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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第二章 5000馬力の〝虎〟
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ランジェリーショップにて

 こんなところまできて、エレナとの約束を果たすはめになるとは思わなかった。「下着選びに付き合う」という、あの約束である。


「これなんかどうかしら? かわいいと思うの……」


 うきうきと上機嫌な顔で、エレナがつぎつぎとブラジャーを運んでくる。

 純白で清潔感あふれるもの、チェックの柄の子供っぽいもの、肩紐のない大胆なもの。ひとえにブラジャーといっても、じつに様々なバリエーションがあるものだ。


「でも助かるわ。こんなサイズまで置いてあるなんて。しかもこんなにかわいくて……」


 ひと通りの山を彼女ジュエルのために築きあげると、エレナは自分のものを選びはじめた。

 FだのGだのといった、信じられないようなタグがついている。

 デザインのほうもシースルーやらレース仕立てやら、アダルトなものばかりだ。


「よかったら、試着してみなァい?」


 髭の剃り跡も青々しい店員が、おねえ言葉(、、、、、)でそう言った。


「そうね、そうさせていただこうかしら」


 言うが早いか、もうスーツのジッパーに手をかけている。


「あなたも気にしないでどうぞぉん」

「ど、どうぞって言われても……」


 彼女は隠すように胸を押さえた。


「あらァん、あたしのこと? あたしはほら、心は女だからだいじょうぶよぉん」


 躊躇する彼女ジュエルをよそに、エレナのほうは小気味いい脱ぎっぷりを見せている。

 上半身だけをぺろりと脱いで、さっそく選んできたブラをあてがう。

 女の目から見ても、じつに見事なバストだった。垂れているなどと、いったい誰が言ったのだろう。


「仕方ないわね……」


 彼女はボディ・スーツのジッパーに手をかけた。

 下着ばかりは、合わせてみないと決められない。エレナを見習って、上半身だけ裸になる。


 ぽろりと、弾力のある膨らみがまろび出てくる。大きさでは負けるものの、形なら引けを取らない立派なバストだった。


 胸ばかりではなかった。

 いまの彼女ジュエルには、女性を特徴づけるすべてのものが備わっていた。医療用スキャナーで精密検査を行っても、どこからどこまで完璧な〝女性〟なのだ。


 嘘からでた真実というが、ジークの身に起こったことはまさにそれだった。

 本物の女(、、、、)になってしまったのである。

 信じられないことに遺伝子までもが変貌をとげていた。

 染色体はXXしか認められず、男を男たらしめているXY染色体は影も形も見あたらない。


 おとといの深夜――レイプされかけて謎の女に助けられたあの夜、気づいたときにはもう女になっていた。


 薬物や放射線、ウイルスからナノ・マシンまで、あらゆる検査結果は否定ネガティブと出た。

 カンナの力をもってしても、原因はいまだ特定できていない。


 迷ったあげく、いちばん地味めのものを選ぶことにする。

 エレナも数本のブラを腕にかけていた。さらにもう1本を手に取ってながめている。


「あと、そうね。この赤いのもいただこうかしら。上下合わせて」

「あらァん、あなたにはサイズが合わないわよォ」

「いえ、わたくしじゃなくて……。ねえジュエル様、これなんてどう思います? ジルになんですけど……」


 まっ赤な布切れを手渡される。


「これって……ショーツなの?」


 みるからに薄い布地だ。

 目の前にかざすと、向こう側が透けて見える。


