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星くず英雄伝  作者: 新木伸
プレストーリー短編「社員採用試験」
66/333

5「暴走宇宙船」

 主通路を槍のように突進してきたジークは、誰よりも速くシートに飛び込んだ。


 コンソールを叩くように起動させて、すぐに情報を引き出す。

 船内に響きわたったのは接近警報だった。他の船と針路が交差するという警告で、その詳細を――。


「――全加速ッ! 10Gッ!」


 了解――という言葉さえなく、アニーはスロットルを、目一杯、押しこんだ。

 急激に立ち上がったGが襲いかかってくる。


 全員がシートに入っていてよかった。


 そうでなければ骨折者くらいは出たかもしれない。人工重力による慣性中和機構があるとはいえ、消しきれない分が1、2Gくらい出てしまう。


「オイこら! まだベルトしめてないぞ!」


 カンナが文句を言ってくる。

 体が小さな彼女は、肉体面では一番のハンデがある。ラウンジからブリッジまでのレースではどんじりだった。


 ジークは取り合わず、コンソールの情報に集中していた。


 他船を示す光点が、自船を示す光点から遠ざかってゆく。そのことを確認してから、ジークは溜めていた息を大きく吐き出した。


「衝突……、回避」


 そう言ってシートに深く身を沈めた。

 緊急事態は回避された。


「ああ。なんだ。衝突しかけていたわけね。いきなり10G出せとか言うから、なんだと思っちゃった」


 アニーが言う。


 理由も知らずに指示に従うとは――まったく、いいオンナだ。だがもし理由など質問されていたら、きっと間に合わなかっただろう。


「社長。あのお船から救難信号が出ておりますけれど」


 片耳だけにインカムを当てたエレナが、通信内容に耳を澄ませながら言ってきた。


「え? 救難信号?」

「――機関の不調だそうです。衝突しかけたのは、救助を求めて、こちらの船に向かってきた結果だったようですわね」

「なるほど」


 ジークは言った。


 一番近い船は――考えてみるまでもなく、うちの船だろう。なにしろ数十秒前に衝突しかけたわけで、まだ数十キロも離れていない。


 いかなる場合においても、救難信号を受け取った船には、救助義務が発生する。それが宇宙のルールである。


「船を廃棄して脱出ポットを射出するので、救助して欲しいとのことですわ」

「そんなに緊急事態なのか?」


 惑星と衛星の重力圏の内側で、〝宇宙〟とも呼べないような、こんな場所で――船を捨てて逃げ出さなければならないような事態って――なんなんだ?


