ワイバーン
「あれが……あれが、やつの船だって?」
その船の拡大映像がモニターに現れる。
その映像を見て、ジークは思わずつぶやきを洩らしていた。
『そんな……《サラマンドラ》なの?』
槍のように細長く伸びた船体。
不釣り合いに巨大な双発のエンジン・ブロック。
だがよく見ていけば、微妙にディテールが異なっている。
垂直翼の付け根に、追加ブースターである《サーディン》が見あたらない。
船体を覆う装甲も、焼けたスペース・チタニウムのラベンダー色ではなく、海賊船らしい漆黒の塗装が施されている。
なにより違っているのは、船体下部に長大なカノン砲らしきものが据え付けられていることだった。
その砲身は、ゆうに船体と同じだけの長さを持っている。
「違う、アニー。あれは《サラマンドラ》じゃない……同型船だ」
深宇宙探査船である《サラマンドラ》には、何隻かの同型船があるのだと――父親に聞かされたことがある。だがあのシリーズが建造されたのは150年も昔の話だ。他の船はとっくに廃船処分になっていると思っていた。
その船は巨大な悪霊の塊を突き抜けるなり、瞬時に反転した。
『なんて反応よ!?』
同型船とは思えないほどの反応に、アニーが驚嘆の声をあげる。
200メートル級の船が、まるで戦闘機のように軽やかに転進を果たしたのだ。
「あれが本来のスペックなんだよ……」
肉眼で捉えたその船は、不思議な輝きを周囲に放出していた。
モニター映像に目をやっても何も映っていないのに、肉眼では黄色と黒を交互に組みあわせた縞柄のオーラのようなものが見えている。
「あれが《ダーク・ヒーロー》の力ってやつか?」
悪霊の中を突っ切って平然としている以上、そうとしか考えられない。
『ジーク、なんか出てきたよ』
アニーに言われて、ジークは拡大映像に目をもどした。
上甲板の中央付近、艦載機用のエレベータがあるあたりに、人影が見受けられた。映像を5回ほどズームさせると、顔が識別できるようになる。
――奴だ。
宇宙海賊キャプテン・ディーゼルは、2本の両足だけで船殼の上に立っていた。宇宙服など身に着けず、その身を直接宇宙の真空にさらしている。逆立った金色の頭髪が、風になびいていた。
虎に似たその顔に、不敵な表情が張りついていた。
ディーゼルを甲板上に乗せたまま、船は悪霊に向けて全力加速を開始した。――速い。目測で軽く30Gは出ている。
ディーゼルは両足をしっかりと踏んばり、拳を握って身構えた。
〝敵〟の存在を感知してか、悪霊の塊に変化が生じた。数億か――あるいは数十億か、巨大な怨念の集合体である塊の表面に、ひとつの巨大な顔が浮かびあがる。それは悪鬼のような形相をしていた。
悪霊が動く。
空間を渡って、一気にディーゼルに飛びかかる。
ディーゼルは船ごと悪霊に包みこまれ――つぎの瞬間、悪霊だけが弾き飛ばされた。
巨大な悪鬼の形相が大きく歪んでいた。
まるで殴りつけられたかのように――。
悪霊はふたたび襲いかかることはなく、世にも情けない顔で逃げていった――一目散に。
これから先、気流図を書き換える必要があるだろう。
あまりのことに呆然としながら、ジークはそんなことを考えていた。
◇
「遅かったか!」
4隻の船が、パンドラの軌道上に漂っていた。
機関部を撃ち抜かれて、自力で動くこともできないらしい。
同型船であるとはいえ、完全な整備を受けているディーゼルの船と、老朽化しているうえにダメージまで食らった《サラマンドラ》では、加速力の違いは明らかだった。はなから勝負にもなりはしない。
ジークたちが追いついたときには、すでにパンドラ宇宙軍は壊滅的被害を受けていた。
あの船の姿は、近くには見あたらなかった。ジークはレーダーの索敵範囲を最大レンジヘと叩きこんだ。
「やつの船は――」
地平の果てまで見渡せる長弦レーダーに反応があった。
「いたぞっ! アニー! 自転方向! 惑星の反対側だ!」
「了解――!」
遷移軌道などには乗らず、エンジン・パワーのみを頼りにして、惑星の周囲を強引に回りこんでゆく。
相手は軌道上の一点から動いていない。
静止して、いったい何をするつもりなのか――。
「見えたよ、ジーク!」
惑星半周の行程を終え、《サラマンドラ》はパンドラの裏側に飛び出した。地平線の上に敵船が現れる。
「こちら《サラマンドラ》! おいそこの船! 応答しろっ!」
電波を叩きつけるようにして、通信を送る。
さして時間を置くこともなく、相手は呼びだしに応じてきた。
『こちら海賊船《ワイバーン》――何の用だ』
「なっ――」
ジークは一瞬、言葉を失った。
スクリーンに現れてきた人物は、ディーゼルではない。
『何の用かと聞いている。用がないのなら切るぞ――少年』
ピンクの髪をしたグラマラスな女性は、ジークを一瞥するなりそう言った。
「あ、あんたは……あのときの」
女の声に、ジークは聞き覚えがあった。
女海賊として|《海賊島》に潜入し、レイプされかけたあの夜――。ジークのことを助け、さらにはリムルの手がかりをくれたあの女性だ。
『どこかで会ったか――少年よ?』
よほど驚いた顔をしていたのだろう。女は怪訝な顔をジークに向けきた。
「ちょっとあんた! あいつを出しなさいよ! あのディーゼルとかいうやつを!」
『黙れ、女。キャプテンはいま忙しい。用件なら、副官の私が聞く』
