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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第二章 5000馬力の〝虎〟
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Four Digits

 酒場――「Four Digits」のメニューに、ソーダ水が並ぶようになった。


 緑色の安っぽい色をしたソーダ水が、テーブルの上に置かれている。もちろん、彼女のまわりを取りまいている男たちのおごり(、、、)だ。


「さあさ、飲んでくれよジュエルちゃん」


 男たちが固唾を飲んで見守るなか、彼女はストローに口をつけた。

 緑色の液体を、ちゅうと吸いこむ。


「おーっ――!」


 男たちが歓声をあげる。

 何がそんなに嬉しいというのか。


「ふうっ……」


 彼女はため息をついた。

 長いまつげを物憂げに伏せて、男たちを眺める。


 しまりのない顔をした男ばかりが、20人ほど――。

 これでも今日は少ないほうだ。この店にいる全員が全員とも、4桁以上の賞金首だという。世の中はわからない。


「も、もういちど飲んでくれよ……な、なっ、いいだろ?」

「いやよ、もう3杯めだもの。飽きちゃったわ」

「じ、じゃあさ、今度はソフト・クリームなんか、ど、どうだい……? マスター! ソフト・クリームいっちょう!」


 返事も聞かず、男はカウンターに向かって大声を張りあげた。

 いつのまにかそんなものまでメニューに並ぶようになったらしい。


 さっきよりも大きなため息とともに、彼女はテーブルに頬杖をついた。

 首に巻いたスカーフの先を、くるくると指先でもてあそぶ。


 情報収集に出かけているアニーたちが羨ましい。

 名が売れたのはいいが、初日で目立ちすぎたせいで彼女自身は表立って動くことができなくなってしまった。


 日がな1日、こうして酒場の花となるばかりだ。


「遅いわね……」

「てめぇ、早く作りやがれ! 死にてぇのか!」


 男がカウンターに銃を向ける。

 必死でソフトクリーム機を操作する可哀想なマスターのために、彼女は誤解を解いてやることにした。


「違うわよ。アニーたちが遅いわねって、そう言ったの」


 こんな場所でも銀河標準時で動いているらしい。

 そろそろ表通りが暗くなりはじめている。アニーやエレナとは、この酒場で落ち合うことになっていた。


 入口の押し戸が、ぎいと鳴った。


 彼女は顔をあげ、そしてつまらなそうに唇をとがらせた。


「なんだ……ジョンなの」

「おいおい、なんだはねぇだろう」


 そう言って、彼は黄色い歯をにいと剥いてみせる。


 昨日の敵は今日の友。

 そんな言葉を、どこかの誰かが言っていた。2日前に決闘を演じたその相手は、自分を撃ち負かした女性に、いまやぞっこんらしい。


「それに俺のことは、猫ちゃん(トム)って呼んでいい。宇宙でただひとり――あんただけは、そう呼んでいい」


「はいはい、猫ちゃん――あら? その手はどうしたの?」


 彼女はジョンの右腕に目を止めた。

 ひどい火傷のために、ギプスで固めてゼリー漬けになっていたはずだが、自由に動いているではないか。


「これかい? カンナに付けてもらったんだぜ。どうだ、すげぇだろ?」


 彼はメタリックな右腕を持ちあげた。

 指がなめらかな動きをみせ、モーターの作動音が聞こえてくる。


「全治2週間だったんでしょ? ほっとけばちゃんと治るものを、わざわざ切り落としてサイボーグ手術なんかしなくたって……」

 彼女ジュエルは呆れ声をだした。


「いいんだって、俺の好きにするさ。それにこの腕、すげえんだぜ。ほれっ、見ろこのパワー」


 テーブルの上にあった金属製のマグカップを掴みあげると、力もこめずに、きゆっと握り潰す。

 まるい球体になった()カップを、ごろんとテーブルの上に転がす。


「へっへっへ、ジョンのだんな……オレたちもさあ」


 にやにやと笑いを浮かべて腕をまくった者――2名、ズボンをめくった者――3名。

「テーブル返し」の下敷きとなった男たちである。

「てっ、てめえらっ! くそっ! 俺だけだと思ったのに!」


 ちなみにカンナの役所は、海賊に身を置く悪の天才少女科学者ということになっていた。

 趣味の欄には、きっと「人体改造」と書かれるに違いない。


「お待たせいたしました――ソフト・クリームでございます」


 どことなく影の薄いマスターが、トレンチにソフト・クリームを載せてやってくる。


「あら、ありがと」


 いびつな形をしたクリームを、舌先で舐め取る。


「おーっ……」


 男どもが、また何か騒いでいる。彼女は無視した。


「あらっ、あの人……?」


 ふと、店の隅にいる男に目が止まった。壁際に追いやられたテーブルに腰を下ろし、じっと壁の一点を見つめている。テーブルの上には、空のグラスと、空になった酒瓶があるばかりだ。


 男たちのひとりが、彼女の視線に答える。


「ああ、やつか。やつはギルバートっていってな……まあ、早い話がアレさ。頭がイッちまってるのさ。プラズマ・アックスを使わせたら、誰もかなわねぇ、すげえ男だったんだけどよ……このあいだのヤマでドジ踏みやがって、酸素欠乏症にかかって、それきりさ」


