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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第一章 プリンセス・ラセリア
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サラマンドラへ

 無機質の冷たい感触が心を落ちつかせる。


 250メートル級の恒星間宇宙船サラマンドラのブリッジは、水浸しでひどい有り様になっていた。ジークの座るキャプテン・シートだけが、唯一被害をまぬがれている場所だ。


「操舵系は異常なしよ。――ジル、そっちはどう?」

「主機関、問題なし」

「航法系……えいッ。よぉし、いま立ち上がったわサ」


 寝起きの悪い精密機器に、カンナが蹴りを入れている。

 その隣では、機関士席についたジリオラが、いつも機嫌の悪い核融合エンジンを腕ずくで黙らせていた。


 女たちは半透明の宇宙服を着込んだまま、それぞれの席についていた。水球から脱出したあと、ステーションには戻らず、自分たちの船に直接帰ってきたのだ。


 女たちは自分たちの格好も忘れて、作業に没頭していた。半透明の素材にトップレスの上半身が透けている。ジークは目を引き離して宇宙服を脱ぎはじめた。首から上はともかく、下にあったアロハも短パンはそれほど濡れていない。


「社長――状況がつかめましたわ」

 ステーションの管制と連絡を取っていたエレナが、振り向いて報告をする。袖から腕を引き抜きつつ、ジークは顎先で先をうながした。


「管制さんの指示を無視した宇宙船が1隻、7分前に600メートル地点を通過しました。その船は現在、本星に向かって加速中とのことです」

「本星……? 惑星に向かってるっていうのか? ――アニー、発進だ」

「了解【了解:ラジャー】」


 軽いショックとともに、《サラマンドラ》はポートから離れはじめた。

 本来なら発進手続きが必要なところだが、問い合わせの集中で混乱している管制にかかっては、許可がいつ下りるか分かったものではない。エレナが回線を繋げられたことも奇跡に近いのだ。


「暴走船のコースと、現在速度を報告」

 航法席についたカンナに、簡潔な言葉で指示をだす。


「いま出るわサ……。あはは、こりゃビンゴだね。狙ったようにマッ正面。速度は秒速30キロ。現在の加速は1G弱ってトコか。全長1キロメートル。――かなりの大型船だナ。全開でこの加速しか出せないとすると、コリャ、どうあっても衝突コースだわサ。15分後にゃ、デッカイ花火があがることになるゾ」


 嬉しそうに、カンナが言う。


「暴走船よりの救難コード、確認しました。船籍は『マツシバ・インダストリー』。……古いですわね、『大航海時代』の移民船ですわ」


 エレナは形のいい眉をひそめた。この《サラマンドラ》も建造後150年とかなりの老朽船だが、『大航海時代』といえば歴史の教科書に出てくるほど昔のことになる。およそ300年ほど前、ジャンプ航法を開発した人類が、宇宙の星々に広がっていった頃の話だ。


「すげーッ、カッコいー! このボロ船より古い船なんて、久しぶりに見たわサ」

「300年も前の移民船なんかが、なんだってこんな所を飛んでるんだよ?」

「さあね、直接訊いてみたら? それよりどうするの? もうすぐステーションとの安全距離が取れちゃうけど……」


 首を回して尋ねてくるアニーに、ジークは即答した。


「全開だ! とりあえず追いかけろ」

「はいはい、了解【了解:ラジャー】っと。……ったく、事情も何もわからないっていうのにこのお兄さんは……」


「救難信号が出てるってことは、誰かが乗ってるってことだろ?」

「無人の自動信号かもしれないって、考えてみた?」

「アー、けどコレって、どのみち追いつかんゾ」

 航法装置とにらめっこしていたカンナが、ふたりのあいだに割ってはいる。


「どうしてよ?」

「だってウチのほう、10Gまでしか出ねーもン」

「加速は5Gだ。エンジンひとつ、オレがもらうからな」


 言いながら、ジークは立ちあがった。ハッチへと向かう背中に、アニーの声がかかる。


「どこに行くのよ?」

「《サーディン》で出る。37秒で3番をカットだ!」


 ジークはそう言い残して、ブリッジを飛び出していった。


    *


 《サラマンドラ》には、3つのエンジンが搭載されている。

 2基はもともと備わっていたもので、残りの1基はあとから据えつけられたものだ。ジャンク屋で入手した戦艦の主機を、垂直翼の付け根に無理やり埋めこむ形になっていた。


 改造マニアの整備士のおかげで、そのブースターには独立したコックピットと推進剤タンクが備えられることになった。《サーディン》という名前までついたそのエンジンは、独立した行動が可能である。


 ジークはシャツと短パンを脱ぎさった。

 ブリーフとペンダントだけになって、タラップを登る。狭いハッチを潜り抜ければ、《サーディン》の内部はわりと広くなっている。パネルのスイッチを指先で弾いて、起動シーケンスを開始させてゆく。それが終わると、ジークは6点支持のハーネスで体をがっちりと固定した。


