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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第一章 プリンセス・ラセリア
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女たちのもとへ

 エアロックを見つけるなり、ジークは走ってきた勢いのままに飛びこんだ。


 ビニールの雨具のような安物の宇宙服を着込みながら、プラスチックのカバーを叩き割って緊急減圧をかける。二枚のドアに挟まれた小さな空間が真空になるまで、およそ三十秒。そのあいだに宇宙服を着込んでジッパーを引きあげる。


 アウター・ドアが開いた。

 黒々とした宇宙空間に目を凝らし、どこかにあるはずの水玉を探す。それはコインほどの大きさになって、数百メートル彼方を遠ざかりつつあった。


 ジークはスプレーガンを掴むと、無重力の空間に身を躍らせた。ガスの噴射圧で加速しつつ、ときどき前方に目を向けては進路を調節する。


 真空に投げだされた無重力プールは、変わり果てた姿になっていた。気化熱のために表面がシャーベット状に凍りついてしまっている。


 衝突の寸前、ジークは腕を前に伸ばした。相対速度はそれほどでもない。肘までめりこんでしまったが、耐えられないほどの衝撃ではない。


 足を蹴りだした反動で、ジークは腕を氷の中に突き刺した。

 かきわけるようにして、柔らかなシャーベットを手で掘り起こしてゆく。

 かすかに感じられる重力が、ジークの作業を手伝ってくれる。水玉の安定を保つための重力コアは、放出直後の動乱期を生きのびていたらしい。


 深くえぐった手首から先が、何かを突き抜けた。

 指先が抵抗なく動く。

 貫通した穴から沸き立つ液体が噴きあふれてきた。――水だ。


 真空にさらされた水は、煮えかえると同時に熱を奪われていった。ポップコーンのような小さな氷塊になって、宇宙空間に散らばってゆく。


 小さく開いた穴に向かって、ジークは強引に頭を突っこんでいった。格闘したあげく、なんとか両肩を通すことに成功する。


 氷の中は真っ暗だった。


 何も見えず、何の気配も感じられない。

 だがジークは確信していた。――女たちはこの中にいる。


 根拠などありはしない。

 だが裸のまま宇宙に放り出された女たちが生きのびるとしたら、水球の中に潜りこむほかに道はないのだ。


 体内感覚によると、すでに三分が経過しようとしている。

 腹まで潜りこんだところで、ジークはヘッド・マスクのファスナーに手をかけた。膨らんだマスクに浮力がついて邪魔になるのだ。脱ぎ去るまえに、胸いっぱいに息を吸いこむ。首筋から冷たい水が進入してきて、顔をひたした。


 マスクを畳んで、ジークは水中に踊りでた。

 わずかに感じていた上下感覚も、水中に出たとたんに消え失せる。


 そこは光の差しこまない深海のようだった。

 目を開けても、何も見えない。冷たく、凍てつくような水の中を、ジークは手探りで進んだ。


 指先が触れた。何か柔らかいものに――。


 ジークは夢中でその相手にすがりついた。女の体の、柔らかい感触。ひとりではない。お互いに抱き合うようにして、幾人もの体が折り重なっている。


 力なく横たわっていたその体が、ぴくりと動いた。


 ――生きている。

 ジークは腰に張りつけた宇宙服のパックに手を伸ばした。――と、その手がぴたりと止まった。差し伸べられてきた誰かの腕が、ジークの顔をそっと挟みこんだのだ。


 唇に、柔らかな感触――。


(――!!)


 喉から噴きこぼれた空気を、女の唇は洩らさず吸い取っていった。

 彼女が身を離すと、間をあけずに次のひとりがやってくる。

 硬直するジークの体に、女たちの手が伸びてきた。まさぐるような動きで、張りつけてあった宇宙服を探しあててゆく。

 四人目の女。最後のひとりは、肺の中にある空気を根こそぎ吸いつくしていった。


 酸欠に喘ぐジークがヘッド・マスクを着け、バルブを開けて水を追いだす頃には、無線を通して女たちの息遣いが聞こえるようになっていた。


「もっと早く助けに来なさいよね! 死ぬかと思ったじゃない!」

「うるさい! 三分くらい息しなくたって死にゃぁしないぞ!」

「十分も待ったわよ!」

「ウソつくなウソを! だいたい助けに来てやったのに、いまの仕打ちはなんだ! 最後のヤツなんて、し、舌なんか入れやがって……。お、オレのファースト・キスだったんだぞ……」

「馬ッ鹿じゃないの? ……それよりみんな平気?」


「――ほい、私ゃ生きてるわさ。四回も一度にケイケンできて、しあわせモンだナ、ジーク」

「わたくしも平気です。すぐ動けますわ。――ジリオラ?」

「ノープロブレム」

「よ、よおし……とりあえず船に戻ってからだ。きっちりするからな、きっちり!」

「何をよ?」


 どっと押しよせる安堵感を押しのけて、ジークは水面にむけて浮かびあがっていった。

すいません。午前10時頃まで、改行が入っておらず、先まで書いてある間違えたバージョンが投稿されていました。

10時頃に正しいものと差し替えました。

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