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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第二章 5000馬力の〝虎〟
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海賊島近郊宙域

 また1隻、新たな船が出港してきた。


 黒地に白抜きのドクロという伝統的な海賊旗をかかげながら、統制の〝と〟の字もみえない戦列に加わってゆく。

 メーカーも艦種もバラバラの船団は、こうしているあいだにも徐々に成長を続けていた。


 これほどの数の艦艇が、いったいどこに隠れていたのだろうか。


「あーあ、また出てきたよ……」


 頭の後ろで手を組んで、アニーが操縦席のシートに反りかえる。


 |《海賊島》の近隣宙域は大変な混雑ぶりだった。

 管制もなにも、あったものではない。


 新しく出てきた1隻は、出港時の安全距離を取らなかったために、前の船の吹きだす推進プラズマに頭を突っこんでいた。


 それぞれが勝手に放射しているレーダー波で、近隣宙域は電波の洪水に見舞われたようだった。

 あらゆる周波数帯が埋めつくされ、乙女の口からはとても言えないような罵詈雑言が飛びかっている。


「いや~、出るわさ出るワサ。スゲー」

「いまのお船で、222……じゃなくて、3ね」


 《サラマンドラ》のブリッジに、ため息が満ちる。誰もが呆れた顔になっていた。


 〝虎〟が動いた――その報は、たちまちのうちに|《海賊島》じゅうを走りぬけた。

 名もないチンピラから何隻もの船を所有する大海賊まで、ありとあらゆる無法者が顔色を変えた。その結果が、これだった。


 高笑いをしたままディーゼルが館を飛びだしていったあとで、ジークたちは《サラマンドラ》へと戻っていた。


 もちろん、リムルもいっしょに連れてきている。館を出るときも、船に乗りこむときも、何の妨害もうけなかった。まるで注目を受けていないらしい。


「エレナさん、〝噂〟の具合はどうなってる?」


 インコムに耳をあてるエレナに、ジークは訊ねた。


 時間がなかったので3人とも娼婦の姿のままだ。

 女の体で男言葉を話すことには抵抗があったが、となりの補助椅子にリムルが座っているとなれば仕方ない。


「なんだか、ずいぶんと尾鰭がついているみたいですわね。女ばかりの星を攻めに行って、好き放題ができる……なんてことを言ってますわ」


 同時に10チャンネルからの音声を聞き取って、その中から意味のある内容をひろいあげる。

 エレナのいくつもある特技のひとつだ。


「わぁい! 海賊さんが、あんなにいっぱいいるよー! ねー、ジークぅ。あれみんな正義の海賊さんたちだよねー?」


 底抜けに明るい声をあげて、リムルがモニターを指さした。


「あんた、なに聞いてんのよ? あれはあんたの惑星ほしを攻めに行こうとしてんの! だいたい正義の海賊だなんて、そんな非常識なモンがいるわけないでしょ!」


「えー? うそだよー。いるよー。だってディーゼルおじさま、むかしぼくのこと助けてくれたもん」


「助けた?」


 ジークは聞いた。

 リムルは大きくうなずいてみせた。


「うん。助けてくれたの。ぼくむかし、悪いやつに掴まっちゃったことがあるんだ。ぼくの乗ってたお船が悪いやつらに襲われたの。ぼく売りとばされそうになっちゃって……でもディーゼルおじさまが助けてくれたんだよ。悪いやつら、どっかーんてやっつけて」


