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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第一章 新入社員
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リムルの取ってきた仕事

「どうぞ、社長――」


 かたかたと音を立てて、ティー・カップがジークの前に置かれる。


 音がするのは、ソーサーを持つエレナの手が小刻みに震えているからだ。


 花柄のティー・カップから、いつになく強い香りが立ち昇ってくる。鎮静作用のあるハーブが普段の10倍くらい入っているに違いない。


 テーブルについた全員にお茶を出しおえると、エレナは立ったままで説明をはじめた。


「それで、リムルの取ってきたお仕事ですけど……内容は荷物の運搬となっています。積み荷は3号コンテナで25個、合計52トン。内容はおもに食料や装身具、嗜好品といったたぐいですわ。かけられている保険の総額は、しめて10万クレジットほど――」


 そこまで言って、エレナは言葉を区切った。アニーがすっと手をあげたからだ。


「はーい、質問。3号がその数で、ちょっと軽すぎやしない? あと保険がそんなにかかってるっていうのは……」

「そうだな」


 ジークもうなずいてみせた。アニーが聞かなければ自分で聞いていたところだ。


「届け先は、銀河一周航海中のお船――セント・クレイベリー号。こちらから追いかけていって、何もない宙域でランデブーすることになるわ」

「ああ、なるほど。そういうわけ」


 ひとつうなずいて、アニーは引き下がった。


 サイズの割に軽すぎるコンテナも、大きすぎる保険額も、運ばれる荷物を考えれば納得がゆく。

 銀河一周旅行などというのは、暇に飽かせた金持ちのすることと相場が決まっている。

 普段と同じ生活を航海中にまで求める彼らのために、贅沢品を運ぶという仕事なわけだ。


「えへへ、ぼくが取ってきたんだよ。えらい? ねー、えらい?」


 誉めてくれる人を探して、リムルはきょろきょろとまわりを見回した。


 テーブルについている全員の視線が、ある期待感をもってカンナに集まる。カンナは両の手のひらを天井に向けて差しあげた。「お手上げ」というジェスチャーだ。


 ジークは咳払いをひとつすると、おもむろに口を開いた。


「あー、リムル……」

「なに、ジーク?」


 頭を撫でてもらうのを待つ小犬の表情だ。

 ジークの胸が良心の呵責にずきりと痛む。本当に言わなければならないのだろうか。その必要があるのだろうか? 悪気がなくてやったことだというのは、よくわかっているのに――。


「ぼく知ってるよ。エレナのお仕事って、会社のお仕事をとってくることなんだよね! ごめんねエレナ、ブラ燃やしちゃって――だからこれ、ぼくからのプレゼント! 受けとってくれる? ねー、エレナ?」


