脱出
「さあ――、ジークさま。そのまま――、前に――」
ラセリアの繊手によって、誘われる。
彼女の両腕は、ジークの背中に回されていた。両脚のほうも、がっちりと腰を挟みこみ、背中側でクロスまでしている。
「さ。ジークさま。早く。焦らすのはもうおやめになって。もうわたくし。待ちきれませんの」
間近から甘い声を囁かれる。彼女が主人のはずなのに、呼びかたが〝様〟とかになっている。
「ジークさまのそこ、もう凄いことになっておりますわよ?」
指摘される。自覚はある。十六年の人生において未体験ゾーンだ。
ジークの衣服は、いつのまにかすっかり剥ぎ取られていた。メイドたちの手によって、気づかないうちに一枚ずつ持ち去られ、もうほとんど半裸である。
メイドたちも半裸だった。
ジークの背中に覆いかぶさるように、数人がかりで、ラセリアに向けて、押さえつけにかかる。
ジークは踏ん張って耐えてはいた。だがどれだけ頑張ってみても、数人がかりの少女たちの裸体の重みには抗しきれず……。
もう、先端が、熱いぬかるみに埋まってしまいそうだ。
「さ――、ジークさま。卒業▽いたしましょう▽」
ラセリアが、かき抱く腕と脚とに、力を込めてきた。
ジークは、いよいよ――。
――と。その時だった。
部屋全体が揺れ動くほどの衝撃がやってきた。
「きゃあっ!」
「なんだなんだっ――!?」
宇宙生まれで、宇宙育ちのジークは、〝地震だ〟などとは思わない。なにかの事故か攻撃か。
現在いる場所は、宇宙であり、人工の構造物だった。都市だった。大小さまざまな廃船を繋ぎ合わせて巨大構造物にした、このイカダ都市は――本当に〝都市〟と呼べるサイズを持っている。それが揺れ動くとなると――。相当の――。
考えているうちにも、また衝撃がやってくる。
ジークは腕の中のラセリアをかばった。悪女であっても、いま襲われかけていたところでも、彼女は女性だ。守らなくては――。
揺れはしばらくは続いた。
そして一段落したときには、ジークの周辺にあった女体の群落は、すっかりほぐれてしまっていた。
香でぬるぬると滑るおかげで、揺れの続いているあいだに、あっちに一人、こっちに二人――と、集団は完全に生き別れになっている。
ラセリアの体を抱き締めて守っているのは――ジークだけだった。
「あ――。ごめんっ」
気がついて、すぐに離れる。
裸の胸が離れてゆく感触は、名残惜しくはあったが――。
「え? あ――。あのっ。あ、ありがとうござ……います」
ラセリアは全裸を恥じるかのように、胸と下腹を隠していた。
顔をうつむかせて、つっかえながら、そう言った。
妖艶な魔性の笑みしか、これまで見たことがなくて――。彼女も年頃の女の子で――。人間なんだ――と。ジークはそう思った。悪女で毒婦ではあるけれど。
ジークはすっくと立ちあがった。
「じ、ジーク様っ? ――ど、どちらへ?」
「船に戻る! 俺は船長――じゃなくて! 副長だからな!」
そこらに落ちていた自分の服を拾い集めて――。ジークは部屋を飛び出していった。
◇
「ハイ! 操縦系、立ちあがったわよ――そっちどう! カンナ!?」
「アイアイ。だいじょうぶだワサ。――規格は一緒だ。しかもフル調子で完璧だ」
「機関……ノー・プロブレム」
「|《にょろQ》とのデータリンク完了しましたわ。これで連携動作が可能です」
ブリッジの各所から声があがる。ブリッジ中央のキャプテン・シートに座った黒ジークは、きょとん、と見回した。
「なんでおまえら……、来てんだ?」
「一人じゃ飛ばせないでしょ。この船」
「いや。飛ばせないこともない。ずっと一人で飛ばしてきたが……」
「あたしらいたほうが、いいっしょ」
「いや……。なんでおまえら、そんな、自分らの船みたいに……、できるんだ?」
アニーは、にやっと笑いを浮かべた。
黒ジークが、呆然としている様は、おかしかったが……。いまはやるべきことがある。
