テレサとジェニーのひめごと
「びっくりしたよねー。あれ、捕まってたら、ヤバかったよねー、お尻、叩かれていたよねー」
テレサは後ろについてくるジェニーに、そう言いながら、船内通路をこっそり歩いた。
もう夜時間なので、消灯して、皆はとっくに就寝中。
二人してブリッジから逃げ帰ってきた。
寝床の壁を、二人して登ってゆく。六角形のハニカム寝床が、壁を隙間なく埋めつくしている。B列の三段目がテレサの位置。その一個下がジェニーの位置。
自分のスペースに収まる前に――、テレサはジェニーの頬に、ちゅっとキスをした。
「おやすみー」
なんでそんなことしたのかは、わかんない。女の子同士で。なんでしたんだろ? そんなこと。ついやってしまった。
さっきの変なアレで、変な気持ちになっちゃったからかも? 指なんてなめられちゃった。変なふうになめられちゃった。
どうも体が火照って、芯のところが熱くなって、ヘンな感じ。
テレサは布団のなかで、もぞもぞ、ごそごそとやった。
ヘンな感じを消すやりかたは、知っている。問題は、声を出さないように、それをするだけ。
◇
ひとつ上のハニカム寝床から、テレサの自慰する気配が伝わってくる。
ジェニーは人間より遙かに優れた感覚を持っていた。だからどれだけ声を殺していても、わかってしまうのだ。
時折、聞こえる、苦のようなわずかな声に、耳を傾けながら――。
ジェニーは自分も〝自慰〟に耽ることにした。
肉体的な自慰ではなく、精神的なほうの自慰ではあったが――。
さっき。ブリッジで会ったひと。
あのひとに出会ったとき、全身が打たれたように感じた。
このひとなのかも! ――と、運命に打たれたように思ったことは、これまで、三度ほどあった。
一度目はドクターに拾われたとき。スクラップ置き場で、打ち捨てられた思考機雷であった彼女は、機能停止をする直前まで、人を待っていた気がする。その人が来てくれた! 現れてくれた! ――と、その時には、そう思った。だが時が経つにつれ、違和感が増していた。自分の待っていた相手は、ひょっとしたら違っていたのかも……?
そんな時――二度目のひとに出会った。ジークフリード・フォンブラウンというひとだった。現在は不在の、この船の船――副長である。
すこし癖のある髪――。深いブラウンの瞳――。彼の優しくセンシティブな面影には、ジェニーの機械知性としての原体験を刺激する〝なにか〟があった。それはきっと、自分に知性が芽生えるきっかけとなった――遠い遠い出来事と、関係しているはずだ。
だが違うのだ。
ジェニーには、ずっと求めつづけてきた、面影がある。
それは――〝目〟であった。目的にまっすぐ向かう強い目。苛烈なまでの強いまなざし。それはドクターが合致する。
ジェニーを支配し、目的を与え、そして〝役目〟のために、彼女たち思考機雷の性能を遺憾なく発揮させてくれる人の目だ。
機械であり道具である彼女たちには、〝使われたい〟という欲求がある。そして彼女の生い立ちは〝思考機雷〟である。
つまり、ありていに言うなら――爆発させてくれる人、という意味だ。
ジークフリード・フォンブラウンは、優しすぎる。彼は自分を決して爆発させてはくれないだろう。
そして三度目の人物が、ついさっきブリッジで出会った、あの青年だ。
彼がジークフリードではないことは、彼女には最初からわかっていた。一目会って体型スキャンすれば明らかなことだ。機械知性である彼女の知覚は、一卵性双生児を容易に判別する。たとえそれがクローンであっても、筋肉や骨格のわずかな違いで、別個体であることを判別できる。
彼と彼の場合には――。体表に、肉眼では、ほぼ見えないほどの昔の傷痕が、都合、二十七箇所ほど確認された。髪の色と瞳の色にも、やはり確認可能な差異があった。
だいたい精神面からして違う。あのまま、アニーが乱入してこなければ、彼が性行為に及んでいた確率は――。
そう。ひどく強引なのだ。
強引でわがままで、一度決めたら、強引にでもやり通す。目的にまっすぐ向かう強い目は、ドクターと同種であるような気がする。
ジークフリード・フォンブラウンの容姿を持ち、ドクターの強い目も持つ人物。
――あのひとなのかもっ!
ジェニーは、興奮に、身を震わせていた。
歓喜で忘我の極みにいた。
すぐ上で、自慰に耽っていたテレサが、忘我の極みに至って――、ベッドが軋む音をあげた。
ジェニーも、身体的にはなんの変化も現れなかったが、精神的に――達した。