 ジークは恐る恐るエレナの様子をうかがった。

 手の甲に白い筋が浮かび、長い爪が手のひらに痛々しく食いこんでいる。唇を引き結んだ顔は、壮絶なまでの美しさだ。


「いいか――こうするんだ」


 いままで沈黙を決めこんでいたジリオラが、組んでいた腕をほどいた。

 テーブルの下に手を入れたかと思うと、それを一気にひっくり返す。


 据えつけてあるボルトが弾け飛び、テーブルは宙を1回転して壁に激突する。

 ジリオラの突然の行動に、誰もが驚いた――わけでもないらしい。一瞬速くティー・セットを持ちあげていたエレナが、口を尖らせてジリオラに言う。


「もうっ、ジルったら――これ高いティー・セットなのよ」

「はい、あんたの」


 横にいたアニーが、確保していたジークのカップを手渡してきた。


 ジリオラは立ち上がると、立ちつくしているリムルを片手に抱えた。

 半ズボンをぺろりと剥いて、つるんとしたお尻に手のひらを思い切り打ちつける。


 ぱん、ぱんと、小気味いい音が続けざまに響いた。


「痛い! 痛いよーっ! ジルっ、痛いよー! あーん! ジークぅ!」


 リムルの悲鳴をどこか遠くに聞きながら、ジークは手にしたハーブ・ティーをひと口すすった。お茶はとってもおいしかった。


    ◇


「ここで問題になってくるのは、この仕事が海賊さんたちの標的にされているってことですの」


 固定部から吹きとんだテーブルを部屋の隅に片付け、ジークたちは隣のテーブルに移っていた。

 もともと30名あまりを収容できるラウンジだ。

 テーブルはいくつも余っている。


 なんとなく埃っぽいテーブルを気にしながら、ジークはエレナに訊ねた。


「どうして標的になってるってわかるんだい?」

「衆知の事実ですわ。荷物を2光年先に運ぶだけで2000クレジットなんて好条件のお仕事が、2週間も手付かずになってるんですもの」

「2000か――なるほど、そいつは破格だな」

「へー、相場の軽く10倍じゃない」


 感心したようにアニーが言うと、リムルは顔をあげた。


「そうでしょ? ねっ、ねっ!」

「だからって、勝手に仕事とってきた言い訳にはならないの!」

「うん、わかってる……。ごめんね、エレナ?」


 リムルはすまなそうな顔でエレナを見上げた。


「もういいわ……。でも、二度とやらないでね」

「うん!」


 いつもの微笑みを取り戻したエレナは、胸のつかえが取れたような顔で説明を再開した。


「海賊が狙っているって噂が真実かどうか、わたくしなりに調べてみました」


 うまい話には裏がある。

 内容や報酬だけでなく、裏にこめられた意味まで読みとって仕事を選んでくるのが、交渉人(ネゴシエイター)であるエレナの仕事だった。


「あやしい方が何人か、このステーションにまぎれこんでいるようですわ。大規模な犯罪組織から送り込まれたエージェントのようですわね」


 エレナのことだ。必要とあらば、個人情報を引き出して調べあげるくらいのことはするだろう。情報検索にかけて、彼女は魔術士ウィザード級の資格を持っている。


「エージェントなんてカッコいいものかね。どうせ下っ端だよ、シタッパ」


 ずずっと、茶をすすりあげ、カンナはテーブルの上のクッキーに手を伸ばした。


「このあたりには、《海賊島》がある」


 そう言ったのはジリオラだ。


「《海賊島》って、もしかしてアルデバランの6氏族のこと? そう……このあたりにあったのね。それなら納得がいくわ」


 独り言ちてうなずくエレナに、ジークは訊ねた。


「なんだよ、その《海賊島》っていうのは?」

「海賊ばかりが集まっている小惑星のことですわ」

「聞いたことがあるな……。でもそれって、大戦中の話だろ? 百何十年も前のさ」


「戦争が終わって、多くは討伐されましたけど……それでも力を持っていたところは、いまでもいくつか残ってるんですのよ」

「でも……そんな場所があるなら、《ヒーロー》が乗りこんでいって壊滅させちまわないかな? ほら、ホロビジョンのドラマみたいにさ……」


 呆れ声で、アニーが言う。


「その《海賊島》ってとこにも、《ダーク・ヒーロー》がいるってことでしょ? そのくらいわかんないの? あんたバカ?」


「う、うるさいなぁ」


「つまりこーゆーワケかい。荷物を運ぶ、海賊が来る。まッ、命あってのモノダネさぁね。んで――どうすんだい、ジーク? 違約金払ってもやめにするかい?」


 ジークはため息をついた。


「ここはあれだな。例によって多数決といくか……。このまま、この仕事を請けるのに賛成の者は?」


 ジリオラが、つづいてエレナが手をあげる。


「いちど請けたお仕事ですもの。キャンセルしては信用にかかわりますわ」

「あたしは……あたしはパス。海賊関係はもうごめんだな。――カンナは?」

「私かい? 退治してこいッてんなら、賛成なんだけどナ――ってことで、やめとくわさ」

「じゃあ、カンナもは反対ってことでいいのね。――ジーク、あんたはどうなのさ?」


「オレか? オレはパスだ」

「それって、反対ってこと?」


 アニーが身を乗りだしてくる。ジークはあわてて訂正した。


「いいや、棄権するってことさ。みんなの意見を尊重したい。これで賛成も反対も2票ずつってことになるだろ」

「じゃあ、そうすると――」


 全員の目が、リムルに向く。


「リムル……おまえはどうしたい?」


 努めて優しい声で、ジークは訊ねた。

 リムルの1票で結果が決まることになる。やはり自分の始末は自分でつけさせるべきだろう。


 リムルは皆の反応をうかがいながら、おそるおそる訊いてきた。


「海賊さん――来るの?」

「ああ、たぶんな」

「ぜったい? ほんと? まちがいない?」

「ああ、絶対だ」


 ジークは請け合った。


 その途端、リムルの顔がぱっと輝く。


「じゃあぼく賛成がいいのぉ! ぼくねぼくねっ、海賊さんの大ファンなの! いっぺん会ってみたいと思ってたんだー!」


 あまかった――ジークは心底、後悔した。

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