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星くず英雄伝  作者: 新木伸
プレストーリー短編「社員採用試験」
62/333

1-2「ケンカ」

「ズルイやつだな」


 背後からかけられた声に、ジークはぎくりとなった。


 内心の後ろめたさを見透かされたような気がしたからだ。ぎくしゃくした動きで前に向きなおる。


 いつからそこにいたのか、8つくらいの年齢の女の子が立っていた。

 ちょっと大人びた目をした子だった。黒い艶やかな髪を後ろで結びあげ、ポニーテールにしている。笑えばさぞかわいいだろう。


 それがいまは、きつい目でジークをにらんでいる。


「な、なんだよ。なにがだよ」


 こんな子供の言葉に動揺した照れくささもあって、ジークはぶっきらぼうに言った。


「ジブンの胸に手をあてて聞いてみナ」


 女の子はそう言いつつ、さっきまでエレナのいた席に座る。


「おいそこは――」

「せっかく来てやったんだ。そんなにつれなくすんなよナ。おねーちゃん、チュウモン、チュウモン」


 通りがかったウエイトレス――アニーのスカートの裾をつかんで呼び止める。


「ハーパー。ロックで。モノホンじゃないとだめだゾ」

「ばかたれ!」


 ジークは女の子の頭を押さえつけた。

 ハーパーというのは地球産の古いウイスキーの銘柄だ。高級品である。


「あら、かわいい。パパが注文するのを見て覚えたのかなー?」

「これ誰の子だよ?」


 おもしろがっているアニーに、ジークはぶすっとした顔で訊ねた。

 ジークはおもしろくない。


「さあ、見たことないけど。――どこの子か聞いてこよっか?」


 アニーは奥にたむろする宇宙船乗りたちを顎でしめした。


「いや、いいよ。まだ……いまは」


 奥のほうではエレナが交渉中だ。


「精神的苦痛からトウヒして、時間と他人が解決してくれるのを待ってるんだとサ」

「なにそれ?」

「ハーパーないなら、ジムビームでいいや」


 ジムビームも同じく地球時代からある古い銘柄だ。ハーパーよりも高い。


「ジュースでいいよ。――オレンジな」

 不満そうな顔の女の子の頭をもういちど押さえつけ、アニーに注文する。


 くすくす笑いながらカウンターに向かうアニーを見送り、ジークは女の子に聞いた。


「おまえ、どこの子だよ」

「ケチくさいやつだナ。面接場所に酒場を選んだのはソッチじゃないか。酒代くらいだしたっていいだろーに」


 ジークはいやな予感を覚えた。

 まさか、こいつも……。


 女の子は半ズボンのポケットから紙を取りだし、それをジークの鼻先に突きつけた。

 3枚目のプリントアウトだった。


「いいか、これからする質問をよく聞いて、イエスかノーで答えろ。いいな?」

「あいよ」


 テーブルの上にあったエレナのワインに口をつけながら、女の子はうなずいた。


「おまえはガルーダ運送の面接に来たんだな?」

「……」


 沈黙した女の子に、ジークは念を押すように問いかける。


「そうなんだな?」

「バカか、オマエ」

「……」


 今度はジークのほうが沈黙した。


「このジョーキョーでほかにどんな答えがあるっていうんだヨ。んなの8歳のコドモでもわかるゾ。ノーミソ虫喰ってるんと違うか?」


 ジークは力尽きて、ソファーに身を沈めた。

 大きくため息をつく。


「500人だぜ、500人もいるのに、来たのはガキとお嬢様だけかよ……」

「そのうち3人はここにいるから、正確にはヨンヒャクとキュウジュウヒチニンだナ」


「500人もいるっていうのに……。ひとりくらいまともな男が来たっていいじゃないか」

「言っておくケド、性別や年齢や経歴を理由にして〝不採用〟にするのは反則だゾ。オマエの出した――」


「求人案内にそう書いてあるって言うんだろ。だけどこうも書いてあったはずだぜ。『実技試験あり』ってな! おまえはどんな技能を持ってるって言うんだ? 商売の交渉か? それとも傭兵経験者か?」


