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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第一章{現在}
69/333

惑星軌道上

「管制からの連絡は、まだ入ってこないのかい?」


 盆の上に飲み物をならべてキッチンから戻ったジークは、ブリッジに入るなりそう言った。


「ええ、まだですわね。あら、おいし――」


 ミルクティーを受け取ったエレナは、インコムを外して、花柄のカップに口をつけた。


 あれから1週間ほど経って、いま《サラマンドラ》は目的地となる惑星の近くまでやってきていた。

 依頼された仕事の内容は、規格もののコンテナを期日までに届けるというものだった。


 急ぎであることを除いて、ごくありきたりな仕事だ。

 ネクサスと呼ばれるその惑星は、肉眼でもかなり大きく見えるようになっていた。


 大陸の昼の側で、リアス式の海岸が美しいフラクタル模様を描いているのが見てとれる。観光で売っている惑星らしく、海の青と、陸地の深緑が目に鮮やかだ。


「きれいなところじゃないか」


 盆の上からジンジャー・エールを取り上げながら、ジークはアニーにそう言った。


「見てくれだけはね」


 これ以上ないほどに不機嫌な声で、アニーの返事が返ってくる。


「あ、あのさ……。そうだ、何年ぶりの里帰りになるのかな? なんだったら休暇でも出そうか?」

「いらないわよ、そんなの」


「だけど……親姉妹がいるんだろ? 前に仕送りしてるって――」


 言いかけて、はっとジークは口をつぐんだ。

 振り返ってみると、カンナたちは素知らぬ顔でコンソールに向かうところだった。


「その手に持ってるジンジャー・エール、渡すか持って返るか、どっちかにしてくんない?」

「あ、ああ……」


 ジークはプラカップをアニーに手渡した。

 この1週間、いつもこんな感じだった。

 故郷のことを話題に出すと、どういうわけかアニーは不機嫌になってしまうのだった。


「オイ、ジーク。コッチこい――」


 盆を持ったまま、アニーのまわりをうろうろしているジークを、カンナの声が呼びつける。


「いや、でもさ――」

「いいから、コッチこいってゆーの!」

「う、うん……」


 渡された緑茶をひと口すすってから、カンナは渋い顔で言った。


「おマエもこりないヤツだね。あのキョーレツな《聞かないでバリア》が見えないのかい? つっつくんじゃないよ。ほうっておけって……人にャ、いろいろあるんだからサ」

「う、うん……」

「それより、ちッとコレを見てみソ。――どうにも渋滞してるみたいだナ」


 カンナがコンソールを操作すると、淡いグリッドの刻まれたマップがスクリーンに現れてきた。


「渋滞だって? ちょっと待ってくれ」


 ジークは盆に残っていたミルクセーキと、ガムシロップ抜きのアイスコーヒーを、リムルとジリオラのふたりに手渡してから、キャンプテン・シートに腰をおろした。


 あらためてスクリーンに目を向けると、惑星の周回軌道には、10を超える光点がめぐっていた。


「これは惑星周辺の様子だナ。ンでもッて、範囲を広げてゆくと――こんな感じだワサ」


 グリッドがみるみる縮んでゆき、マップの中にいくつかの惑星軌道が入ってくる。

 その縮尺になると、星系内を航行するすべての宇宙船が、輝く光点となって表示されていた。


 ざっと見ただけで、4、50個もの光点がある。

 それぞれの光点についているデータ・タグによると、どの船もネクサスを目指す航路に乗っていた。


「ずいぶんと混んでるんだな……。カンナ、いま映っている船は、みんな貨物船かい?」

「そのようだワサ」

「ふぅん……」


 ジークは自分のソーダ水をすすりながら、スクリーンの光点を見つめた。

 何十隻もの貨物船が、オフシーズンの観光惑星にいったい何の用があるというのだろう――。


「社長――ようやく管制さんから連絡が入ってきましたわ」


 待っていた言葉に、ジークはソーダ水をとなりのリムルに手渡した。


「出してくれ」


『あー……、こちらネクサス航宙局、ドノヴァン宇宙港。貴船の船籍コードおよび入港目的をどうぞぉ』


 映像が安定するよりも先に聞こえてきたのは、くたびれ果てた声だった。

 一瞬遅れて、無精髭を顔一面に生やした男の顔がスクリーンに現れる。


 何日も徹夜をしたような顔の男に、ジークは訊いた。


「聞いていいかい? 何かあったのかな。事故とか、なにかさ――?」

『船籍コードおよび入港目的を――』

「いや、だからさ――」


 ぎらりと目を剥き、男は言った。


『言えっていってんだろ、船籍コードを』

「あっ、はい。すいません」


 男の迫力に押されて、ジークは16桁の数字を口にした。

 入港の目的は、貨物の輸送ということで届け出る。


『また貨物かよ。このコードだと、てめえは200メートル級のデカブツだな? じゃあ着陸は順番待ちだ』


 男の口調は、すっかりぞんざいになっていた。よれたワイシャツと曲がったネクタイが、男の勤務時間の超過分を物語っている。


『150キロ……の軌道はもういっぱいかよ、ちっ』


 手元に目を落として、男は舌打ちした。


『じゃあ300キロのところで、クラスCの待機だ』

「ちょっと待てよ。クラスCだって?」


 ジークはあわてて聞き返した。

 それは着陸の順番が24時間以内に回ってこないことを意味している。


「あのさ、オレたち急いでるんだけど――」

『うるせぇ、黙れ。てめえら、いったいなんだって、こんなオフシーズンに押しかけてくるんだ? おかげでこっちは休暇も取り消しで、2日に3交代なんてぇ、ばかみてぇなローテーションで働くはめに――』


