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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第三章 狂気の英雄
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出撃

『それでは社長――いってらっしゃいませ』


 スクリーンの向こうで、エレナが微笑む。

 エレナたちが地上にいて、自分のほうが《サラマンドラ》に乗っているというのも変な感覚だった。


「ああ、そっちもがんばってくれ。大変だと……思うけど」


 苦渋をなめるような選択のすえに、ジークはチームを2つに分けることを決めていた。

 一方は《サラマンドラ》で海賊艦隊の迎撃にあたり、もう一方は地上に残ってドクター・サイクロプスの陰謀を探るという役割を果たすことになる。



『私ゃソッチのほうが心配さね。ホントにだいじょぶかい? なんならジルもそっちに付けてやってもいーんだゾ?』

「なによ、あたしひとりじゃ不安だっての? あんたこそ、みんなの足を引っぱらないようにしなさいよね」


 ジークのとなりで、アニーがやりかえす。


 こちら側はジークとアニーのふたり。

 地上に残ったのはエレナ、カンナ、ジリオラの3人だ。

 リムルは法王アルテミスの保護をうけ、安全な場所に避難させられていた。

 本人はついてくると言い張っていたが、パンドラ〝神族〟の唯一の生き残りとあっては、周りがそれを許さない。


「ジル……ふたりを頼むぞ」

『ああ、任せろ』


 誰のどんな言葉よりも、ジリオラのひと言がジークに安心を与えた。


「じゃあ、行ってくるからな……アニー、発進だ」

了解ラジャー――」


 アニーがスロットルを押しこむと、《サラマンドラ》はパンドラの黒く呪われた海をすべるように進みはじめた。


 速度が50ノットを越えたところで、展開式の地上翼を開いてゆく。

 《サラマンドラ》はプラズマの噴射を海面に叩きつけながら、その重量をゆっくりと持ちあげて、空へと上昇していった。


「パンドラの警備艦隊から電文が来たぞ――『我ラ、貴艦トトモニ、海賊迎撃ニ、ムカウ』だとさ」


 2人ばかりしかいないブリッジで、ジークはアニーのとなりに座っていた。

 アニーが操縦に専念できるようにサポートに徹している。

 人手不足は深刻だった。

 いつものように、どっかりとキャプテン・シートに腰を落ち着けているわけにはいかない。


 衛星軌道まで昇ったところで、パンドラの〝宇宙軍〟が《サラマンドラ》を待ち構えていた。

 連中は妙なところで寛大だ。

 あれだけの暴言をジークが吐いたというのに、力を合わせる気になっているとは――。


「だけど、ほんとに――たくさん(、、、、)よね」


「ああ、そうだな」


 ジークはモニターに映っている艦影を数えていった。


「いち、にい、さん……ああ、たくさんだな」


 3のつぎで数え終わってしまう。

 つまりは4隻ということだ。リムルに数を聞いたのが間違いのもとだった。リムルの数えかたによると、3のつぎは〝たくさん〟になるらしい。


「だいたい、あんなボロ船じゃついてこれるわけないでしょ? 武装だってついてるかわかったもんじゃないわよ」


 ジークはコンソールを操作した。

 いつもはエレナの分担している領域に手を伸ばし、精密レーダーのバッファに溜まっているデータを引きあげてくる。


「ああ……。いちおうは、ついてるみたいだな」


 20ミリ、パルス・レーザー――貨物船を威嚇するのには使えそうな武装だ。


「どうするの? 足なみそろえて、仲よく出かけていく?」

「いいや、遠慮なくぶっ飛ばせ――10Gだ。連中には、気流図だけ送ってもらうさ」


 ジークが通信で要請すると、ほどなく巨大なデータ・アーカイブがバースト転送で送られてきた。

 |《宇宙気流》の流れを記した気流図である。これさえあれば悪霊たちの通り道をよけていくことができる。

 来たときのように、知らないうちに悪の通り道に飛びこんでしまうこともない。

 もっとも悪霊たちが気まぐれを起こさないという保証はないのだが――。


「さあ、いいぞ。ぶっ飛ばせ」

了解ラジャー――」


 軽いショックが、ジークの体にかかった。


 《サラマンドラ》が全力加速に移行すると、パンドラ宇宙軍の駆逐艦は、みるみるうちに後方に遠ざかっていった。


    ◇


 まる一昼夜の行程も、そろそろ終わりに差し掛かかろうとしている。

 《サラマンドラ》は戦闘が予想される空域へと近づきつつあった。


「こんなとき、ジェニファーがいてくれればなぁ」


 いくつものキーボードを並べて、プログラム・シーケンスを流れるように打ちこんでゆきながら、ジークはぼやいた。


「ジェニファー……誰それ? どこの女?」


 手伝えることもなく、作業をぼんやりと眺めていただけのアニーが会話にのってくる。


「人間じゃないよ。思考機雷のAIさ」

「ああ……あれね」


 アニーは合点のいった顔になる。

 例の放浪惑星事件のときだったが、機雷に名前をつける変態男だと、アニーにひどくけなされた覚えがある。


「この《サラマンドラ》に100年近くも積まれたままだったんだ。あの当時の機械って、制御中枢がとんでもなくオーバー・スペックだったろ。それもあって、自我みたいなものが芽生えてたみたいでさ……子供のころ、オレがおしおきで武器庫に閉じこめられたときなんか、よく話し相手になってくれたっけ」


「ネコも100年生きると、妖怪ベムになるっていうアレ?」

妖怪ベムはないだろ?」


 ジークは笑った。


「もとが機械なもんだから、こういう作業はとっても得意だったんだ」


 ジークがやろうとしていることは、《サラマンドラ》に自動操船のプログラムを仕込むことだった。

 オート・パイロットなどという低レベルのものではない。与えられた指示を遂行するため、みずから状況を判断して動く高度なプログラムだ。


 やっつけ仕事ではあったが、それでもなんとか形になってきた。


「これで――どうだ?」


 ひと通りのルーチンを組み上げると、ジークは実行キーを押してみた。

 モニター内部の仮想空間の圧縮された時間の中で、《サラマンドラ》は敵艦隊にたいして、おおむね指示通りの動きをみせていた。いくつか動作のバグを取ってから、最後にもういちどコンパイルをかける。


「よし、こっちは終わったぞ。そっちはどうだ?」

「ステルス・フィールドは青ランプ――順調よ」


 200隻もの艦隊にたいして、何の策も持たずに飛びこんでゆくほど無謀ではない。

 ジークとアニー、ふたりだけで出撃したことにはそれなりの意味があった。

 《サラマンドラ》の格納庫には、2機の高機動戦闘機が搭載されていた。

 それぞれ《ファイアー・ボール》と《アイス・ボール》という名前がついている。


 戦闘が開始されるときには、ジークとアニーのふたりは2機の戦闘機に乗りこむことになる。

 船にエレナたちが残っていては困るのだ。《サラマンドラ》を完全な無人にすることが、今回の〝策〟の要点となっている。


「よし、じゃあ行くか……。アニー、覚悟はいいか?」

「やめてよ、覚悟だなんて。あたしは生きて帰るつもりなんだから」


「そうか、そうだよな……」

「あんたも一緒よ! 約束して! いまここで!」


 すごい剣幕で迫られ、ジークはしぶしぶ口をひらいた。


「わ、わかったよ……。ちゃんと帰ろう、2人でな」

「うんっ!」


 アニーは嬉しそうに微笑んだ。

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