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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第一章 新入社員
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船長との取引

「ええと、こことここにサイン。それからここには船籍証明書の登録番号をお願いします」


 すらすらと、言葉が口をついて出る。

 男の船長でよかった。今時分、女の船長などめずらしくもないが、女性相手にまたあれ(、、)が出たりしたら――。


 ジークは傍らに目を落とした。

 となりにいるリムルは、一挙手一投足を見落とすまいという顔で、ジークと白髪の老船長のやりとりに注目している。


「きみがブラウン船長かね? 若いな……。わしが君ぐらいの年の頃は、デッキにブラシを掛けていたものだが」


 差しだされたクリップボードを受け取りもせず、老船長はそう言った。

 明らかな挑発だったが、ジークは自然体のままで立っていた。視野の隅で、リムルが拳をぎゅっと握りしめるのが見える。


 1秒、2秒――。


 効果的な間をはかって、ジークは言った。


「年で仕事をするわけじゃない」


 たしか、こんな台詞でよかったはずだ。

 カンナのライブラリーで観た古いムービーの主人公が、こんな時、こんな台詞を言っていた。


 老船長は帽子の下からじろりとジークを見た。


「思いあがりというものは、若者の特権だな。まあいい、サインだったな――貸したまえ」


 クリップボードを受けとって、さらさらと流麗な曲線を描きこむ。

 12桁の数字からなる船籍コードも、なにも見ずにそらで記入した。

 突っ返された書類を、ジークは点検した。なにも問題はない。どこから見ても完璧な受取証だ。


 帰り際に悪口のひとつも言ってやろうと、記憶を探りかけたその時――。


 電子ベルの音が2つ。

 ジークとリムルの腕で同時に鳴り響いた。


「――なんだ?」


 ジークは自分の手首を口元にもってきた。通話に応じると、リムルのほうも静かになる。


『やァ、ジーク。まだそッちかい?』

「カンナか。いま書類にサインをもらったとこだ。ところで――あれか?」

『そうそ、アレだわさ。お客さんだヨ』


 コミュニケーターに向けて小声で話し込むジークに、船長はうさんくさげな目を向けた。


「まだいるつもりかね? 用件が済んだのなら、とっとと――」

「船長っ!」


 ブリッジのクルーの叫びが、船長の言葉を中断させる。


「何だね? 話に割り込むなと、いつもあれほど――」


 レーダーの前に座った青年は、切迫した口調で船長の話を中断させた。


「船長っ! かっ、海賊船ですっ! 海賊船がやってきました!」

「ええい、落ち着け! こんなときのために、本船には護衛艦がついているっ!」


 老船長はブリッジにいる全員に一喝した。

 どこからともなく取りだしたパイプを、口元にさしこむ。


「ご、護衛艦が……本船から離れてゆきます!」

「なっ――!」


 口元から落ちたパイプを空中で拾うと、船長はもういちどくわえ直した。


「ご、護衛艦に呼びかけてみろ……」


 マッチを擦って火をつけようとするが、震える手のおかげでなかなかうまくゆかない。

「だめです! 呼びかけに応じません。どんどん加速して離れてゆきます……あっ!」

「ど、どうした?」

「護衛艦が……、護衛艦がジャンプ航法に入りました。3隻とも……」


 船長の口から、今度こそパイプが落下する。


「それじゃ、オレたちはこれでっ! さいならっ!」


 床を転がるパイプを踏まないようにして、ジークとリムルのふたりは通路へと転がり出た。

 長い廊下を駆けだしながら、ふたりそろって笑いだす。


「海賊さん、来たねっ!」

「ああ、サイコーだったな。あいつの顔ったら――」

「ねぇジーク。海賊さんたち、ここにやってくるかな?」

「心配するな。そのまえにオレたちゃ、とんずらだ!」

