リムルの取ってきた仕事
「どうぞ、社長――」
かたかたと音を立てて、ティー・カップがジークの前に置かれる。
音がするのは、ソーサーを持つエレナの手が小刻みに震えているからだ。
花柄のティー・カップから、いつになく強い香りが立ち昇ってくる。鎮静作用のあるハーブが普段の10倍くらい入っているに違いない。
テーブルについた全員にお茶を出しおえると、エレナは立ったままで説明をはじめた。
「それで、リムルの取ってきたお仕事ですけど……内容は荷物の運搬となっています。積み荷は3号コンテナで25個、合計52トン。内容はおもに食料や装身具、嗜好品といったたぐいですわ。かけられている保険の総額は、しめて10万クレジットほど――」
そこまで言って、エレナは言葉を区切った。アニーがすっと手をあげたからだ。
「はーい、質問。3号がその数で、ちょっと軽すぎやしない? あと保険がそんなにかかってるっていうのは……」
「そうだな」
ジークもうなずいてみせた。アニーが聞かなければ自分で聞いていたところだ。
「届け先は、銀河一周航海中のお船――セント・クレイベリー号。こちらから追いかけていって、何もない宙域でランデブーすることになるわ」
「ああ、なるほど。そういうわけ」
ひとつうなずいて、アニーは引き下がった。
サイズの割に軽すぎるコンテナも、大きすぎる保険額も、運ばれる荷物を考えれば納得がゆく。
銀河一周旅行などというのは、暇に飽かせた金持ちのすることと相場が決まっている。
普段と同じ生活を航海中にまで求める彼らのために、贅沢品を運ぶという仕事なわけだ。
「えへへ、ぼくが取ってきたんだよ。えらい? ねー、えらい?」
誉めてくれる人を探して、リムルはきょろきょろとまわりを見回した。
テーブルについている全員の視線が、ある期待感をもってカンナに集まる。カンナは両の手のひらを天井に向けて差しあげた。「お手上げ」というジェスチャーだ。
ジークは咳払いをひとつすると、おもむろに口を開いた。
「あー、リムル……」
「なに、ジーク?」
頭を撫でてもらうのを待つ小犬の表情だ。
ジークの胸が良心の呵責にずきりと痛む。本当に言わなければならないのだろうか。その必要があるのだろうか? 悪気がなくてやったことだというのは、よくわかっているのに――。
「ぼく知ってるよ。エレナのお仕事って、会社のお仕事をとってくることなんだよね! ごめんねエレナ、ブラ燃やしちゃって――だからこれ、ぼくからのプレゼント! 受けとってくれる? ねー、エレナ?」
ジークは恐る恐るエレナの様子をうかがった。
手の甲に白い筋が浮かび、長い爪が手のひらに痛々しく食いこんでいる。唇を引き結んだ顔は、壮絶なまでの美しさだ。
「いいか――こうするんだ」
いままで沈黙を決めこんでいたジリオラが、組んでいた腕をほどいた。
テーブルの下に手を入れたかと思うと、それを一気にひっくり返す。
据えつけてあるボルトが弾け飛び、テーブルは宙を1回転して壁に激突する。
ジリオラの突然の行動に、誰もが驚いた――わけでもないらしい。一瞬速くティー・セットを持ちあげていたエレナが、口を尖らせてジリオラに言う。
「もうっ、ジルったら――これ高いティー・セットなのよ」
「はい、あんたの」
横にいたアニーが、確保していたジークのカップを手渡してきた。
ジリオラは立ち上がると、立ちつくしているリムルを片手に抱えた。
半ズボンをぺろりと剥いて、つるんとしたお尻に手のひらを思い切り打ちつける。
ぱん、ぱんと、小気味いい音が続けざまに響いた。
「痛い! 痛いよーっ! ジルっ、痛いよー! あーん! ジークぅ!」
リムルの悲鳴をどこか遠くに聞きながら、ジークは手にしたハーブ・ティーをひと口すすった。お茶はとってもおいしかった。
◇
「ここで問題になってくるのは、この仕事が海賊さんたちの標的にされているってことですの」
固定部から吹きとんだテーブルを部屋の隅に片付け、ジークたちは隣のテーブルに移っていた。
もともと30名あまりを収容できるラウンジだ。
テーブルはいくつも余っている。
なんとなく埃っぽいテーブルを気にしながら、ジークはエレナに訊ねた。
