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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第三章 狂気の英雄

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狂気の虎

「ようっ……ガルーダじゃねぇか」

 背後から掛けられた声に、ジークは驚いて振り返った。

 ディーゼルがそこに立っていた。ぎらぎらとした光を目に宿らせて、ジークを見つめている。


 その目は、どこかがおかしかった。

 ジークのことを捉えていながら、何か別のものを見ているようなのだ。


 ジークは本能的に後じさろうとして、カプセルの縁から転げ落ちた。


「なんだよ? 俺様がわからねぇのか、ガルーダよ? まあ無理もねぇか、俺様はこんな体にされちまったからなぁ」


 そう言って、にっと牙をむいてみせる。


 ジークの聞き間違いではなかった。

 この男は、二度もその名前を口にしたのだ。ジークの父親の名前を――。


「な、なんで親父の名前を知っているんだ……?」

「しかしおめえは変わらねぇな……あれから20年も経つっていうのによ。まるで昔のままじゃねぇか」


 ジークの声は、まるで聞こえていないらしい。


「そこをどけ、ガルーダ。俺様はこれから奴をぶっ殺しに行くところさ。てめえとの決着は、わるいが後回しにしてもらうぜ――」


 ディーゼルはそう言うと、ふたたび歩きはじめた。

 ジークの脇を通りぬけて、遺跡の入口に向かおうとする。


「ま――」


 その先を口に出すためには、大変な苦労がいった。

 喉から声を絞り出すようにして、ジークは言った。


「――ま、待てよ。行くっていうなら、オレを倒してからにしろ」


 ディーゼルは立ちどまった。顔に歓喜を浮かべて、振りかえる。


「そう言うと思ったぜ。てめえならなッ――!」


 巨体が動いた。


 ショルダー・タックルを受けたのだと気づいたときには、ジークは空中に跳ねとばされていた。

 10メートルも宙を飛び、石柱のひとつに背中から激突する。


「ぐはっ――」


 息が洩れた。ずるずると崩れ落ちる体を、支えることができない。


「立ちやがれ――ガルーダ。てめえの力はそんなもんじゃないはずだ」

「ガ…、ガルーダじゃないって……言ってるだろうが」


 ジークは立ちあがった。

 いまので何本か肋骨を持っていかれたようだ。喉元に血の塊がこみあげてくる。


「そうだ――それでいい。昔みたいに楽しもうぜ!」


 自然体で立っていたディーゼルの巨体が、一瞬にして目の前に迫る。

 今度は避けることができた。ジークの身代わりとなって、石の柱が粉々に砕け散る。


 横っ跳びにジャンプしながら、ジークはレイガンを抜いていた。

 空中姿勢から、3連射。


 首筋と背中、そして脇腹に、青いレーザーが命中する。


「てめぇ……なんのつもりだ?」


 怒りを双眸にたたえて、ディーゼルは振り返った。

 生身の部分を狙ったはずが、まるで効いていないらしい。


 ジークはふたたび引き金を引き絞った。今度も3連射。


 3条のレーザーはディーゼルの脇をいったん通りすぎてから、その軌跡を大胆に変化させた。

 背中に突き出している排気管に、狙いたがわず侵入する。


 ぼん――と、ディーゼルの体内から小さな爆発音が響いた。ディーゼルは目を見開いた。

 口と両耳から、紫色の煙が立ちのぼってくる。


 煙の塊をひとつ吐きだして、ディーゼルは言った。


「ガルーダ、てめえ――なめてやがるのか? そんな軟弱な攻撃で、俺様が倒せると本気で思ってるのか?」


 距離を取ったまま、ジークは無言で立ちつくしていた。


 ディーゼルは怒声を張りあげた。


「いまのへろへろ弾丸たまは、なんだと聞いている! 俺様を倒すつもりがあるなら、もっと気合いをいれろっ! 気合いだ、気合いっ!」


 ディーゼルは吠えた。

 メタル・ボディの胸元を、どんと叩いてみせる。


「ここだここっ! ここを狙ってきやがれっ!」


 レイガンを握るジークの手は、小刻みに震えていた。

 もう片方の手を添えて狙いを定めようとするが、震えはとまらなかった。


 いまこの場所に立っている理由を、ジークは胸のうちに呼び覚ました。

 遺跡に〝鍵〟を掛けるとか、〝邪心〟が解放されるとか――そんなことを聞かされても、なんの現実感もありはしない。


 カンナたちの姿が脳裏に浮かぶ。


 確固として動きようのない理由が、ひとつだけあった。そのひとつだけで、ジークには充分すぎるほどだった。


