エレナたちの戦い
「そろそろ……はじまったのかしら?」
双眼鏡で夜空を見上げていたエレナは、レンズに目をあてたままつぶやいた。
ちかちかと、いくつもの光がまたたくのが、この地上からでも確認できる。それは海賊船の出現をしめす、ジャンプ・バーストの輝きだった。
エレナたち3人は、ドクター・サイクロプスの研究施設があるという南太平洋上の孤島へと向かっていた。
決して不自由はさせないという、法王アルテミスの言葉に嘘はなかった。
ドクターと会見するというエレナたちの希望はかなえられ、最優先の便宜が取り計らわれた。この戦時体制の中で、こうして高速船を調達することができたのもそのおかげだ。
《サラマンドラ》のジークたちとの間には、いまはもう数億キロという距離が横たわっている。
惑星間スケールにあたる膨大な距離だ。
戦闘の内容を確認しようとなれば、巨大な反射望遠鏡が必要になる。
ここから見ることのできるのは、海賊船の到来を告げるひとつひとつの輝きだけだった。
「おいエレナ、もうすぐ到着だゾ」
カンナに呼ばれて、エレナは双眼鏡を下ろした。デッキから降りて、狭いキャビンヘと入ってゆく。カンナとジリオラのふたりは、思い思いの場所に席を取っていた。
エレナが腰を下ろすのを待って、カンナはわざとらしい咳払いをひとつした。言い難そうな顔で、エレナとジリオラのふたりに口を開く。
「その――だナ、着くマエにひとつだけ、言っておきたいコトがある」
「なぁに? あらたまって?」
「いいか? アイツに会っているあいだ、私ゃ、カーミラって名前だワサ」
「カーミラ? なんのこと?」
「そうでなかったら、キャロラインでもカトリーヌでもナンでもいい――とにかくカンナじゃナイからナ。いいか、わかったナ」
「あら、昔の恋人に会うのがそんなに嫌なの?」
「ダレがコイビトなもんかッ! あんなヤツぁ、あんなヤツぁなァ――」
エレナの言葉に、カンナは拳を握って力説しかけ――ふと眉をひそめた。
いぶかしむような顔をエレナに向ける。
「ちょっとマテ――だいたいなんでオマエが知ってるんだヨ?」
「あら、聞いてみただけなのに、ホントにそうだったなんて。あらあら、どうしましょ」
ぐう――と、ひと声うめいてから、カンナは火のついたように喚きはじめた。
「てめぇコノヤロ! ズルイぞっ! ダイたい肌なんかツヤツヤ光らせやがって!
あんな野蛮人と楽しんで喜んでるよーなインランオンナに、ヒトのレンアイをとやかく言われるスジアイはないヤいッ!」
「そんな、楽しんできただなんてひどい言い草ね。だってほら、この半年って、あの子に付きっきりで遊ぶ暇なんてなかったし……しかたないじゃない」
その言葉に、カンナも大きくうなずく。
「そりャあ違いない。ガルーダのやつも、ずいぶんと面倒なコゾーを押しつけてきたモンだ。鍛えてヤッてくれだって? あのノビタくんをどう育てりゃ、一人前の《ヒーロー》になるッてゆーのかね?」
「カンナにかかっちゃ、誰だって子供あつかいね……あの人だって」
「ガルーダかい? やつはデッカくなっただけのノビタくんだ。男なんてナ、いつまで経ったってみんなコドモなんだよ。それこそ、何百年生きたってナ」
「それじゃあ、小さいほうのノビタくん。男手ばかりで育てたことがいけなかったのね。あの子ったら、きっとわたしのこと、女神様かなにかだと思ってるわよ。わたしだって生理もくれば性欲だって持ってる普通の女なのに……ほんと困っちゃうわ」
ほっぺたに手をあてて、エレナは憂い顔を浮かべた。
「女神サマだァ? 自分で言うかね、コイツはサ。どのクチで言う?」
「あら、どうしたのジル?」
エレナはジリオラに顔を向けた。
ふたりのやり取りを黙って聞いていたジリオラが、すっと片手を持ちあげたのだ。その顔から、笑いは消えている。険しい顔つきだった。
エレナとカンナの顔が、一瞬にして真顔にもどる。
「――来たの?」
「ああ、上だ――」
ジリオラは鋭い眼差しを上に向けた。
その視線はキャビンの天井を貫き、さらに上へと向けられていた。
3人はデッキヘと駆け出た。
エレナが首にかけた双眼鏡で、夜空をくまなく走査する。
「いたわ――あそこ!」
夜空を指差す。
双眼鏡の高感度の暗視機構が、空を飛ぶ3つの人影を捉えていた。
それは背中に翼をはやした全裸の女たちだった。ひとりは優美な白鳥の翼。もうひとりは精悍な鷹の翼。そして最後のひとりはコウモリの翼を持っている。
エレナたちが見守るなか、女たちはゆっくりと降下してきた。翼をはためかせ、優雅にデツキヘと降り立つ。
白い翼と見事な金髪を持ったひとりが手前になり、残りのふたりは後ろに付き従うような形でエレナたちの前に立つ。
女たちはそれぞれに異なるプロポーションを持ってはいたが、誰もが例外なく、神の造りだしたような均整のとれた体つきをしていた。
体を包みこむようにして、翼が折りたたまれてゆく。天上の美というものを体現した体の曲線に、それぞれの翼がくるりと巻きついてゆく。
光がきらめいた。瞬時にして、翼が服と変化をとげる。
「元素転換かヨ。アイツめ、あいかわらず銀河を揺るがすようなテクノロジーをくだらんコトに使ってやがるワサ――あのでっかいコドモめが」
カンナのつぶやきが聞こえる。
先頭の女が、軽く頭を下げて挨拶をする。
落ちついた声がその唇からもれる。
「お初にお目にかかります。わたくし、ドクターの秘書をしているジェニファーと申します。お客様をご案内するようにと、申し付けられております」
声もまた、この世のものとは思えない美声だった。まさに天使の声である。
完璧な存在を前にして、エレナは怯んだ――女として。
本日分の2話。いまいち切れ目が悪いので、短めです。
明日からは戦闘本番。もりもりと字数があって盛り上がります。