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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP10~12「鏡像宇宙の英雄達」 第四章
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ジェニーの目覚め

「あの――」


 少女の声がした。


 アニーはぎょっとした顔で――。男はすべて想定内という余裕を漂わせながら――。


 二人揃って、声のしたほうを向いた。


 路地の入口のところに、少女が立っていた。年少組のほうで、よく見かける子。テレサの相方をやっていて、目立たないのに、有名な子。


 名前は、ジェニーという。


「アニーさんが嫌なら……。わたしを……。わたしと……」


 ジェニーは消え入りそうな声で、そう言った。


 スカートの裾を、手でぎゅっと押さえつつ――。


 テレサと同い年ぐらいで、初潮があるかないかといったあたりで――意味わかって言ってんの? と、アニーは、まずそこから疑った。


「おまえも混ざりたいのか? メスガキその2?」


 おい。まずわかっているのか聞けよ。あと。メスガキその2って、なんなんだか。


「そのひとのかわりに、わたしを抱いて。セックスして」


 あら。知ってた。わかってた。


「俺は孕まない女とはヤラない主義でな」


 なにこいつ。それなんの宣言。あるいは自慢。あと、なんで初潮がまだだって知ってんの。


 ジェニーは、スゴい目付きになって、どすどす歩いて、近づいてきた。


 手を伸ばして――、男の服の裾を、きゅっと掴みしめる。


 そして、間近から、じっと男の顔を見上げる。


「はぁ……」


 男は、大きくため息をついた。


「俺は抱かんと言ったぞ。――いまはこいつで我慢しとけ」


 ――と。


 ジェニーのおとがいに手をあてて、顔を上に向けさせる。その唇を吸う。


 ああっ――。


 キスした。ずるい。


 さっき自分でキスを拒んだことも、つい忘れて――。アニーはキスされているジェニーを、うらやましげに見つめた。


 男からキスされているジェニーは――目を大きく見開いていた。


 まばたきもせずに、中の一点を見つめるジェニーのその目が、アニーは、ちょっと怖く感じられた。


 ――と。


 その目が、くわっとばかりに見開かれる。


 ぶわりと、エネルギーが沸き起こった。


 放出源は――ジェニーだ。


 ジェニーの髪は逆巻き、スカートの裾は翻り――。膨大なエネルギーが、その小さな身から噴き上がっていた。


「え? え? え?」


 アニーは目をしばたたいていた。目の前の少女。よく知っている少女。テレサとともにイタズラしては、「ごめんなさい」と頭を下げてゆくほうの少女。


 その女の子が――なにか別のものに変化していた。


《このひとだ! このひとだ! このひとだ!》


 頭の中に声が響く。


 それがテレパシーによる直接思念伝達だと、アニーは直感した。発信源は――目の前のこの子。


《このひとだ! このひとだ! このひとだ!》

「ちょ――!! ジェニー!! なに言ってるの!! このひとってなに!?」


 アニーは叫んだ。暴風の吹き荒れる中、大声で――。


 ――って? 暴風!?

 宇宙育ちのアニーは、空気の流れに鋭敏だった。気密区画で強い風が吹いているとき。それは隔壁のどこかに、裂け目があるということを意味する。


 裂け目は――なんと、ジェニーの足元に開いていた。


 十字に破れた金属板の向こうに、星が見える。宇宙の深淵が開いている――!?

 ジェニーはその裂け目の上に浮かんでいた。背中からは、白い翼を思わせるエネルギー体が出現している。


 顔を歓喜に染めた少女は、自分の両肩を抱きかかえ――その身を、小刻みに震わせていた。それはまるで、絶頂を繰り返しているように見えた。


「下がったほうがよさそうだな」


 男が、言った。


 風が、どんどん強くなってゆく。すでに子供なら吹き飛ばされるぐらいの勢いとなっていた。


 男はなににも掴まらず、この暴風の中に直立していた。


 アニーは男の体にすがってようやく立っていた。だが男のほうは――なにに掴まっているのだろう。二本の足で、ただ、立っているように見える。


《このひとだ! このひとだ! このひとだ!》


 ジェニーの念波が脳に響く。頭が割れるように痛む。


 ジェニーの身から、噴き上がるエネルギーの出力が跳ねあがる。


 床の裂け目が広がってゆく。プレハブの小屋が、暴風で吹き飛ばされてきて、裂け目に食われた。もの凄い音とともに、四角が折りたたまれて、瓦になって、吸い出されていった。


