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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第二章 5000馬力の〝虎〟
47/333

虎の館へ(後編)

※小説家になろうの規約では不適切なシーンとなるため、一部、ダイジェストとなっております。

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・〝虎〟に責められてしまう彼女ジーク

「ようっし……。それじゃあ、いまおじさんが優しくしてやるからなぁ~」

「ま――待って! あの………、ま、まだ心の準備がっ、あの……その、だから……」

「そうかぁ準備をしないとなぁ。よぅっし、おじさんが手伝ってやるぞぉ~」

「ひんっ――!」

「どうだぁ~? もういいか~?」」

「い、いやあの、だから……」

「もう1回かぁ?」

「いッ! ――ぅぅっ!」

「どうだぁ、もういいかぁ? それとも、もう1回かぁ?」

「や…、やめて……、も、もう……」

---------------------


「あのぅ、お館様?」


 助け船を出してくれたのは、やはりエレナだった。


「おおう、なんだぁ?」

「まだまだ夜は長いんですのよ。そんなに焦らなくてもよろしいじゃありませんか。お館様ったら、なんだか覚えたての男の子みたい……うふふ、おかしいですわ」


「おう。俺様は、そんなのとはわけが違うぞぉ」


 テーブルから持ってきたのか、エレナの手には1枚の皿があった。


「さあさ、お食事をお持ちしましたわ。はい……。あ~ん、してくださいな」


 フォークに刺したウインナーを、エレナは差しだした。


「お、おうっ。あーん……」


 ぱくりと食いつく瞬間に、さっと手を引く。男の口は、むなしく空振りする。


「うふふっ……ごめんあそばせ。さっ、もういちど……。はい、あ~ん……」

「あーん――っ」


 身を乗りだすようにして、男は今度こそウインナーを口に入れた。

 のしかかっていた体重が消えた瞬間、彼女ジークは男の下から抜けだしていた。


 シーツの海を泳ぐようにして、男から逃げだす。

 スカートはまくりあがり、ブラの紐は肩からずり落ちかけた情けない格好だが、なりふりなど構ってはいられない。


「ほらほら、ジェライラってば……。お館様にお酒をお持ちして」


 男の気を引きつけるようにして、エレナが援護射撃をしてくれる。

 言いつけられたジリオラは、テーブルの上からジョッキを取りあげると部屋の隅に向かって歩いていった。美術品にまじって置かれている赤いドラム缶から、薄く色付いた液体を酌みあげる。