「主機関停止。一部のバーニアだけが、かろうじて動いている状態だそうですわ」

「あら、なんか聞いたことのある設定ね」


 アニーがしれっと言ってくる。

 スロットルを戻してからはやることのないアニーは、頭の後ろで腕を組みあわせて、シートにもたれきって、すっかりリラックスしていた。


「月面に向けて落下中とのことですわ」

「なるほど」


 ジークはうなずいた


「とりあえず了解したと伝えてくれ」


 主機関暴走で爆発――とかいう、緊急シナリオでもなかったわけか。


「なんか聞いたことのある設定よねー」

 アニーがそらとぼけてそう言った。


 なるほどたしかに。


 スライドランディングしか道がない、という状況は、並の船乗りならば、裸足で逃げ出すような状況だろう。だからこそテストの項目として使ったわけだが――。


「脱出ポット。射出されました」


 ああほら。逃げ出した。


「ほイ。これ。ポッドの軌道データな」

「アイアイ」


 航法士席のカンナが、脱出ポッドを回収するためのデータを算出して、アニーに転送する。


 アニーはそれを受けて、操縦桿を握りしめる。


 慣性飛行しているだけのカプセルとランデブーして、回収することは、アニーの技量をもってすれば簡単なことだった。


 加速して追いつき、ベクトルを一致させて併走する。


 船腹のハッチを開いて、呑みこんで、回収して、それで終わりだ。

 要した時間は、ほんの数十秒ほどだった。ただの一度も無駄な噴射を行わずにアニーはやってのけた。機動運動の見本みたいな操船だ。


「格納庫の救命ポッドから。――乗組員の方々が、出せ出せ、と、そう騒がれていらっしゃいますけど」

「しばらく中にいてもらえ」


 ジークは言った。

 救助はした。だが快適さまでは保証しない。


「ねえ。あの船……貨物船よね? あれって、どうなるの? ミサイルで爆破とかされちゃう?」


 アニーが訊いてくる。

 無人の船の行方を、なにか心配そうにしている。


「このままだと、どういうことになる?」


 ジークはカンナに訊いてみた。

 もちろんカンナはあの船の行方に関して、航法計算をすべて終わらせているはずだ。


「当然。月面に落ちるわナ」

「都市に直撃とかするのか?」


 そうした場合には緊急措置として、事前に爆破される。アニーが言った「ミサイル」というのは、そういうケースのことだった。


「ナイナイ。まったくナイ。な~んにもない平地に、あぼーん、だワサ」


 カンナは手を広げてそう言った。

 身振りもまじえて、どこか楽しげに見えてしまう。


「月面に落ちてバラバラか」


 ジークはアニーに顔を戻した。


「――まあ無人だから問題ないだろ」


 乗組員は全員救助した。

 船に残っているのは積み荷だけだ。積み荷がパーになってしまうことは、ジークたちの責任ではない。


「ちょ――!? もったいないでしょ!?」

「え? なにが?」


 アニーが何を騒いでいるのかわからなくて、ジークは聞き直した。


「船! あと積み荷も!」


 なにいってんの、という顔で、アニーは怒ったように言う。どこが怒りポイントなのかジークにはわからない。


「だからなんで?」


 まだよくわからなくて、そう聞き直した。


「どっちも捨てたわけでしょ。だったら、それ拾ったら、あたしたちのモノになるでしょ?」

「いや待て。……なぜそうなる?」

「当然でしょ」


 アニーはなにをあたりまえ、と、言わんばかりに、ない胸を張って言ってくる。


 そうなのか?

 よーく考えてみた。


 いいや。……ならない。

 仮にジークたちが必要のない活動をして、あの船ないしは積み荷を無事に回収したとする。


 そうしたら元の持ち主に返して、感謝されて終わりだ。

 これがきちんと契約を結んだ仕事であれば、リスクに対する正当な報酬も出るのだろうが、勝手にやった救難活動なのだから、当然、ノーギャラだ。無償だ。


「いや。やらない。乗員は救助した。命は助けた。だからこれで終わりだ。これ以上のことをやってやる義理は――」


 社長らしく、そう宣言しようとしたところで――。


「そうでもなさそうですわよ」

「ええと……?」


 思わせぶりなことを言うエレナに、ジークは顔を向けた。


「積み荷はワンニャンですわ」

「うえっ? ワン……? なに?」

「ですから。ワンニャンですわ。血統書付きの犬と猫ですわね」

「いいっ!?」


 想定外だった。

 まさか積み荷が生き物だったとは――。


「マ――。しかたないワサ。なにしろ無人だからナ。さ。乗組員は回収したんだし。カエロカエロ。それともワンニャンが爆死するところでも見物していくかー? どうせだったら管制にアドバイスしてミサイルぶっ放してもらおうぜー! でっかい花火あげてもらおーぜー。ターマーヤ!」


