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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第一章 新入社員
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星間航路

 正面モニターの半分を越えて、その巨船の映像はなおも大きくなりつつあった。


「おっきぃ船!」


 ジークのとなりで、リムルがはしゃぎ声をあげる。

 本来ならモニターに駆けよって騒ぎ回りたいところだろうが、補助椅子にベルト止めされていては叶わぬ夢だ。


 星々の散らばる宇宙空間を背景に、白い巨船の映像が映っている。

 近くに恒星があるわけではないから、モニターに映っているのは現実の光景とは違うものだった。


 航行中の宇宙船がつけているのは航行灯くらいである。


 夜間飛行の航空機が見えないのと同じで、暗闇に浮かぶ船体が見えるはずもない。

 レーダーなどから得た情報をコンピュータに通し、リムルが喜ぶように再構成して見せているのだった。


「ねぇジーク、あれ何キロくらいあるの?」

「大きいぞ。全長3キロってとこだな」

「すっごーい!」


 その巨船の大きさといったら、宇宙で育ったジークの感覚さえ狂わせるほどだ。

 モニターと相対距離計の両方に絶えず気を配りながら、ジークは言った。


「あの小さいのが見えるか? 上と下と横のほう、取り囲むように……ほら3つ」


 モニターに映る小さな艦影を、ジークは指差した。


「あれで《サラマンドラ》とおなじ大きさだ」

「うそっ!?」


 食い入るようにモニターを見つめていたリムルは、驚いた顔をジークに向けた。


 その気持ちもわからないではない。両者をくらべてみると、ゆうゆうと泳ぐ大魚と、そのおこぼれを狙う小魚といった趣がある。


「さすがに銀河一周しようかって船よね……護衛艦まで引き連れてるんだから」


 アニーの声にも、呆れた響きがまじっていた。


 十数分前に肉眼で確認できるようになってから、《サラマンドラ》はずっと微速で接近をつづけていた。それでも到着には、あと数分ほどかかりそうだ。


「到着まで、あと5分――」


 エレナの声が告げる。

 それを聞いて、カンナが航法士席から腰をあげる。


「さてと、そンじゃ私らはカーゴ・ベイに行くかね。ほい行くぞ――ジル」


 呼ばれて、ジリオラも機関士席から立ち上がる。

 連れだってブリッジを出てゆくふたりを見送りながら、ジークは思った。当面の仕事がないからといって、航行中にブリッジ要員が他の仕事を掛け持ちしてよいものだろうか――。


 倉庫係にドッキングのための旗振り《フラッガー》――。

 ざっと思いつくだけで、あと10人は人員の必要なことに思いいたる。

 ジークは考えるのをやめた。

 ついこのあいだ、役立たず(ジーク)役立たず(リムル)を拾ってきたと、カンナとアニーのふたりに責め立てられたばかりなのだ。

 しばらくは社員を増やせそうもない。


「オッケー! そのままだよ、そのまま。――ハイ、止まってジークぅ!」

「おっ、おい! そんないきなり止まれっていったって!?」


 遅かった。


 ごんと――鈍い衝撃とともに、3号コンテナは壁に衝突した。ジークはとっさにスティックを操り、同じ強さで戻ってくる反動を3次元ノズルの噴射で打ち消した。無限に長いかと思った数秒が過ぎ、コンテナはようやく静止した。


 宇宙服の下で、どっと冷や汗が吹き出る。


「こらリムルっ! 2メートル手前で合図しろって言っただろ!」


 ジークは運転台から乗りだして叫んだ。

 真空の宇宙では、音声は無線で伝えられる。身を乗りだす動作に意味はないとわかっていても、やらずにはいられなかった。


 コンテナの陰から、リムルがぴょこんと顔を出す。だぶだぶの宇宙服を来た少年は、コンテナの陰に隠れたまま無線で言ってきた。


「ごめ~ん、ジーク。すぐ止まると思ったんだ。だってゆっくり動いてたから……」

「ゆっくり動いてるように見えても、これでも2トンあるんだぜ。だからすぐには止まれないんだ」

「あっ! それ“かんせーのほうそく”っていうんでしょ!? ぼく知ってるよー!」


 ジークはがっくりと肩を落とした。


「だいじょうぶだいじょうぶ! ぼくもう忘れないから、ぜったい」

「頼むぞ、ほんとに――」


 リムルの教育はジークの仕事と、いつのまにやら決められていた。

 操縦はアニー、護身術はジリオラといった具合に、各分野のスペシャリストに任せたいところだったが、多数決にもちこんだところで結果は見えている。

 あらゆる事をそれなりにこなせてしまう自分が、こういうときには恨めしい。


「ちょっとぉ! ――そこ早くどいてよね!」


 アニーの声が、レシーバーに飛びこんでくる。

 首をめぐらせて姿を探すと、アニーとジリオラの組はジークたちの真上に迫っていた。


 ジークはあわててポーターを操った。

 6本のアームで抱えていたコンテナを離し、床の磁力にコンテナをあずける。アームをたたみこんで1匹のクモのようになったポーターを移動させ、そそくさと場所を譲る。


 ジークのいた場所に進入してきたアニーは、コンテナの2段重ねという芸当を最小限の噴射で決めてみせた。1センチの狂いもださず、上下のコンテナをぴたりと重ねてみせる。誘導役のジリオラは何もせず、手を頭の後ろに組んで見物をきめこんでいるばかりだ。


