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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP10~12「鏡像宇宙の英雄達」 第四章
332/333

ジェニーとジーク

 その場に到着したジークが、まず目にしたのは、ミランダの体内から、内臓を引きずりだす場面だった。


 だが〝内臓〟と思ったものは、なにかの機械装置で――。吹き出ていた大量の〝血液〟と見えたものも、循環液かなにかのようだった。


 もとより、宇宙服もなしに宇宙空間にいるのだ。ドーラとミランダ、そしてジェニーの三人が、「人」であるはずがない。


 《ヒーロー》や《ダーク・ヒーロー》といった連中なら、生身で宇宙にいられるが、物理法則を超越するときの特有の輝きも見られない。


 したがって、三人は人間ではないと結論できる。


 ジークはテレサとともに、この現場に到着した。


 |《にょろQ》を近くに寄せて、エアロックから宇宙服ひとつで飛び出していた。


 一人で来るつもりだったのだが、ジェニーの姿を見ていたテレサが、絶対に自分も行くのだと言いだして――翻意させることは〝不可能〟だと思ったので、連れてくることになった。


 テレサと、あと、だいたいいつも足にへばりついてきているキノコ人と、三人ないしは二人と一体で、ジークたちは戦闘現場にやってきていた。


 ジークは――ドーラやミランダや、ジェニーまでもが、正体不明の異形の存在であることに、少々、戸惑っていたりする。テレサも頭のいい子だから、そこは当然、わかっているはずなのだが――。


『ジェニー! ねえジェニー! しっかりしてよ! ジェニーはそんな子じゃないよ!』


 ジェニーの正体になんか、微塵も動じないで――テレサは叫ぶ。


 その声には、友人として、親友として、正気に返らせようとする願いだけがあった。


 ジェニーが人間でなかったことにショックだとか、これまで裏切られていたことに対するわだかまりなどは、一切なかった。あるはずがなかった。


『ジェニー!!』


 スペース・チタニウムの船殻の上、宇宙空間にまっすぐ立つジェニーの――その立ち姿に、揺らぎが起きていた。


 彼女は、のろのろとした仕草で、こちらを――いや、テレサのほうを向いて――。


『……テレサ?』


 と、そう言った。宇宙服の無線を通じて、その声が返ってきた。


『そうだよ! わたしだよ! テレサだよ! ジェニーどうしたの!? 変だよ! おかしいよ! ドーラもミランダも仲良しだったじゃない! よく面倒みてあげてたじゃない! 妹みたいに可愛がっていたじゃない!』


 ジェニーは叫んでいる。必死な声で訴えかけている。


 そうだったのか。ぜんぜん知らなかった。ジェニーとこの二人が知り合いだということさえ――これまで知らなかった。


『ほらジーク! あんたもなんか言えっ! ――ジェニーも、あんたのこと好きなんだから!』


 テレサに蹴り飛ばされた。


『ええっ!?』


 いや。驚いている場合ではない。〝も〟っていう部分に驚いている場合では――もっとない。


『じ、ジェニー……?』


 ジークは一歩、前に出た。小さなあの子を、人だと思っているうちは、「気のせい」なのだと思うことにしていたが……。


 人ではないとわかって、人工超能力まで発揮する存在なのだと知れば……。


『ジェニー……、いや、ジェニファー?』


 びくん――と、劇的な反応が返ってきた。


『その名……で、呼ぶな。胸が……、痛い……』


 小さな胸を押さえて、彼女は苦しげな顔をする。


『ジェニー!? ジェニー! ジェニーなんだよね!』

『ジェニファー! ジェニファーなんだろ! おいジェニファー!?』


 テレサと一緒になって、ジークは叫んだ。


 彼女の名前を呼ぶたびに、その身がびくんと強ばった。反応があるとわかって、テレサとジークは叫びつづけた。


『ジェニー! ジェニージェニー! ジェニー!!』

『ジェニファー!! ジェニファージェニファー!! ジェニファアーッ!!』


 二人で叫びまくった。


 ――すると彼女は。


『やかましい!!』


 エネルギーが噴き上がる。足元の船殻が割れる。イカダ都市全体が揺れ動いている。


 ――まずいな。ジークはそう思った。ジェニファーとの対面に心を騒がせながらも、自分のどこか冷静な部分が、そう警告する。


 イカダ都市は、もうすでにかなりのダメージを受けている。もともと強固な構造物ではないのだ。廃船を繋ぎ合わせて、なんとか、都市の体裁を保っているだけで――。これ以上の破壊は、大災害を招く恐れが――。


『ジェニファー……、お、おい……、落ち着け……? 落ち着けって……な?』


 ジークはそう言った。なだめようとする。


 彼女は――ジークの知るジェニファーは、優しい女性だった。ドクターが惑星を爆破しようとしていたときにも、全住人を避難させて救うために、手を尽くしてくれた。


『わたしの……、名前を……、呼ぶなあああァ! ――頭が痛くなる!』

『ジェニー!! ジェニー!! 帰ってきてよ! もどってきてよ!! おねがいだから!!』

『おいよせバカ。これ以上刺激したら――、ここ全体が――」


 テレサの肩を掴んで、止めようとする。


『知らない! 知るか!! ジェニーより大事なものなんて! この宇宙にあるか!!』


 迷いのない大声で――テレサは叫んだ。


 さすがお子様。よくぞ言い切る。


『……う。……くっ。……だ、だめ』


 ジェニファーが苦しげに呻いている。……いいや。ジェニーと呼ぶべきか?

