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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第一章 新入社員
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海賊島へ

「やっぱり色は黒系のほうがいいんじゃないかしら? あんまり鮮やかな色だと、海賊さんらしくないと思うの」


「でもさぁ、ムービーに出てくる女海賊っていったら、レッドだのブルーだの、ラメ入りのパープルだの、原色バリバリの格好してるよ? 胸なんかさ、だだーんと大きくひらいてて……。ほら、こんなふうに中乳なかちちなんか見せたりしてさ」


 アニーはスケッチ・ブックにさらさらと絵を描いてみせた。その絵を見て、エレナは露骨に眉をしかめた。


「そんなのドラマの中だけの話でしょ? 本当にいたら、見てみたいわ」


 エレナは床一面に広げた布地のなかから地味な色の1枚を取りあげ、膝のうえに広げた。


 色とりどりの布地が何枚も、リビングの床一面に広げられていた。耐熱、耐寒、耐衝撃の、自立ポリマー繊維の布地だ。宇宙服の素材にも使われている。


「とにかく、色は黒か茶色。せいいっぱい譲歩して、ワインレッドまで」

「じゃあいいわよ、あたしがグリーンにするから――でもエレナさんのほうのデザイン、中乳見せだかんね」

「どうしても――見せなきゃだめ?」


 取りあげた布地を胸に抱きよせて、エレナはアニーに聞き返した。


「だってエレナさんしかいないでしょ? カンナやあたしは、どうせ見せるのなんてないしさ、ジルはジルで――」


 ついと、アニーはジリオラに顔を向けた。壁際で静かに座っていたジリオラに、スケッチ・ブックのイラストを向ける。


 胸元に大きくはいった菱形の切り込みを見せられて、ジリオラは意見を述べた。


「実用的じゃない」

「――ほらっ、やっぱエレナさんしかいないでしょ?」

「でも、なんだか最近……自信なくしちゃって」


「だいじょうぶだって! エレナさん、モデルばりのプロポーションだし、ぜったい似合うって!」

「昔はモデルもやっていたのよ、本当なのよ。でも……歳は取りたくないものね」


 エレナは壁の向こうに目をやって、寂しそうに言った。

 アニーが、ぐいとジークに顔を向けてくる。


「ほらっ、あんたもなにか言いなさいよ。男なんだから」


 怖い顔でにらまれて、ジークはいじっていた布の切れ端をカーペットの上に取り落としてしまった。

 男であるということと、なぐさめることと、なんの関係があるのかといぶかしみながら、エレナに向かってぼそぼそと口にする。


「そ、その……、べつにだいじょうぶだと思うよ、ぼくは……。ほ、ほら、このあいだの、風呂のときに……ね?」

「もうっ! なにが、『ね?』――よ! そんなことを聞いてんじゃないの! チンチンが立つかどうかを聞いてんの!」

「げっ――下品だなおまえはぁ! や、やめろよなぁ! そういうの!」


 そこまで言って、ジークははっと横を向いた。


 期待のこもった眼差しで、エレナが見ている。


「だっ――だから、そ、そ、その……」

「だから、なぁに? はっきり言いなさいよ、ほらほらぁ」


 にやにやと笑いを浮かべるアニーを、ジークはにらみつけた。


「ナニ騒いでんだい? エレナのチチをオカズにして、ダレが何回抜いたって?」

 カートを押して、カンナがリビングに入ってくる。


「だっ、だっ、だっ――誰もそんなこたぁ言ってないだろっ!」

 ぱたぱたと手を振って、ジークは言った。


「いいッて、いいッて。思春期の青少年の妄想に出演させられたくらいで怒るようなコドモは、ここにゃ1人もいないからサ」

「そうそう」


 アニーが請け合う。


「だからなに言ってんだよおまえらはぁっ! オ、オ、オ……オレはそんなこと! し、し、し……してないぞ。してないんだからなぁ……本当だぞ」


 最後のほうは、どうしても小声になる。


 だが、誰も聞いてはいなかった。

 カンナがカーゴに乗せてきたメカを取りまいている。


「へー、これがミシンっていうんだ。ねーねー、どうやって使うの?」

「苦労したんだゼ、自動工作機にかけるまで――ずいぶんと古いアーカイブから設計図をひっぱり出したりなんかしてサ。こいつはこうやって、リズムを取りながら踏み板を動かす。ほれ、やってみナ」

