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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP10~12「鏡像宇宙の英雄達」 第四章
333/333

都市崩壊

「状況はどうか!」

「遅いですわよ! 副長――さっさと操縦を交代なさい!」


 ブリッジに飛びこむなり、セーラが叫び返してきた。


「アイハブコントロール!」

「ユーハブコントロール!」


 操縦権の受け渡しの際の呪文を唱え終えて、船のコントロールがジークの手に移る。


 テレサは副長席にお尻を放りこんでいた。複合コンソールで埋まったジークの万能席は、もはや、すっかりテレサに奪い取られていた。


「指示しろ! オレには状況がわからない!」

「《ブラックドレイク》と併走なさい。――現在、当船は、協調動作中です」

「了解だ!」


 セーラの指示が飛んでくる。ジークは操縦士の役割に甘んじた。


 外に出ていたあいだのことを説明してもらうよりも、セーラの判断を丸呑みして信頼するほうを選択した。


 マツシバの姫君にとって喰われそうになって、慌てて駆けつけ――。


 つぎに、ジェニーを引き戻すために外に出ていて、慌てて駆けつけ――。


 全体状況を掴む暇など、ほとんどなかった。


 《ブラックドレイク》というのは、戦闘が始まる前から動いていた、別の一隻の名前だ。そのぐらいのことしかわからない。


「あっちの船スゴいよ――性能が狂ってる。深宇宙探査船ドレイク級の一番艦だって」


 テレサがコンソールからデータを引き出して、そう言った。


 ばかめ。深宇宙探査船の一番艦は――そいつは、《サラマンドラ》っていうんだ。だがそれは向こうの宇宙での話。歴史の違っているこちらの宇宙では、当然、そうでないのだろう。


「イカダ都市の分解が始まっています。さっきの最後の爆発がとどめになりました。このままだと、居住ブロック、圧壊してゆきます」


 いつもたいてい悲鳴をあげてるアマリリスの声が、妙に冷静なことが、逆に深刻さを物語っていた。


 このレベルのことを、世間一般的には、〝苦境〟とかいうんだろうなー。隣にアニーでもいれば、目線をかわしあって、不敵な笑みの一つでも浮かべあっていたところだが――。


 SSSの女たちは、アリエルとリムルを除いて、いま船にいない。ブリッジクルーとしているのは、アリエルだけだ。


 女たちが船に乗っていないということは、都市の居住ブロックに残っているはずだから、絶対、救わなければならない。


 しかし――。


 まともに稼働している船が、たったの二隻で、いったい、どうすればいいものか――。


「副長代理。データ照合。――やっていますか?」


 セーラが言う。副長代理というのは、テレサのことだ。


「わたし! わたし! あの船とあの船! 同じかどうか検証すればいいんでしょ。もちろんやってるよ。――はい出た。――おなじっ! 惑星マツシバのこと、ぶん殴って、縦回転させてたあの船と同一。同型艦でさえなくて、完全に同一の船なのは、細かいキズとかが一致するから、確率九十九・八パーセントで――間違いないから!」


 ジークが考えていたことを、当然、セーラも考えていて――テレサが先回りしてデータ照合をかけていた。


 つまりは――、こうだ。


 あの船には《ダーク・ヒーロー》が乗っている。


 おそらくは、この鏡像宇宙最強の、漆黒のオーラを持つ《ダーク・ヒーロー》が――。


 向こうの表の宇宙でいえば、ティン・ツー様がいるようなものだ。


 それならば――。


「回線を繋いでくれないか? いま併走してるあの船と話がしたい」


 さっきから、向こうの船の動きを見ていたが――。


 すごくいい動きだ。舌を巻くほどの操船技術だ。操っているのは、きっと、凄腕のパイロットだ。


「繋ぎました。――どうぞ」


 通信席のアマリリスが、もうとっくに準備していたのだろう――素早く告げる。


『……なんだ?』


 出てきたのは、男の声。どこかで聞き覚えのあるような声だったが……。どこでなのかは、思い出せない。


 ブリッジ・クルーの、全員の視線が――なぜか自分の顔に集まってきている。


 交渉を期待されているのだろうか。それしか、注目の理由は、思いあたらないのだが……?