「とんずらって……えーっ! 逃げちゃうの!? そんなのダメだよ!」


 急に立ちどまったリムルのせいで、ジークは大きくたたらを踏んだ。


「――ととっ! なにやってんだよ、おい! 早く逃げるぞ!」

「だめだよ。逃げちゃうなんて、そんなのだめー!」


 腕を振りまわして、リムルはそう言った。


「だいじょうぶだって! いくら海賊だって、出すモノさえ出せば命まで取ろうなんて言わないから!」

「だめだよぉ! だってぼく、海賊さんに――」


 ジークがそう言っても、リムルは首を横に振るばかりだ。


「いいから、来いっ!」


 ジークはリムルの腕をつかんだ。


 走りだそうとした、その時――。十数メートル前方で、通路の壁に歪みが生じた。


 木材の破片が飛び散る。内側にひしゃげた構造材を突き破って、固く閉じ合わされた金属のくちばしが現れた。


「わわっ――!」


 流出をはじめた空気に背中を押されて、ジークは前方によろめいた。

 嘴の先端が口を開き、ぎりぎりと構造材を広げてゆく。空気の流れが一段と速さを増す。


「ねえ、ジーク。あれなぁに?」

「揚陸チューブだ! くそっ! もう取り付いてきやがったか!」


 中空のチューブを相手の船に打ちこみ、直接乗りこんでいって白兵戦に持ちこむ。海賊が好んで使う戦法だった。狙われるのはブリッジや機関部など、船の中枢にあたる部分である。


 嘴の先端が、完全に開ききった。


 重武装した男が、チューブをくぐって頭を出してくる。生まれてこのかた手入れをしていないような、小汚ない髭面がジークの目に飛びこんでくる。ジークは我が目を疑った。空気の漏出している場所に乗りこもうというのに、宇宙服のヘルメットを付けていないのだ。


 男の後ろから、ぞろぞろと数人が現れてくる。


「わぁい! 海賊さんだぁ!」


 リムルが嬉しそうな声をあげた。

 海賊たちがこちらを向く。ブラスターの大きな銃口が、一斉に持ちあがった。


「わ――わわっ!」


 ジークはリムルの手を引いて走りだした。足元や横の壁に、何条もの熱線が着弾する。チーク材の壁板が、臙脂色の絨毯が、ぼっと音をたてて燃えあがる。


 数メートル前方に、曲がり角があった。

 ジークは腕の中にリムルを引き寄せ、曲がり角の向こうに飛びこんでいった。


 間一髪――。集中した火線が、名残惜しげに壁を叩く。


 安全圏に逃げこんだジークは、とっさに身を起こして銃を抜いた。赤と青、2色のコードを腰のバッテリー・パックから引きだして、銃のグリップに接続する。


 海賊たちの射撃がやむ。その一瞬を逃さず、曲がり角から半身を出してレイガンを乱射した。先頭にいた何人かが、腕や足を押さえてうずくまる。


 体を引っこめると同時に、猛烈な反撃がかえってきた。雨あられと撃ちこまれるブラスターの熱線が、みるみるうちに壁を焼け焦げの跡で埋めつくしてゆく。


 ジークは待った。

 いつまでも弾幕を張りつづけることなど不可能だ。連射をつづければ銃身が加熱してゆく。熱線銃(ブラスター)なら、なおのことだ。


 数秒と経たないうちに、その瞬間は訪れた。


「ヤッホー! 海賊さーん! ぼくねー! リムルっていうんだよぉ!」


 ジークよりも一瞬早く飛びだして、リムルが海賊に手を振っていた。


「ば、ばかっ! あぶないっ!」


 力ずくで引きもどし、ジークは叫んだ。


「あっ、あぶないだろっ! なんてことするんだよっ!」

「えー? あぶなくなんてないよ。だってあの人たち、海賊さんだよ?」

「海賊だからあぶないんだろうがっ!」


 ジークが頭ごなしに叫ぶと、リムルは眉を寄せて考えこんだ。しばらく悩んだすえに、ぱっと顔を輝かせる。


「あっ、そっか! 近くに悪いやつがいるんだね! だって海賊さんって、正義の味方だもん。悪いやつをやっつけに来たんだ!」

「ちがぁーう!」


 なにか途方もなく大きな勘違いが存在しているらしい。


 いっときやんでいたブラスターの攻撃が、ふたたび始まる。ジークは舌打ちした。銃身を交換する間を相手に与えてしまったらしい。今度は滝のような連射ではなく、間隔をあけての射撃だった。付け入る隙がない。