 ドラム缶には、白いペンキで『|Diesel OIL《ディーゼル・オイル】』と書かれていた。

 部屋にたちこめる匂いの元は、これだったのだ。


「酒だ」


 娼婦になっても無口なジリオラが、ぐいとジョッキを男に差しだす。


「おおぅ、ありがとよ。だけど違うぞぉ。酒ってのはぁ、口移しで飲むもんだぞぉ」

「そうか」


 言うなり、ジリオラはぐいとジョッキをあおった。

 もちろん飲みこんだりはしない。男の顔を両手で押さえ、そのまま唇を重ねる。


 ジリオラの口内から男の喉へと、口移しにディーゼル・オイルが注がれる。

 うまそうに喉を鳴らし、男は液体を飲みくだした。どういう体の作りをしているのだろうか。


「ぷはぁーっ! うめぇ、うめぇぞぉ。よぉ~し、おかえしだぁ――」


 いったん口を離してそう言い、男はジリオラの腰に片手を巻いて力強く抱きよせた。


 ねじりこむようにして、唇を押しあてる。激しく濃厚ディープなキッスだった。


 ジリオラの手からジョッキが落下して、床に飛沫を飛び散らせる。


 男の腕が、髪から背中、そしてヒップに向けて、ゆっくりと撫でおりてゆく。

 太い指先が肌をかすめるたび、ジリオラの全身に不規則な震えが走る。あの魔法の指先がどのようなものか、彼女ジークにはよくわかっている。


 やがて熱いベーゼも終わりを告げた。

 ジリオラはひとりで立つこともできないようで、男の腕に支えられたままだった。放心した目付きで宙を見上げている。


「どぅれ、ちちのほうはどうだぁ」


 ジリオラの体がびくりと跳ねあがる。


「おおぅ、固くていいぞぉ。いい具合だぞぉ」

「まあ、ひどいひと……。わたくしひとりだけ、のけものですの?」


 そう言いながら、エレナは男の胸にしなだれかかった。

 何気ない仕草で、その視線が彼女ジークに向けられる。意味ありげな目配せを受けて、彼女ジークはふと我に返った。


 部屋を抜けだすなら、いまがチャンスだった。


 早くもエレナは、男の膝の上に腰をかけていた。

 指先で男の喉を撫であげつつ、甘い声でキッスをせがむ。そんな光景を横目で見ながら、彼女ジークはそっとベッド・ルームを抜けだしていった。


「おおぅ。でっかいぞぅ、柔らかいぞぉ~」

「あん、そんなに強く握ったら、痛いですわ。あらあら、そんなとこにユビなんて入れないでくださいな……あんっ」


 広間に出てからは小走りになった。テーブルの横を抜けて、ドアの前にたどり着く。ノブに手をかけたとき、ついにベッド・ルームから悩ましげなエレナの声が響いてくる。


「あっ、あ……、あぁんっ――」


 そんな声を聞きながら、彼女ジークは後ろ髪を引かれる思いで廊下に足を踏みだした。

 ドアを閉めきると同時に、聞こえていた声も締め出される。

 それでもしばらくは、声が耳の奥に張りついていた。


 彼女ジークはうつむいていた顔をあげた。

 気を取りなおして、鋭い視線を左右に向ける。廊下の照明はいつのまにか落とされていた。もう夜も遅い。薄暗がりの奥に向けて、廊下はどこまでも長くつづいていた。


 彼女ジークは歩きはじめた。


 たしか同じ階に台所があると言っていた。もし誰かに出会ってしまっても、そんな言い訳がきくだろう。


 角をひとつ曲がってみる。

 同じ形のドアがいくつも続いている廊下がつづいていた。この先はどうやら客間として使われているらしい。


 このあたりには、いそうもない。

 そう思って引き返そうとした彼女ジークの目に、何か白いものが映る。暗闇の中に目を凝らすと、その白いものは、いくつか先のドアに掛けられていた小さなホワイト・ボードだとわかった。


 ドアの前まで歩いてゆき、ボードを見る。


 可愛らしいウサギのイラスト。そして、「リムルのおへやなのぉ♡」と、どこかでみた丸っこい文字――。


 ここだった。


 立ちつくしたままで、彼女ジークはじっとボードを見つめていた。手書きの文字のひとつひとつから、リムルの存在が伝わってくる。


 ドア・ノブの下には鍵穴があった。

 彼女ジークは髪の中に手を差しこんで、ヘアピンを1本抜きだす。電子式のロックではなくて助かった。ボディ・チェックされるおそれがあったため、道具のひとつも持ちこめなかったのだ。


