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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第二章 5000馬力の〝虎〟
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夜道

「ほんとにいいのかよ? 俺なら全然かまわないんだぜ?」

「やめてよ。娼婦やウエイトレスじゃないんだから。女海賊がそんなことされてごらんなさい、とんだ恥さらしだわ」


 夜も更けて、通りにはアウトローたちの姿もない。

 ぽつぽつと明かりのついている店は、すべて酒場だろう。


 ポーカーに呼ばれていた彼女は、アニーたちと別れてから「Four Digits」へともどっていた。


 明け方までは付き合うつもりでいたのだが、疲れているせいか体の調子がどうもおかしい。

 小金を稼がせてもらったところで、引きあげることにした。


「いいから、送らせてくれって。物騒なんだよ。あんたを狙っているヤツはたくさんいやがるからな」

「あら、わたしに賞金はかかってないわよ」

「ちげぇよ、馬鹿」


 まるで十代の少年のように、ジョンは顔をうつむかせた。


「せっかくだけど、やっぱりやめとくわ。あなたがそのうちのひとりにならないって保証、どこにもないもの。魂胆は読めてるのよ、送り狼さん」

「まいったな」


 ジョンは笑った。


「だいじょうぶ、わたしにはこれがあるもの――」


 そう言って、腰のホルスターを叩く。


「ブルー・ゲイルか……。しかしあんた。そんなすげえ銃、いったいどうやって手にいれたんだ? どこかの《ヒーロー》でもぶっ殺してきたのか?」

「母さんの形見よ」


 本当のところは、母親ではなく父親だった。

 さらに付け加えるなら、べつに死んでいるわけでもない。

 一生かかっても使いきれないほどの大金を持って、銀河のどこかでのうのうと暮らしているはずだ。


「あんたの母親なら、そりゃあすげえ悪党だったんだろうな。そいでもって、いい女でさ」

「まあね――それじゃあ、見送りありがと」


 手を振っただけで、彼女ジュエルはあっさりと別れた。まだキッスをしてやるような間柄でもない。


 宿への道を、彼女ジュエルは歩きはじめた。


 立ちならぶ建物の閉ざされた窓から、わずかな光が洩れだしてくる。道を照らしだす明かりは、ただそれだけだった。


 銀河建築法によれば、密閉形コロニーの「夜」には星座を摸した投影が必須とされている。プロジェクターから天蓋に投影された星々が、夜道を照らしだす薄明かりとなる。


 この無法の街には、それがない。


 人の原初の恐怖を呼び覚ます真の暗闇が、すぐ手を伸ばせば――そこにある。ここはそんな街だった。


 一片の影も落ちない土の地面を、一歩一歩踏みしめてゆく。彼女ジュエルはふと、自分をつけてくる気配に気がついた。


 尾行と呼ぶには、大胆すぎた。

 相手は気配を隠そうともしていない。


 彼女は自分の気配を絶つと同時に、手近な路地にその身をすべりこませた。腰のホルスターから銃を抜き取り、セーフティーをはずしておく。


 相手の気配は、しばらくはそのまま歩いてきた。

 路地の付近までやってきたところで、気配に乱れが生じる。彼女が消えたことに気づいたらしい。うろたえたあげく、周囲を探しはじめる。


 尾行してきたつもりなら、まるでシロウトの動きだった。かくれんぼで遊ぶ子供たちのほうが、いくらかまし(、、)に違いない。


「もしかして……ギル?」


 相手の正体に、彼女はようやく思いあたった。

 酸素欠乏症のギルバートとかいう男だ。


「あ……、ああ、おで……。よかった。いなくなったかと、思った……」

「どうしたのよ? ついてきたりして……」


 そう言いながら、彼女は銃をホルスターにもどした。


「お、おで……」

「こんなところを歩いてちゃ、あぶないわよ。はやくおうちにお帰りなさい」


 いまはこんなザマになっているとはいえ、それでも4桁以上の賞金首だ。

 狙っている者がいないとも限らない。そしていまの彼なら、首を取るのは子供でも簡単なことなのだ。


「お、おで……帰るとこ、ない。ア、アラモスのおやじに、おまえもういらないって、そう、いわれた」

「そう……」


 彼女はまつげを伏せた。

 よくある話だ。海賊には労災保険など存在しない。


「ほかに誰か、頼れる人はいないの?」

「ひとり、いた。さ、さんばんがいの、し、娼婦……。お、おで、いっぱい……、ふくと、ほうせき、かってやった女」


「その人のところには、行ってみた?」

「い、行った……。来ちゃいけない……、で、出ていけって、そう、いわれた……」

「そう……」


 彼女は言うべき言葉を探した。

 いくら探しても、見つかりそうになかった。


「お、おで、おで――!」


 男の力強い腕が、彼女の肩にかかる。


「ち、ちょっと――!」


 プラズマ・アックスを自在に扱う怪力だ。あらがうこともできず、建物の壁に両肩を押しつけられてしまう。


「ちょっとやめて、落ちついて――ね?」

「おで! おでっ!」