「おまえじゃない、カンナって名前だ。残念ながら交渉も戦闘も私の専門外だ。でも博士号だったら、書いてあったのならゼンブ持ってたハズだぞ」

「あー、そうかそうか。じゃあ歴史の問題な。最初の英雄が現れたのはいつか。彼はいったい何をしたか」


 簡単すぎる問題かもしれないと、ジークは思った。

 最初の英雄はイエス・キリストとならんで、歴史上いちばん有名な人物だ。

 ジュニア・ハイスクールでも、クラス4あたりで教えている。

 あちらは数万人だか数億人だかの迷える人々を救っただけだが、こちらは銀河を丸ごと救っている。


 現在一般的に使われている宇宙歴は、彼の誕生から始まっている。

 といっても生まれた日ではなく、彼が《ヒーロー》になった日のほうだ。


「宇宙歴元年、西暦だと2271年だナ。人類全体を巻きこんだ『銀河戦争』のさなか、ひとりの探検家が深宇宙から1トンの《ヒロニウム》を持ち帰った。ソイツと、そのあと現れた108人のヒーローたちは、泥沼化していた銀河戦争を数年後に終結、疲弊しきって自滅の道を歩んでいた銀河を救った」


 まるで教科書でも読みあげるように、カンナと名乗った女の子は淡々と語った。

 伝説の英雄を〝ソイツ〟呼ばわりした以外には、どこにもケチのつけられない答えだった。ジークは姿勢を正して椅子に座りなおした。心してかからないと〝不合格〟にできないかもしれない。


 ジークはつぎつぎと質問を繰りだした。

 人類史に関すること。宇宙船航法に関する技術的な質問。

 超空間航法の原理と応用。

 核恒星系の一惑星でごく最近発見された(ジークたちのファミリーが発見した)生物の特殊な生態について。


 ジークの得意分野からの出題だ。

 偏ってはいるが、宇宙に出たこともない一般人が簡単に答えられるようなものではない。


 だが――。

 すべての質問にカンナは答えた。

 それも、ジークが問題を言い終えるより早く。


 しまいにはジークが二言、三言しかしゃべらないうちに答えを言うようになった。まるでイントロあてクイズだ。(※著者注釈:「イントロあてクイズとは、音楽の最初の数秒を聞かせて、なんの曲かを言い当てる形式のクイズのこと)


 質問をしているのが自分なのか、それともカンナなのか、ジークにはわからなくなってしまっていた。

 問題を出すためにジークがうなっている時間のほうが、圧倒的に長い。


「ホラ、早くぅ~」


 足をバタつかせて催促してくるカンナを恨めしげに見ながら、ジークは必死に次の質問を考えていた。1問くらいはやりこめてやらねば気がすまない。


「あら、ナゾナゾですの?」


 いつの間に戻ったのか、エレナが後ろに立っていた。


「それじゃ、わたくしも1問。朝は4本――」

「ニンゲン」


 最後まで言わせず、カンナが答えた。万事がこの調子だ。


「遊んでるんじゃない!」

「雑学も教養のウチだぞ」

「そうですわ、社長。それにわたくし、きちんと仕事してまいりました。あちらのバイヤーの方が、これらの品目を売っていただけるそうです……」


 そう言ってエレナは、タブレットをジークに渡した。

 手を触れると、銀色の表面に文字が浮かびあがる。ジークの目の動きにあわせて、つぎつぎとデータが表示されていった。


 推進剤に使うH2O(水)から食物合成機の原料になるアミノ酸、はては便所の再生ペーパーまで。

 《サラマンドラ》がつぎの出港までに補給しなくてはならない物資の、完全なリストがそこにあった。


「相場の7掛けでいいそうですわ」


 さっきまでとおなじ微笑みを浮かべるエレナを、ジークは茫然と見あげた。

 ジークの目に映っている彼女は、もう世間知らずのお嬢様ではない。


 腕利きの代理人エージェントだった。


「他に入り用なものはございます? 追加してまいりますから」

「いや、ない。……なんにも」


 ジークはゆっくりと首を振った。


「でもなんで……。どうやって知ったんだ?」


「あら、わたくしこれでもプロですもの。何かする前には必ず下調べをいたしますわ。外からだって、タンクの中身の見当くらいつけられるんですのよ」


 ジークから受け取ったタブレットをハンドバッグにしまいながら、エレナはそう言った。


 新しい就職先のことは、すべて調べているということだろう。

 ジークたちのファミリーが大金を手にしたことも、知っているとみて間違いはない。もしかしたらそれで来たのかもしれなかった。ジークが大金を持っていると思ったのかも……。


