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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第一章 新入社員

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海賊退治

『君たちの船が武装しているのは、わかってるんだ! 助けてくれたっていいだろう!』

「ですから社長が戻られませんと……。危険の考えられるお仕事ですし、わたくしの一存で決めることは……」

『金なら出すと言ってる! なぜ引き受けんのだ!』


 ジークがリムルを連れてその場に現れたとき、エレナの手の上では、立体映像の小さな船長が怒鳴り声をあげていた。


 宇宙服姿のエレナが、ジークを見つけて笑顔をうかべる。


 もうひとり――ジリオラのほうは、《サラマンドラ》への乗船口を背中で守るようにして、周囲に油断なく視線を向けている。その姿を認めて、ジークはほっと息をついた。


 ようやく《サラマンドラ》への入口にたどりついた。


「エレナ、ただいまー! あのねあのね、ぼくねぼくね、さっき海賊さんにあったんだよー!」

「ステルス・フィールドのほうは、まだ保ってるかい?」

「ノー・プロブレム」


 ジリオラはいつも通り簡潔な答えを返した。


 《サラマンドラ》が海賊の攻撃を受けずにジークの帰りを待っていられたのには、それなりの理由がある。

 前回の修理で十数年ぶりに回復した《サラマンドラ》の特殊装備のひとつ、ステルス・フィールドのおかげだ。

 船の周囲に張りめぐらせた力場によって、電磁波を迂回させて素通りさせてしまうという大戦期の技術だ。レーダーはおろか、肉眼でもぼんやりとしか確認できなくなる。


 最先端の索敵艦には通用しないだろうが、質量探知器(マス・スキャナー)も持っていないような海賊相手には充分実用になる。


「社長――こちらの船長さんが、お仕事の依頼を申し出ていますけど」

「そうか。なら断ってくれ。オレは若造だから、やりとげる自信がないってな」

『さっきの言葉なら取り消そう! 君は立派な宇宙の男だ! 海賊などに引けをとるようなことはないっ! わしが保証する!』


 エレナの手の中から身を乗りだすようにして、小さな老船長は必死に訴えた。

 ジークはいたずらっ気を出した。


「いやいや。オレ、思い上がるのはもうやめたんだ。しばらくはデッキのブラシがけでもして、反省しようと思ってるところさ」


 エレナがくくっと喉の奥で笑った。ブリッジでのやり取りを、ここでモニターしていたのだろう。


『き、貴様っ! こ、子供の分際で思いあがるのもいいかげんに――』


 真っ赤に変色した船長の顔を、リムルがさっと指差した。


「あっ、おじさん鼻水でてるぅ!」

『なっ――なっ!?』


 船長はあわてて、袖口で鼻下を拭った。豪華な袖章が鼻水で汚れる。

 笑うのをやめて、ジークは切り出した。


「敵は海賊船が3隻。危険度は当社規定のA-7に該当する。殲滅ではなく、追いはらういう条件でなら引き受けてもいい。だが料金は高いぞ。なんたって、予定外の飛びこみだからな」

「ありがたい! 金のほうは、保険が入るから大丈夫だ! 10000クレジットまでなら、なんとか――」

「あら、そちらの加入している海賊保険の額、15000ではありませんの?」


 片手で小さなパッドを開き、エレナは相手の間違いを正した。

 ぐうっ、と短く呻いて、船長は認めた。


『そ…そうだ。15000だったな。それで引き受けてくれるか?』

「いささか足りないようですわね」


 エレナは冷たく言い放した。


『し、しかしこれ以上は――ほ、本社の裁決が下りんことには』

「あら、貴方自身の裁決で充分ですわよ。テラ星系の旧世界銀行に隠し口座をお持ちですわね? そこにある7000クレジットを足していただければ、ちょうどになりますもの」