「はぁ、どっかーん……ね」


 へなへなと気力が萎えかけて、ジークはがくりとうなだれた。

 ロケットの中にあったディーゼルの昔の写真。まだサイボーグ手術を受ける前から、あの男は豪快だったに違いない。


「どうするの? これから――?」


 アニーが聞いてくる。

 ブリッジにいる全員に向けて、ジークは言った。


「とにかく、パンドラに向かおう。やつがどう考えているつもりにしろ、海賊連中は略奪をしかけるつもりだ。そいつはほうっておけない」

「止められっこないわよ? こんな数の艦隊なんて……」


「いくらなんでも、そんな無謀じゃないよ。パンドラにだって、宇宙軍ぐらいあるだろ?」

「あたしに聞かないでよ、そんなことは……」


 視線を向けられて、リムルがきょろきょろと首をめぐらす。


「ん? ん――? なぁに、なぁに?」


 ジークは訊いた。


「リムル――あるんだろ? 宇宙軍の船?」

「うん。あるよ。お船ならたくさんあるよ」


「――だそうだ。とにかくパンドラに向かう。こっちは1隻だ。連中が足なみ揃えてやってこようっていうなら、先回りして準備する時間くらいあるはずだ」

「そンじゃあ――ジャンプの準備、始めるぞい」

「ああ、そうしてくれ。着替えてくる――」


 カンナに告げて、ジークは立ちあがった。


 ジャンプ航法に必要なエネルギーをメガニウム結晶に食わせているあいだに、着替えを済ませてこれるだろう。せめて下着だけは替えたい。あとできるなら、シャワーも浴びたいところだ。


「わたしたちも行ってくるわ。アニー、こっちもお願いね」


 エレナとジリオラのふたりも席から立ち上がる。

 きっと同じことを考えていたのだろう。


    ◇


 メガドライブによる2回の長距離ジャンプと、キロドライブによる3回の短距離ジャンプを行って、《サラマンドラ》はパンドラ星系の外縁に到達していた。


 主星であるG型恒星より5億キロ――一般的な星系ならガス惑星が回っているあたりにジャンプ・アウトし、通常航行で一路パンドラを目指す。

 10Gという加速は、現在の《サラマンドラ》にとって限界に近いものだった。

 ブースターである3番エンジン《サーディン》に火を入れても、それが精一杯というところだ。


 待機モードに移行したブリッジで、ジークはひとりキャプテン・シートに座っていた。

 ジャンプ・アウトしてから、すでに30時間ほどが経過している。交代で当直をつとめ、いまはジークにその順番が回ってきていた。


 目的地である惑星パンドラは、もう肉眼でも確認できるほどになっていた。

 小さな星々のひとつとしてではなく、大きさを備えた円盤として見えているということだ。


 あと1000万キロ。残りの行程は、数時間のうちに到達できる距離にある。海賊艦隊に先行すること、約48時間。パンドラに警言を送る時間はなんとか稼げた。すでに一報目は電波によって送ってある。


 キャプテン・シートのマスター・ゲージに機関部の計器を呼びだしたまま、ジークは惑星パンドラの資料に目を通していた。


 銀河系唯一の統合組織である『惑星連合』に非加盟であるため、パンドラについて知られていることはそれほど多くはない。船の記憶バンクを洗いざらい探しても、出てきたのは百科事典にのっている程度のデータにすぎなかった。


「惑星パンドラ、200年前に建国――。女性のみで構成される独立国家。政治形態は法王を中心とする議会制。〝神族〟と呼ばれる形骸的な皇族制度をいまも残す。建国時の独立戦争において、同星系内にある上位支配惑星7つを破壊し……」


 何度読み返してみても、ジークの目はそこで止まってしまう。


 この星系には、パンドラの他にただひとつの惑星も存在していない。

 200年ほど前には、他に7つの居住可能惑星を擁する、銀河でも指折りの豊かな星系だったのだ。それらの惑星は、いま7本の色違いのアステロイド・ベルトとなって痕跡を残している。文字どおり、〝破壊〟されてしまったのだった。


「ジークぅ……なに読んでるのぉ?」


 リムルの声がジークを呼んだ。ジークは機関の計器表示に目をやってから、後ろを振り返った。


「なんでもないよ。ほら……おいで」


 となりの補助椅子を、ぽんと叩く。

 リムルは嬉しそうに駆けよってくると、椅子にちょこんと腰掛けた。


 リムルの体は、まだ女の子のままだった。

 アニーに借りた女物のシャツも、胸元がわずかに膨らんでいる。つぎの周期サイクルに入って男の子に変わるまで、まだ1週間くらいはかかるらしい。


 ジークの体が男に戻ったのは、つい数時間ほど前のことだった。

 リムルから2度目のキスを受け、丸1日ほどで男へと変化した。女になったときとあわせて、2回の性転換を経験したことになる。


 性転換は、体液の交換によってなされるということだ。

 最初にジークが女になったときは、別れ際にリムルにされた、あのキスが原因だった。

 リムルの体液の中には、ナノ・マシンよりもさらに小さい〝何か〟がひしめいているらしい。

 それはどんな検出方法によっても発見できないほど小さいものなのだ。


 これもパンドラの知られざる秘密のひとつだった。

 最初に資料を読んだときには、女ばかりの国家が200年もの年月を存在しつづけていることが不思議でならなかったが、いまでは納得がゆく。リムルのような特殊な血を持つ。〝神族〟と呼ばれている者が、他の者を男に変えているのだろう。


