テレサとジェニーの攻勢
「まーた、そこに座ってるぅー」
ぴょこ、と、ハッチの縁から、小さな頭が生えてくる。
ジークフリード・フォンブラウン――ジークは、面倒くさげに、そっちを向いた。
ハッチの縁から顔を出しているのは、完熟航海のあいだ、膝の上にいた小娘だった。
「俺は船長だからな。船長席に座っていて、なにが悪い」
「船長じゃないよ。副長だよ。船長っていっちゃだめだよ。船長っていうと、セーラが怒るよ。発狂するよ」
「俺は船長しかやったことがない」
「言う言う~」
「そうか?」
物心ついてこのかた――ずっと一人だった。ずっと一人だったのだから、つまり、ずっと船長なわけだ。問題ない。嘘は言っていない。
「なんの用だ? 来ちゃいけないって、言われてなかったか? アニーに見つかると、尻を叩かれるぞ」
「されないもーん。わたしのお尻叩いていいの、あんただけよ?」
「そんな趣味はないな。――いや。ないこともないか」
「どっちなんだか」
小娘は、ブリッジにあがってくると、ジークの膝のうえにあがってきた。
「よいしょ、っと」
小さなお尻を、膝の上――こちらの股間の上に乗せてくる。
「おいおい」
小娘は、ガキと女のちょうど中間くらいの年齢だった。どっちで扱えばいいのやら……ちょうど困るあたりだ。
「犯すぞ」
とりあえず〝女〟として扱うつもりで、そう言った。自分から膝の上に乗ってきた女であれば……、まあ、普通、犯す。
「いいもーん。もう子供産めるもん」
わかっているのか、いないのか――。小娘はそんなことを言っている。
やっぱり〝ガキ〟のほうで扱うことにする。
「俺はガキには興味ない」
「わたしは、あるんだけど」
「おまえら、みんな、俺に興味津々だな。そのくせ、抱かれたいわけじゃないと言う。――まるで、わけがわからん」
ジークは、〝お手上げ〟のポーズを取った。
「抱かれてるじゃん?」
笑った。やはりお子様だ。〝抱く〟を〝セックス〟と言い換えてやるのも面倒に感じた。膝の上の〝なりかけ女〟を、ぎゅーっとやって、もふもふとやる。お望み通りの意味で〝抱いて〟やった。いやらしい意味はなしで。
子供をあやしたことなど、記憶の中を探っても――一度も見つからない。
なんと驚いたことに、これが初めてだ。
「あははははー。こらっ。へんなとこ触るなっ。えろっ」
メスガキは悶えている。だから。そういう意味では。まったくないのだが。
「ねえ。興味あるって、さっき言ったよね? ――ひとつ、聞いていい?」
ジークが答えずにいると、小娘は肯定と受け取ったのか、質問を繰り出してきた。
「あなた。同じなの? 違うの?」
「どっちだと思う?」
「うーん……。おんなじなんだけどぉ――違うっていうかぁ。違うんだけどぉ――おんなじだっていうかぁ」
「そう思うんだったら、そうなんだろうさ」
ジークはそう言った。
べつに、影武者だということを言ってもよかった。アニーたちからは口止めされていたが、べつに、従う理由も必要もない。
誰にも、なににも、縛られずに生きてきた。物理法則さえも縛ることはできない。それだけの力が――ジークにはあった。
「ね。もうひとり。連れてきてもいい? わたしのトモダチっ。その子にも判定させていいっ?」
「勝手にしろ」
ジークはそう言った。
どうせ夜は長い。メスガキの一匹や二匹、増えたところで、大差はなかった。
◇
「ほら。ジェニー。だいじょうぶだから。いま誰もいないから。ほら。あれがそうだよ。変だよね。ほら見なってば。こっちおいでよ」
メスガキその1が、ハッチの縁から、ぴょこっと頭を生やして、メスガキその2を呼びつけている。
ジークは大きくため息をついた。
顔は向けずに、手首から先だけを振って、こいこい、と、やる。
「ほら。こいってさ。遠慮しなくていいってば。もー。ジェニー。ほら。ジェニー。だいじょうぶだってばー。ジェニー。おいで。ジェニー」
呼ばれてもなかなか頭を出してこない、メスガキその2は――ずいぶんと、遠慮しがちな性格らしい。
いや。メスガキその1のほうが、ただ単に、ずうずうしいだけなのかも?
