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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第二章 5000馬力の〝虎〟
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男の娘

「うん、似合う似合う! 美人美人!」


 一歩うしろに下がって、アニーは言った。


「オ、オレ……こ、こんな格好いやだよぉ」

「オレじゃなくて、わ・た・し! ――女の子なんだからさぁ」

「男だっ!」

「ホイホイ、動くなッてーの。ぶっとい眉毛になっちまうゾ」


 ジークの膝に尻を乗せて、カンナが眉ブラシを向けてくる。

 椅子に座らされたジークは、女たちのいいように扱われていた。何種類もの道具を使って、カンナが色々なものを顔に塗りたくってくる。後ろでは、エレナが髪に手を入れていた。


 かれこれ1時間近くもこうして座らされているだろうか。化粧というのがこんなにも大変な儀式だということを、ジークは初めて知ったのだった。


「あ、エレナさん、そこそこ――」

「ここ――?」

「あっ! そこそこっ! くーっ、気持ちいい……」


 カンナに妙な薬を塗られたせいで、頭の後ろが痒くてたまらない。

 自分の顔や頭がどういうことになっているのか、ジークにはまるで見当がつかなかった。


「よし、まッこんなもんダロ」


 妙な器具でまつげを引っぱっていたカンナが、ジークの膝からぴょんと飛び降りた。


「ほら、鏡見る?」


 アニーが姿見を運んでくる。


 ジークは椅子から立ちあがった。おそるおそる、姿見の前に立ってみる。

 鏡の中に、見たこともない美少女が映っていた。


「これ……オレ?」

「わ・た・し!」


 アニーが訂正してくる。ジークはやむなく言い直した。


「これが……わたし?」


 薄く朱をひいて桜色のくちびる。

 宇宙焼けした肌の色も、雪を思わせる白さに変わっている。柔らかくカールした前髪が小さな額にかかり、艶のある茶色の髪が、長く伸びて背中まで――。


「うわあっ! なんだこれっ!」


 背中まで伸びた自分の髪を、ジークはつかんで引っぱった。――痛い。本物だ。


「うわあ、じゃなくて――きゃあでしょ」

「どっどっ、どうなってるんだよ! なんなんだよ、これっ!?」


 手の中にある重たい感触が、さらさらと流れ落ちてゆく。


「なにって――髪の毛でしょ?」


 化粧道具を片付けながら、アニーは事もなげにそう言った。


「ケハエグスリだヨ、毛はえ薬。今朝がた塗ったクスリがあったロ? あれがそうさね。マァ成功したみたいだし、ヨカッタヨカッタ」

「ひとの体で人体実験するなーっ!」


「まあまあ、社長。ロングヘアもお似合いですわよ。女海賊のボスっていったら、やっぱりこういうイメージですものね。ほら――」


 エレナはそう言って、イメージ・スケッチを開いてみせる。

 真紅のスーツに大仰なマント。さらにドクロの髪止めがワン・ポイントとなっている。


「スーツのほうも……。ほら、もう仕上がってますのよ。はい、どうぞ――」


 心底嬉しそうな顔のエレナが、ジークに衣装一式を手渡してくる。


「これ……本当に着なきゃだめ?」

「だめです」


 きっぱりと言い切られ、ジークはがっくりと下を向いた。


    ◇


 着替えは別々の部屋ですませた。


「ほらジーク! あたしミニだよ、ミニのスカート」


 廊下で顔をあわすなり、アニーはくるくると回ってみせた。若葉を思わせるグリーンのフレアが、回転にあわせてふわりと広がる。


「ばかやってんじゃない……ないわよ。さあ、ブリッジに行くわよ」


 指導(、、)されるまえに自分から言い直し、ジークはブリッジに向かって歩き出した。真紅のスーツの下で、ごそごそと下着が擦れて気持ちわるい。胸を作る(、、、、)ために、詰め物をしたブラジャーを着込んでいるためだ。情けないことに、パンツまで女物ときている。


「どこから見ても、立派な女海賊のボスに見えますわよ」

「顔こすんなヨ、メイクが落ちちまうからナ」


 ワインレッドのスーツに身を包んだエレナが後ろにくる。

 当初からの仕様書通り、胸の谷間を強調した大胆なデザインだった。カンナのほうも、いつもの胡散くさい白衣姿ではなく、行動的なスパッツで決めている。腰にぶら下げる銃のかわりに、ポシェットを吊っているのが可愛らしい。


「立派すぎて歩きにくいんだけど……この肩当て、どうにかならないかなぁ?」


 金属製の肩当てが、体の左右に大きく張り出している。

 マントを吊り下げる以外の用途に役立っているとは思えない。そもそもこのマントにしたって、いったい何のためにあるというのか?