「ジルったら、かわいい下着の1枚も持ってないなんて言うんですのよ。もう信じられなくて……」


 女になってしまったからといって、嘆いてばかりもいられない。

 昨日から今日にかけて、事態は大きく進展しつつあった。


 あの女から渡された紙には、ひと組のヴィジフォン・ナンバーが書かれていた。

 通話システムにハッキングをかけて調べたところによると、その回線は一等地に敷地を構える大きな屋敷に繋がっていた。


 あの女の言うことを真に受けるなら、リムルはそこにいることになる。


 屋敷に忍びこむ方法を探すうち、その屋敷と毎晩のように通話が行われている場所のあることが判明した。

 とある高級娼館である。

 毎晩のように、数人の娼婦が屋敷に呼ばれていた。

 どうやらその屋敷の主は、かなりの女好きのようだった。


 そこでひとつのアイデアが浮かんできた。

 娼婦になりかわって屋敷に乗りこむというものである。事前調査には、まる1日を費やした。作戦決行は、今夜の予定となっている。


「全部いただくわ。おいくらになりそう?」


 彼女ジュエルはポケットから色とりどりのクレジット・チップをつかみだし、店員に訊ねた。

 女の下着の相場など、さっぱりわからない。


 告げられた恐ろしい金額をキャッシュで支払って、エレナとともに店を出る。


 天井の照明チューブからの光は、すでに赤みを帯びていた。そろそろ夕方になる。買い物袋を抱えるエレナと、肩を並べて宿へと向かう。


「ただいま――どう? もう連絡はあった?」


 ドアを開けて部屋に入った瞬間、アニーのあられもない姿が目に飛びこんできた。

 ドレスを着たままでペディキュアを塗っているものだから、スカートの中身が丸見えだ。


「まだかかってこないワサ。もしかしたら、今夜はお呼びがかからないかもナ」


 コンソールの前に陣取ったカンナが、他人事のように軽く言う。

 例の娼館に繋がるはずの回線は、いまこの部屋に引き込まれていた。

 エレナとカンナ、情報処理の魔術士ウィザードと自称天才科学者のふたりがいるのだ。

 そのくらいのことは造作もない。


「ほらジル、買ってきてあげたわよ。ね、かわいいでしょ?」


 下着姿で部屋をうろついていたジリオラは、紙袋から出された下着を手のうえに受けとった。

 ろくに確かめもせずに、それまで着けていたスポーティなショーツをするりと脱ぎ捨てる。

 引き締った逞しいヒップを、まっ赤なシースルーのショーツが飾りたてる。


「はい、ジルのドレス、これだかんね」


 紫色のドレスが宙を舞った。

 胸元の大きく開いた扇情的なデザインだ。


「さあ、わたしも準備しなくちゃ。いいわよカンナ……やってくれる? 覚悟はできてるから」

「あいサー」


 鏡台の前に腰を下ろしたエレナに、ハサミを持ってカンナが迫る。

 エレナの自慢にしていた鳶色の髪に、ばっさりとハサミが入れられる。


 足の爪に息を吹きかけていたアニーが、顔をあげてエレナに言う。


「あーあ、もったいない……」

「また伸ばせばいいわよ。どうせ1日で伸びるんでしょう?」

「まあ、そうだけどさ……あっ、でもエレナ姉さん、短いのも似合ってるかも」


 長く伸びた金色の髪をさらりと振って、アニーは言った。


「アニーも似合ってるわよ、そのロングヘア。どこかのお姫さまみたい」

「やめてよ、もうっ。はずかしいなぁ」


 ふたりの脇では、ブラジャーを着け終えたジリオラが、長く伸びた黒髪に黙々とブラシを入れている。慣れていないのか、手つきがどうにもたどたどしい。


「ジル、手伝ってあげましょうか?」

「頼む」


 彼女ジュエルはジリオラに声をかけた。ひとりだけすることがないのも退屈だ。後ろに立って、ブラシを受け取る。例の怪しげな毛はえ薬によって、黒髪は一夜にして腰までの長さになっていた。


