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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP10~12「鏡像宇宙の英雄達」 第四章
324/333

テレサとジェニーの攻勢

「まーた、そこに座ってるぅー」


 ぴょこ、と、ハッチの縁から、小さな頭が生えてくる。


 ジークフリード・フォンブラウン――ジークは、面倒くさげに、そっちを向いた。


 ハッチの縁から顔を出しているのは、完熟航海のあいだ、膝の上にいた小娘だった。


「俺は船長だからな。船長席に座っていて、なにが悪い」

「船長じゃないよ。副長だよ。船長っていっちゃだめだよ。船長っていうと、セーラが怒るよ。発狂するよ」

「俺は船長しかやったことがない」

「言う言う~」

「そうか?」


 物心ついてこのかた――ずっと一人だった。ずっと一人だったのだから、つまり、ずっと船長なわけだ。問題ない。嘘は言っていない。


「なんの用だ? 来ちゃいけないって、言われてなかったか? アニーに見つかると、尻を叩かれるぞ」

「されないもーん。わたしのお尻叩いていいの、あんただけよ?」

「そんな趣味はないな。――いや。ないこともないか」

「どっちなんだか」


 小娘は、ブリッジにあがってくると、ジークの膝のうえにあがってきた。


「よいしょ、っと」


 小さなお尻を、膝の上――こちらの股間の上に乗せてくる。


「おいおい」


 小娘は、ガキと女のちょうど中間くらいの年齢だった。どっちで扱えばいいのやら……ちょうど困るあたりだ。


「犯すぞ」


 とりあえず〝女〟として扱うつもりで、そう言った。自分から膝の上に乗ってきた女であれば……、まあ、普通、犯す。


「いいもーん。もう子供産めるもん」


 わかっているのか、いないのか――。小娘はそんなことを言っている。


 やっぱり〝ガキ〟のほうで扱うことにする。


「俺はガキには興味ない」

「わたしは、あるんだけど」

「おまえら、みんな、俺に興味津々だな。そのくせ、抱かれたいわけじゃないと言う。――まるで、わけがわからん」


 ジークは、〝お手上げ〟のポーズを取った。


「抱かれてるじゃん?」


 笑った。やはりお子様だ。〝抱く〟を〝セックス〟と言い換えてやるのも面倒に感じた。膝の上の〝なりかけ女〟を、ぎゅーっとやって、もふもふとやる。お望み通りの意味で〝抱いて〟やった。いやらしい意味はなしで。


 子供をあやしたことなど、記憶の中を探っても――一度も見つからない。


 なんと驚いたことに、これが初めてだ。


「あははははー。こらっ。へんなとこ触るなっ。えろっ」


 メスガキは悶えている。だから。そういう意味では。まったくないのだが。


「ねえ。興味あるって、さっき言ったよね? ――ひとつ、聞いていい?」


 ジークが答えずにいると、小娘は肯定と受け取ったのか、質問を繰り出してきた。


「あなた。同じなの? 違うの?」

「どっちだと思う?」

「うーん……。おんなじなんだけどぉ――違うっていうかぁ。違うんだけどぉ――おんなじだっていうかぁ」

「そう思うんだったら、そうなんだろうさ」


 ジークはそう言った。


 べつに、影武者だということを言ってもよかった。アニーたちからは口止めされていたが、べつに、従う理由も必要もない。


 誰にも、なににも、縛られずに生きてきた。物理法則さえも縛ることはできない。それだけの力が――ジークにはあった。


「ね。もうひとり。連れてきてもいい? わたしのトモダチっ。その子にも判定させていいっ?」

「勝手にしろ」


 ジークはそう言った。


 どうせ夜は長い。メスガキの一匹や二匹、増えたところで、大差はなかった。


    ◇


「ほら。ジェニー。だいじょうぶだから。いま誰もいないから。ほら。あれがそうだよ。変だよね。ほら見なってば。こっちおいでよ」


 メスガキその1が、ハッチの縁から、ぴょこっと頭を生やして、メスガキその2を呼びつけている。


 ジークは大きくため息をついた。


 顔は向けずに、手首から先だけを振って、こいこい、と、やる。


「ほら。こいってさ。遠慮しなくていいってば。もー。ジェニー。ほら。ジェニー。だいじょうぶだってばー。ジェニー。おいで。ジェニー」


 呼ばれてもなかなか頭を出してこない、メスガキその2は――ずいぶんと、遠慮しがちな性格らしい。


 いや。メスガキその1のほうが、ただ単に、ずうずうしいだけなのかも?

 生まれてこのかたずっと一人でやってきたジークには、ガキが一般的にどういうものなのか、まるで知識がない。


 1のほうは、たしかテレサとかいっていた。2のほうの名前はさっきから何度も連呼されている。ジェニーというのか。名前なんて憶えてみたところで、どんな意味があるとも思えないが、いちおう自分は影武者とかいう立場だ。元のそいつなら、当然、知っていたはずだ。自分からバラすならともかく、見抜かれることでバレてしまうのも、なんだか悔しい。


 ――なので、特別に名前を呼んでやることにした。


「おい、ジェニー。くるのか、こないのか。はっきりしろ。こないならあっち行け。俺はガキの相手をしているほど暇じゃない」

「ヒマなくせにー。わたしがまたやって来て、よかったー、って、カオしてるよ?」

「してない」


 憮然と、そう言った。絶対にそんなことはない。


 暇かどうかといえば、まあ暇だが。セックスをするつもりもない女と、口をきいているぐらい暇ではあったが。


「ほら、ジェニー。おいで、ジェニー」


 テレサが呼ぶが、相方の頭は、その先端以外、なかなかハッチの縁を抜けてこない。


「ほら。あんたも言ってあげてよー。コワくないって。オコってないって」

「なんで俺が」

「いいから」


 なぜ女という生物は、こうもあつかましいのか。あのアニーという女もそうだし。このテレサというメスガキもそうだし。


「おい、ジェニー。隠れてないで、顔を出せ。――命令だ」


 あくまでも優しく、可能な限り気を遣って――ジークはそう言った。


「それぜんぜんやさしくないよ」

「わざわざ命令してやったんだぞ? 名前まで呼んでやったんだぞ?」

「すっごい、俺様ーっ」


 おい……。これ以上、どうしろと?