「いや、あの、その……」


 ジークは口ごもった。

 カンナの言うのが正解だ。花火うんぬんのくだりは、ともかくとしても、船が無人であることには変わりがない。


 だが、しかし――。

 犬と猫といっても生きているわけで――。人ではないにせよ――。


 けれど、しかし――。

 人が乗っているのであればともかく、犬猫だけしか乗っていないのに、リスクを負ってまで救助しようとか、皆には言いがたい。

 社長として、社員を危険に巻きこむわけには――。


 そんなふうに、ジークが自分の思いと、社長としての責任とのあいだで葛藤していると――。


「あー! もったいない! ほんともったいない!」


 アニーが大声をあげて騒ぎはじめた。

 しかし、足でどすどすとコンソールを蹴りつけるのはやめてほしい。


「ねー!? その犬猫って高いんでしょ? わざわざ外宇宙から運んでくるぐらいなんだし!?」

「特別に高級な種類ですわね。総額でいうと……時価1万クレジットくらいですかしら」


 すでにエレナは積み荷まで調べあげていた。


「1万っ!?」


 アニーが悲鳴に近い叫び声で返す。


「助けなきゃ! いっぺん捨てたんだから! 拾ったらあたしたちのものってことよね! それで1万クレジットで売れるのよね!」

「1万5000で売ってみせますわ」

「やったあ! エレナさん愛してる!」


 アニーは操縦桿を手放してエレナに抱きつきに行きかねない勢いだ。


「あとあのボロ船も! もし無傷で回収したら! あたしたちのものになるのよね!」

「いや。ならないって」


 ジークはさすがに突っこんだ。

 拾ったモノは自分のモノだとか。それがあたりまえだとか。いったいどういう育ちをしてきたのだ。


「けど、まあ……。謝礼くらいなら、請求できるかもな」


 〝謝礼〟というものは、本来、請求するものではないのだけれど。


「やったあ! ジーク愛してる!」

「うえっ?」


 あ、あいしてる……!?


「回収するのよね」

「え?」

「だから。ワンニャン助けるのよね?」

「お、おい……。勝手に決めるなよ」


 ジークは言った。

 とはいえ、じつは有り難くもあった。


 アニーの場合には、金目当ての不純な動機なのかもしれないが……。迷っていたところに、背中を押してもらえた気分だ。


「けど、助けるったって、どうすりゃいいんだ」


 落ちてゆく船を拾いあげるなんてことは、準備なしに簡単にできることでもない。


「カンタンよ。船ごと軟着陸させればいいのよ」


 アニーは即答した。

 ジークは呆れた。


「おまえな。主機関停止。バーニアも一部しか動いてない状態なんだぞ?」

「さっきあたしに、もっと厳しい条件でテストしてくれたのは、いったい誰だったのかしら? メインエンジンが使えないのと、バーニアが一部しか使えないのは、さっきと同じ条件でしょ? 進路にはクレーターも渓谷もないし。不時着させる場所は単なる平原だし。――いったいなにが問題だっていうのよ?」


 なんでもないことのように、アニーは言う。


「いや。おまえな――」

「イヤイヤイヤ! ――まったく感心したゾ!」


 カンナが自分の膝をぱしっと叩く。


「ワンニャン助けるために命張るたぁ、じつに《ヒーロー》っぽいぞ。見直したぞこのノビタ」


「言ってない」


 ジークは憮然とした。

 さっきカンナは見捨てるべきだ、とか言ってなかったっけ?


「あとなんだよ? その《ヒーロー》って? なんでいきなり《ヒーロー》の話になるんだ。だいたい誰が《ヒーロー》だって? 俺か? 俺はそんなんじゃないからな。単なる宇宙なんでも屋の――」


