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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第二章 5000馬力の〝虎〟
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ジュエル一家の秘密会議

 エレナたちが集まってきたのは、夜になってのことだった。

 場所を酒場からチャイナ・レストランヘと移し、女海賊ジュエル一家は秘密会議の真っ最中だった。

 個室を取れるチャイナ料理の店は、こういうときには都合がいい。


「オイこらジルっ! チンジャオロース、ぜんぶ取るナってーの! 私の皿にもノッケろっての、おいコラ!」


 大人用の椅子に座らされて、カンナは文句ばかり言っている。

 なにしろテーブルの上には首から上しか出ていない。何ひとつ自分の力で取ることができないのだ。


「遅いわね、アニー……」


 彼女ジュエルはそう言いながら、エビのチリソース煮を取り皿にごそっと持ってきた。


「アーッ! ぜんぶ取りやがッたナ! このヤロ、ジーク、キサマ、殺ス!」

「取りこんでいたようですので、コミュニケーターに店の名前を吹きこんでおきました。もう来ると思いますわよ」


 上品な仕草で料理を口元に運びながら、エレナが言う。

 しっかりと自分の分だけは確保しているところが彼女らしい。


「アーッ! カニタマ、ぜんぶ食うナ! アッこら! ギョーザまでッー」


 ジリオラは取り皿に取ることをやめて、大皿から直接胃袋に流しこむことにしたらしい。

 大皿のふたつを空にして、口に物を詰めこんだままカンナに言う。


「にょー・ぷおむぇむ」

「そうそう、すぐにお替わりが来るわよ」


 エレナがそう言うと同時に、個室のドアがばたんと開いた。


「ごめんごめん! 遅くなっちゃってさー!」

「なんだヨ、アニーかい」

「なによ、その言い草」

「いまごろ来たって、もう食いモンなんかねーヨ」


 すっかりいじけたカンナが、椅子の上で膝を抱える。


「えーっ? そんなぁ……」

「ほら、これをお食べなさい……とっといてあげたから」


 彼女ジュエルは自分の皿を差しだした。


「やったぁ! いやーもうっ、運動してきたからお腹がすいちゃって、すいちゃって……」


 席に座るなり、箸をとって食べはじめようとしたアニーは、カンナのじっとりとした視線に気がついて顔をあげた。


「あれっ? なによ、カンナったらぜんぜん食べてないじゃない。あんたはこれから大きくなるんだから、たくさん食べなきゃだめだよ、ほんとに」


 そう言いながら、半分をカンナの皿に分けてやる。


「いいヤツだぜい、オマイって」


 鬼の目にも涙とは、このことだ。


「ほらほら、ナプキンくらい使いなさいって。もうっ、このレストランって子供イスないのかなあ」


 椅子を前に寄せてやったり、ナプキンを首にかけてやったりと、なにかと世話をやく。

 ここまで急いで来たのだろうか。その髪の毛が、いつになく乱れている。


「アニー、髪が乱れてるわよ。女の子なんだから、少しは気をつけなさい」

「あっ、いっけない」


 ツバを撫でつけて髪を直そうとするアニーに、彼女ジュエルはブラシを手渡した。


「ほら、ブラシぐらい使いなさい」

「はいはい、ジュエル姉さん」


「さて、それじゃあみんなの報告を聞かせてもらいましょうか。全員が集まるまではと思って、始めてなかったのよ」

「えーっと……。それじゃあ、あたしから……かな?」


 全員を見回してから、アニーが話しはじめる。


「ここに来たとき、管制やってた男がいたよね。今日はあいつと会ってたんだ。港の出入りに詳しいんじゃないかと思ってさ……」

「それで、どうだったの?」


「いやあ、ダメダメ……あたしたちを通した件で降格くらって、いまじゃただのシタッパよ、シタッパ」

「あらら……」


「まあ、ひとつだけ収穫があったといえば、あったんだけど……」

「どんなこと?」


「ほら、きのうエレナ姉さんも言ってたけど、何か調べようとすると、すぐ″壁″にぶつかっちゃうじゃない」

「ええ、そういえば……」


 彼女ジュエルはうなずいた。それについては、今日、自分自身で体験したばかりだ。


「いやぁ。あの男、ノリのよさはこの島一番よね。ちょっとおだててやったら、しゃべってくれたの、くれないのって。5000馬力の″虎″――そいつがその、〝壁〟とやらの名前らしいよ」