『い、いやしかしあれは! わしの口座というわけでは――』

「ええ、もちろん心配はいりませんわ。愛人さんを囲ってらっしゃるなんてことは、奥様には内緒にしてさしあげますから」


 エレナはにっこりと微笑んだ。


『なっ――!』


 絶句したまま、船長は動きを止めた。


 ジークはぐるりと回りこんで、反対側から立体映像をのぞきこんだ。船長の背後に、赤く赤熱をはじめた隔壁が見えた。指で差して、教えてやる。


「早く決めないと、海賊が乗りこんでくるぞ」


 老船長は後ろを振りかえった。恐怖に顔を引きつらせる。

 鼻水がひと筋、伝い落ちた。


『わっわっ、わかった! 払う! 払うから助けてくれ! 頼む、頼むから!』

「ええ、おまかせくださいな」


 にこやかに微笑むエレナを見て、ジークは思った。ケツの毛までむしり取るというのは、こういうことを言うのだろう。


    ◇


「いいか? じっとしていろよ。いいって言うまで、出てきちゃだめだからな」


 ブリッジに向かうエレナたちと別れ、ジークはリムルを連れて居住ブロックに寄り道していた。

 意外にも、本当に意外にも――リムルはこくりとうなずいた。


「うん。ぼくいい子にしてる」

「あ……。いや、それならいいんだ」


 素直な反応に、ジークは拍子抜けしてしまった。

 すぐに思い直して、ドア脇のコンソールに手を伸ばす。


「ジーク! ちょっと待って! これ――これ持っていって!」


 何を思ったのか、リムルは自分の首に下がっていたロケットを外した。ジークに向けて差しだす。


 思わずロケットを受けとって、ジークは言った。


「じ、じゃあ……閉めるぞ」


 コンソールに手をかけたとき、リムルの小柄な体が飛びついてきた。リムルの顔が迫ってくる。唇に、やわらかな感触――。


 エアの抜ける作動音とともに、扉が閉まる。

 コンソールに船長コードを打ちこんで強制ロックをかけながら、ジークは空いた片手を口に持っていった。


 生々しい感触が、ずっと残っていた。


    ◇


「遅いわよっ!」

「わるい!」


 アニーにひとこと返して、ジークはブリッジに飛びこんでいった。

 キャプテン・シートに飛びこむと同時に、号令をかける。


「《サラマンドラ》発進!」

「了解【了解:ラジャー】――」


 小気味いい声とともに、ぐっと加速のGがかかってくる。

 ジークは重力中和機構が内蔵されたシートに深々と座り直して、中和点に体を収めた。そのうえで4点式のベルトをしっかりと締める。


「アニー、余分な動力はすべて落としてるな? そうしないと探知されるぞ」

「もうやってるわよ。これ以上どこかひとつでも落としたら、動けなくなるわよ」

「敵のようすはどうだ?」

「1隻はブリッジ近辺に接舷。もう1隻は貨物庫に取り付いて、物資を略奪しているところですわ」


「あららぁ……、せっかくあたしたちが運んできたっていうのに」

「安心しろ。受取証にサインはもらった。その後でだれに奪われたって、オレたちの知ったことじゃない。エレナさん、もう1隻のほうはどうだい?」


 ブリッジのメイン・モニターは真っ暗で、何も映してはいなかった。

 ゴーグルをのぞきこんで、エレナは答えた。


「距離を取って動きませんわ。――客船から7000メートル。砲門を開いているかどうか、ここからでは確認できませんわね」


 ステルス・フィールドは、まだ解除していない。

 相手から探知されないのはいいが、こちらもセンサーをほとんど使えなくなる。フィールドの外につきだしたカメラの映像に頼るばかりだ。


 限定された情報ではあったが、判断を下すには充分すぎるほどだった。


「見張り役の1隻を、まず狙う」

「積み荷を略奪してるほうはどうするの? 揚陸チューブを打ちこんでブリッジを狙ってるやつは?」

「そいつらは後回しだ。ジル――ミサイルを8本、用意してくれ。いちばん安いやつだぞ。炸薬はノーマルの10分の1でいい。投下後90秒で自動点火するようにセッティングして、目標はあの見張り役の外部砲塔だ」