「で。――どうするの? やるの? やらないの?」


 アニーがシートの上であぐらをかいている。

 サイズのまったく合わない半ズボンの合間から、下着の股間が見えている。


 そこから目を引き剥がして、ジークはヤケクソぎみに声を張りあげた。


「ああもう! わかった! やるよ!」

「ほんとっ!?」

「ああ――だけどヤバいと思ったら、すぐ止めるからな」

「やったぁ! ジーク愛してる!」


 アニーが飛びついてきた。ほっぺたに熱い感触。

 なにをされたのか、一瞬わからなかった。


 すぐに理解した。


 ほっぺたにキスを受けたのだ。

 女の子との、はじめての身体接触に、ジークはどぎまぎした。目が白黒となった。


 そんなジークをよそに、アニーはまったく平然としたものだった。

 ほっぺに対するキスを、なんでもないことのように振る舞って――いや、本当になんでもないことなのだろう。彼女にとっては。


「でもやるのはあたし。あんたはお留守番」

「へ?」


 アニーが言ったことの意味が、また一瞬、頭を素通りした。

 なんでこう、いつもいつも予想外のことを言うのか。女の子とゆーものは。


「あっ――ばか!?」


 見れば、アニーは操縦桿をもう手放してしまっている。


「ユー・ハブ・コントロール」


 アニーが言う。


「あ……、アイ・ハブ・コントロール!」


 ジークはシートに飛びこみ、操縦桿を握った。

 ほとんど条件反射だった。主操縦士が操縦桿を放すとき、副操縦士は操縦を引き継がねばならない。


「じゃ行ってくるからー」

「ちょ――待てって!」


 制止もむなしく、アニーはブリッジを飛び出していってしまった。

 操縦桿を握ったままでジークは動けない。


 アニーの姿はもうそこにない。

 マイクのスイッチをオンにして、船内放送で叫ぶ。


「だから待てって――! 向こうに乗りこむほうは俺がやるから! おまえはこっちの船に残って――!」

『あたしのほうが腕は上。あんたはおとなしく副操縦士をやってなさい』


 通路のどこかで拾われたアニーの声が、スピーカーから響いてくる。


 アニーにそう言い返されて、ぐうの音も出ない。

 たしかにその通りだった。

 アニーに対して課した試験内容――あれをジークがやれと言われたら、二の足を踏む。しかしアニーは見事に成功させてみせた。


「だいたい……。俺が操縦できなかったらどうするつもりだったんだよ……」


 操縦桿を握りながら、ジークは弱々しく文句を言った。


『あたしの男を見る目は確かなのよ。あんたは相当な腕前を持ってる。――ちがった?』


 けなすのか褒めるのか、どっちかにしてくれ。

 ジークは幼い頃からあらゆることを叩き込まれていた。

 なんでもできた。もちろん操船もだ。

 アニーほどではないが、そこらの船乗りに負けない腕は持っている。

 操船免許も持っている。教官免許さえ持っている。それでもアニーにはまったく及ばないわけだが……。


 アニーがドッキング用のハッチに向かっている間に、ジークは船を操って、貨物船へと寄せていった。

