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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第三章 狂気の英雄
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爆心地

「あれは……結晶バリアシステム!?」


 同様のものを、ジークはかつて見たことがあった。

 子供のころ、銀河中心核への探索中に異星人の遺跡で見かけたのだ。

 それは空間構造を変質させる異星人の超技術オーパーツ・テクノロジーの産物だった。

 内側から解除しないかぎり、物理的手段では破壊不能とされている。


 ぷつり――という音とともに、スクリーンに通信が入った。


『おいコラ! 聞こえてねーのか! ヤイってばヤイ! ジークのバーカ――』

「誰が馬鹿だって? 聞こえてるぞ、カンナ!」


 ノイズまじりの映像で、ろくに顔もわからない。

 だがそのほうがいい。自分の情けない顔を、向こうにも見られずにすむ。


『私らは無事だワサ。あの目玉オヤジも含めて、全員ともナ――それより早く降りてこい! ヤツを止められる――かどうかはヤってみなけりャわからんが、可能性がアルのはオマエだけだワサ!』

「ヤツって……奴のことか? なに言ってんだよカンナ、奴ならいま軌道上のあの船に――」

『バカタレっ! 爆心地を見てみロッてーの!』


 カンナに罵倒され、ジークはふたたびモニターに目をやった。


 風速数百メートルという暴風が吹き荒れるなか、男は大地に立っていた。


 天を衝く金色の髪、襟元を立てた銀のスペース・スーツ――奴だ。宇宙海賊キャプテン・ディーゼル、その人に間違いなかった。


 彼がその場所に立っている理由をひとつだけ思いついて、ジークは青ざめた。


「ま、まさか――まさかD砲っていうのは……」

「ディーゼルの、D――ってこと?」


 ジークとアニーのつぶやきに、カンナが答える。


『そのとーり、《ダーク・ヒーロー》を弾体として発射するニンゲン大砲! 宇宙最強の実弾兵器だワサ』


 拡大映像の中で、ディーゼルはゆっくりと歩きはじめた。

 結晶バリアから数百メートルも離れていない。照準は正確だったようだ。


『いいか、よく聞けヨ。時間がないから詳しいコトは省略するが、この遺跡はパンドラのヘソさね。しかもイマはロックが外れちまってる状態だ。ヤツがココにきて暴れたら、とんでもないモンが外に出ちまうコトになる」


「とんでもないモノ? いったい何が出てくるっていうんだよ?」

『このパンドラに封じられていたモンだヨ! 推定情報量――6掛ける10の63乗ビットの集合意識。闘争本能の純粋な塊だ! 外を回ってる|《宇宙気流》なんざ目じゃないぞッ!』


「そいつが――外に出ちまったら?」

『人類すべてをヒャクマンカイは発狂させられるだけの情報量がある――わかるかい? コノ意味が』


「なんだって、そんなものが……」

『いいからヤツを止めろッ! いま〝鍵〟がコッチに向かってる! 到着してロックを掛け直すまで、なんとしてでも時間を稼ぐんだヨ! コッチもできる限りのことはしてみルが、なにしろ相手は《ダーク・ヒーロー》だワサ。どこまで通用するモンか――』


 カンナがそこまで言ったとき、ディーゼルはちょうど結晶バリアの手前にたどり着いたところだった。


 ディーゼルは大きく腰を沈めこんだ。


 その両脚で大地を力強く蹴り放す。地面が陥没し、ディーゼルは高く高く舞いあがった。垂直に200メートルほど上昇したところで、もういちど――今度は何もない空中を蹴りつけて(、、、、、、、、)、鋭角に軌道を変える。


 速度が音速を突破したか、衝撃波の尾を長く引きながら、ディーゼルは結晶バリアに突っこんでいった。


 結晶バリア表面に、飛び蹴りが叩きこまれる。絶対に破壊不能(、、、、、、、)なはずの空間結晶構造にひびが入り、つぎの瞬間には粉々に砕け散っていた。


 ピンク色の細片が降りそそぐなか、ディーゼルは島の大地に降り立った。

 バリアの内側に溜めこまれていた海水が、周囲のえぐられたクレーターの底に流れ落ちてゆく。


 バリアが消滅したおかげで、遺跡の姿がよく見えるようになる。

 それは黒と紫色に艶めいた、内臓を思わせる造形の建造物だった。


「電離層に突入するわよ――」


 スクリーンに見入っているジークに向けて、操縦席のアニーが言う。

 カンナの最初の言葉を聞いたときから、アニーは《サラマンドラ》を降下体勢に持ちこんでいたに違いない。


 大気圏との摩擦によってブラック・アウトが発生し、しばらくのあいだ映像が途切れる。船外カメラが回復したとき、ディーゼルはアンドロイド兵と交戦しているところだった。


 ジークが惑星マツシバで戦った、あのアンドロイド兵たちである。

 ドクター・サイクロプスの手による自律兵器たちは、数十体の集団が一団となって、ディーゼルに襲いかかっているようだ。


 すでに残骸が山のように積まれている。

 折り重なったアンドロイド兵のひとつとして、原形を留めているものは存在しなかった。


 現在交戦している一群の後ろからも、別の数十体が増援として現れる。遺跡の入口から出てきたアンドロイド兵たちは、それまでのものよりも、ひと回りほど大きなタイプだった。