「どうして標的になってるってわかるんだい?」
「衆知の事実ですわ。荷物を2光年先に運ぶだけで2000クレジットなんて好条件のお仕事が、2週間も手付かずになってるんですもの」
「2000か――なるほど、そいつは破格だな」
「へー、相場の軽く10倍じゃない」
感心したようにアニーが言うと、リムルは顔をあげた。
「そうでしょ? ねっ、ねっ!」
「だからって、勝手に仕事とってきた言い訳にはならないの!」
「うん、わかってる……。ごめんね、エレナ?」
リムルはすまなそうな顔でエレナを見上げた。
「もういいわ……。でも、二度とやらないでね」
「うん!」
いつもの微笑みを取り戻したエレナは、胸のつかえが取れたような顔で説明を再開した。
「海賊が狙っているって噂が真実かどうか、わたくしなりに調べてみました」
うまい話には裏がある。
内容や報酬だけでなく、裏にこめられた意味まで読みとって仕事を選んでくるのが、交渉人であるエレナの仕事だった。
「あやしい方が何人か、このステーションにまぎれこんでいるようですわ。大規模な犯罪組織から送り込まれたエージェントのようですわね」
エレナのことだ。必要とあらば、個人情報を引き出して調べあげるくらいのことはするだろう。情報検索にかけて、彼女は魔術士級の資格を持っている。
「エージェントなんてカッコいいものかね。どうせ下っ端だよ、シタッパ」
ずずっと、茶をすすりあげ、カンナはテーブルの上のクッキーに手を伸ばした。
「このあたりには、《海賊島》がある」
そう言ったのはジリオラだ。
「《海賊島》って、もしかしてアルデバランの6氏族のこと? そう……このあたりにあったのね。それなら納得がいくわ」
独り言ちてうなずくエレナに、ジークは訊ねた。
「なんだよ、その《海賊島》っていうのは?」
「海賊ばかりが集まっている小惑星のことですわ」
「聞いたことがあるな……。でもそれって、大戦中の話だろ? 百何十年も前のさ」
「戦争が終わって、多くは討伐されましたけど……それでも力を持っていたところは、いまでもいくつか残ってるんですのよ」
「でも……そんな場所があるなら、《ヒーロー》が乗りこんでいって壊滅させちまわないかな? ほら、ホロビジョンのドラマみたいにさ……」
呆れ声で、アニーが言う。
「その《海賊島》ってとこにも、《ダーク・ヒーロー》がいるってことでしょ? そのくらいわかんないの? あんたバカ?」
「う、うるさいなぁ」
「つまりこーゆーワケかい。荷物を運ぶ、海賊が来る。まッ、命あってのモノダネさぁね。んで――どうすんだい、ジーク? 違約金払ってもやめにするかい?」
ジークはため息をついた。
「ここはあれだな。例によって多数決といくか……。このまま、この仕事を請けるのに賛成の者は?」
ジリオラが、つづいてエレナが手をあげる。
「いちど請けたお仕事ですもの。キャンセルしては信用にかかわりますわ」
「あたしは……あたしはパス。海賊関係はもうごめんだな。――カンナは?」
「私かい? 退治してこいッてんなら、賛成なんだけどナ――ってことで、やめとくわさ」
「じゃあ、カンナもは反対ってことでいいのね。――ジーク、あんたはどうなのさ?」
「オレか? オレはパスだ」
「それって、反対ってこと?」
アニーが身を乗りだしてくる。ジークはあわてて訂正した。
「いいや、棄権するってことさ。みんなの意見を尊重したい。これで賛成も反対も2票ずつってことになるだろ」
「じゃあ、そうすると――」
全員の目が、リムルに向く。
「リムル……おまえはどうしたい?」
努めて優しい声で、ジークは訊ねた。
リムルの1票で結果が決まることになる。やはり自分の始末は自分でつけさせるべきだろう。
リムルは皆の反応をうかがいながら、おそるおそる訊いてきた。
「海賊さん――来るの?」
「ああ、たぶんな」
「ぜったい? ほんと? まちがいない?」
「ああ、絶対だ」
ジークは請け合った。
その途端、リムルの顔がぱっと輝く。
「じゃあぼく賛成がいいのぉ! ぼくねぼくねっ、海賊さんの大ファンなの! いっぺん会ってみたいと思ってたんだー!」
あまかった――ジークは心底、後悔した。