《ああ――! アアアアアアアァァァ――っ!》


 歓喜の声を放って、ジェニーは飛び出していった。――外へと。


 引き裂かれた壁は、裂け目がこのサイズまで育ってしまうと、もう自動修復では戻らないだろう。


「おまえは船に戻れ」


 男は言った。


 怒鳴ってもいないのに、その声は、この嵐のなかでも――不思議とよく聞こえた。


「あんたはどうすんのよ!?」


 アニーは怒鳴り返した。


「俺は――自分の船にゆく」


 アニーは考えた。考える……。考える……。よく考える……。


 答えを出すためには、数秒を要した。だがアニーは――答えを決めていた。


「腕のいいパイロットは――必要!?」


 男は答えるかわりに、にやりと笑い返した。


    ◇


 自由だった。歓喜に打ち震えていた。


 ジェニーは宇宙空間を疾走した。――黒い翼を打ち振るって、空間を自由に駆け巡る。


 人工超能力による翼は、最初に出したときには、白い色だった。なぜ自分が白い色を選んだのか不思議だった。


 だから黒い翼に変えた。黒はいい。宇宙で一番、素敵な色だ。


《黒いひと! 黒いひと! 黒いひとに出会えた!》


 思念を振り絞り、高出力のテレパシーを放ちながら、歓喜を軌跡に変えて、飛び回る。


 運命のひとがいた! 運命のひとに出会えた! 運命のひとは本当にいた!

 キスしてもらえた!

 ジェニーはぐるぐると飛びまわった。羽虫が飛ぶように、ループと螺旋を何重にも描いていると――。


 彼女の進路を塞ぐように、二つの飛翔体が現れた。


《破壊活動を停止せよ! ドクターの計画の障害となる行為をただちに停止せよ!》


 二つの個体は、人工超能力を送信してきた。


 その二つの個体には、なんとなく見覚えがあった。――なんだっけ?

《ジェニファー。貴女はドクターを裏切るつもりなのか?》


 二つの個体は、そう思念を伝えてきた。


 ドクター? なんだっけ? なんか覚えのある概念。固有名詞。――まあ、どうでもいいんだけど。


 あとジェニファーって誰なんだか。自分の名前は〝ジェニー〟だ。そんな変な名前ではない。


《貴女を破壊させないでほしい。我々はシリアルナンバー続きの同型機でしかないが、先に知性に目覚めた貴女を、特別なものと考えている。我々は貴女を……破壊したくない》


 二人から、そんな思念が届く。


《は? 破壊? わたしを破壊するって? あなたたちが?》


 たっぷりと嘲りの色を乗せて――思念を返す。


《――どうやって?》


 二人は瞬間的に逆上した。襲いかかってくる。二人は体を連結させていた。機械知性は連結することで、演算能力を増強できる。ふたりは二倍の演算能力を持つ複合知性となって、襲いかかってきた。


 ジェニファーは応じた。


 高速飛翔しながら、空中戦が繰り広げられる。あちこちで激突し、跳ね返り、二つの光球となって、宇宙空間で戦闘が続く。


 片翼が鷹の翼。もう片翼は蝙蝠の翼。


 演算能力で上回られて、常に軌道では、先手を取られ続けるが――。ジェニーは焦らなかった。


 だって――。ぷっ。くすくす――。


 電池代わりとなってエネルギーを消耗している彼女たちは、二人合わせてみたところで、人工超能力の残量が、ジェニーよりも圧倒的に少ない。


 ジェニーは慌てずに、戦闘を続けた。


 二人の〝電池〟が尽きるまでは――遊んでやるつもりだった。

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