「それだけかヨ? 他にはナイのかい?」


 皿のソースを舐め取りながら、カンナが聞く。


「だからあいつ下っ端なんだって。それ以上は知らないみたい。知ってるふりはしてたけどさ」

「きひひ、高くついたナ。この情報料」


 カンナはイヤらしく笑った。


「ま、約束だったからね……。でもこれがさぁ、アイツってば思いのほかアタリでさぁ――ねえ聞いて聞いて」


「〝虎″って奴のところに連れていかれたのね」

「へっ?」


 きょとんと顔を向けるアニーに、彼女ジュエルは言った。


「だからリムルがよ。〝虎〟って人物の名前ね。わたしのほうの情報とあわせると、そういうことになるんだけど?」


「ああ、リムルの話ね」

「なんの話をしていたの?」

「いや、まあ、その、……ね」


 アニーは目をそらせて、あさっての方角を見た。


「それじゃあ、つぎはわたくしの番かしら?」


 自分ひとり食事を終えて、飲茶ヤムチャを決めこんでいたエレナが話しはじめる。


「今日は挨拶回りをしてまいりましたわ。副官として、6氏族それぞれのところに」

「へぇ……。6氏族って、あの伝説の大物海賊でしょ? ねっねっ、カッコよかった?」


 アニーが身を乗りだして聞く。


「いいえ、太ったおじさんでしたよ……。昔は格好よかったのかもしれないけど」


 こうしてふたりをならべると、まるで仲のいい姉妹だった。

 エレナが務める役回りは、ジュエル一家の副官というものだ。最年長で人生経験も豊富なエレナでなければできない役だろう。


 アニーのほうに与えられた設定は、スラム育ちの不良娘で一家の妹的存在というものだった。

 ようするに地のままでいいということだ。


「それで、その6人に会った感触なんですけど……やっぱり、違いますわね」


 〝虎〟という名前が話題にのぼった直後だ。言わんとすることは、すぐに察しがついた。


「つまり、彼らよりも″上″がいる……と?」

「ええ。それで調べてみました。いろいろと武勇伝を話されてましたので……。十数年前に惑星連合の大艦隊に包囲された時の話とか……。なんでも、何人もの《ヒーロー》と渡りあったんですって」


「そんな、《ヒーロー》と渡りあっただなんて……。その6人って、もしかして《ダーク・ヒーロー》だったりするの?」


 アニーは怯えた表情を顔にうかべた。

 もう2ヶ月ほど前のことになるが、《ダーク・ヒーロー》と関わり合いになって、ひどい目にあっている。


「惑星連合の交戦記録に、その戦いのことは載ってないわ」

「なんだぁ、ただのフカしかぁ……よかった」


「そうでもないのよ。艦隊が|《海賊島》を包囲したことは事実なの。何人かの《ヒーロー》にも、呼集がかかっていたらしいわ」


「えっ……でも?」

「戦いは、起きなかったの。非公開記録だけど、指揮官の報告に、『目標の消失によって戦闘は回避』とあったわ」


「どういうこと?」


 黙って聞いていた彼女ジュエルだったが、意外な内容に思わず口をはさんだ。


「|《海賊島》は、移動したんです。既知領域ノウン・スペースの西の端から東の端まで、200光年ほどを一気に……。記録にあったのは、ここから200光年も離れた宙域での出来事ですのよ」


 彼女ジュエルは耳を疑った。


「ジャンプしたですって? コロニーなみの大きさがある、この|《海賊島》が? いったいどうやって?」


「その〝虎〟とやらが、5000馬力でブン投げたんダロ」


 すっかりふてくされたカンナが、ヤケクソぎみにそう言った。

 追加の料理は、まだ来ていない。


「カンナ、真面目に考えなさい。科学考証はあなたの仕事でしょう。実際のところ、全長数十キロの小惑星をジャンプさせるなんてことが可能なものなの?」


 彼女がそう言うと、カンナはいかにも面倒くさげに、口を開いた。


「キロニウムもメガエウムも、ひとつの単結晶によって発生させられるジャンプ・フィールドの影響範囲は、半径2キロ圏内。なおかつ接触物のみ。2つ以上の結晶を同期させる技術はいまだ発見されていない。……したがって、いまの技術じゃ不可能ってことになるナ。例の豪華客船のサイズが、セイイッパイってところだワサ」


「それじゃあ、遺失論文(ロストナンバーズ)でそんな技術は? さもなければ、遺失物(アーティファクト)のうちでそんな機能を持った物はあるの?」


 遺失論文というのは、その内容の過激さにより非公開とされ、闇から闇へと葬られた論文のことをいう。


 多くはマッド・サイエンティスト級の科学者の手によるものである。

 遺失物のほうは、古代異星人の遺産のことだ。

 人類のテクノロジーを遥かに超えた魔法のような品々が、裏の世界に出まわることもある。


「いくら私だって、遺失論文(ロストナンバーズ)のすべてに目を通しているワケじゃナシ、遺失物(アーティファクト)のすべてをいじってみたワケでもナイ。そういうものが存在する可能性は、否定しきれんさね」

「つまり。ゼロじゃあ、ないってことね……」


 彼女が考えこんだところで、チャイナ・ドレスのウエイトレスたちが料理を持って部屋に入ってきた。

 この|《海賊島》では、女性はこういう店でしか見かけない。あとは娼館くらいなものだろう。


 チップを渡して、ウエイトレスたちを追いはらう。

 パッドを開いたエレナが、盗聴器の類が持ち込まれていないことを確認する。合図を受けて、彼女ジュエルは話を再開した。


「つまり2日もかけて集まったのは、相手の名前と、そいつがなんらかの力を持っているということ、それだけってわけね……」

「まあ、そーゆーこと」


 料理を胃袋に流しこむ合間に、アニーが返事をする。


「ジリオラからは、何かある? 下町に行ってたんでしょう?」

「言うべきことは、まだ何もない」


 さらりと答えて、ジリオラは料理に向かった。

 あれだけ食べても、まだ足りないのだろうか。


「そう……わかったわ。明日もこの調子でがんばりましょう。足で調べてゆくしかないわね」


 彼女ジュエルはそう言うと、茶を口に含んだ。

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