 管制官が愚痴をこぼしはじめたとき――その顔が、不意に乱れた。


 画像の乱れがおさまったとき、そこに映っていたのは、無精髭をはやした男ではなく、微笑みをたたえた女の子だった。


『ハイ! ――こちらユグドラシル自治区。急いでいるなら、こっちの港にこない?』


 年の頃なら14、5。快活そうな女の子が、ジークに向かってウィンクを投げつけてくる。


『お兄さん、名前は?』

「えっ? ジ、ジークだけど――」


『オーケィ、ジーク。あたしカタリナ。ユグドラシル自治区へようこそ』

「ちょっと待ってくれよ。君はいったい……。ユグドラシル自治区って? いま管制と話してたところなんだけど……」


 そう言ったとき、ふたたび画像が乱れた。むさくるしい顔が、また現れる。


『この不法居住者ども! また電波ジャックしやがったな!』

『なによ、そっちこそ! うちのお客さまにちょっかいかけないでくれる!?」


『ふかしやがれ! なにが客だぁ? てめえらのスラムが人様を呼べるようなところかよ? 寝言は寝てから言いやがれ』

『船上生活者って言ってほしいわね。だいたいあんたたち、観光客の落とすお金がなきゃ食ってけないくせに、ちょっとばかり偉そうなんじゃないの?』


 ふたりの顔が、交互に画面に現れる。

 同じ強度で入感してくる電波信号を前に、通信を制御するコンピュータは大いに混乱しているようだ。


 争うふたりをよそに、ジークはちらりとアニーに目を向けた。

 操縦席に座ったアニーは、あいかわらずジークに背中を向けたままだった。〝自治区〟というものについて知りたかったのだが、とても答えてくれそうにない。


 画面の支配権をめぐって争うふたりに、ジークは顔を戻した。


「おいおい、頼むから。ひとりずつにしてくれよ」

『こっちが正規の宇宙局だ! 黙って俺様の指示に従え!』

『ねぇジーク、こっちにも港があるのよ。それも軌道港』

「ほんとかい?」


 軌道港と聞いて、ジークは身を乗り出しそうになった。

 地表の宇宙港が1日待ちと聞かされた後ならなおさらだ。仕事の契約のほうはそれでも充分に間に合うが、ネクサスの政府に知らせるのは1日でも早いほうがいいだろう。


 ジークはためしに聞いてみた。


「あのさ……。250メートル級の船なんだけど、そっちで預かって貰えるのかな?」


 2、300メートルまでのサイズの宇宙船は、大気圏に突入して惑星上の宇宙港に直接着陸してしまうのが普通だった。


 ネクサスの正規の宇宙港も、そうした形式をとっている。

 惑星の衛星軌道上に浮かんでいる軌道港のほうは、船を大気圏内まで降ろす必要がないぶん、船の係船やら、下に降りるシャトルの手配やらが必要になってくる。


 カタリナに向けた質問だったが、管制官の声が割って入ってきた。


『おい小僧! ひとつ忠告しておいてやる。そんな非合法なところに行くもんじゃねぇぞ。身ぐるみはがされておっぽりだされるのがオチだぜ』