「ほらほらぁ、とっとと歩く!」

「わかってるよ――わよ」


 肩当てとマントが通路の幅をふさいでいる。

 ジークが進まないと、誰も前に行けない。ボスが先頭を歩くために存在しているだろうか、このマントは――。


 右肩を先に、左肩をあとに――。肩当てを引っかけないように気をつけて、ブリッジへのドアをくぐり抜ける。コンソールの前に座ったジリオラが顔を向けてきた。彼女ばかりはコスチュームを着る必要はない。普段の格好の上にガンベルトやら対弾ジャケットを羽織るだけで、海賊として充分に通用する。


「何か変わったことは――ないかしら?」

「しばらく前から、《海賊島》から呼びだしが来ている」

「なんだって? どうして知らせなかった?」


 思わず男言葉に戻ってしまう。


 ジリオラは悪びれもせずに肩をすくめた。そのかわりに、カンナが答える。


「世の中にゃぁ、演出ってモンがあるわけヨ。いいから私らに任せておけって。ホレ、くちを開けな――」


 ポシェットから何かを取りだし、カンナは椅子の上に立ちあがった。


「くち? 口がどうしたって?」

「いいから、アーンしてみろ」

「う……。あ、アーン……」


 言われるままに口をあけると、カンナは指先で銀色の小さな物体を弾きだした。

 それは狙いたがわず、ジークの喉の奥に飛びこんできた。


「うっ――! げほっ! げほっ! な、なにを入れ――!?」


 大きく咳きこみかけ、そしてジークは口を手で押さえた。喉から出てきた声が、女のものだったからだ。


「なんだなんだ! こりゃいったい誰の声だ!?」

「あんたの声に決まってんでしょ」


 パイロット・シートで計器のチェックをしながら、アニーが背中で答える。


「ジンコーセイタイだよ、人工声帯。ホロビデオのスパイもんでお約束のアイテムだろがサ」


 女海賊を演じるのに声だけが男のままというのも、たしかに妙な話だ。

 喉の奥に飴玉でも詰まったような感じがするが、我慢できないほどではない。


「あー、あー……。ああ、なんてきれいな声かしら」


 自分の声に、ジークはうっとりと聞き惚れた。

 女の声だと、女言葉で話すことにも違和感がない。不思議だ。


「そりゃそうサ。エンジェル・ボイスと謳われた22世紀の大声優、ファニー・ステラの声をサンプリング・データに使ってるからナ」

「そろそろ頃合かしらね。向こうの管制さん、応答がなければ破壊しちゃうぞ――なんて言ってきてるわ」


 レシーバーを耳にあてていたエレナが、ひとりごとのようにつぶやいた。


「よっしャ、BGM流せい」

「はいはい」


 エレナがキーを叩くと、静かなメロディーが流れはじめた。

 たしかクラシックとかいう、何百年も昔の地球時代の音楽だ。


「社長、本番はいりますわよ。さん……、にい……」

「えっえっ? ちょ、ちょっと待ってよ!」

「いち……、キュー!」


 スクリーン一面に、怒り狂った男の顔が特大サイズで映しだされる。


『返事をしやがれってんだ! この○○○○の×××の△△△野郎っ!』


 とても口にできないようなことを、海賊は力いっぱい叫んでいた。


「まあ、こわい」


 ジークは両手を口元に持ってきて、そう言った。


 電波が届くまでのしばらくのあいだ、その格好を崩さずにいる。


 時差は2秒ほどだった。涎を振りまいて叫んでいた男が、ぽかんと口を半開きにしたことで、そうとわかる。


『おっ、おっ、おっ、おめえは……。誰だっ、おめえはっ!』

「ジ……ジュエルよ」


 うっかり本名を言いかけて、ジークはあわてて言い直した。


「宇宙海賊――キャプテン・ファニージュエル。よろしくね」


 たったいま思いついた名前を口にして、にっこりと微笑む。男はつられて、顔をほころばせた。


『いや、オレっちのほうこそ――じゃねぇっ! やいやいっ! いったいなんの了見だっ! 何回呼びだしたと思ってやがる!』

「あら、ごめんなさい。通信が入っていたのは気づいていたんだけど……」

『なら、なんで出やがらねぇ! おいてめえ、あんまりなめてやがると、ぶちこんでやるからな!』


「まあっ――」


 ジークは目をいっぱいに見開いた。口元に両手を持ってくる。


『い、いやその……ぶちこむっていうのは、ミサイルのことで……、オレはべつに……、そんないやらしい意味で言ったんじゃ……』


 しどろもどろになって説明しようとする男に、くすりと笑ってみせる。


「ええ、わかってます……。だから貴方もわかってくださいな。女って、身仕度に時間がかかるものなんです」

『そ、そりゃあ……わかるけどよ』


 すっかりこちらのペースだった。

 相手が男でありさえすれば、ジークはいくらでもしたたかになれるのだ。


『だけど、キャプテン・ファニージュエル――だっけ? 聞かない名だな』