 足元に飛び出している赤い注水レバーを手前に引く。

 天井の注水口から無色透明のねっとりした液体が滝のように流れ落ちてくる。生暖かい液体は足先を浸し、脛から腰に向かって徐々に上がってくる。


 この液体は水ではない。

 比重を厳密に調整されたフルオロカーボン溶液だった。酸素透過性の緩衝材がコックピットに充填された状態で、《サーディン》は100G加速を可能にする。


 水位が首まで来ないうちに、ジークはブリッジとの回線を開いた。サブモニターが点灯するより早く、エレナの声が飛びこんでくる。


『社長、遅くなりましたが、相手の方と連絡が取れました。なんでも、通信機の使いかたがよくわからなかったそうですわ』

「なんだそりゃ? ――出してくれ。ひとこと文句を言ってやる」

『あら、女の子ですわよ』

「え!? ち、ちょっと待って――」


 パンツ1枚の姿を慌てて隠そうとしたが、間に合わない。

 だがエレナの隣に点灯したサブモニターには、「ONLY PHONE」の表示が出ていた。ジークはほっとした。


『声だけで失礼いたします。勇者様、きっと来ていただけると信じておりました』


 スピーカーから飛び出してきたのは、聡明そうな女の子の声だった。


「ゆ、勇者様だって?」

 ジークは耳を疑った。意気地なしだのミソっかすだのと言われつづけて16年。勇者と呼ばれたことなど、一度もない。


『ああ……言い伝えは本当でしたのね!』

「言い伝えだって?」


『宇宙にアンテナを向けていると、いろいろな電波をひろえますのよ。ニュースでやっておりましたわ。なんでも、《ヒーロー》が現れてからのここ120年で、危機を救われなかった姫君はひとりもいないとか。――姫たる者の危機、《ヒーロー》は必ずや現れん』


 そのフレーズには聞き覚えがあった。たしかB級ヒーロー・ドラマの決まり文句だ。


「あのさ、なにか勘違いしてない? オレは《ヒーロー》なんかじゃないって」

『いいえ、わたくしは姫ですもの。その危機に現れた貴方は、勇者様に相違ありませんわ』


 ジークは頭を抱えたくなった。どこか根本的に、話が噛み合っていないような気がする。

 そうしているあいだにも、水位はどんどん上がっていた。もう喉のあたりまで迫っている。


「勇者様かどうかはともかくとして、よく聞いてくれ……えと?」

『ラセリアですわ、勇者様』


「大事なことなんだ、ラセリア。これから救助に向かう。でも助けられるのは大人ひとりか、子供ふたりまでだ。追いつける船には、それしか乗れない」

『大丈夫ですわ。こんなこともあろうかと、わたくしひとりでやってまいりましたもの』

「OK、それならすぐ乗り移れるようにしておいてくれ」


『それよりも勇者様、あの星にどいてくれるように言っていただけません? そのほうがお互いのためだと思いますの』

「――!!」


 口元までやってきた水位に、ジークはごぼごぼと言葉にならない声をあげた。

 常識がないにもほどがある。どこの世界に、動き回る惑星があるというのか。


 生暖かい液体が気管へと乱入してくる。水位は顔を越えていた。空気のかわりにフルオロカーボン溶液で肺を満たすこの瞬間が、いちばん苦しい。大きく咳こんで、ジークは最後の空気を水中に絞り出した。


 ――IM・GO


 会話用のキーボードを使って、ブリッジのエレナに短く告げる。


『はい――行ってらっしゃいませ。細かな打ち合わせは、こちらでやっておきますから』


 わずかに色のついた液体を通して、エレナの顔が見えている。

 ジークは親指を立ててみせた。こちらのモニターに映っているのはエレナだけだが、自分の姿はブリッジにいる全員に見えているだろう。


 ハッチが開くのを待って、スロットルをわずかに押しだす。それだけで《サーディン》は弾かれたように宇宙に飛び出していった。

 後部モニターに映る《サラマンドラ》が、あっという間に小さくなってゆく。加速度計のデジタル表示には、赤い文字で8Gと出ていた。


 《サラマンドラ》との最低安全距離を取ったことを確認して、ジークはスロットルを大胆に押しこんでいった。いままで無音だったコックピット内に、エンジンの唸りが立ちこめてくる。


 噴射ガスの猛烈な輻射光に隠されて、《サラマンドラ》の姿は見えなくなった。

 さらに推力を上げてゆくと、後部モニターの視界は紫外線のバーストによって黒く閉ざされた。


 フルオロカーボンに浮かんでいるはずの体に重さを感じはじめる。体がシートに押しつけられ、骨格がぎしぎしと軋みをあげる。だがすぐにGキャンセラーが効きはじめ、加速感はゆっくりと打ち消されていった。


 加速度計の数字が100に達したところで、ジークはスロットルを固定した。


 航法コンソールに受信マークが点滅している。航法計画がカンナの手によって叩きこまれているという印だ。黒ウサギのアイコンがついた圧縮データパックを、ジークは紐解いていった。これからの数分間は忙しくなる。手足の届くところと、見えるところのすべてに処理すべき事項が山積みされているのだ。

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