「ぶっちゃけて言うが――。|《力》を使って、都市を救ってくれないか?」

『なぜこちらが、そんなことをしなければならない?』


 男はそう返す。


 ……取り付く島もないという感じ。


「お貸しなさい」


 あれっと思う間もなく、マイクの権限をセーラに奪われてしまった。


「――べつに、難しいようであれば、しなくてもいいですわ。こちらでなんとかしますので。――見ていてくださればいいですわ」

『――言ったな?』


 男の声が言う。セーラの挑発が、みぞおちにクリーンヒットした感じ。すごい怒ってる。


 だがセーラも負けてはいない。


「ええ。聞こえませんでしたか? ――下がって見てろ。貧弱なぼうや。――と、そう言ったのですけど」

『わかった……。撤回させてやる』


 怒気をはらんだ男の声が、回線の向こうから聞こえてくる。


 ジークは、はらはらと心配になって聞いていた。


 おそらくは、この鏡像宇宙において――最強最悪の存在である男に対して、なんという口の利きよう。


 それ交渉っていわない。


 が、結果としては、正しい対処法だったようで――。


 セーラの挑発を受けてから、相手の船の動きは、あきらかに変わった。


 なんというか。やる気が出た。パイロットの腕がいいのはわかっていたが、明確な意思を持って、全体が機能的に動きはじめた。操縦も航法も機関も情報も、あらゆるクルーが、一体となって動いているのがよくわかる。本当に腕のいいクルーたちだ。うちの会社に欲しいくらいだ。


「情報士。――トラクタービームは何本使えますか?」


 セーラが言う。


「メモリィちゃんと私とユーリ君で六本までなら操れます。ほかに誰か手伝ってくれれば、最大八本までなら――」

「あの犬っころを呼びなさい」


 セーラの言う〝犬っころ〟とは、リムルのことである。


 なんでもできるテレサが、なんでもできる者の就くべき副長ポジションにいるので、べつの人間が必要だ。SSSの見習い社員であるリムルは、テレサと同じくらい、なんでもできる。そして正副要員のうち何名も留守なので、椅子だけはいっぱい余っている。