巨人ギガントタイプか――」


 ディーゼルは通常タイプのアンドロイドと戦っていた。

 その周囲をギガントたちが遠巻きに取り囲む。配置が完了すると、ギガントたちは一斉に、顔の単眼から高出力のレーザーを発射した。


 戦闘を続行している仲間たちをも巻きこんで、何十本ものレーザーが、ディーゼルただひとりに集中する。

 溶解した大地が沸騰するなか、ディーゼルは涼しげな顔で立ちつくしていた。

 右手を前に向けてかざし、半数――20本ほどのレーザーを、その掌で受けとめる。


 ぐっと、指が握られる。


 あろうことか――レーザーのビームが、その指に絡め取られた。20本のビームをその手に握りしめ、ディーゼルはぐいと力をこめて引っぱった。


 ずるずる――と、そんな音が聞こえてきそうな光景だった。ディーゼルの手によって、ギガントたちの単眼から太いビームが引きずり出されてゆく。


 ギガントたちの体が、がくがくと激しく痙攣する。

 その単眼から、レーザーの終端が抜けていった。

 すべてのエネルギーを引き抜かれてしまったのか、20体のギガントたちはがっくりと膝をついた。

 単眼の光が消失し、前のめりに大地に倒れてゆく。


 ディーゼルの手には、生き物のようにうごめく20本のビームが握られていた。

 雪を固めて雪玉を握るように、ディーゼルの手が動いた。圧縮された光の球体が、その手の中にできあがる。


 ベースボールのピッチャーのように、ディーゼルは足を高々と上げた。

 残った半数のギガントに向けて、大きな投球モーションから剛速球を投げつける。エネルギー球がわずかに掠めただけで、ギガントたちは次々と爆発していった。


「な、なんだよ……あんなの。でたらめじゃないか……」


 ジークの口から、つぶやきが漏れた。


「ジーク! もうすぐ上空に到達よ!」


 操縦席のアニーが、ジークに叫んでくる。

 ジークはアニーのとなりに腰を下ろすと、火器管制のシステムを立ち上げた。


「よ、よし……主砲で撃とう」

「効きっこないわよ! そんなの!」

「やってみなくちゃわからないだろ!」


 主砲の照準を、手動マニュアルでディーゼルの体に持ってゆく。

 対人に向けるようには作られていないシステムは、しばらくむずかったあとで、ようやくロックオンのマークを出した。


 荷電粒子ビームが、厚い大気を切り裂いてディーゼルに向かう。命中だった。遺跡手前の広場に、十数メートルのクレーターができあがる。


 煙の中から、何事もなかったかのようにディーゼルが歩き出てくる。

 エネルギー切れで機能を停止していた1体のギガントの足を掴む。こちらを見ようともせず、足を掴んだギガントを無造作に放り投げる。


 ギガントの姿がモニターの中から消失した。一瞬後、《サラマンドラ》の機体が大きく震えた。


「なんだっ!?」

「きっ、機関部に直撃よ! 何かがエンジン・ブロックを突き抜けていったみたい!」


 アニーは空力系の操縦桿をせわしなく操作した。ラダー・ペダルを蹴りこんで、傾いてゆく船体を懸命に立て直そうとする。このままでは地上に激突だ。


 ジークも機関部の表示を手元に呼びだした。ダメージがでかい。パラメーターを操作して、バランスを維持しようと試みる。機関部では次々と小爆発が起きているようで、そのたびに設定したパラメーターが無意味になる。


 そのとき突然、アニーが叫び声をあげた。


「ジーク! あんた降りなさい! いま、ここで!」


 一瞬、アニーが何を言っているのか理解できなかった。


「シュートよ! シュート! ポッドを使えば、すぐあそこに行けるよ!」


 戦闘ブリッジのそれぞれのシートは、そのまま脱出カプセルとなる。そのことをジークは思いだした。


「何言ってんだよ! あきらめるには早いぞ! なんとか立て直せ!」

「カンナたちを助けに行ってって、そう言ってんの! もうアンドロイドは残ってないのよ!誰があいつを止めるの!」

「誰がエンジンを見るんだよ! 爆発しちまうぞ!」


 ジークは叫びかえした。

 アニーは体全体で《サラマンドラ》を操りながら、ジークに言ってきた。


「ジーク、ひとつだけ聞かせて――あんた乳のちいさな女の子って好き? それともきらい?」

「なんだよ! こんな時に!?」

「いいから聞かせて! やっぱり大きいほうがいいの?」


 ジークは叫んだ。


「ああ! 小さいのも好きだよ! これでいいのかっ!」

「上等よ! よし許すっ! 行ってきなさい――」


 アニーの手が、ジークの座るシートに伸びる。

 緊急脱出用の赤いレバー――ジークが制止するよりも早く、アニーの手はそれを引いてしまっていた。


「おいっ! アニーっ!」


 硬質シェルがシートに被さる。

 ジークはシートに縛り付けられたまま、下に向かって撃ち出された。加速感の直後に、浮遊感が襲う。《サラマンドラ》の船内から、空中に向かって射出されたのだった。


 狭い暗闇の中で、ジークは呆然としていた。


 一瞬にして、アニーは手の届かないところに行ってしまった。暴走しかけたエンジンを抱えた《サラマンドラ》とともに――。


 心に生じた虚脱状態を打ち壊すように、衝撃がジークの体を揺さぶる。カプセルが大地に落下したのだろう。


 数秒ほどで、シェルに亀裂が入った。

 左右にスライドしてオープンする。落下したのは、石柱の林立する庭園のような場所だった。近くには遺跡の姿も見えている。


 空がまぶしい。

 ジークはベルトのハーネスを引きちぎるようにして、シートから立ちあがった。

 《サラマンドラ》の姿を大空に探す。――いた。


 《サラマンドラ》はあきらかに異常な色の噴射を行いながら、空の高みに上昇してゆくところだった。


「アニーっ!」


 ジークは空に向かって叫んだ。

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