「ねー、ジーク? 悪いやつ、どこどこ? どこにいるのー?」

「いいから、そっちでおとなしくしててくれ」


 きょろきょろと周囲を探すリムルを、ジークは手で追いやった。ほうっておくと、銃撃戦のまっただ中に、ふらふらと迷いでて行きかねない。


「ねー、ジーク。なんか暑くない?」

「ああ、熱線銃ブラスターだからな」


 1発、2発と、バッテリーを節約しながらレイガンを撃ち、ジークは答えた。


 実際、銃撃戦が開始されてからというもの、通路の気温は急激に上がっている。熱気にふれている顔に汗が浮かんでくるほどだ。


「空気、換えてもいーい? ジークの邪魔、しないようにするから」

「ああ、好きにしろ」


 そう言いながら、ジークはレイガンを撃ちかえした。

 海賊たちは揚陸チューブの嘴に身を隠しながら、こちらの隙をうかがっていた。ちょっとでも隙を見せれば、一斉に飛び掛かってくるつもりだろう。


「えっと、こうかな? あっ、こうでいいんだ」


 ジークの背後で、リムルが何やらやっている。


 意識のほとんどを海賊たちに向けながらも、ふとした疑問がジークの心に浮かんでくる。背後にエアコンのパネルなどあっただろうか? 後ろにあったのは、たしか緊急用のエアロックだったはずだ――。


「おいっ! リムルっ!?」


 ジークは振り返った。そして見た。


 エアロックのコンソール画面に、「本当に開きますか?(はい/いいえ)」という文字が映しだされている。リムルの手が、実行キーを叩く。――YESだ。


 軽やかな作動音とともに、エアロックがオープンされる。

 漆黒の宇宙が、その向こうに見えていた。


「うおおおおおぉぉぉーっ!」


 蛮声を張りあげて、海賊たちが突進してくる。


 エアロックに向かう暴風が、彼らの突進を後押しした。もはや誰にも止められない勢いで、海賊たちはエアロックに向かって流されていった。


 驚愕と恐怖の表情を顔に浮かべ、次々とジークの前を飛ばされてゆく。そしてひとりずつエアロックから吸い出されていった。


 ジークは死に物狂いで壁につかまっていた。全体重を片手で支え、もう片方の手でリムルの首根っこをつかんでいる。


 エアロックの縁につかまっていた最後のひとりの、手が離れた。悲鳴は聞こえてこなかった。


 はさまっていた異物が消失したことを検知して、エアロックの扉が自動で閉まる。同時にあれほど吹きあれていた暴風も、嘘のように収まってしまう。


 ジークとリムルは、どさりと床の上に落下した。

 耳鳴りが止まない。息は苦しかったが、呼吸できないほどではない。


「お、おいっ……だいじょうぶか?」


 ジークは身を起こして、リムルに問いかけた。


「うん。ぼく平気。でもジーク、いまのなぁに?」

「エ…、エアロックの外は、真空なんだぞ。あ…、開けたら、大変なんだからな」


 息継ぎをしつつ、ジークは言った。


「そっかぁ。真空がはいってきちゃうんだね……ぼく、また失敗しちゃった」


 ぺたんと床に座りこんだまま、リムルは神妙な顔でうなずいた


「あれ? あれあれっ?」


 反省の表情も、1秒とは続かない。リムルは立ちあがって、きょろきょろと周囲を見回した。


 ジークも腰をあげた。リムルに訊ねかける。


「なにを探してるんだ?」

「ねー、ジークぅ? 海賊さんたち、どこー?」


 その言葉に、ジークはへなへなと座りこんでしまった。

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