「はい、これで最後っと」


 アニーの操るポーターが、コンテナを離してふわりと浮かんできた。ジークのとなりにぴたりとならぶ。


 その時、リムルの声が聞こえてきた。


「みんな終わった? じゃあスイッチ入れるねー」

「ま、待てっ!」


 叫んだが、わずかに遅かったようだ。


「わわっ!」「きゃっ!」

 ジークとアニーはそろって悲鳴をあげた。


 無重力の空間に、突如として上下の区別が生まれる。

 急激に立ち上がった人工重力が、ふたりのポーターを引き降ろそうと牙を剥く。


「くっ、くそっ!」


 ジークはスロットルを目いっぱい吹かして、落下を食い止めようとした。だが無重力下で行動するように作られたポーターは、自重を支えるだけの推力を持っていない。


 数秒ほどねばった。それが限界だった。


 ジークの乗ったポーターは、たばねたアームの先端から突き刺さるようにして床に接触した。


 ぐらりと、くる。


「うわぁっ!」


 シートを据えつけただけの運転台から、ジークの体は投げだされた。


 とっさに受け身を取りはしたものの、落下の勢いを殺すためには、ごろごろとみっともなく、何回転も転げまわる必要があった。それが宇宙を支配している法則のひとつ――“慣性の法則”というものだ。


 バックパックを下にして寝ていること、数秒――。


 ようやくアニーが声を掛けてくる。


「ねぇ、ちょっと――。だいじょうぶ?」

「ああ――」


 ジークはアニーに首を向けた。

 彼女のポーターは6本のアームを踏んばって、しっかりと軟着陸を決めている。


「馬鹿ね、もう。――ポーターの推力でがんばろうとしたって、そうなるに決まってるじゃない。逆らわないで、歩行モードに切り替えればいいのにさ」


 アニーはそう言って、ポーターを2、3歩、歩かせてみせた。


「わかってるよ」

「いまわかったの間違いでしょ?」


 容赦なく言うアニーに、ジークは大声で返した。


「ああ、そうだよ! いまわかった! ようっくわかった!」

「ねぇ、ジークだいじょうぶ? ケガとか……してない?」


 ちょこんと膝を抱えて座りこみ、リムルがジークの体をつついてくる。


「でもぼく知らなかったなぁ。ジークでも失敗することってあるんだ」

「なにいってんの、いつだって失敗ばかりでしょ。最近でいちばん大きなのは、やっぱ誰かさんを拾ってきたことよね」


 ジークは身を起こすなり、リムルに顔を向けた。


「いいかリムル、ひとつ言っとくが――」


 言いかけて、ジークは言葉を失った。

 ヘルメットのバイザーの奥で、愛くるしい顔がきょとんと見つめ返している。


 まさかとは思うが――。


「な、なあリムル……。いまなにが起きたのか、ちょっと言ってごらん」

「あのね。ジークがころんだの、ゴロゴロって。――ねぇジーク、ケガしてない? だいじょうぶ?」


「ああ、だいじょうぶさ……。だいじょうぶ」


 立ちあがりながら、ジークは心に決めた。

 ――今度はすぐ叱るようにしよう。


    ◇


 コンテナの搬入が終わるなり、アニーとジリオラのふたりは船に引き返していった。


 残った仕事は、書類に受領のサインをもらうだけだ。ジークはリムルを連れてブリッジに向かう通路を歩いていた。


「ホント、おっきいお船だねー。こんなに歩いてるのに、まだ着かないや」


 しばらく前から、左右どちらの壁にもドアらしきものは見あたらなかった。ひとつ前の曲がり角に、規格で決められている緊急時用のエアロックが、内装の調和を壊してひとつだけあったきりだ。


 通路には足首まで沈みそうなふかふかの絨毯が敷き詰められていた。本物の木材をふんだんに使った壁が、どこまでも続いている。


「おっきくてりっぱなお船だよね。外から見たときも、白くてすっごいきれいなの」

「うちの《サラマンドラ》だって、本当は白いんだぞ」

「うそだよー。だってむらさきいろだよー」

「焼けたままで直してないだけだ」

「じゃあ、いつ直すの? いつ見せてくれる?」


 実際のところ深宇宙探査船である《サラマンドラ》には、この贅をつくした豪華客船の数倍以上の金がかけられている。

 ただしそれは、建造時における金額だ。

 百数十年を経て老朽のきわみにある《サラマンドラ》にいかほどの査定額がつくものか、ジークには判断がつかない。


 2ヶ月ほどまえ、マツシバ・インダストリーとの一件で得た報酬のほとんどは、船の修理に費やされていた。

 空気の充填されたバルーン・ドッグまで借りて、インジケーターの赤ランプを65パーセントも減らすことに成功したが、新品のクルーザーを一ダースは買えそうな金額が右から左へと流れていった。手元に残ったのは当座の運営資金だけというありさまだ。それでも直したいところは山ほど残っている。外装など、最後の最後と決まっている。


「またこんど――な」


 ジークはリムルの頭をくしゃりと撫でた。

 前方に彫刻の施された重そうな扉が見えてくる。

 ようやくブリッジに到着したらしい。

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