「これならだいじょうぶね、きっとバレないわよ」


 もともと髪の短かった2人は長く伸ばし、逆に長かったエレナは短く刈りこむ。


 ヘアスタイルと服装を変え、化粧をするだけでまるで別人だった。

 女というのは便利なものだ。

 これだけでじゅうぶん変装になっているわけだが、念のためさらに人工声帯も用意してある。


「だけどエレナやアニーはともかくとして、ジルはだいじょうぶなの?」


 ていねいにブラシを通しながら、彼女ジュエルは訊いた。


「つまり、その……。娼婦になりすますってことなんだけど……」


 彼女ジュエルは言葉を濁した。

 非常に聞きにくいことだった。質問の意図をわかってか、わからないでか、ジリオラはいつもの調子でさらりと答えた。


「ノー・プロブレム。心配するな。これでも、男くらい知っている」

「え――っ!?」


 部屋のあちこちから、一斉に叫びがあがる。


「ホントホント! ねーねー! いついつ? 相手ってどんなオトコ?」

「あらあら、まあまあ」

「こいつァ意外だ、コリャまた一本取られたね……」


 全員の熱いまなざしを受け、ジリオラは軽く咳払いした。


「ドレスは……これだったか?」


 ジリオラはマニキュアを塗った手で、ベッドの上から紫色のドレスを拾いあげた。


「ほらっ、あんた――じゃなくてジュエル様も、準備しなくちゃ」


 数秒ほど放心状態に陥っていたらしい。アニーに呼びかけられて、彼女ジュエルはようやく現実にもどってきた。


「じ、準備って……なんの準備?」

「なにって――そりゃもちろん、娼婦の変装に決まってるでしょ?」

「えーっ!」 


 彼女ジュエルは大声をあげた。


「わたっ――わたしもやるのっ!? そんなっ! マネージャーと客引きの役だったはずよ!」

「それ、いつの話? ほら、これがドレスなんだけど――」


 血の色をしたクリムソン・レッドに黒のレース飾りという、いかにも娼婦らしいどぎついドレスを持って、アニーが迫る。

 彼女ジュエルは壁際に後退した。


「ほれッ、つぎはオマイさんだワサ」


 ちゃきちゃきという音に振り返ると、ハサミを持ったカンナが立っていた。


「い――いやよっ! 気に入ってるんだからっ!」


 髪の毛を両手で押さえて、彼女ジュエルは叫んだ。

 その時、ベルの音が響きわたった。


「来たッ!」


 ハサミを投げ捨て、カンナがコンソールへと飛びついた。エレナがインコムを取りあげ、ショートにまとめた髪のうえから耳にあてる。

 銀色のリングをアニーが渡し、エレナがそれをごくりと呑みこむ。


 目と目で合図をかわして、カンナがスイッチを指先ではじいた。


「はいよ、こちら秘宝館――」


 ぞんざい極まりない老婆の声が、エレナの口から発せられる。

 『秘宝館』というのは、例の娼館の名前だった。昨日1日かけた下準備によって、店番の女の口調と声は、エレナの頭脳と人工声帯のメモリ・バンクにしっかりとインプットされている。


「なんだ、あんたかい」


 データ・グローブをはめたカンナが指を折り曲げると、モニターの中の老婆は億劫そうに顔をしかめた。

 CGによる映像だ。『マリア1号』などという、不似合いに可愛らしいプログラム名がついている。


「おう、また今晩も頼むわ」


 いかにも下っ端という顔つきの男は、何の疑いも抱かずにそう言った。


「何人だい?」

「いつも通り5人ほど頼まぁ」


 モニターの中のマリア1号は、わざとらしく手元の台帳を調べるふりをした。


「ええと――おっと、いけないねぇ。今日は3人しか空いてないよ」

「おいおい、頼むぜ。毎日5人は融通するって約束だろ?」

「そう言われてもねぇ……。そうさねぇ、店のほうからもうひとりくらいなら連れて来れるよ」


「どんな娘だい? ちち(、、)はでけぇんだろうな?」

「いいや、せいぜいAってとこかね」

「おいおい、そんな女は貧乳好きの変態にでもまわしちまえよ。あんただって知ってんだろ、うちの旦那の趣味はよ。Dカップ以上、そいつが最低の条件だぜ。それで――何人都合できるんだ?」


「さっきも言ったろ、3人さ」

「ああもう、わぁったわぁった。それでいいさ。けど責任持てねぇからな、壊れちまっても!」


 投げ遣りに言って、男はヴィジフォンの回線を切断した。


 モニターにノイズが流れる。カンナがグローブをはずすと、マリア1号の顔から生気が失われる。


「壊れる……? なにが?」

「だからナニがだロ」


 思わずもらしたひとり言に、カンナが答える。


「もー! あったまきた! だぁれが変態趣味ですってエ!? ナイチチで悪うござんしたねッ! どうせあたしはAもないわよっ! 変態専用よっ!」


 怒り狂うアニーの叫びを聞きながら、彼女ジュエルは考えた。


 ――やっぱり自分も行くことになるのだろうか?

次回。娼婦として「虎」の館に乗り込んでいくジークたち。

……ですが、全年齢対象となるように、修正、がんばりまっす!!

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