虎の館へ(前編)
「ええと――3・7・5・6・4、っと」
細い指先でエレナが5桁のコードを打ちこむと、門の脇に備えつけられた小さなコンソールに灯がともった。
「おう、誰だ?」
「秘宝館の者ですけど……」
3人を代表して、エレナが答える。
「おう、ちょっと待ちな」
そんな声が聞こえるのと同時に、上空から何かが近づいてくる。
複合センサーとレーザー・ガンの埋めこまれたボール状の浮遊メカだ。
高い塀を飛びこえてきたアイ・ボールは、彼女たちの目の前まで降りてくると、ぴたりと空中に静止した。
「ちょいと調べさせてもらうぜ」
複合センサーの一部分から、赤い光が投射された。
ひとりずつ、頭から足の先まで撫でるようにして、帯状の光が体を走査してゆく。
「武器は持っていないようだな。だがちょっと待て――」
赤い光が、彼女の胸に注がれる。
「お前――名前は?」
「ジ、ジェーンよ……」
彼女は言った。
娼婦でいるあいだはジュエルという名前は使わない。またひとつ偽名が増えてしまった。
「ふぅん……。ところでお前、本当にあるんだろうな? Dカップ?」
「失礼ね!」
彼女は怒った。本気だった。
「まあいい、入りな――」
鉄のきしむ音とともに、大きな門は左右に開いていった。
◇
「いいか、粗相のないようにしろよ。旦那の言うことにゃ、どんなことにも従うんだ。わかってんだろうな――どんなことにもだぜ?」
廊下の先に立って歩きながら、男は念を押すようにそう言った。
新顔の娼婦たちに、親切にも心構えを教えてくれているのだ。
「酒と料理がなくなったら、同じ階の台所に置いてある。それから赤い缶に入ってるのは、旦那専用の酒だからな。おめえらは間違っても飲むんじゃねぇぞ――おい、聞いてんのか!」
「あっ、はいっ! 聞いてます」
彼女はあわてて前を向いた。
「まぁそんなに怖がるこたぁねぇよ。なにも取って食われるわけじゃねぇ。寝た子を起こすようなマネさえしなけりゃ、旦那はあれでけっこうおとなしいもんさ」
建物の構造を覚えこむのに懸命だっただけなのだが、男はべつの意味に受け取ったらしい。
「しかし今夜は3人かよ……まあ、なんとかなるかな」
「あのぅ……どうして5人でなくちゃいけないんですか? なにか困ることでも?」
男の言葉に触発されて、彼女は先ほどからの疑問を口にした。
「困るだって? ああ――困るのは俺たちじゃねぇ、おめえらのほうだろ?」
「はぁ? わたしたちが……困るんですか?」
「まぁだめだと思ったら、早めに誰かを呼ぶんだな。壊されちまう前によ。そうしたら、姐さんに出てきてもらうからよ……。まったく! 姐さんの体を休ませてやりてぇから、おめえらを呼んでるっていうのに……。頼むぜ、おい。明日は5人以上、きちんと守ってくれよな」
「は、はぁ……伝えておきます」
いまひとつ意味がつかめずにいたが、差し障りのない返事をしておく。
そんなことよりも、心はリムルのことに向けられていた。この屋敷のどこかにリムルが捕らえられているかもしれないのだ。
「ところであんたら、ふたりとも美人だな。昨日までの女だちとはえらい違いだぜ」
「えっ、その……どうも」
複雑な心境ではあるが、ほめられて悪い気はしない。
「あんた、歳は? 名前は? この仕事は長いのかい?」
歩くエレナに、男が声をかける。
「エリーゼと申しますの。24で、もう10年にもなりますかしら……」
「こんど店に寄らせてもらうぜ。たっぷりサービスしてくれるんだろ?」
「ええ、もちろん。お待ちしていますわ」
エレナはにっこりと男に微笑み返した。
10年の年季という話が本当に思えてくるような、淫靡な微笑みだった。
いくつものドアの前を通り過ぎてゆく。
やがて男は、ひとつのドアの前で足をとめた。
「さて……と。ここが旦那の部屋だ。じゃあな、頑張れよ」
このまま立ち去ってくれれば仕事は楽に運ぶのだが、男は彼女たち3人が部屋に入るまで見届けるつもりらしい。
あまり渋っていても怪しまれる。彼女は仕方なく、ドアをノックした。か細い声で問いかける。
「すいませーん、あのぅ……いらっしゃいますかぁ?」
「おぉぅ、入れー」
太い声が返ってきた。
酒に酔ってでもいるかのように眠たげな声だった。
エレナとジリオラ、ふたりの顔を順番に見つめてから、彼女は意を決してノブを掴んだ。ライオンの檻に足を踏みいれる心境で、ドアを開け放つ。
