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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第二章 5000馬力の〝虎〟
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海賊通り

 風に吹かれて、足元をまるい物体が転がってゆく。

 一見すると枯れ草のようにも見えるが、その正体は樹脂とコードの絡まりあったかたまりだ。


 長い髪とマントを風になびかせ、ジークは大通りのはずれに立っていた。

 まっすぐに延びる大通りには、大勢の無法者たちが肩を怒らせるようにして行き交っている。

 またひとつ、得体の知れぬコードのかたまりが目の前を転がってゆく。


 風が吹いているのだ。


 この状況下で、連中はどうして平然と歩いていられるのだろう?

 丹念に朱を引いた口元から、思わずつぶやきが漏れる。


「やだァ、ジュエル信じられなーい」


 白々とした視線を女たちから受け、ジークはこほんと咳払いをした。

 誇らしく突き出た〝胸〟に手をあて、〝中身〟に使っている携帯用宇宙服をしっかりと確認する。


 風が吹くということは、どこかに大穴が開いているということだ。

 居住ブロックに穴が開いているというのに、平然としていられる神経が信じられない。そもそもどうして警報が鳴り響かないのだろうか。


 鼻をひくつかせて、アニーが風の匂いを嗅ぐ。


「まあこのくらいなら、半日やそこらは平気でしょ。そのうちに修理されるわよ――たぶん」

「おらッ、シャンとしナイか。何人か、コッチ見てるゾ」


 カンナに言われて、背筋をまっすぐに伸ばす。

 宇宙海賊キャプテン・ファニージュエルは、何事にも動じない美少女の中の美少女なのだ。空気漏れ程度で顔色を変えるような小娘ではない。


 ゆっくりとした足取りで歩きはじめる。

 肩当てのおかげで、無理して肩を怒らせる必要もない。便利なものだ。自然体のままで大通りを進んでゆく。


 これ見よがしに腰に銃をぶら下げた男たちが、鋭い視線を投げつけてくる。

 男ばかりの集団に女が入るとよく目立つ。黒いカラスの群れに、白いハトがまじるようなものだ。さもなければ、地味な蛾の中に色鮮やかな蝶々か――。


 女海賊に扮して|《海賊島》に乗り込むというのは、カンナの発案だった。

 理由はいたって単純。

 |《海賊島》には女がいない。

 下世話な言い方をすれば、女日照りということになる。悶々としている連中に取り入るなら、女ばかりの一団という設定が適切だ。


 別の案として、オンボロ船で各地を巡業中の移動娼館として乗りこもうというものもあった。

 女たち四人が娼婦となり、ジークは客引き兼マネージャーという役柄だ。


 そのアイデアは即座に却下した。

 おかげで「キャプテン以下、全員が女ばかり」という海賊案を飲まざるを得なくなった。


 だがこうして天下の往来を女装して歩かねばならないとしても、エレナやアニーが娼婦として客を取るよりは、まだいい――。


「あんた――じゃなくて、ジュエル様。なんか楽しんでるように見えるんですけど?」

「そうかしら?」


 男どもの視線を受け流しつつ、腰を振って歩く。

 髪にたっぷりと振りまいておいたラベンダーの香水が、風にのって男たちの鼻孔まで到達する。


 特別に熱い視線を送ってくる二人の男に、ぱちぱちっとウインクを送った。


「いまのはオレだ!」

「馬鹿言いやがれ、俺様に決まってる!」


 通りすぎていった後ろで、争いが持ちあがる。


「なんだと、てめぇ! 銃を抜け!」

「てめえから先に抜きやがれ!」


 そんな声が聞こえたかと思うと、もう銃声が聞こえている。

 二人の男が口論を始めてから撃ちあいに発展するまで、ものの数秒しか経っていない。


「もうっ、なんてとこかしら!?」

「だから|《海賊島》だロ」


 マントの中にカンナが逃げこんでくる。

 耐弾、耐ビームコーティング済みのマントだ。こういう時は役に立つ。カンナをかばいながら、手近な建物の軒下に逃げこんでゆく。


 赤とオレンジ――いかにも安っぽい色のレーザーが空間を彩る。

 流れ弾が気密ドームの天井に当たって、小さな穴を作りだす。そこから空気が漏れはじめたらしく、風向きが新たな方向へと変化していった。


「こリャたしかに、イチイチ警報鳴らしてたらキリないワサ」


 天井の一角から放出されたガム・バルーンが、風に乗ってふわふわと漂ってゆく。引き寄せられていったバルーンが穴を塞ぎ、本格的に修理されるまでの応急処置となるのだ。


「エレナ姉さん、どっち勝つと思う? あたい、あっちの赤いほう」

「それなら、わたしはオレンジのほうね。食後のシェリー酒を賭けるわよ」


 そんなことを言いながら、エレナやアニーたちも同じ軒下に避難してくる。


「でもきっと時間がかかるわねぇ――お二人とも、ずいぶんと憤重な方々のようだから」