「アルデバランの《海賊島》は、男の中の男が集まる場所と風の噂に聞きました。その末席にでも加えていただきたいと思いまして、こうして長い旅をしてまいりました」


 どこから、とは言いださないのがポイントだ。へたに地名を出してしまって、そこからボロが出ないとも限らない。


『えと、それじゃあ紹介状なんてのは……持っていないよなぁ』

「紹介状が――いるんですの?」


 ジークは表情を曇らせてみせた。そんなものは、もちろん持っていない。


『紹介状がねぇと、島にいれるわけには……』

「そんな……いじわるしないでください」

『いや、いじわるったって……。こいつは決まりで……』


 煮えきらない男だった。

 ジークが攻めあぐねていると、ビープ音とともに新たなウインドウが通信画面に広がる。


『兄さんさぁ――アタイたち、長旅で疲れてんの。固いこといわないで通してよォ。ちょっとでいいからさァ?』


 アニーだ。チューインガムを噛みながら、崩れた感じで声をかけてくる。


『ちょ、ちょっとも何も、だめなもんはだめなんだよ』

『通してくれたら、いいことしてあげるからァ……ねぇ?』


『い、いいことって……な、なんだよ?』


『それは通してくれたときの、お・た・の・し・み。――兄さんの固いのは、そんときに見せてくれればいいからさァ。たっぷりと、ね?』

『い、いや、だけど、なぁ……』


 ふたたび、ビープ音が響く。今度はエレナだ。


 オープンしたウインドウいっぱいに、乳の谷間が映しだされていた。大迫力だ。


『あらあら、ごめんなさい。近寄りすぎちゃったかしら』


 そう言って、カメラの前から一歩下がる。

 顔と全身がようやくウインドウに収まってくる。


『通してくれたときのお礼なんだけど……、わたくしも参加させてもらってよろしいかしら?』

『あーっ、エレナ姉さんずるーい! この人はあたいが先に目え付けたんだよォ!』

『でもでも、わたしたち女ばかりで半年も航海をつづけてきたのよ。しかたないじゃない……』


 画面の中で、男がごくりと生唾を飲みこむのが見える。

 女ばかりの海賊船というのが、特に効いたようだ。


『い、いや、オレはべつに……、ふたりいっぺんでも、いいかなーなんて思ったりなんかして』

『あっ、それ名案! ねーねー、そうしよ? エレナ姉さん』

『そうねぇ……』


 男はもはや、陥落寸前に思えた。


(ほイ、ジーク――パス!)


 小声で、カンナがジークを呼びつける。

 投げ渡された目薬の小瓶を、ジークは片手でキャッチした。コンソールの陰にしゃがみこんで、両の目に数滴ほど滴をたらす。


 ジークは立ちあがるなり、胸の前で両手を組み合わせて祈るように宙を見上げた。大粒の涙が、ぽろぽろと流れ落ちてゆく。


「ああ、お母さま……ジュエルはいったいどうしたらいいのでしょう? 困ったことがあったらアルデバランの海賊を頼れ……と、お母さまの遺言にしたがって、はるばる何十光年も旅してまいりましたのに……。アルデバランの男たちは宇宙の男、本物の男。《ヒーロー》に追われ、逃げこむかよわい女海賊を広い度量で受け入れてくれる真の男たちだと、それだけを心の支えにして、ここまでたどり着いたというのに……」


『いや、その……、オレは……』

「わかりましたわ、お母さま――!」


 ここを先途とばかりに、ジークは声を張りあげた。

 悲劇のヒロインをやらせれば右に出る者はいないとまで言われた大声優――ファニー・ステラの天上の美声が、通信回線に響き渡る。


「お母さま、わたしも誇り高き宇宙海賊の端くれ。《海賊島》に入れてもらえずとも、覚悟はできております。野犬のような《ヒーロー》の群れに襲われて、宇宙の藻屑となる運命であろうとも、立派に立ちむかってみせます!」

『ああ、ジュエルさまァ――』


 アニーたちふたりが、絶妙なタイミングで合いの手を入れてくる。


『な、泣くな! 泣かねぇでくれ! 頼むからっ!』


 押すことばかりが、駆け引きではない。


「いけませんわ、決まりですもの……。わたしの都合で、貴方にご迷惑はかけられません。これより我ら一家、《ヒーロー》と戦って討ち死にしてまいります。もしもそこから……爆発の輝きが見えましたら――こんな海賊がいたということを、心の片隅にでも覚えていておいてくださいませ……」


 きっと、涙に濡れた顔を持ちあげ、ジークはスクリーンの片隅でさめざめと泣いているふたりに命令を下した。


「アニー、エレナ……転進なさい。180度回頭――」

『ままま、待ったっ! わかった! わかったら、入って来いって! なぁに! 決まりのことなら心配いらねぇ! そんなもんクソくらえだっ! オレは海賊だぁ! 怖いもんなんかねぇぞっ! ハハァッ!』


 いきがる男を見つめながら、ジークは思った。


 男とは、なんとちょろい(、、、、)生き物なのだろう。

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