 胸に下げたペンダントが、まばゆく輝きはじめる。銃と自分が一体になる高揚感――確固たる自信が、銃から腕を通じてジークの心に流れこんでくる。


 その銃は、作られてからいままで、あらゆるものを撃ち抜いてきた。貫けないものなど、ありはしない。


 ――守りたいものがあるんだ。力を貸してくれ。


 手の中のレイガンに、そう語りかける。

 手の震えは、いつのまにか止まっていた。


 ジークはトリガーを引き絞った。


 まっすぐに――青い光条が伸びてゆく。その光はディーゼルの左胸を貫いた。


「ぬおっ……」


 ディーゼルがうめき声をあげた。首がうなだれ――そして再び持ちあがる。


「へっ、いい一撃だったぜ。だがなっ――!」


 ディーゼルの豪腕が伸びる。

 逃げることは、かなわなかった。

 ジークの頭部を手に握ると、ディーゼルは腕一本で、その体を宙に吊りあげた。


「俺様の体にゃ、心臓なんてもんはねぇんだよ! 奴に改造されてからなぁ!」


 指がぎりぎりと絞めあげてくる。ジークは自分の頭蓋がきしむ音を聞いた。


「おじさま、やめてー!」


 聞こえてきた声に、ジークは赤く染まりはじめた目を向けた。


「リム……ル?」


 遺跡の前に着陸したVTOL機。そのハッチから飛び出したリムルが、こちらに向かって走ってくるところだった。


「おじさま! そんなことしないで! ジークをはなしてぇ!」


 涙声で訴えながら、リムルはディーゼルの腕にすがりついた。


「ええい、邪魔だっ!」


 腕のひと振りで、リムルの体は軽々と宙を飛んだ。

 石柱の一本に激突する。べちゃりと、濡れ雑巾を叩きつけたような音が響いた。


「リム……ル!」


 リムルの体は数秒ほど石柱に張りついていたが、やがてぼとりと地面に落下した。まっ赤な染みが、石柱の表面に残っていた。


「貴…様、貴様ぁ――」


 ジークの心に、いまはじめてディーゼルへの憎悪がわき起こった。

 ざわり――と、髪が騒ぐ。胸のペンダントの放つ輝きに、黒く禍々しい色彩が混じりはじめる。


「だめ……だよ、ジーク。ぼくなら、へ、平気だから……」


 石柱に手をついて体を支え、リムルは立ち上がろうとしていた。

 片方の腕と片足が、奇妙な形にねじ曲がっていた。白い骨が皮膚を突きやぶり、体のあちこちから飛びだしているのが見える。


「おじ…さまも、ジーク……も、やめて……」


 壊れた体を引きずるようにして、一歩一歩、リムルは歩いてきた。


「だめ……だよ、ふたりとも……正義の味方なんだよ。戦っちゃ……だめだよ」

「リム…ル、来るな……。こいつはお前の知ってる、やつじゃ……、ない……」


 ジークは声を絞り出した。

 いくら力をこめても、ディーゼルの手は離れない。


「おじ……さま、やめよ……ねっ?」


 リムルは血まみれの体で、ディーゼルの腕にすがりついた。


「うるせぇ――消えろ!」


 ディーゼルの手が、ジークの頭を離した。

 そしてその手は――指先をそろえた貫手となって、リムルの体に打ちこまれた。


 血がしぶいた。


「リムルーっ!」


 太い腕が、リムルの胸を貫いていた。


「おじ……さま」


 リムルの瞳には、まだ光が残っていた。

 自分の胸を貫いたディーゼルの腕に、小さな手をそっと重ねる。


「おじさま……は、せいぎ…の、かい…ぞくさ……ん、だよ……ね」


 ディーゼルの表情に、かすかに正気の影が浮かぶ。

 ずるりと、リムルの体から腕が引き抜かれる。血まみれの小さな体は、力つきたように大地に倒れた。


「リム……ル……」


 ジークは地面を這いずって、リムルの体に手をかけた。


「リムル……リムルっ!」


 叫びつづけるジークをよそに、ディーゼルはその場に立ちつくしていた。血まみれになった自分の手だけを、じっと見つめている。


「俺はッ、俺様は……」


 その手で頭をかきむしる。喉の奥から、咆哮がほとばしった。


「うお――うおおぉ! 俺は――俺様はッ!」


 ディーゼルの体から、黒と黄色のオーラが噴きあがる。


 ジークは渾身の力をふるって、リムルのうえに覆いかぶさった。

 ディーゼルから噴きでる力は、とめどなく増大していった。大地が――あらゆるものが、エネルギーの奔流のなかに飲みこまれてゆく。


 リムルをかばいながら最後の瞬間を待つジークは、ふと、自分の背中を包をこむ柔らかな感触に気がついた。

 暖かく、そして限りなく優しいその感触は、どこか懐かしさを覚えるものだった。


 そしてすべてが消失した。

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