 フルGをかけて高機動を駆けっぱなしのなか、どうやって移動してきたのか、リムルはブリッジまで登ってきた。


「トラクタービーム。準備よろし?」


 船長が聞く。


「いつでも」

「は、はいっ」

「あいーん」

『はいはぃん』


 ユーリとアリエルはともかく、リムルとメモリィの、緊張感のカケラもない返事が返ってくる。こいつらは、いつもこうだ。シリアスを期待するだけ無駄というものだ。


 ジークは操縦士の仕事に専念していた。船を操り、適切なポジションを維持することだけを心がける。


 《ブラックドレイク》は、黒いオーラを発揮していた。


 長周期振動で揺れ動くイカダ都市を、そのオーラで包み込もうとしている。


 そして苦労している。


 ジークも心得があるので、わかるのだが――。馴染んでいないものに|《力》を伝導させてゆくのは、難しいのだ。


「イカダ都市。ほぼ覆われました……。被覆率九十三パーセント……」


 情報士席のアリエルが、そう告げた。コンソールも見ないで言っているのだが、もうみんな慣れて、違和感も感じる者さえいない。


 膨大なパワーにより、本来は難しいところを、力任せに伝導させている。だが残り七パーセントほどには、手が及んでいない。


 このままでは、残ったその部分からほつれていって、イカダ都市は崩壊してしまうだろう。


 都市全体を揺るがす長周期振動――地震のようなものが収まるまで、全体をカバーしていなくてはならない。


「操縦士――。ポジションが違いますわよ。北軸に三〇〇。東軸に一五〇に移動なさい」


 セーラがジークに言う。だが――。


「ちょっと待って。なんか光ってるよ。ここと、そこと、あそこ」


 テレサが言う。


 モニター上のその地点――。


 三つの色が輝いていた。


 仔ライオンと、ウニ坊と、ブリキロボット――。チビっ子三銃士の姿を、ジークは思い浮かべた。


 《ヒロニウム》を輝かせることのできる、あの各種族混成のチビっ子たちのことを――。


 都市を覆い尽くす、巨大な黒い輝きに比べれば、それは小さな小さな、ほんの小さな点でしかなかったが……。


 だが物理法則を超える|《力》には違いない。


「被覆率――九十七パーセントです」


 一人、一パーセントずつ。ほんとうにチビっ子たちだった。


「さあ、わたくしたちも、残り三パーセント分くらい、働きますわよ――トラクタービーム。用意なさい」


 セーラが号令をかける。


 アリエル、ユーリ、リムルの三人と、天井裏を住まいとするメモリィが、|《にょろQ》に新設された、八機のトラクター・ビームを操る。


 ジェネレーターが唸りをあげた。


 融合炉の出力をかなり持っていかれた。出力変動にさらされる機関士と操縦士は、大忙しだった。――つまりキースとジークのことであるが。


 キースとは盛大な殴り合いをした仲だ。息は――問題なく合っていた。ジリオラが機関士についているときと同じくらいに安心できた。


    ◇


 三パーセントの分担を行い、揺れるイカダ都市の崩壊を止めつづけること――二十分間。


 どうにか峠を乗り切った。


「もうだいじょうぶだよっ。――あとは、トラス構造の減衰ダンパーで収束していけるってさ」


 副長席を占領するテレサが、データ解析の結果を、そう告げた。


 若干十二歳の副長なんて、表の宇宙じゃ前代未聞だな。――ほっと気を抜いたジークは、ふと、そんなことを考えた。


 表の宇宙に帰る頃には、セーラだけでなく、テレサのほうも、飛行時間証明が取れて、船長資格が取れてしまっていそうだ。


 危機を脱したことは、《ブラックドレイク》側でもわかったのだろう。


 黒いオーラが戻ってゆく。世界を黒く侵食していた|《力》が、その発現元へと還っていった。


「三銃士。力尽きました」


 アマリリスが真面目くさった口調で言う。皆から笑いがもれる。すっかり〝三銃士〟で定着してしまった。


 操縦の負担から解放されて、ジークは数十分ぶりに、バックレスト越しに振り返った。


 そして――言う。


「みんな、よく頑張った。……もうどこに出しても恥ずかしくない、一人前の宇宙の男だ」


 ジークは言った。


 滅多に褒めるようなことはしないのだが――今回は本当に、本心から、そう言った。


「……女ですわよ」

「ああ。宇宙の女だ」


 ジークは言い直した。そうだったブリッジには女性のほうが多い。男はキースとユーリの二人しかいない。


 そして笑った。


「貴方に――鍛えられたのですから。このくらい、やれるようになって――、と、当然ですわ」


 セーラがぷいっと、そっぽを向きながらそう言った。


 耳が真っ赤になっている。わかりやすいところは、全然、直っていない。


「ところで――」


 ジークはブリッジを見回した。


 緊急事態のあいだ、棚上げになっていたが――。


「――アニーたちは、居住ブロックのどのへんだ?」


 誰にともなく、そう聞いた。きっと誰かが調べてくれていたはずだ。


「どうせ、都市においてけぼりなんだろ? あいつらもマヌケだな」


 こんな大事なときに、四人揃って、船に乗り損ねるだとか――。ほんと、ドジ。


 女たちの身については、心配していない。殺して死ぬようなタマじゃない。


 そして今回は、いなくても特に問題はなかった。


 まあ、こんな程度の〝苦境〟――。


 あいつらがいなくたって、こいつらだけで、充分、余裕で楽勝で乗り越えられたわけだ――。


「――ん?」


 にやにやと笑っていたジークは、なぜか皆の視線が、自分の顔に集まっていることに気がついた。


 一人笑い。――そんなにおかしかっただろうか。


 顔を引き締める。真面目なカオを作る。


 だが、皆の視線は、あいかわらず自分に向いたまま――。


 なにか、いたわるような、気遣うような、そんな視線が――。


 なんでか……、自分に集中している?

「……ん? ……ん? ……ん? どうした?」


 顔になにかついているのだろうか?

 その時――。


 ぱうっ、と、虹色の光が走った。


 宇宙船が、超空間ドライブに突入した光だ。


「《ブラックドレイク》……、ジャンプ……、ドライブを……、確認しました」


 アマリリスが、棒読み口調で、そう言う。


 イカダ都市を救った、鏡像宇宙最強の《ダーク・ヒーロー》の船は――。超空間に突入していった。


 そして、つづいて、もう一つ――。


 小さな光が、虹色のハローを伴って、船を追うように、超空間に突入していった。分裂したほうの黒いジェニーだろう。


「さて……、俺たちも……、ジェニーとドーラとミランダを拾いに行かないとな。あと、アニーたちも迎えに行かないと……って? さっきから、どうしたんだ? みんな、変だぞ?」


 ジークは、自分を見つめるブリッジ・クルーたちに、両腕を水平に伸ばし、首を傾げながら、問い返した。


    ◇


 そしてアニーたちは――。戻ってこなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 20年振りくらいにまた読めて嬉しかったです 本当に凄く面白い
[一言] そろそろ7年経つのか、もう続きは出ないんだろうな 残念
[一言] 懐かしい。全巻読んだのは中学生の頃だったかなぁ。
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