 今度は、ぎゅうと抱きしめられる。

 一瞬、背骨が砕けるかと思った。肺からすべての空気が絞りだされてゆく。


「……やめ、やめて」


 足をばたつかせた拍子に、片方の足が男の股間に入りこんでしまう。

 太股に、固い感触があたった。


「ひィー」


 彼女は短く悲鳴をあげた。

 男がしがみついてくる理由を、不意に理解してしまったのだ。

 男という生き物は、こうなってはもはや止まることができない。それは彼女ジーク自身がよく知っている。おそらくは宇宙にいる他のどんな女よりも、だ。


「ちょ、ちょっと――やめて」


 押しのけようとしても、力が違った。

 非力な女性になった気分を、彼女ジークはたっぷりと味わわされることになった。大の男の腕力に抗することなど、とうてい不可能に思える。


「もうやめて、お願い。あなたのつらいのは、わかるから――」

「お、おで――おでっ!」


 泣きながら、男はすがりついてきた。


「い、いやっ! いッ――」


 喉まで出かかった悲鳴を、彼女ジークは自分で呑みこんだ。どこの世界に、襲われて悲鳴をあげる女海賊がいるというのか。


 宇宙海賊キャプテン・ファニージュエルは、みっともなく悲鳴をあげて助けを求めるような小娘ではないのだ。

 彼女ジークは体をまさぐられながらも、自力で脱出する手段を必死に考えようとした。


 喉の奥に違和感がある。

 引きつった声を何度もあげたせいか、咽頭にはめていた人工声帯が外れてしまったらしい。口の中にこみあげてきたリング状の物体を、彼女ジークはぺっと吐きだした。


 これでいい。耳元に吹き込んでやるのだ――男の声を。


「やめて!!


 だが叫んだその声は、女の声だった。――なぜ!?


「やめっ! やめて! やめてぇっ!」


 彼女ジークはパニックを起こして暴れた。これではまるで女だ。


 ごすっ――と、鈍い音が響いた。彼女ジークの自由を奪っていた力が、突如として消え去る。


 訳もわからないまま、彼女ジークは男から身を離した。2、3歩ほど歩いて、へなへなと地面に腰を下ろしてしまう。


 心臓は早鐘のように打ちつづけ、足腰に力が入らない。


 男は、うつぶせになって倒れていた。

 背後から後頭部でも一撃されたのだろう。


 近くには、もうひとつ気配があった。無言で立ちつくすその相手に、彼女はうわずった声で問いかけた。


「ジョン? それとも……ジルなの?」

「噂の女海賊も、中身はただの女か。たいしたことはないのだな」


 闇の中から返ってきたのは、女の声だった。


「――誰っ!?」


 弛緩していた精神が、瞬時に緊張する。

 ジリオラの声ではない。ましてや、ジョンの声とはまったく違う。


「ご挨拶だな。助けてやった恩人に向かって」


 面白がっているような響きが、その声にはあった。

 暗闇に溶けこんで、姿は見えない。女であるということが、声から判断できるすべてだった。


「なぜ……助けたの?」


 身をかばうように抱きかかえつつ、彼女ジュエルは訊いた。

 自分の体に起きた変化も気にはなるが、いまは目の前の相手が先決だった。


「貴様、〝虎〟のことを探っているらしいな」


 ――この女は、〝虎〟を知っている。


 彼女ジュエルは直感的に、そう感じた。

 声の主はためらうことなく〝虎〟と口にしたのだ。誰もが言おうとしなかった、その名前を。


「嗅ぎまわるのをやめろ。〝虎〟を起こすな」

「それはご親切に」


「忠告ではない。警告だ」

「あら? 起こしたとしたら……どうなるのかしら?」


惑星ほしのひとつふたつが消えて構わないというなら、やってみるがいいさ」

「なっ、なによ……」


 強がってはみたものの、それきり言葉が続かなくなる。

 女の言葉が脅しではなく、真実を淡々と語っているように思えたからだ。


「いいか――〝虎〟を起こすな。貴様たちの目的は、あの娘を連れ帰ることだろう?」

「なぜ知ってるの……と言いたいところだけど、おあいにくさまね。彼は男の子よ」


 動揺を押し殺して、したたかに切りかえす。


「貴様――パンドラの人間ではないのか?」


 相手の声が、わずかに高くなる。彼女ジュエルはわざと、とぼけた声を出した。


「さあ、どうかしらね」

「……まあいい。これをくれてやる。貴様の目当てはそこにいる。連れ出したなら、さっさと消えろ」


 彼女ジュエルの体に、なにかが命中した。軽い音を立てて転がったところからすると、丸めた紙かなにかだろう。


「待って――」


 声の主が立ち去ろうとする気配を察して、彼女ジュエルは叫んだ。


「なぜ手を貸してくれるの? あなたはいったい何者?」

「貴様は知らなくてもいいことだ」


「正体不明の相手からもらった情報なんて、信用できると思う」

「信用しようがしまいが、貴様の勝手だ。好きにするがいい」


 遠ざかってゆきながら、女は言った。


「いいか、もう一度だけ言っておく。〝虎〟を起こすな……」


 その足音は、やがて夜の静寂に消えていった。

 昨日6/12の19時の更新、うっかり忘れてしまいました。ごめんなさい。

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