むっと、異臭が鼻をついた。
それがなんの匂いなのか、すぐには理解できなかった。
酒の匂いではない。料理の匂いとも違う。野獣の匂いではないかと一瞬考えもしたが、そんなものとも違うらしい。
「あら……、これってディーゼル・オイルかしら?」
ドアの向こうに広がる大きな部屋に足を踏みいれながら、エレナは空気の匂いを嗅いだ。
「ディーゼル・オイル? なにそれ?」
「化石燃料の一種よ。ガソリンみたいなものね。昔は車の燃料に使っていたらしいわよ」
聞いたこともない。
ガソリンというものさえ彼女は知らなかった。車といえば、何百年も昔から水素で走るものと相場が決まっている。
「あんた、娼婦のくせにもの知りだなぁ」
まだそこにいた男が、感心した顔でそう言った。
「おーい、なにやってるぅ? はやく、こっちこーい……」
またあの声だった。部屋の奥から聞こえてくる。
「あら、いけない。それじゃあ、またあとで……」
エレナは男にウインクを送った。内側から、ドアをぴたりと閉じる。
「おーい、なにやってるぅ~ぃ……」
「はいはい、いままいりますわよ。お館様……」
入口の近くに踏みとどまっている彼女をよそに、エレナとジリオラのふたりは、なんのためらいもなく部屋の奥に歩いていってしまう。
「ま、待ってよ、エレナ姉さん……」
部屋は2間続きになっていた。
入口からすぐに続く手前の部屋には、酒と料理が山と積まれたテーブルのほかに、絵画や彫刻、その他ありとあらゆる美術品が無造作に置かれていた。
純金製と思われる女神像もあった。おそるべきことに等身大だ。
「おおぅ、今日のオンナたちは美人だぁなぁ~」
奥の部屋から、幸せそうな声が聞こえてくる。
彼女はあわててエレナのあとを追いかけた。
4、5メートルはありそうな、円形の巨大なベッドがひとつ。ゆっくりと回転しているそのベッドの上で、男は大の字になって寝転がっていた。
大きい――。
余裕で2メートルに達しそうな身長もさることながら、胸部の厚みがもの凄い。
大樽の厚みを持った上半身から、丸太のごとき2本の腕がつきだしている。
それだけではなかった。
この男はサイボーグでもあるらしい。はだけたジャケットの胸元で、精巧なメカニズムが金属光沢を放っている。そうかと思えば、血の通った肌が筋肉を包みこんでいたりもする。顔に無精髭がはえているところをみると、完全な機械体というわけでもないらしい。半分は機械で、半分は生身なのかもしれなかった。
男の呼吸に合わせて、胸の中央にある半球形のランプが脈動する輝きを刻んでいる。
おそるおそる覗きこむと、男はぱちりと目を開いた。
半開きの眠そうな目と、ばっちり視線が合ってしまう。
「おう、もうひとりいたのかぁ。どうれ……」
巨体とは思えない身軽さで、男はベッドに起きあがった。
パワード・スーツと同じくらいの大きさを持った手が、ぬっと彼女に向けて伸びてくる。
腕を掴まれた――と感じたときには、もう男の膝の上に抱えられていた。
「乳のほうはどうだぁ――おおぅ、こりゃいい具合だぞぉ」
「あっ――」
見かけからは想像もできないほど繊細なタッチで、男の手が胸を揉んでくる。
いつぞや体験した力まかせの愛撫とは、まるで別物だった。どこか体の芯のほうから、切ない感覚がこみあげてくる。
「むーぅ、手頃でいい大きさだぞぅ。86のDってとこかぁ」
大当たりだ。
ひとしきり胸を揉みまくってから、男はようやく彼女を解放した。
息遣いも荒いまま、彼女はエレナの背後に逃げこんでいった。頬と耳たぶが、火でもついたように熱い。
「おおう、どうしたぁ? なんで逃げる? 痛くしちまったかぁ?」
男は目をぱちくりとまばたいた。
「あらすいませんわ、お館様。この娘って、今日が初めてのお仕事なんです。だからちょっとばかり緊張しているみたいですの」
「そうかぁ、そりゃあ優しくしてやらないとなぁ」
「ええ、ですから――」
エレナの話が終わらないうちに、男の手がにゅっと伸びてくる。
抵抗など何の意味もなかった。
またしても軽々と持ちあげられてしまう。今度は膝の上ではなかった。広大なシーツの海に、ぽいと投げだされる。男の巨大な体躯が、彼女の上にのしかかってきた。
(「虎の館へ(後編)」に、つづく)
次回、エロいシーンは一部ダイジェストとなりまーす。
ご了承ください。