 ジリオラは無言で席を立った。


「ねえ、どうするつもり?」


 ブリッジを出てゆくジリオラを見送ってから、アニーが聞いてくる。


「連中のケツに火をつけてやるのさ。まあ見てなって」


 10Gものポテンシャルを宿した主機を吹かすことなく、《サラマンドラ》は重力場駆動のわずかな推力で進んでいった。

 数分を費やして、敵艦まで1000メートルという至近距離に接近する。


「このあたりでいいだろう。――ジル、そっちはどうだ?」


 ジークは武器庫のジリオラをモニターに呼び出した。


「ノー・プロブレム」


 発射管に納められたミサイルを背景に、腕まくりしていたジリオラが、親指を立てて返事をかえしてくる。


「よし、まず4本だけ射出」


 ジークの合図とともに、ジリオラがミサイルの尻を押す。

 射出時の閃光で居場所を見破られないために、発射は人力で行う必要があった。


「よし、離れろアニー。そっとだぞ――」


 ミサイルを宇宙に滑り落とし、《サラマンドラ》はその場をゆっくりと離れていった。

 ぽっ――と空間に4つの小さな光がともった。推進ガスの尾を引きつつ、それぞれが独自の航跡を描いて加速してゆく。


 4本の軌跡は、海賊船の船腹に吸いこまれていった。爆発の光が4つほど生まれ、すぐに消えてゆく。


「命中――ですわ」

「でも炸薬の量――10分の1なんでしょ? たいしたダメージになんないんじゃないの?」


 言っているうちに、海賊船が動きはじめる。


「ほら、まだ動けるよ」


 海賊船から、いくつもの光条が伸びだした。ミサイルの発射地点を狙ったものだが、もちろんそこには何もいない。


「ジル、残りの4本――全部だしてやれ」


 さらに4本のミサイルが、ジリオラの手によって宇宙に押し出されていった。


 やがてミサイルのエンジンに火が入る。何もない空間に向けて狂ったようにビームを撃ちこみつづけていた海賊船は、予期しない方角から反撃を受けて攻撃の手を止めた。


「ほら、やつら無駄弾を撃つのをやめたぞ。よし、仕上げだ。ジル――は、いないんだっけな。カンナでもエレナさんでもいいよ。ビームを撃ちこんでやってくれ。横っ腹に、ミニマム出力でな」

「あいサ」


 答えたのはカンナだ。

 収束された荷電粒子のビームが、ミサイルの攻撃によって荒れた装甲面に襲いかかる。


 その効果は目を見張るものだった。


 まっすぐ――後ろも見ずに、海賊船は逃げだしていったのだ。


「なんで? どうして? あんなので、どうして逃げちゃうのよ?」


 その疑問には、エレナが答えた。


「そりゃあ海賊さんも商売ですもの。目に見えない敵と戦って損害を出すより、逃げるほうを選びますわ。特に今回みたいに、充分な収入があったときなどは……」


 エレナはモニターに目を向けた。客船に取りついていた2隻も、アンカーを引いて撤退しつつある。


「むやみに叩いて、頭に血を上らせたりしなければな。ここで大事なのは、損益分岐点について考える時間を与えてやるってことだ」

「へぇ……」


 感心したような目をアニーが向けてくる。


「な、なんだよ?」


 いつかのリズの眼差しを思いだして、ジークは椅子の上で身をよじった。どうにも居心地が悪い。


「どこで覚えたのよ? そんな作戦」

「昔、ちょっとな……」


 空席になっている補助椅子に目を落として、ジークは言った。

 もう10年も昔のことだ。その椅子に座っていた少年は、ブリッジで指揮をする父親をあこがれの目で見ていた。その椅子はいまリムルの物になり、そしてジークはこちら側に座っている。


「敵艦――3隻とも、ジャンプ・インしました」


 エレナの声が、静かに告げる。


 ブリッジに立ちこめていた緊張が、ゆっくりとほどけていった。ジークもゆっくりと息を吐きだした。


「そういえば、リムルのやつ――おとなしくしてたかな?」


 戦闘のあいだ、すっかり念頭から消え去っていた。かすかな罪悪感を覚えながら、ジークはリムルの私室を呼びだした。


「おーい、リムル――終わったぞ。いい子にしてたか? おいリムル……?」


 モニターに、部屋のようすが映しだされる。

 誰もいない部屋が、そこに映っていた。

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