 ヘアピンを引き伸ばして棒状にする。

 即席のキー・ピックを鍵穴に差しこもうとして、彼女ジークはふと思いとどまった。


 ノブに手をかけて、ゆっくりと回してみる。

 そのまま押すと、ドアは何の抵抗もなく内側ヘと開いた。鍵など、はじめから掛かっていなかったのだ。


 部屋の中は廊下と同じくらい暗かった。リムルは眠っているのだろうか。いつもならちょうどそんな時刻のはずだ。


「んっ……」


 暗闇の中から、伸びをするような声が聞こえた。


「だ…れぇ? おじ…さま……?」


 ソファーらしきものの上で、小柄な人影が起きあがった。その動きに反応して、部屋の自動照明が淡い光を室内に投げかける。


 ソファーに横たわっていたのは、ネグリジェ姿の女の子だった。眠そうにまぶたをこすりながら、ぼんやりと彼女ジークに顔を向ける。


「おねえさん……だぁれ? おじさま……どこ?」

「迎えに来たよ、リムル」


 ひさしく忘れていた男言葉が、口から自然と流れでてくる。

 リムルは目をこすっていた手を止めた。ぽかんとした顔で彼女ジークを見つめる。


「ジーク……なの?」

「そうだよ」

「わぁい! ――ジークだぁ!」


 飛びついてきた小さな体を、彼女ジークは両腕を広げて受けとめた。

 ぎゅうっと、力いっぱい胸の中に抱きしめる。


「く、苦しいよぉ……、ジークぅ」

「ごめんごめん……」


 ばたばたと手足を暴れさせるリムルを、胸の谷間から引きはなす。

 このままいつまでも抱きしめていたいところだが、そうもいかなかった。部屋に残してきたエレナたちのことが気にかかる。


「あれぇ、だけどジーク……どうしてここにいるのぉ?」


 リムルは彼女ジークの顔を見上げていた。

 女になった彼女ジークに驚きもしない。


 彼女は、あらためてリムルの姿を見直してみた。小さいながら、ネグリジェを持ちあげる膨らみがある。リムル自身もまた、女の子になっているのだった。


 驚きはなかった。

 なんとなく、そんな気がしていたのだ。彼女ジークとリムル、ふたりの体が変化してしまった秘密は、きっとリムルが知っているに違いない。


「助けにきたよ、リムル」

「……助けてくれるの? どうしてぇ? なにをー?」


「な、なにをって言われても……」

「あっ、ぼくわかった! いっしょにお願いしてくれるんでしょ! ねー、助けてよジークぅ……いっしょにおじさまにお願いしてぇ」


「お、おじさま……?」


 彼女ジークは聞き返した。

 いつものことだが、どうも話が噛み合っていない気がする。


「うん、ディーゼルおじさまだよ」


 聞き覚えのある名前だった。

 はっと、彼女ジークは胸元に手をやった。あのロケットはそこにはなかった。自分のペンダントと一緒にしてアニーに預けてある。


 その時、廊下から声が聞こえてきた。


「おおーぅい、どっこだぁ……。う~ぃ……」

「あっ、ディーゼルおじさまァ!」


 リムルが嬉しそうな声をあげた。

 開け放したドアの、その向こう――。一歩一歩、足音が廊下を近づいてくる。


「うぃー……、こっこかぁ――?」


 ぬっと、巨大な人影が出現した。彼女ジークは思わず、リムルを胸の中にかばいこんでいた。そんなことも構わずに、リムルは嬉しそうに手を振った。


「わぁい、おじさまだぁ――! おじさまー!」

「おう、リムル……いい子にしてたかぁ?」

「うん! ぼくいい子にしてたよ」


「そぅかぁ、じゃあもうすこしいい子にしてるんだぞぉ~。そしたら、あとでご本よんであげるからなぁ。おじさまはこのおネーちゃんに、ちょぉ~っと用があるんだぞぉ……さあ、こーい。つぎはおまえの番だぞぉ~」


