女たちのもとへ
エアロックを見つけるなり、ジークは走ってきた勢いのままに飛びこんだ。
ビニールの雨具のような安物の宇宙服を着込みながら、プラスチックのカバーを叩き割って緊急減圧をかける。二枚のドアに挟まれた小さな空間が真空になるまで、およそ三十秒。そのあいだに宇宙服を着込んでジッパーを引きあげる。
アウター・ドアが開いた。
黒々とした宇宙空間に目を凝らし、どこかにあるはずの水玉を探す。それはコインほどの大きさになって、数百メートル彼方を遠ざかりつつあった。
ジークはスプレーガンを掴むと、無重力の空間に身を躍らせた。ガスの噴射圧で加速しつつ、ときどき前方に目を向けては進路を調節する。
真空に投げだされた無重力プールは、変わり果てた姿になっていた。気化熱のために表面がシャーベット状に凍りついてしまっている。
衝突の寸前、ジークは腕を前に伸ばした。相対速度はそれほどでもない。肘までめりこんでしまったが、耐えられないほどの衝撃ではない。
足を蹴りだした反動で、ジークは腕を氷の中に突き刺した。
かきわけるようにして、柔らかなシャーベットを手で掘り起こしてゆく。
かすかに感じられる重力が、ジークの作業を手伝ってくれる。水玉の安定を保つための重力コアは、放出直後の動乱期を生きのびていたらしい。
深くえぐった手首から先が、何かを突き抜けた。
指先が抵抗なく動く。
貫通した穴から沸き立つ液体が噴きあふれてきた。――水だ。
真空にさらされた水は、煮えかえると同時に熱を奪われていった。ポップコーンのような小さな氷塊になって、宇宙空間に散らばってゆく。
小さく開いた穴に向かって、ジークは強引に頭を突っこんでいった。格闘したあげく、なんとか両肩を通すことに成功する。
氷の中は真っ暗だった。
何も見えず、何の気配も感じられない。
だがジークは確信していた。――女たちはこの中にいる。
根拠などありはしない。
だが裸のまま宇宙に放り出された女たちが生きのびるとしたら、水球の中に潜りこむほかに道はないのだ。
体内感覚によると、すでに三分が経過しようとしている。
腹まで潜りこんだところで、ジークはヘッド・マスクのファスナーに手をかけた。膨らんだマスクに浮力がついて邪魔になるのだ。脱ぎ去るまえに、胸いっぱいに息を吸いこむ。首筋から冷たい水が進入してきて、顔をひたした。
マスクを畳んで、ジークは水中に踊りでた。
わずかに感じていた上下感覚も、水中に出たとたんに消え失せる。
そこは光の差しこまない深海のようだった。
目を開けても、何も見えない。冷たく、凍てつくような水の中を、ジークは手探りで進んだ。
指先が触れた。何か柔らかいものに――。
ジークは夢中でその相手にすがりついた。女の体の、柔らかい感触。ひとりではない。お互いに抱き合うようにして、幾人もの体が折り重なっている。
力なく横たわっていたその体が、ぴくりと動いた。
――生きている。
ジークは腰に張りつけた宇宙服のパックに手を伸ばした。――と、その手がぴたりと止まった。差し伸べられてきた誰かの腕が、ジークの顔をそっと挟みこんだのだ。
唇に、柔らかな感触――。
(――!!)
喉から噴きこぼれた空気を、女の唇は洩らさず吸い取っていった。
彼女が身を離すと、間をあけずに次のひとりがやってくる。
硬直するジークの体に、女たちの手が伸びてきた。まさぐるような動きで、張りつけてあった宇宙服を探しあててゆく。
四人目の女。最後のひとりは、肺の中にある空気を根こそぎ吸いつくしていった。
酸欠に喘ぐジークがヘッド・マスクを着け、バルブを開けて水を追いだす頃には、無線を通して女たちの息遣いが聞こえるようになっていた。
「もっと早く助けに来なさいよね! 死ぬかと思ったじゃない!」
「うるさい! 三分くらい息しなくたって死にゃぁしないぞ!」
「十分も待ったわよ!」
「ウソつくなウソを! だいたい助けに来てやったのに、いまの仕打ちはなんだ! 最後のヤツなんて、し、舌なんか入れやがって……。お、オレのファースト・キスだったんだぞ……」
「馬ッ鹿じゃないの? ……それよりみんな平気?」
「――ほい、私ゃ生きてるわさ。四回も一度にケイケンできて、しあわせモンだナ、ジーク」
「わたくしも平気です。すぐ動けますわ。――ジリオラ?」
「ノープロブレム」
「よ、よおし……とりあえず船に戻ってからだ。きっちりするからな、きっちり!」
「何をよ?」
どっと押しよせる安堵感を押しのけて、ジークは水面にむけて浮かびあがっていった。
すいません。午前10時頃まで、改行が入っておらず、先まで書いてある間違えたバージョンが投稿されていました。
10時頃に正しいものと差し替えました。