 アニーとのやりとりの間に、船は数十キロも離れてしまっていたが、それは宇宙ではごく近所といった距離だ。


 乗員を失い、コントロールを失った貨物船は、派手な3次元複合スピンを起こしていた。


「よっしャ。でた。――ここんトコな」


 カンナが回転ベクトルの解を解く。

 武装コンソールを立ち上げたジリオラに対して、ピンポイントで狙うべき場所のデータを投げ渡す。


 ジリオラが武装のスティックを引き起こす。

 用いるのは低出力のプラズマ砲。狙うのはカンナに指示された位置と方向とタイミング。


 砲が発射される。


 ――命中。


 貨物船のスピンは、一発で、止まった。

 見事だった。


 なにか簡単なことであるかのように、それは見えた。

 だがジークにはわかっている。それがどれだけ難しいことなのかを。


 元の乗組員の、砲手兼交渉人のサムも、あんな腕前ではなかった。航法士のケリーだって、あんなに速く解を出せないだろうし……。


「接舷させるぞ!」


 ジークはブリッジ内に向けて――船内放送に向けて、そう叫んだ。


 見た目はどこも壊れていなさそうな貨物船と並んで、しばらく並進する。


 最後の百数十メートルは、細心の注意を払って、距離を詰めていった。

 船体を安定させてから、お互いの船の船腹にあるドッキング・ベイを密着させる。


 ロックが掛かったかどうかというタイミングで、アニーが乗りこんでいった。


『入ったわ。――いまブリッジに向かってる』


 向こうの船に乗り移ってからも通信は繋がっていた。

 エレナが向こうの船の回線に外部から干渉して通信を確立させているのだろう。どうやっているのかはわからないが。


「いいか! まず可能かどうか見極めろ。Tマイナス120までだからな! そこを越えてだめそうなら、絶対に脱出しろよ!」


 ジークはアニーに念を押した。


 「Tマイナス」というのは、基準時間から秒読みして何秒前かという意味だった。ここでは貨物船が月面に衝突する時間を基準にしている。


『なぁに? あたしのカラダ、心配してくれてるの?』


 アニーからはそんな返事が返った。


「ばっ! ばか!」


 ジークは叫んだ。顔が真っ赤になっていたかもしれない。


『いまブリッジについたわ。うん。生きてる。大丈夫。大丈夫』


 ブリッジの機器類が生きているという意味だろう。

 ジークはスピーカーからの音に耳を澄ました。意識を集中する。向こう側の状況はアニーの口頭による報告が頼りだ。


『なによこれ!』


 突然、悲鳴に近いアニーの大声があがって、ジークはぎくりとした。なにかまずいことでもあったのだろうか……? トラブルでも? それもなにか致命的な……?


『さっきよりぜんぜん楽勝じゃない!』


 その言葉の意味が理解できると、ジークはほっとした。


『だれかさんの無茶な設定より、ぜんぜん甘いわ。メインエンジンはそりゃまあご臨終してるけど。スラスターの生きている数だって、船の重さだって、ぜんぜん甘いし、渓谷だってないし、真っ平らな平原が広がっているだけだし』