「どうした、リムル? 眠れないのか?」


 父親が子供にそうするように、リムルの頭を撫でてやる。


 やはり男であるほうがしっくり(、、、、)くる。

 女だったときに〝母性愛〟を感じていたなどという事実は、記憶の底に沈めることにする。

 あれは悪い夢だったのだ。


「そんなにたくさん眠れっこないよぉ。だってぼく、もう12時間も寝てるんだよぉ。みんなはぜんぜん起きてこないし……」


 エレナとジリオラは疲れがでたのか、死んだように眠りつづけている。

 カンナとアニーも、当直の時間以外は無理やり休養を取っているようだ。パンドラに到着すれば寝る暇もなくなることがわかっているからだ。


「ねぇジークぅ……ぼくみんな起こしてこようか?」

「もうすこし寝かせといてやれ……そうだなぁ、あと2時間くらいは」


「だってもうすぐ|《宇宙気流》だよぉ? いくらジークだって、ひとりじゃタイヘンじゃないかなぁ」

「宇宙……気流だって? なんだそりゃ?」


 はじめて聞く言葉に、ジークは眉をひそめた。


「あのねあのね、宇宙をね、〝気〟っていうのが流れてるのぉ――」

 リムルは身振り手振りをまじえて、一生懸命説明しようとした。オーバーなジェスチャーを遮って、ジークは訊いた。


「ちょっと待て――〝気〟ってなんだ? 星間物質か? 太陽風か? それとも何かプラズマみたいなものか?」

「ううん、ちがうよ。気は気だよ。そんなんじゃないよ」


 ジークは首をひねった。

 そんなものが存在するなど、聞いたこともない。


「ほら、見てみろって――そんなもの、どこにもないじゃないか」


 パネルを操作して、スクリーンに外部の映像を呼び出してみせる。さきほどよりも少しばかり大きくなったパンドラの姿が映っているばかりだ。


「違うよジーク、こころのお目々で見るのぉー」

「心の……おめめだってぇ?」

「もうっ! だからこうなのー!」


 横から伸びてきたリムルの手が、パネルのスイッチを勝手に切ってしまう。

 あらゆる照明が消えさった。コンソールの計器も含めて、すべての光が消失する。窓のひとつもない戦闘ブリッジに、真の暗闇が出現した。


「ほらっ、あっちあっち!」


 暗闇の中、指差す方角はわかるはずもない。だが見せたがっているものは、すぐにわかった。


 それはブリッジの後ろの方角に視えていた。現在減速中の《サラマンドラ》は、進行方向に船尾を向けていることになる。したがって、それはちょうどパンドラの方角にあることになる。


 暗闇の中に、うすぼんやりとした青黒い光が浮かんでいるのだ。


「な、なんだよ……これっ!?」


 前を向いているはずなのに、後ろにあるものが視えている(、、、、、)のだ。

 ヘビがとぐろを巻くようにして、その光は絶えずうごめきつづけていた。まるで命があるかのような生物的な動きだった。


「宇宙気流だよっ。200年前に死んだ人が、いっぱい流れてるんだって。ずうっと、200年も……。アルテミスが、そう言ってたよ」


 リムルの声をうわの空で聞きながら、ジークは全員の私室に繋がっている緊急呼集のスイッチを押していた。


 これから忙しくなりそうだった。


    ◇


「もうっ! なんなのよっ、これっ!」

「オイ、アニー! また伸びてきたゾ! イッポン!」


 《サラマンドラ》のブリッジは騒然としたものだった。

 船を操作するアニー除いて、全員が目隠しをしてレーダーの替わりを務めている。ひっきりなしに声が飛びかう。


 これほど接近していても、センサーは|《宇宙気流》の存在を感知できない。あらゆる種類のセンサーが、「問題ない(ノー・プロブレム)」と繰り返し主張している。のんびりとグリーンのインジケーターを点灯させている機械をよそに、人間だけが狂乱騒ぎを演じつづけていた。