 大きな手が、彼女ジークの腕をつかんでくる。


「あっ、あのっ……エリーゼ姉さんとジェライラ姉さんは?」

「おう、ふたりとも、いまごろ天国だぁ。おまえも天国にいかせてやるぞぉ~。おじさんはやさしいんだぞぉ~」


 男の腕から逃げだしたい一心で、彼女ジークはリムルに声をかけた。


「ほ、ほら、リムルちゃん! おじさまに何かお願いがあるって、言ってなかったかなー?」

「あっ、そうだ! あのねあのね! おじさまあのね! ぼくおじさまに、悪いヤツやっつけてほしいの! ぼくの惑星ほしにきた、悪いやつ!」


 男はうんざりした顔つきになった。


「またその話かぁ? だけどおじさま、忙しいんだぁな……。ネーちゃんたちを、天国にいかせるってぇ、だいじなだいじなお仕事があるからなぁ」


 冗談ではなかった。そんなところに行かされるのは御免こうむりたい。


「おじさまってば、そんなこと言わないであげて、この子がかわいそうよ? ね? 退治しにいってあげたら? いますぐに――」


 最後のところには、特に力をこめる。


「そいつ、とっても悪いやつなんだよ! ひとつ目玉で、オバケみたいにおっきなやつなの!」

「ひとつ――目玉?」


 彼女ジークは思わず聞き返していた。


「うん! ひとつ目玉のわるいやつ! サイコロポイとか、そんな名前なのぉ!」

「サイクロプス――じゃなくって?」


 彼女ジークは訊いた。


「あっ、そうそう! それそれ!」


 宇宙というのは、意外と狭いものらしい。

 その名前には聞き覚えがあった。ひとつ目の巨人でサイクロプスといえば、あの男しかいない。


 ――ドクター・サイクロプス。かつてひとつの惑星の運命をもてあそび、破滅の淵まで追いこんだ男。銀河に名だたるマッド・サイエンティストの名前であった。


「ねぇ、リムルちゃん? やっぱりその話はあとにしよっか。ほらっ……おじさま、いま酔ってらっしゃるし。……ね?」

「えーっ? そんなぁ」


 掌を返すような彼女ジークの言葉に、リムルは不満気な顔をした。


「ねっ、そうしよ? ねっねっ?」


 心の奥――深層意識のどこかが、激しく危険信号を鳴らしている。

 理由はわからない。ただこの男を、あいつに合わせてはいけないような気がするのだ。


 彼女ジークは記憶の底をあさって、説得の材料を探しだした。どんなことでもいい。


「ほらっ! ほらほら――大変よ? パンドラって女ばかりの惑星ほしなんでしょ? このおじさま、と~っても女好きだもの。連れてったりなんかしたら、もータイヘンよぉ」

「その女ばかりの惑星ほしに、ドクター・サイクロプスってやつがいるのか」


 男が言った。

 はっとして、彼女ジークは男に目を向けた。眠たげだった男の目が、徐々に開いてゆくところだった。


「そっ、そんなことありませんって! いやですわ、もう! お館様ったらぁ!」


 男の目が、ぱっちりと開く。


「そいつは、許せねぇな」


 茶色かった髪が、根元から金色に変化してゆく。

 男の肉体から、目に見えず形もない力が噴出をはじめた。髪からはじまった変化が全身に行き渡り、噴出する力が勢いを増す。


「きゃっ!」


 無形の力に押されて、彼女ジークは床に尻餅をついた。


「やつだけは、絶対に許せねぇ。俺様のこの手でぶっ殺してやらねぇと、気がすまねぇ」


 にやりと口元を歪める。唇の端から、みるみる牙が伸びだしてゆく。

 鋼鉄製のサイボーグ体の内側でギミックが作動し、いくつものスリットが口を開く。空気が吸いこまれていった。


 ボボン――と、大きな音が響いた。


 黒煙まじりの臭い排気が、男の背中から吹きあがる。

 ディーゼル・オイルの匂いのする排気ガスが、みるみる室内にたちこめてゆく。

 鋼鉄の胸部の内側で、膨大なエネルギーを生みだす何らかの機関が発動をはじめたようだった。


「よぅっし! まかせな、リムル! その悪いやつは、この正義の宇宙海賊キャプテン・ディーゼル様がぶっ殺してやるぜっ! ハハハーッ!」


 男――キャプテン・ディーゼルは、高々と笑いをあげた。


 彼女ジークはリムルを腕に抱いてかばいながら、いつか聞いた言葉を思いだしていた。


 〝虎〟を起こすな。


 その言葉に込められていた意味が、いまようやくわかったような気がした。

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