『だ、だめ……、分かれては……、力が分散して……』


 彼女の身になにか変化が起きているようだった。


 体の輪郭がぼやけて見える。いや。実際に輪郭線が二重になりつつあった。


 ジェニーは、二つに分かれようとしていた……?

 『だめ……、だめ……、だめっ……行くなっ』『テレサ……、ジークさん。――呼んでッ!』


 二つの声が、完全に重なって聞こえてくる。


 ジークとテレサは、一瞬、顔を見合わせてから――。


『ジェニー! ジェニージェニー! ジェニー!!』

『ジェニファー!! ジェニファージェニファー!! ジェニファアーッ!!』


 叫んだ。叫んだ。そして叫んだ。


 二重にぶれていた体の輪郭は、左右にだんだんと分かれはじめた。


 右側の手が、分かれいく半身を押さえにかかる。左側の手が、それを、ぴしっと、手厳しく、はたき落とす。


 右側に分かれつつあるのは――黒い髪を持つジェニーだった。


 左側に分かれつつあるのは――柔らかな金を持つジェニーだった。


 上半身から、ゆっくりと二つに分裂していった彼女たちは――やがて、ぼとりと、二体となって落下した。生き別れとなった。


『ジェニー!!』

『ジェニファー!!』


 ジークはテレサと二人で駆け寄った。もちろん左側のほうだ。金色の髪のジェニーのほうだ。


『ふ……、ふははっ! ははははは! アーッはははは!』


 彼女は哄笑していた。


 彼女は――なんと呼べばいいのだろうか。こちらの子が〝ジェニー〟であるとすれば、あちらの――黒い髪を持つ子のほうは?

『やった! 分かれた! 私は――自由だっ!!』


 黒いジェニーは、そう叫んでいた。分かれる前は、分かれたがってはいなかったようだが、分かれたいまとなっては、むしろ、そのことを喜んでいる。


『ハーッハッハ! ハーッハハハ!』


 黒ジェニーは、力を振るいはじめた。


 足元のスペース・チタニウムが裂ける。破片となって噴き上がる。


 ジークたちは吹き飛ばされた。簡易宇宙服にいくつか破片が刺さって気密が破れている。服の中の空気が、どんどんと漏れ出してゆく。


 ――だがジークは、吹き飛ぶテレサを捕まえるので急がしかった。


 手では掴み損ねた。足で蹴りつけた。足にへばりついていたキノコ人のやつが、吸着ハンドで見事につかまえる。


 二人で宇宙空間を吹っ飛んだ。ボールのように身を丸めて、しばらく突き進んでいると――。


 背中が、そっと――固いものにランディングした。接触時の相対速度は、秒速一メートルかそこらだったが、掴むところのない宇宙空間では、それでもソフトランディングとは言いがたい。


 アニーなら秒速数センチまで――。ジークでも秒速十センチぐらいには抑えられるが、まあ、操縦士をやっているのが、セーラでは――。これでも上手にやったと褒めてやるべきところだろう。


 ここでもまた、キノコ人が役に立った。


 鋼鉄製の船殻にキノコ人と磁力靴とを使って、貼りつきながら、ジークはテレサを小脇に抱えて、エアロックを目指した。


 エアロックに辿り着いて、ドアを締めて、空気の充填を開始する。


 だいぶ早いうちにヘルメットを脱げた。宇宙服の空気がそれだけ漏れていたということだ。


「ジェニーが……、ジェニーが……、わたし……、つかみそこねて……」


 テレサのヘルメットを取ってやる。彼女は蒼白な顔で、ぷるぷると震えながら、そんなうわごとを口にするばかりだった。自分の手を見つめている。


「気にするな。オレもドーラとミランダは掴み損ねたさ」


 テレサはショックを受けているようだ。


 ああ。そうか。


 なんでなのか、ジークには、わかった。


「忘れているようだけど……。あいつら、真空中でも、平気だぞ?」

「あ。そうだった」


 テレサは途端に明るさを取り戻した。


 せっかく取り戻した親友を失ってしまったと思っていたわけだ。三人が吹き飛んでいった方向は見て覚えている。あとで拾いに行って回収すればいい。


 そのタイミングで、エアロック内への空気の充填が終わる。内側のハッチが開くようになった。


「ブリッジへ急行だ! ――忙しくなるぞ!」


 テレサのお尻を、一発――叩いて、そう言った。


「さわるな――えろっ!」


 テレサは完全にいつもの調子を取り戻したようだった。

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