「ああもうっ! やってらんない! あたしも視るっ! 目隠しちょうだいっ!」


 声による誘導だけで船を操っていたアニーだったが、自分も視ることに決めたらしい。

 必然的に操縦席の計器が見えなくなるが、アニーならそんなことも可能だろう。


「おい、後ろと右舷だっ! 近いぞっ!」


 前を向いたまま、ジークは叫んだ。

 後方と右側面から1本ずつ――|《気流》が襲ってくる。飢えた獣のように《サラマンドラ》を狙ってくるのだ。


「くおのぉぉっ!」


 アニーは左下方に加速をかけた。

 2本の|《気流》をぎりぎりでかわす。|《気流》は鞭のようにしなりながら、至近距離を抜けていった。ジークはその表面に、無数の顔を視たような気がして、ぞっとなった。


 200年前の独立戦争では、7つの惑星が破壊されている。それらすべての総人口は、50億とも100億ともいわれていた。|《宇宙気流》は、その悪霊の流れなのだ。


 ジークたちを仲間に引き入れるつもりなのか、連中――|《宇宙気流》は執拗に付け狙ってくる。貪欲な死者の群れだった。


「カンナ! あれに捕まったらどうなると思う!?」

「知るかい! 私ゃ科学者だっ! 知りたかったら、試してミロい!」

「冗談じゃないわよっ! あたし絶対にやだかんね!」


 だがパンドラに近づくにつれ、|《気流》の密度はますます濃くなってゆく。

 死闘が1時間を迎えるころになると、全員に疲れがみえはじめる。

 パンドラまでは、あと五十万キロ。

 心の目とやらには、ぼんやりと輝く丸い球体として映っている。

 もうすぐそこに目的地があるというのに、たどり着くことはできそうにない。


「もうだめっ! 来る! 来ちゃう!」


 ついに《サラマンドラ》は、|《気流》の1本に捕捉されようとしていた。よじれながら迫る1本の|《気流》が、船尾から追いかけてくる。


「だめぇっ!」


 アニーが悲痛な叫びをあげる。襲ってくるであろうショックに、全員が身構えた。

「……?」


 |《気流》はたしかに船尾に触れたはずだ。なのに何の衝撃もやってこないではないか。ただの錯覚だったのだろうか?


 そんな疑問を心に浮かべたとき、それは唐突に、予想もしていない場所から襲いかかってきた。


 精神の奥底から、心の表面に向けて――。

 怨念などという、なまやさしいものではなかった。死の瞬間の苦痛。それもひとりではない。数百数千、あるいは数万の人々のさまざまな死の苦痛が、ジークに襲いかかった。


「ひぃィィッ!」


 悲鳴があがった。女たちも同じ苦痛を感じているのだ。

 ――くそっ、くそっ!


 無数の苦痛と、死の絶望が、ジークの心に染みこんでくる。その黒いイメージを、ジークは必死で払いのけようとした。


「だめーっ!!」


 声が響きわたった――リムルの声だ。その途端、怨霊たちがジークの精神を解放した。心を縛りつけてくる力が、嘘のように消滅する。


 ジークは目隠しを引き下ろし、そして見た。


 リムルが椅子から立ち上がり、両腕をいっぱいに広げていた。

 小さな体を張って、ブリッジにいるジークたちを守るかのように立ちつくしている。

 その目は悪霊たちを睨みつけるかのように、ぴたりと虚空を見据えていた。

 こんなにも厳しい顔をしたリムルを、ジークはいま初めて目にした。


「だめー! みんなをいじめるのは、ぼくが許さない!」


 毅然とした声でリムルは宣言した。


「あ、悪霊が……」


 目隠しをあてたまま、アニーがうわずった声をあげる。


「ジーク、悪霊が……退いてゆくよ」


 それを最後に、悪霊たちは2度と近づいてこようとはしなかった。

 《サラマンドラ》は誰に邪魔されることなく、パンドラの大気圈へと降下していった。

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