 彼女の手腕はいま見たとおりだ。

 相場の7掛けで話を取りつけることは、サムにだってできはしないだろう。もしかすると、相手は赤字で取り引きさせられているかもしれない。


 彼女ほどの代理人エージェントがジークのもとへ来た理由は、それしか思いつかなかった。


 そうだとしたら彼女の勘違いだ。

 ジークに残されたものは船1隻だけで、他には何もない。金はみんなファミリーの男たちが持っていってしまった。


 そうエレナに告げようとした時――。


「はなしてよ!」


 アニーの声が店の中に響いた。


    ◇


 ソファーごしに振りかえったジークが見たものは、大男に腕を掴まれたアニーの姿だった。

 赤ら顔の大男が、華奢なアニーの手をつかんでいる。


 座っていてさえ自分より大きな男の顔をまっすぐ見据え、アニーはふたたび、はっきりとした声で言った。


「はなしてってば」


 かなり大きな声なので、ここからでも聞こえる。

 大男はにやにや笑いながら、掴んでいた手でアニーを引きよせた。顔をアニーに近づける。


「だから謝ってくれたら、はなしてやるっていってんだろ」

「なによ! そっちがわるいんじゃない!」


 掴まれていないほうの手で、アニーは近づいてくる顔を押しのけた。

 ジークは大男の顎から滴が落ちているのに気づいた。どうやらアニーは、大男の頭にビールをかけてやったらしい。


「ほう、悪いのは俺か? おい、てめえらちゃんと見てたよな。俺はいったい何をしちまったんだろうな? ビールをかけられなきゃならねぇようなことを、俺がしたか?」


 大男がテーブルの男たちに問いかける。


 同じ船の仲間なのだろう。全員がよれよれの制服(青の3号と呼ばれるやつだ)を着ていた。


 定期航路――すぐ隣の星系と1ヵ月かけて荷のやり取りをする貨物船――の船乗りたちだろうと、ジークは見当をつけた。

 船乗りの中でも、いちばん賃金が安くてぱっとしない連中だ。「女の子に嫌われる職業」では、たいていワースト・ワンにあがっている。


「やめてよ!」


 大男は逃げられないようにアニーの手をがっしりと押さえ、もう片方の手をミニスカートに包まれたお尻に伸ばしていた。


 アニーは体をひねり、大男の手からなんとか逃れようとしている。


「なんだよ。ケツさわるくれぇ、いつもやってることじゃねぇか。だいたいおめえがいけねぇんだぜ、尻をぷりぷりさせて歩いてっからよ。おめえ、誘ってんだろ。ここに突っこんでほしいんだろう、ええ?」

「そんなつもりない! やめてったら!」


 曲げた指でいやらしい動きをみせる手に、アニーは悲鳴をあげた。

 男たちの野卑な声がかかる。「もっとやれ」という声だ。


 ジークはたまらず、立ちあがっていた。


 やめろと、大声で叫ぼうと思ったところにカンナのとぼけた声がかかる。


「おっ、立ったぞ立ったぞ。《ヒーロー》みたく、カッコよく助けにいく気だナ」


 ジークは怒りをこめてカンナをにらみつけた。

 激しい視線を、カンナは柳に風といった感じで受けながす。


「アイテは20人、オマエは1人。ボコボコにされるのがセキのヤマだぞ。オトナしくしてたほうがミのためじゃないか?」


 ジークはぐっと言葉をつまらせた。

 一対一ならともかく、ケンカ慣れした船乗りたち20人を相手にして勝てる気はしない。


 だが――。


「ま、アイツらに理性ってモンがあったら、殺さないでいてくれるかもヨ」


 カンナが追い打ちをかけた。


 ジークは決心が揺らぐのを感じた。カウンターを振りかえり、マスターの姿を探す。

 さっきまでそこにいたはずのマスターの姿は、どこにもなかった。


 店の奥では、大男がアニーの尻を撫でまわしながら耳元で囁いていた。


「おめえだって、この店をクビになると困るんだろ。ええ? よくしてやるからよ……」


 大男の手は胸に伸びようとしている。


「………てよ」


 小ぶりな胸を掴まれるにまかせ、アニーは小さくつぶやいた。

 うつむいた顔は見えない。肩が小刻みに震えている。


「あん? なんだって?」


 手を耳にあて、大男が聞きかえす。


「……してよ」

「あーん?」

「はなせって……、いってンだろッ! このタコぉッ!!」


 下から振りあがったアニーの足が、大男の顎に炸裂した。


 短いスカートがひるがえり、白い下着がちらりと見える。


 大男はいったん直立し、それからゆっくりとテーブルの上に倒れこんだ。

 グラスが砕け、皿がひっくり返る。


「このアマぁ!」


 男たちが椅子を蹴って立ちあがった。


 同時に、他の客たちはテーブルの下に避難をはじめる。

 少しもひるまず、アニーは男たちに啖呵をきった。


「はん! いつまでもおとなしく触らせてると思ったら、大間違いだかんね! あたしがここにいるのも今夜かぎり、もうつぎの仕事みつけたからクビなんて怖くないんだから! いままでのぶんもたっぷり返してやるから覚悟なさい!」

