動で動かしたほうが楽だときている。


『前方5000に、壊れた枝が見えるでしょ。そこに止めてくれる。待ってて、シャトル持ってくから。5分で行くわね』


 カタリナはそう言って、回線を切った。


 およそ1時間ぶりに、スクリーンに黒い画面が戻ってくる。

 とにかくよく喋る娘だった。

 航路についての話はもちろんのこと、宇宙樹(ユグドラシル)に到着するまでのあいだ、ずっと世間話をしていた。


 カタリナのことを考えていたジークは、ブリッジの中の空気に気づいて周囲を見回した。


「な、なんだよ? みんなで黙っちゃって、どうしたんだよ?」


 いつもなら放っておいても喋るリムルでさえ、ここしばらく口をきいていない。

 ジークが顔をのぞきこむと、ぷいと顔をそむけてしまう。


 操縦席のアニーが、前を向いたまま無愛想な声を出す。


「べっつに……。ただ女嫌いの誰かさんが、ずいぶん気安く話してるって思ってるだけ」

「ジークのえっちぃ」

「ヨォ、色男」


 エレナとジリオラのふたりはコメントをはさまず、黙って計器盤を見つめている。


「なんだよなんだよ! オレが誰と話そうと自由だろ? だいたいいつ、オレが女嫌いだなんて言ったよ。苦手なだけじゃないか」

「あら、自覚はあったんだ。でもとてもそうは見えなかったわよね。ぺらぺらと楽しそうに話しちゃってさ……」


 アニーがそう言うと、口をとがらせてリムルも続ける。


「ねぇねぇ、あのおねーさん、なんかアニーに似てたよねー。しゃべりかたとかさぁ。だからジークもへいきだったんじゃないかなぁ。だってジーク、アニーと話してるとき、いっつも楽しそうだもん」

「そっ――そう?」


 ぎょっとした顔で、アニーは言った。


「そうだよー。ずるいんだよー。だってだって、ぼくと話すときより楽しそうなんだもん」

「あっ、もう着いちゃった。はいはい、馬鹿話はもうおしまい」


 アニーはそう言うと、操縦桿を握り直した。

 《サラマンドラ》は張りだした枝のひとつに接近しつつあった。


 カタリナの指定してきた場所だ。

 そこには何か巨大な力が働いたようで、《サラマンドラ》の船体よりも太い枝が途中からねじ切られていた。


 ホウキのように毛羽立った構造材を巧みによけて、アニーは船を寄せていった。


「エレナさん、アンカーよろしく」


 数本のアンカーが射出される。

 エレナは細い指先でジョイスティックを操り、それぞれのアンカーのテンションをうまく調節して、船をしっかりと固定した。


「はい、おしまい――あら、あのがきたようですわよ」

 ジークは船腹のモニターに目をやった。灰色のシャトルが、ゆっくりと近づいてくるところだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