「愚痴はいいから。きちんとやれよ。仕事をしろ」

「やってるわよ。みてなさい」


 やがて船は生きている推進機関のみを使って、月面の大平原にスライド・ランディングを決めた。


 ジークたちの船は距離を保って並進していた。

 胴体着陸の様子をずっとカメラで追い続けていた。

 盛大にあがった砂の柱が落下して、船を半分ほど覆い尽くしている。

 何キロにもわたる長い軌跡が、月の地平の果てまで続いていた。


 カメラに映る船は完全に静止していた。

 通信はしばらく途絶していた。


 着陸の際に起きる電波障害のせいだ。これは仕方がない。


 だがそれもそろそろ収まる頃のはずだ。

 不時着した船のブリッジにいるアニーの安否が、ジークは気になって仕方がなかった。

 見たかぎりでは、不時着は無事に成功したように見えるのだが……。


「通信……、回復しますわ」


 エレナが言う。

 スピーカーが回線と繋がった。

 耳を澄ませば、向こう側の、わずかな息づかいの音が聞こえてくる。


「お、おい……、アニー……?」

「ぶいっ!」


 元気なアニーの声が聞こえてきた。


 ジークは本当にほっとできた。溜めていた息を、大きく吐き出した。


    ◇


「あはははは。こら。舐めないでってば。もーやめて」


 ラウンジでは、アニーが何匹もの犬猫に押し倒されていた。

 何匹もまとわりついて、アニーの顔をぺろぺろと舐め回している。


「ずいぶん懐かれているな」


 スツールを引き寄せて腰を下ろし、ジークは〝ワンニャン〟と戯れるアニーを見つめた。


 不時着した船からアニーを回収したあと、一緒に〝積み荷〟のほうも保護することになった。月面の当局がやってきて引き渡すまで、預かっていなければならない。


 単なる積み荷であればともかく、ワンニャンは〝生もの〟であるわけで――。

 動力の切れた宇宙船に放置するわけにはいかなかった。空気も止まる。すぐに気温も氷点下となってしまう。


 もっとも、積み荷が生きている存在だったからこそ、危険をおしてまで、助けだしたわけだが――。

 たとえ人ではなかったのだとしても――。


「あははははっ――やめて、やめてってばもおー」


 アニーは笑っている。猫が肩のところにしがみついて離れない。

 自分たちを助けてくれたのがアニーだということがわかっているのだろうか。いいや、そんなはずはない。


 なんとか引き剥がした猫を、両手でぶらーんと捧げ持ち、アニーは――。


「ほうら、あんたたち。感謝するんだったら、あっちでしょ」

「えっ? うわぁ――お、おいっ!」


 けしかけられたワンニャンたちが、ジークへと殺到する。

 犬のなかには、アニーの半分くらいは体重のありそうなものもいる。それがのしかかってきたのだからたまらない。


 はっはっはっ。へっへっへっ。


 毛の長いじじむさい顔の大型犬に、顔中を舐められてべたべたにされる。

 立体映像で見たことはあっても、「生きもの」とこんなに近く触れあったのは初めてだった。


 映像で見るのとは違う。迫力がある。あと臭いとかが――。ジークは圧倒された。


「助けてくれてありがとー、って、そう言ってるわよ」


 面白がるようにアニーは言う。


「う、うそつけ!」


 ジークは言った。

 ワンニャンの言葉がわかるとか……。

 ぜったいしんじてやらない。ひっかからない。


 寝転がったままで起きあがれずにいた。

 ニャンコ様が胸の上にお乗りあそばされたまま、どいてくれない。前脚で顔など洗っている。そのままくつろぎはじめそうだ。


「なぁ……。言葉がわかるっていうなら……、これ、言ってくれよ。どいてくれって」


 寝転がったままで、ジークはアニーにそう頼んだ。胸の上のニャンコ様には、ぜひとも、どいていただきたい。あと下半身に乗っかっている大型犬にもどいてほしい。


「わかるわけないじゃん。あんたバカ?」

「う……」


 やられた。

 からかわれた。

 ひっかかってしまった。

 ひっかからないと誓ったのに!


「はい。お茶が入りましたよ。――みんな紅茶でよかったかしら?」


 エレナがトレイを持ってやってきた。


「オスワリ。マテ。フセ。オアズケ。ハウス。――おお。躾。行き届いてんじゃん。さすが1万クレジットだわさ」


 カンナが犬に命令を出している。ようやく足元の大型犬がどいてくれた。


「ねえ。ジルって、猫好き?」

「ノー・プロブレム」


 通りすがりの女傭兵が、ジークの胸のニャンコ様を持っていってくれた。

 首のうしろをつまんで持ちあげて、手慣れた感じ。


 しかしいったいなにが「ノー・プロブレム」なのだろう。

 それはYESという意味なのか。

 NOという意味なのか。ニャンコの喉の下をくりくりとやって、うっとりとさせているから、きっと前者のほうだろうか。


 ようやく起き上がれるようになったジークは、ラウンジのテーブルについた。


「――で?」


 と、声がした。

 目線を上にあげると、向かいに座るアニーが、頬杖をついたその上に、ニヤニヤ笑いを載せていた。


「で。――って、なにが?」


 なにかを訊ねてきているらしきアニーに、ジークは逆に聞き返す。


「たしか――。社員採用試験の合格発表の途中だったわよね?」


 ジークは目を丸く見開いた。

 なんだ。そんなことか。


 ジークはテーブルについた4人の女たちを見回した。


 これはテストなんかじゃなかった。実戦だった。現実の危機に対して、あれだけ動ける人間を、不採用にするはずなどなかった。


「合格。全員合格だよ。文句なしだ。……いや」


 手をズボンのお尻でよく拭いてから、アニーに向かって差し出す。


「ぜひ仲間になってほしい」


 握手するつもりで出した手だったが、それを掴まれて、強く引かれる。

 よろめいて、腰を浮かしかけたところに――。


 また。ほっぺたにキスを食らう。


「もちろん♡」

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