『失礼ね! 大切なお客様にそんなことするもんですか! ようやく準備ができて、はじめて来てくれるお客様だっていうのに!』

「は、初めて……なのかい? オレたちの船が?」


 なんだか心配になってきて、ジークは聞いた。


『だいじょうぶ、だいじょうぶ! 必要な設備は整っているし、なんならシャトルだって貸せるわよ。なにも重力井戸の底まで降りてって、推進剤を無駄にする必要なんてないんだから――そうね、オープン記念ってことで、50クレジットでどう?』


 たしかに安い。安いが、しかし――。


『ねぇジーク、アンテナこっちに向けてくれない? 方位27‐35。ふたりきりでゆっくり話そ――ねっ? いいでしょ?』


 ジークは考えた。

 笑顔と甘い声にごまかされてしまいそうだが、話を聞くにつれ、どうにも胡散臭さが拭えない。

 だがそれでも、すぐに地上に降りられるというメリットは大きかった。


「エレナさん、アンテナを回してくれ」

『おいこら、ちょっと待て――』


 男の声が、ぷつりと消える。そのかわりに、女の子の映像が鮮明になる。


「ジークのえっちぃ」


 となりにいたリムルが、ぷうと頬をふくらませる。


「あー、カタリナ……だったよね? ユグドラシル自治区って、なんなんだい?」

『あたしたちの軌道都市よ。そっちからだと……いま、反自転方向(アンチ・スピンワード)に昇ってくるところかな? どう――見える?』


 その言葉に、船外モニターに目をやった。

 惑星の大気圏が、薄く空色のカーブを描いている。その向こうから、銀色の構造物が姿を現そうとしていた。


「あれか……いや待て、ほんとうにアレなのか?」

『まぁ、失礼ね』


 大きさだけを問題にするなら、それは軌道都市を言い張る資格を充分に備えていただろう。


 30万キロという、月の軌道にも匹敵する遠距離から形が判別できてしまうのだ。直径にして100キロ以上あることは間違いない。


 ジークは目を凝らして、その物体をよく観察した。


 なにかに例えるなら、パセリかカリフラワーというところだろう。


 銀色の(リーフ)――平たい構造物が、何枚も何枚も折り重なって、球形のフォルムを形作っていた。

 茎のようなパイプ状の構造材が中心に向かって伸び、外周の(リーフ)を支えているのだった。


『どう? ちょっとしたもんでしょ?』


 ジークの沈黙を賞賛と受け取ったか、カタリナは得意げに胸を張る。


「ま、まあね……」


 ジークは曖昧に返事した。


 銀色の(リーフ)が、ところどころ欠けているのはなぜだろう。

 その規模と工学技術はたいしたものだが、ジークの目には、打ち捨てられた廃墟のように見えるのだ。


 だがいまさら後戻りするわけにもいかないだろう。

 ジークはため息をひとつつくと、スクリーンの中で微笑む少女に顔を向けた。


「進入経路を案内してくれないか、カタリナ」

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