「そのヤマって……どんな仕事だったの?」

「楽な仕事さ。豪華客船を襲うのさ。このあいだは3隻くらい出たっけかな。ワイズマンのとこと、アラモスの親父と、あと誰の船だっけか……」


 別の男が答える。


「サジタリウスの臆病小僧だろ。なにか幽霊船が出たとか出ないとか言って、逃げ帰って来やがったようだが……」


「幽霊船?」

「ああ、センサーにも何も映らねぇ幽霊船が出たんだとさ。バカげてるぜ」

「そうね、バカげてるわね……」


 話に相槌をうちながら、彼女は別のことを考えていた。

 壁に向けてぶつぶつと独りごとを言っている男には見覚えがあった。エアロックの縁に最後までしがみついていた、あの男(、、、)だ。


「ねえ――」


 周囲の男たちに、訊ねかける。


 いくぶんおかしくなっているとはいえ、一度は顔を見られている相手だ。変装が見破られないとも限らない。


「わたし、きれい? 女らしいと思う?」


 男たちはそろってうなずいた、


「ほんとう?」


 ぶんぶんと、ちぎれんばかりの勢いで、男たちは首を振りたくった。


「よし――」


 彼女は立ちあがった。

 ギルバートと呼ばれた男に向かって歩いてゆく。


「こちら――よろしいかしら?」


 じれったいほどゆっくりと、男は顔をあげた。

 どんよりと濁った目で彼女を見上げ、ぼんやりとうなずく。


「もうお酒、からっぽじゃない。これ、あげるわ――」


 向かいの席に腰を下ろすと、彼女は手にしたソフト・クリームを相手に差しだした。


「お……、おで(、、)に?」


 彼女がうなずくと、男は嬉しそうにソフト・クリームを食べはじめた。


「なんであんなヤツがぁ!」「離せぇ! 俺も酸素欠乏症になってやるんだァ!」


 背後で男たちが騒いでいる。

 彼女は無視した。目の前の男が食べ終わるのを、じっと待つ。


 口のまわりを汚しまくって、男はようやく食べおえた。

 ハンカチを取りだして口元を拭ってやってから、彼女は男に訊ねかけた。


「ねえ、ギルバート。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「ギル……で、いい。あ、あんた……、お、おでにやさしくしてくれた。な、なんでも、きいて……。お、おで、こたえる」


「じゃあ、ギル……。あなたのこの前のお仕事のとき、豪華客船から誰か連れてこなかったかしら? あなたたち海賊以外で、12歳くらいの子供なんだけど……」


 相手が相手だけに、遠回しな表現は一切使わなかった。ずばり核心に切りこむ。


「こども……?」

 ギルバートの目が、空中を泳ぎだす。


「そう、子供よ。とってもうるさい子供」

「うるさい……こども」


 目の焦点が、ぴたりと定まる。


「ああ。こども、いた。……おんなのこだ」

「女の子ですって?」


 可愛い顔立ちだから、女の子と見間違えたとしてもおかしくはない。


「まあいいわ。それでその子、どうしたの? どうなったのか、覚えてる?」

「つれてきた、ここまで……。それから、わたした」

「渡した? 誰に? ねえ教えて」


 はやる気持ちを抑えて、彼女は訊ねた。


「と、虎……」

「虎?」


「そう、虎……」

「ねえ、虎って誰のこと? それじゃわからないわ」


 彼女が訊ねると、ギルバートは頭を抱えこんだ。


「虎、虎、虎! お、おで……、こわい、こわい……」


 テーブルに顔をうずめ、あろうことか、すすり泣きさえはじめてしまう。

 これ以上は無駄だろう。彼女は肩をすくめると、席から立ちあがった。男たちのいる大テーブルに戻ってゆく。


 彼女が席を外しているあいだに、男たちはどうでもいいような話で盛りあがっていたようだ。誰がいちばん勇敢であるかとか、そんな話題だ。口々に武勇伝を語っている男たちに、彼女は訊ねた。


「ねえ、誰か……″虎″って知ってる?」


 ぴたり、と話がやむ。

 男たちはそろって同じ表情を彼女に向けた。


「い、いや。オレは知らねぇな……」

「オ、オレも……」

「ちょっとちょっと……。あなたたち、いま知ってるって顔したでしょ?」

「いや……オ、オレ、ちょっとヤボ用を思いだしちまって……」

「あっ、オレもオレも……」


 捕まえて問いつめる暇もなく、男たちは逃げていってしまった。

 20人からの人数が、あっというまに姿を消す。


 ひとりだけ残った男に、彼女は言った。


「いくらなんでも、あなたまで逃げださないでしょうね――猫ちゃん(トム)?」


 その声に、ジョンは戸口で踏みとどまった。

 背中を向けたまま、彼女に答える。


「悪いことは言わねぇ。奴の何を調べようとしてるのかは知らねぇが、やめておけ。命が惜しいならな……」


「あら怖い。でもその時は、頼りにしていいのよね?」

「ばかやろう。人間がかなう相手かよ」


 そう言い残して、男は店を出ていった。

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