 二人の男は建物の陰に身を隠して撃ちあいをつづけていた。

 無駄弾をばらまくばかりで、決着は当分つきそうにない。あるいは、レイガンのバッテリーが尽きるのが先か――。


「じゃあさ、ここに入ってかない?」


 軒下にぶら下がった看板を見上げて、アニーが言う。


「Four Digits――ですって? 変な名前の店ね」


 深く考えず、両開きの押し戸を開いていった。

 店内に足を踏みいれる。


 その瞬間、場の雰囲気ががらりとかわった。


 さっきまでは、たしかに喧騒が聞こえていたのだ。それがいまや、息の詰まるような静寂に取ってかわられている。


 か細い身体に何十という男たちの視線を浴びて、宇宙海賊キャプテン・ファニージュエルは歩きはじめた。

 ブーツのかかとで床を鳴らし、カウンターヘと向かう。


 くたびれた感じのバーテンが、グラスを磨いていた手を止める。


「ソーダ水をいただけるかしら?」

「悪いが品切れだ」


 バーテンはそう言い、小さな声で言葉を継いだ。


「――あんた、早く出ていったほうがいい」


 逃げだしたいのは、やまやまだ。

 だがそうもいかない事情もある。宇宙海賊キャプテン・ファニージュエルは、狼たちの檻に飛びこんだくらいで顔色を変えるような小娘ではないのだ。


 彼女は言った。


「それならミルクを――温めてくださるかしら?」

「ミルクだってよ!」


 待ち受けていたように胴間声が響く。

 声をあげたのは、店の奥で大テーブルを占領している一団のうちのひとりだった。赤ら顔の男で酒瓶片手に足をだらしなくテーブルの上に投げだしている。


「お嬢ちゃんよ! うしろの姉ちゃんのデカい乳でも吸ってたらどうだ?」


 げひゃげひゃと下品な笑い声をあげて、男が酒瓶を振りまわす。

 べつの男が、さらにはやしたてる。


「こりゃいいや! レズ・ショーか!? ただでレズ・ショーが見られるなんて、オレたちや今日はツイてるぜ! なあみんな?」

「ああ、そうだぜ……本当になあ」


 片手にナイフをちらつかせながら、ひとりの小男が入口を塞ぐように移動してくる。退路を絶つつもりなのだろう。

 頬に片手をあて、エレナが小首を傾げてみせた。


「あらまあ……。困りましたわ、ジュエル様。こちらの方々、ちょっとばかりお行儀がわるいようですわね。正直者ですけど」

「そのようね。こういう坊やたちは、どうしてあげるべきかしら?」


 そう言って、彼女はもの憂げな視線をジリオラに向けた。


「やっておしまいなさい――許します」


 ジリオラは無言でうなずくと、男たちのいるテーブルに向けて歩いていった。


「ははっ! この姉ちゃんもいい女だぞ! 顔も悪くねぇ。乳もデカい。だいいち丈夫そうなのがいい。そんな怖い顔すんなって。これからよろしくやることになるんだからな、ここの全員とよ――おい? なんのつもりだ?」


 男は酒に酔った目でジリオラを見上げた。


 彼女は男たちのいるテーブルに手をかけていた。無法者の集まる店にふさわしく、それはおそろしく無骨なテーブルだった。鉄工所から切り出してきた鉄塊を、そのまま床に放置したように思える。


「やめとけ、やめとけ。なんのつもりか知らねぇが、こいつは一トンは下らねぇよ。動かすつもりならクレーンでも持ってきやがれ」


 ジリオラの腕から肩、そして背中にかけて、筋肉の束がぐっと盛りあがる。


「――ふんッ!」


 気合一閃。テーブルが宙を舞う。


「うわわっ!」


 男たちは慌てて逃げだした。何人かは逃げ遅れてテーブルの下敷きになる。


「あっ、足がア! オレの足がぁ!」

「手、手がぁ――!」


 いくつもの悲鳴がわきおこった。

 にやけた笑いを顔に浮かべる者は、もうどこにもいなかった。


「野郎ッ!」


 店内の何十人という男が、一斉に立ちあがる。


「ぶっ殺せ!」

「いいや吊るせっ!」


 ガンベルトに手をかけて口々に叫びたてる。


「黙りやがれッ!」


 騒然とした店内を、ひとりの男の蛮声が圧倒した。

 男は手にした酒瓶を、床に投げて叩き割った。唾を吐き捨て、ぎらりと目を輝かせる。そこにはもう、一片の酔いも見あたらなかった。


「俺がやる。この俺が、始末をつける」

 男の言葉に異議をはさむ者は、誰ひとりとしていなかった。


「表へ出ろ」

 男はジリオラに向かってそう言った。ジリオラも、ひとつうなずいて歩きだそうとする。


「お待ちなさい」

 宇宙海賊キャプテン・ファニージュエルは、凜とした声で宣言した。


「わたしが、相手をします」

 片腕を差しあげてマントを開き、腰のレイガンを男に示す。


「いいぜ――来な」

 男は先に立って歩きはじめた。入口を塞いでいた小男が道をゆずる。


 彼女は男の後ろについて、大通りに一歩足を踏みだした。


 さっきよりも一段と風が強くなっている。あの二人の銃撃戦は、いまだに続行中らしい。片方は水タンク、もう片方はゴミバケツの後ろに隠れ、ぺしぺしと散発的に撃ちあいを続けている。