「……あれ? ジェニー?」


 目を向ければ、小さな頭が、ぴょこっとのぞいていた。


「ジェニー、いいの?」

「……命令だから」

「はっはっは」


 ジークは笑い出した。ぜんぜん言うことを聞きゃしないテレサとかいうメスガキよりも、こっちのメスガキのほうが、かわいげがあった。


「おい。ジェニー。こっちに来い。命令だ。――かわいがってやる」


 いかにも細っこい体のその小娘は、びくんと電撃にでも打たれたかのように、身を縮こまらせた。


 それでも、ぎくしゃくと動いて、ジークの前まではやってきた。


 だが、そこで突っ立ったままでいる。


「なにしてる」


 手を伸ばして、細い手首を握りこむ。


 ちょっと力を加えたら、へし折ってしまいかねない、その細さに一瞬ビビってしまったことなど――、絶対に悟られてはならないので、ぐいと、わざと手荒に引っぱった。膝の上にしっかりと抱えこむ。


 そうして、しっかりとホールドしたあと――。女として扱ってやろうか、それともやはり子供として扱うか、肉体の手応えから、ちょっと考えていた時――。


 ――ん? おや?

 ジークはちょっとしたことに気がついた。――まあ、些細なことだったが。


「あー、ずるーい!」


 テレサが騒いでいる。


「おまえもさっき抱いてやったろうが」


 いや。抱いてはいないか。抱いてやりはしたが。〝抱く〟というのは、通常、セックスのことであり――ああ、だからお子様相手は調子が狂う。


「ねえ。ほら。言った通りだったでしょ? 座り心地。ぜんぜん違うよね?」


 テレサはジェニーに言う。


 座り心地の話だったのか。


「ねえ。どう? おなじ? ちがう? ――どっち?」


 膝のうえで身を固くしているメスガキは、相方の問いに答えるように、ふるふると、顎の先端を左右に震わせた。


「え? おなじ? おなじだけど。ちがう? ――うーん。やっぱ。そうなんだよねー」


 さっきと同じことを言っている。メスガキ二匹で、意気投合している。


「――ということで、あんた、誰?」


 びしっと指先を鼻面に突きつけられた。


 あーもー、面倒くせえ。セックスに持ちこんで、うやむやにしてしまおうか。


 鼻先に突きつけられた指先に、ぱくんと食いついてやった。


「ひゃっ!」


 れろれろと指の股までを舐め回す。自慢ではないが、指を舐めるだけでイカせるくらいのことはできる。


「やっ――ちょっ! ヘンタイ! 舐めない――! だめってばァ――!?」


 メスガキその1は、膝頭をがくがくと震わせている。本当に嫌だったら手を引けばいいのに、指先を与えたまま。


 立っていられなくなるのも、もう時間の問題だな。


 数秒以内。


 これまで何千人を虜にしてきた女泣かせの経験値的に、それがわかる。


 ――と、その時。


「ちょっと! あんたたち! なにしてるの!」


 大きな声がした。アニーの声だった。


「あッ! ――やばッ!!」


 テレサが手を引く。惜しい。あともうほんの数秒で俺のモノになったのだが。


「じゃーねー!」


 ぴゅーっと、アニーの脇をすり抜けて、ハッチから落ちてゆく。


 アニーは無重力状態だと神懸かった動きをするが、有重力下だと、それに比べてどんくさい。すばしっこいメスガキその1を捕まえそこねた。


 メスガキその2は、膝から、ぴょんと飛び降りたあとで――。ぺこりと、一回、大きくお辞儀をした。そしてやはりアニーの脇を駆け抜けてゆく。


 こんどのメスガキは、捕まえようと思えば出来たはずなのに――アニーは、すれ違いざまにお尻を一発叩いただけで、わざと見逃してやっていた。


「もう。あいつら。立ち入り禁止だって言ってんのに……」


 開いていたハッチをロックしてから、アニーはジークのもとへやって来た。


「子供に人気ね」


 揶揄するように、そう言う。


「さあ……。どうなんだろうな?」


 両手を左右に広げて、「わからない」という顔を作った。


 ガキとして扱うか、女として扱うか――言い換えれば、あやして返すか、よがり狂わせてやるか、決めかねていたという意味が――、まず一つ。


 もう一つは――。


 メスガキその2。ジェニーといったか。


 あれが「人」であるかどうか、いまひとつ、わからない。


 抱いてみればわかったろうが、もう手のなかから、逃げていってしまった。


「なぁ?」

「あによ?」

「ヤらないか?」


 ズボンの前を突きあげる股間を見せつけて、そう言った。


「一人でマスでもかいてな」

「ははっ――!」


 予想通りの答えが返ってきて、ジークは、膝を叩いて、愉快に笑った。

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