「わっ、わっ――おもしろーい!」


 ミシンとかいう古めかしい機械をおっかなびっくり操作して、アニーが歓声をあげた。

 ひとりだけ残ったエレナが、ジークに言ってくる。


「社長……ありがとうございます。わたくし、なんだか自信が持てましたわ」

「そ、そう? それはよかったけど……いや、よくないっ! オレはしてないぞ! 変なことなんか、してないんだからな!」

「はいはい、わかってます。――あっ、ミシンならわたし使えるわよ。昔取った杵柄ですもの」


 足取りも軽く、エレナはミシンのところに歩いていった。


 型紙やらなにやらを持ちだして本格的に裁縫をはじめた女たちを、ジークはぼんやりと見つめていた。ボタン付けができる程度の腕前では、出る幕はなさそうだ。


 ジークはそっとリビングから抜けだしていった。

 あてどなく、廊下を歩きはじめる。

 人気のない通路は、明かりが落とされて薄暗くなっていた。船内時間では、もう夜に入っている。


 歩いているうちに、明かりの漏れ出している場所にたどりつく。


 食堂として使っているラウンジ・ルームだった。

 開け放たれた扉をくぐって、ジークは椅子のひとつに腰を落ちつけた。

 かたわらに視線を落とすと、壁際に寄せられている壊れたテーブルが目についた。


 あの日――。リムルが姿を消したあの日から、5日が過ぎ去っていた。


 どうやってか、ロックを解除して部屋を抜けだしたリムルは、《サラマンドラ》が発進する前に客船に乗り移っていたらしい。愛人の件を使って船長を脅迫し、船内モニターの記録をチェックした結果、何枚かのフレームに、客船の中をひとりでうろつくリムルの姿を確認することができた。


 リムルが客船の中にいたのは確かなのだ。そして海賊が引きあげていったとき、リムルの姿はそこになかった。2つの事実から導かれる結論は、ひとつしかない。


 リムルは連れ去られたのだ。海賊たちによって。

 ことり――と音がして、テーブルの上にカップが置かれた。湯気とともに、ミルクのあまい香りが立ち昇ってくる。


「ジルかい……?」


 ジークは顔を上げた。

 薄暗闇の中に、ジリオラの顔が浮かんでいた。


「飲め」


 そう言ったかと思うと、ジリオラはジークのとなりに腰を下ろした。

 なにをするわけでもなく、頬づえをついてジークの顔を見つめてくるだけだ。


 ジークはカップに口をつけた。両手で持ちなおして、ふうと息を吹きかける。ホットミルクは火傷するほどに熱かったが、どこか懐かしい味がした。


「ジルは手伝わなくっていいのかい?」

「ああいうのは苦手だ」


 ジリオラは肩をすくめて、そう言った。そうだろうと、ジークも思う。


 ゆっくりと、時間だけが流れていった。

 カップの半分ばかりがなくなる頃、ジークは壁際の壊れたテーブルに目を向けた。


「あのテーブル……リムルが壊したんだよな」

「壊したのは、わたしだ」

「ははっ……そうだったっけ」


 ジークは笑った。

 力のない笑いではあったが、ここ数日で初めて出た、心からの笑いだった。


「だけど、すごいことやるよなぁ。ジルは」

「子供のころ、母の知りあいで、なにかというとテーブルをひっくり返す男がいてな……。聞きわけのない子供には、あれがよく効く」

「オレの場合、悪さをしてよく武器庫に閉じこめられたりしたなぁ。さんざ泣き疲れて、することがなくなって、思考機雷のAIとおしゃべりなんかしてさ……」


 ジークはぬるくなったミルクを一気に飲みほした。


「かわりは、いるか?」

「あ? いや、もういいよ」

「そうか」


 ふたりのあいだに、沈黙がおちる。


「子供のころさ……オレ、海賊に捕まったことがあるんだ。人質にされてさ……」

「ああ」

「そのときは、親父がひとりで乗りこんできて助けてくれた。オレは信じて疑わなかった。親父がきてくれるってことをさ」


「そうか」


「もう、5日になるんだよな……」


 そう言って、ジークは唇を噛んだ。


 《海賊島》の正確な座標を知るために、いちどステーションに戻る必要があった。そのために貴重な数日を無駄にしている。


「いまお前がすべきことは、しっかり寝ておくことだ。明日には《海賊島》に着く」

「わかってるよ。戦士の仕事のうちだって、そう言いたいんだろ」

「そうだ」

「ああ、わかってるとも……」


 何もないテーブルの上をじっと見つめて、ジークはそうつぶやいた。


「――それは?」


 ジリオラの声に、ジークは声をあげた。彼女の視線はジークの胸元に向けられている。無意識のうちに、またあれ(、、)に手が伸びてしまっていたようだ。


「ああ、これか……。リムルから渡されたんだ」


 細長い金属製の円筒を、ジークは首から外した。手の中でもてあそんでいるうちに、円筒の中央にふたつの刻み目がついていることに気づいた。スイッチになっているらしい。


 かちりと、音がするまでひねってみる。


 空間に立体映像ホログラフが飛びだしてきた。三十代なかばくらいの男だった。黒と黄色のスペース・スーツに身を包み、見るからに不敵な面構えをしている。


「むさい顔のおっさんだな。誰だこいつ?」

「キャプテン・ディーゼル……。宇宙海賊だ」


 ジークは驚いてジリオラに顔を向けた。


「知ってるのか?」

「有名な男だ」


 ジリオラはそう言うと、ゆっくりと立ちあがった。

 ジークに背中を向け、ドアに向かって歩いてゆく。


「明日は早い。もう寝ろ」

「ああ――」


 部屋を出てゆくジリオラを見送って、ジークはロケットのスイッチを切った。男の映像は、一瞬歪んでから消え去った。


 明日は、《海賊島》だ。

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