「お前らの狙いはドクター・サイクロプス――ひとりだけだろう? 他の者を巻き添えにするのはよせ!」
女は口を開いた。
『ああ――宇宙軍の船のことか? 攻撃してきたから、黙らせたまでだ。なに心配するな。動力部しか狙っていない。乗員は無事でいるはずだ』
「いまオレの仲間がドクターを捕まえに行ってる。差しだしてやるから、それまで何もするな!」
口から出まかせではあったが、相手を引き止めておけるなら、ジークはどんな嘘でも並べるつもりになっていた。
『何か勘違いをしていないか、少年? 私たちは海賊だぞ。海賊というものは、したいことを好きなようにやるものだ。D砲――発射準備急げよ』
女はジークと話をしながらも、背後の部下に命令をくだしている。
『それに我らの意志も命も、キャプテンとともにある。キャプテンがそれを望んでいる以上、何人たりとも、それを止めることはできん。どうしても止めたいというのなら、言葉ではなく力ずくで来い。それが海賊流というものさ――少年よ』
「アニー! 砲雷撃戦用意っ! レーザー、ミサイル、作動するものは全部出せ!」
「ちょ、ちょっと――」
「いいから、やれっ!」
「は、はいっ――」
アニーはコンソールに指を這わせた。
満身創痍の《サラマンドラ》だ。稼動している武装は全体の1割弱といったところか。最後に数本だけ残っていたミサイルが、発射管に装填されてゆく。
「準備……完了したけど」
ジークはスクリーンの中の女に言った。
「さあ、もういちど答えを聞かせてもらおうか」
『ばかめ、撃ってから言え』
ジークは叫んだ。
「アニー、発射だ!」
「もうっ、知らないからね――」
主砲の荷電粒子ビーム、副砲の大口径レーザー。そして何本ものミサイルが一斉に火を噴いた。
敵船まで約1000キロ――。
その距離を、光の速さでレーザーが駆け抜ける。敵船に命中し、そしてはじかれた。入射角と等しい反射角で、宇宙の虚空に消えてゆく。
つづいてゆっくりと伸びていった荷電粒子ビームが、船体に触れる寸前に、下へ向けて強引にねじ曲げられた。最後に飛んでいったミサイルは、あっけなく迎撃されてしまう。
塗装の下に忍ばせてあった鏡面装甲と、電磁バリア・システム――《サラマンドラ》にも本来は備わっていた装備だ。
『なかなかよかったぞ――少年。だが説得というのは、こうやるものだ』
《ワイバーン》から反撃がきた。10倍以上もの火力が、《サラマンドラ》1隻に向けられる。
「回避っ!」
「き、きゃっ――!」
アニーが《サラマンドラ》を操る。
光速で到来するレーザーはともかく、有限の速度を持つ粒子ビームとミサイルは避けられる。
《サラマンドラ》は全推力を解放して急速降下をかけた。
装甲表面でレーザーの雨がはじかれる。
こちらの鏡面装甲は死して長いが、そのかわりにエレナが芸を仕込んだ移動装甲がカバーしている。
滝のような粒子ビームが、頭上で《サラマンドラ》の占めていた空間を焼き焦がしていた。追尾してきたミサイルの群れは、高温の噴射プラズマで焼きつくす。大輪の花がいくつも宇宙に咲いた。
『D砲の発射準備、完了しましたぜ――姐さん』
『そうか――』
スクリーンの中で、副官と部下の会話が進んでいる。
『少年よ、遊んでやるのもこれまでだ――照準固定、目標は南海の孤島』
《ワイバーン》は腹の下に抱えていた長大なカノン砲を地表に向けた。
200メートルもの長さを持つ砲塔が、ぴたりと照準を固定する。大気圏を抜けたその先に、エレナたちのいるあの島が見えている。
「やめろおっ! うちの社員がいるんだぞぉ!」
ジークの叫びもむなしく、砲は発射された。実体を持った弾頭が、ゆっくりと加速してゆく。
「ちくしょう! ちくしょう!」
ジークは射撃用のスティックに飛びついた。
加速途中の弾体を照準に捉え、主砲の一斉射を与える。粒子ビームの青い光条が伸びてゆき――そして弾かれた。
着弾の一瞬、ジークの目にはあの黄色と黒のオーラが吹きあがったように視えた。弾体は大気との摩擦で赤く輝きながら落下していった。
南太平洋の一角に、光が出現した。
そこを中心として生まれた波紋が、大気の上層部にいくつもの同心円を広げつつ、惑星全体に伝わってゆく。
光球は成長をつづけた。海を飲みこみ、大気を飲みこみ、衛星軌道にまでその領域を拡大してゆく。
「エレナさんっ! ジルーっ! カンナーっ!」
2、3分か、それとも10分くらいなのか――。時間が経過していった。
ジークはゆっくりと顔をあげた。地表の様子を映すモニターに顔を向ける。爆発の際に放出されたエネルギーも拡散しつつあった。吹きあげられた塵芥のほとんどは、衛星軌道上にまで昇り、そうでないものも地表に落下していた。
大気はふたたび透明度を手にいれようとしていた。
「見えるよ……。ジーク、地表のようすが」
ジークよりも、アニーのほうが立ち直りが早い。彼女の嗚咽は、しばらく前から聞こえなくなっていた。
「あれは……?」
解像度の低いモニター画面の中に、なにか形を保っているものが見えていた。
画面に映っているのは、爆心地のあたりの映像だ。
「待って、もう少しすれば――」
じりじりとした時間が過ぎてゆく。さらに解像度があがった。それはピンク色に輝く結晶質の物体だった。
「あれは……結晶バリアシステム!?」