「やかましい! 邪魔だっ!」


 グリーンの光条が二度――空を切り裂いた。


 タンクとバケツの後ろで、それぞれ一度ずつ音がした。

 それきり、何も聞こえなくなる。


「さあ、おっぱじめようぜ」


 通りの中央まで歩みでて、男は両腕を広げた。

 レイガンはいつの間にか腰のホルスターに収められている。たしかにさっき二連射をしたはずだ。それなのにホルスターから抜かれた銃は見ていない。真後ろを歩いていたというのに――。


「おっと、てめえの名前をまだ聞いてなかったっけな。言えなくなる前に聞いといてやるぜ」

「レディに名前を訊ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀でなくて? ママにそう教わらなかった?」


 テンガロン・ハットを指先で弾くと、男は名乗りをあげた。


「聞いて驚け。星界の猟犬、ジョン・ケルベロスたぁ、俺のことよ」


 知らない名前だ。


「宇宙海賊――キャプテン・ファニージュエル。ちょっと待ってくださるかしら――ええと、猫ちゃん?」


「ジョンだ」


「そうそう、ワンちゃんだったわね」


 彼女は腰からレイガンを引き抜いた。

 グリップからバッテリー・パックヘと伸びる赤青のコードをはずし、シリンダー・ブロックを横にオープンさせる。


「おい見ろよ、リボルバー式のレイガンだぜ。どこから持ってきた骨董品だぁ?」


 ギャラリーの野次を黙殺し、ベルトから超伝導カートリッジを一発だけ抜き取る。

 ナチュラル・ピンクのマニキュアを塗りつけた指先で、シリンダーに装填する。


「一発だけか?」


 男が訊いた。彼女は答えた。


「充分よ」

「そうかよ」


 そう言うと、男は自分のレイガンを抜き出した。レリーズ・ボタンを押して、バッテリー・パックを地面に落とす。


「これで俺様も、一発だけだ」


 バッテリー・パックがなくとも、チェンバー・コンデンサーに残った電荷によって、フルパワーによる射撃が一度だけ可能だ。


 おたがいに、一発ずつ。


 それより先が必要になるとは思えない。これは決闘なのだ。

 ホルスターの中にレイガンを戻した。ベルトを揺すって、すわりのよい場所を探りあてる。


「さあ、いいわよ」

「抜け」


「あなたのほうから、どうぞ」

 自由にした右手をぶらりと下げて、彼女は言った。


「そうかよ。じゃあ行くぜ」

 その言葉を最後に、男の動きもぴたりと静止する。


 男もまた、右腕から完全に力を抜いていた。全身の神経をすべて振り向けて、遠からず訪れるであろう、その瞬間に備える。


 ふたりのあいだを、風が吹き抜けてゆく。


 偶然によって、その瞬間はもたらされた。ガム・バルーンのひとつが、ふわふわと低空に漂い降りてきたのだ。向かい合う両者のあいだに、一メートルほどの丸い風船が位置を占める。


 ライト・グリーンのまばゆい光条が、白いバルーンを貫き通した。


 弾けたバルーンが四散しながら蒸発する。

 その脇を、鮮やかなブルーのレーザーが抜けてゆく。マントだけをその場に残し、彼女は真横に向けて身を躍らせていた。空中からの抜き撃ちだった。


 男の腕から、銃が落下する。


「てっ、てめえ――」


 焼かれた腕を押さえながら、男がはうめき声をあげる。

 彼女は立ちあがった。地面に落ちた自分のマントを見つめる。焼け焦げた穴が、ひとつ開いていた。


「いい腕ね。でもわるいけど、この|《海賊島》じゃ二番だわ」

「へっ、言いやがるぜ……」


 苦痛に顔をしかめながらも、男はどこか晴れやかな顔でそう言った。


「ジュエル様ぁ!」


 決闘の行く末をじっと見守っていたアニーが、手を振ってはしゃぎたてる。


「お……おい、いまの見たか?」

「ああ、青いレーザーだった……」


 ギャラリーのあいだで、ざわめきが上がりはじめていた。


「ぎ、銀河に四本しか残ってないっていう青色レーザーの発振チューブ……《ブルー・ゲイル》だってのか? まさか……」


 周囲を取りまくギャラリーに向けて、彼女は胸を張ってみせた。


「わたしの名はジュエル! 宇宙海賊――キャプテン・ファニージュエル!」


 大声で名乗りをあげてから、鏡に向かって練習したとっておきの笑顔で顔を輝かせる。


「ジュエルって呼んで♡」

今回から、元となる原稿を「初稿」→「復刊版相当(校正済み)」に切り替えました。誤字脱字が大幅に減っているかと思います。

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