「なんだ、御同輩か。なら助けてやんなくちゃナ」


 ジークはいやな予感を覚えた。


 まさか、あいつも……。

 カンナは立ちあがって、男たちのほうに歩いて行こうとしている。


「おい、ちょっと!」


 カンナを呼び止めようとしたジークの肩に、ぽんと手が置かれた。

 振りかえったジークの目に映ったのは、さっきまでカウンターにいた女だ。


 ジークよりも上背がある。

 体格もいい。


 切れ長の目と、顎のあたりで切り揃えた髪が、シャープな印象を与えている。


「ジリオラだ」


 短く、切るようにつぶやいて、女は歩きだしていた。


「おい、あんたは――」


 答えるかわりに、ジリオラと名乗った女は着ていた皮ジャンをジークに投げつけた。


 ずしりとした手応えがある。

 見てみると、中にホルスターが縫いつけてあった。45口径の大型ブラスターが顔をのぞかせている。


 皮ジャンのポケットから、はらりと紙片が落ちた。

 ひろわなくてもわかる。


 4枚目のプリントアウトに違いなかった。

 ジャンパーを脱いでタンクトップ1枚と身軽になったジリオラは、肩をまわしながらアニーを取りかこむ男たちに近づいてゆく。


 むきだしの二の腕や背中に、無数の傷跡が見えた。

 刃物か、さもなければ熱線によるものだ。


 先行していたカンナのほうは、すでに男たちのところに到着していた。

 途中で手にしたのか酒瓶を持ち、椅子を引きずっている。


 男たちの後ろに椅子をたてかけ……。


 ――男たちは気づいていない。


 椅子に登り……。

 酒瓶を振りあげ……。


 ――男たちはまだ気づかない。


 ひとりの後頭部に、思いっきり振りおろした。

 パーンと、酒瓶の砕ける景気いい音が店中に響きわたる。

 後頭部をワインで真っ赤に染めた男が、前のめりに倒れてゆく。


「野郎!」

「このガキっ!」


 やっとカンナに気づいた男たちが、捕まえようと手を伸ばす。

 だがその頃にはもう、カンナは椅子から飛びおりていた。男たちの足元をちょろちょろと駆けぬける。


「タッチ」


 やってきたジリオラと手を叩きあわせ、戦線から離脱する。


「てめえ、待ちやがれ!」


 ジリオラは両脇を走り抜けようとしたふたりの男をダブル・ラリアットで床に叩き落とすと、走りだした。


 誰にというわけでなく、男たちの中に突っ込んでゆく。

 ちょうど進路にいた何人かがふっ飛ばされる。

 数メートルの大きさがある巨大な丸テーブルが、派手な音をたてて倒れた。


「オマエはやんないのか? 社員のピンチだぞ」


 茫然と立ちつくすジークに、戻ってきたカンナが言った。息を切らしながらも、楽しそうな顔をしている。


 男たちの中で、小柄なアニーが動き回っているのが見えた。

 掴みかかってくる男たちをステップでかわし、閃光のようなハイキックを顔面に叩きこんでいる。


 果敢に戦っているが、相手の数が多すぎた。

 体重のないアニーだと、いちど捕まったらそれで終わりだろう。


「コレで4対20だ。ヤクブンすれば1対5だゾ。これでやんないっていうなら、オトコのシルシをチョン切ってやろうか」


 言われるまでもない。

 ジークはやる気になっていた。


「社長、わたくし……」


 エレナが声をかけてきた。


「エレナさんはここで待っててください。店の外に出ていたほうがいいかも……」

「いえ、わたくし商談をまとめてまいりますわ。補給品目のリストにサインしてませんもの。よろしくて?」

「へ? え、ええ……」


 ジークは思わずうなずいてしまっていた。


 エレナは乱闘を避けてテーブルに隠れているバイヤーのところに歩いていった。

 テーブルの下に入りこみ、タブレットを取りだして交渉をはじめる。


「オイ! ヤルのかヤんないのか!? 私ゃいくゾ」


 新しい酒瓶を両手に構え、カンナが聞いてきた。


「行くぞっ! アニーのほうに助太刀する!」

「あいさ」


 うれしそうに返すカンナを引きつれ、ジークは男たちの中に飛びこんでいった。

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