アニーは黒ジークと直接、こちらの船にきた。残りの三人はアニーの現在位置を調べたのだろう。呼んでもいないのにやって来た。なぜ、などとは、問わない。いちいち言葉を交わさなくてはならないような間柄ではない。
高性能なセンサーが、すべて生きてるこちらの船――《ブラックドレイク》に移って、衝撃の原因がはっきりとした。
なにか三体の高エネルギー体が戦っている。イカダ都市を破壊しようとしているのではないようだが、戦いの巻き添えで、被害はどんどん拡大していっている。それを止めなくてはならない。
「エレナさん。|《にょろQ》に連絡して――二隻で戦闘中の三体を挟むように移動」
「おい。俺の船だぞ」
「じゃあ……、指揮してよ、船長?」
アニーはシートのバックレスト越しに、振り向きつつ――そう言った。
◇
「遅くなった!」
ジークはブリッジに駆けこんでいった。緊急事態だったせいか、ブリッジは全員揃っていないようだった。だがそういうときのための正副要員制度。各席には、どっちか一人は座っている。
「え? あの? ――どっちで?」
船長席に座るセーラが、なにか、幽霊でも見るような目をして――ジークを見ている。
「は? 呆けてんじゃないぞ! 出航準備は出来てるか?」
「できてるよ。エンジンもあたたまってる」
答えてきたのは姉のかわりに妹のほう。
ジークの副長席――実質〝船長席〟――に座っていたテレサが、小さなお尻を、ぴょんと持ちあげた。
あちこちの席を狙っていたテレサであるが、いない間に、ジークの副長席まで占領されていたとは――。
「テレサ――座っとけ」
ジークはテレサの肩を押し下げると、お尻をシートに戻させた。そして自分自身は、本来アニーがいるはずの操縦士席に行く。
「――しっかりセーラをサポートしろよ」
「やった!」
テレサの声を背中で聞きながら、ジークは苦笑いをした。
操縦桿を握る。アニーの好みで〝バリ固〟に調整された、遊びのまったくない鋭敏すぎる操縦系を、再調整している暇などないので――そのまま使いこなす。
「航法データ来てます」
通信士席のアマリリスが言う。
「――当船と連携を希望する船が一隻。船名は――《ブラックドレイク》?」
「なんですの? 知らない船ですわね。役に立つのかしら」
船長席でセーラが言う。口では毒を吐きながらも、手ではやることをやっている。コンソールを叩いて、データにアクセスをかけている。背中についている目で、ジークはそれを感じていた。
そして前のほうについている二つの目では、操縦士代行のための各種チェックで忙しい。
「情報士――アリエルさん? 戦闘している三体のデータの詳細は、まだ、出ないのですか。なにやっているんですの!」
「えっと。あのその。センサーの分解能の関係で――」
「要点をお言いなさい。出るのか出ないのか。出るならいつまでに?」
「あのっ――〝アレ〟を! アレを使ってもいいですかっ!? 一部動かせるようになったから――、光学干渉計として使えば――」
「許可する」
ジークは言った。アリエルが言う〝アレ〟とはなにか、わかったからだった。
「ちょ――ちょっ!? アレってなんですの!? アレって!?」
アリエルは目を閉じていた。近隣の銀河ネットワークの一部分に接続しているのだろう。
「画像。――出ます」
「えっ! もうですのっ!?」
天井に並ぶモニターに映像が出る。
間近からアップで撮ったかのような、鮮明な画像が映し出される。
「えっ――? ジェニー――?」
テレサが息を呑んで画面を見つめた。
自分の親友がそこに映っている。真空中に素肌をさらして高機動戦闘をやっている。そして背中からは、光の翼を生やしている。
髪の毛の色こそ、漆黒であったが――それは確かにジェニーだった。
「じ、ジェニー……?」
テレサは口をぽかんと開いていた。
「とりあえず――発進するぞ!!」
コンソールのチェックを途中で投げやって、ジークは、船を発進させた。