生まれてこのかたずっと一人でやってきたジークには、ガキが一般的にどういうものなのか、まるで知識がない。
1のほうは、たしかテレサとかいっていた。2のほうの名前はさっきから何度も連呼されている。ジェニーというのか。名前なんて憶えてみたところで、どんな意味があるとも思えないが、いちおう自分は影武者とかいう立場だ。元のそいつなら、当然、知っていたはずだ。自分からバラすならともかく、見抜かれることでバレてしまうのも、なんだか悔しい。
――なので、特別に名前を呼んでやることにした。
「おい、ジェニー。くるのか、こないのか。はっきりしろ。こないならあっち行け。俺はガキの相手をしているほど暇じゃない」
「ヒマなくせにー。わたしがまたやって来て、よかったー、って、カオしてるよ?」
「してない」
憮然と、そう言った。絶対にそんなことはない。
暇かどうかといえば、まあ暇だが。セックスをするつもりもない女と、口をきいているぐらい暇ではあったが。
「ほら、ジェニー。おいで、ジェニー」
テレサが呼ぶが、相方の頭は、その先端以外、なかなかハッチの縁を抜けてこない。
「ほら。あんたも言ってあげてよー。コワくないって。オコってないって」
「なんで俺が」
「いいから」
なぜ女という生物は、こうもあつかましいのか。あのアニーという女もそうだし。このテレサというメスガキもそうだし。
「おい、ジェニー。隠れてないで、顔を出せ。――命令だ」
あくまでも優しく、可能な限り気を遣って――ジークはそう言った。
「それぜんぜんやさしくないよ」
「わざわざ命令してやったんだぞ? 名前まで呼んでやったんだぞ?」
「すっごい、俺様ーっ」
おい……。これ以上、どうしろと?
「……あれ? ジェニー?」
目を向ければ、小さな頭が、ぴょこっとのぞいていた。
「ジェニー、いいの?」
「……命令だから」
「はっはっは」
ジークは笑い出した。ぜんぜん言うことを聞きゃしないテレサとかいうメスガキよりも、こっちのメスガキのほうが、かわいげがあった。
「おい。ジェニー。こっちに来い。命令だ。――かわいがってやる」
いかにも細っこい体のその小娘は、びくんと電撃にでも打たれたかのように、身を縮こまらせた。
それでも、ぎくしゃくと動いて、ジークの前まではやってきた。
だが、そこで突っ立ったままでいる。
「なにしてる」
手を伸ばして、細い手首を握りこむ。
ちょっと力を加えたら、へし折ってしまいかねない、その細さに一瞬ビビってしまったことなど――、絶対に悟られてはならないので、ぐいと、わざと手荒に引っぱった。膝の上にしっかりと抱えこむ。
そうして、しっかりとホールドしたあと――。女として扱ってやろうか、それともやはり子供として扱うか、肉体の手応えから、ちょっと考えていた時――。
――ん? おや?
ジークはちょっとしたことに気がついた。――まあ、些細なことだったが。
「あー、ずるーい!」
テレサが騒いでいる。
「おまえもさっき抱いてやったろうが」
いや。抱いてはいないか。抱いてやりはしたが。〝抱く〟というのは、通常、セックスのことであり――ああ、だからお子様相手は調子が狂う。
「ねえ。ほら。言った通りだったでしょ? 座り心地。ぜんぜん違うよね?」
テレサはジェニーに言う。
座り心地の話だったのか。
「ねえ。どう? おなじ? ちがう? ――どっち?」
膝のうえで身を固くしているメスガキは、相方の問いに答えるように、ふるふると、顎の先端を左右に震わせた。
「え? おなじ? おなじだけど。ちがう? ――うーん。やっぱ。そうなんだよねー」
さっきと同じことを言っている。メスガキ二匹で、意気投合している。
「――ということで、あんた、誰?」
びしっと指先を鼻面に突きつけられた。
あーもー、面倒くせえ。セックスに持ちこんで、うやむやにしてしまおうか。
鼻先に突きつけられた指先に、ぱくんと食いついてやった。
「ひゃっ!」
れろれろと指の股までを舐め回す。自慢ではないが、指を舐めるだけでイカせるくらいのことはできる。
「やっ――ちょっ! ヘンタイ! 舐めない――! だめってばァ――!?」
メスガキその1は、膝頭をがくがくと震わせている。本当に嫌だったら手を引けばいいのに、指先を与えたまま。
立っていられなくなるのも、もう時間の問題だな。
数秒以内。
これまで何千人を虜にしてきた女泣かせの経験値的に、それがわかる。
――と、その時。
「ちょっと! あんたたち! なにしてるの!」
大きな声がした。アニーの声だった。
「あッ! ――やばッ!!」
テレサが手を引く。惜しい。あともうほんの数秒で俺のモノになったのだが。
「じゃーねー!」
ぴゅーっと、アニーの脇をすり抜けて、ハッチから落ちてゆく。
アニーは無重力状態だと神懸かった動きをするが、有重力下だと、それに比べてどんくさい。すばしっこいメスガキその1を捕まえそこねた。
メスガキその2は、膝から、ぴょんと飛び降りたあとで――。ぺこりと、一回、大きくお辞儀をした。そしてやはりアニーの脇を駆け抜けてゆく。
こんどのメスガキは、捕まえようと思えば出来たはずなのに――アニーは、すれ違いざまにお尻を一発叩いただけで、わざと見逃してやっていた。
「もう。あいつら。立ち入り禁止だって言ってんのに……」
開いていたハッチをロックしてから、アニーはジークのもとへやって来た。
「子供に人気ね」
揶揄するように、そう言う。
「さあ……。どうなんだろうな?」
両手を左右に広げて、「わからない」という顔を作った。
ガキとして扱うか、女として扱うか――言い換えれば、あやして返すか、よがり狂わせてやるか、決めかねていたという意味が――、まず一つ。
もう一つは――。
メスガキその2。ジェニーといったか。
あれが「人」であるかどうか、いまひとつ、わからない。
抱いてみればわかったろうが、もう手のなかから、逃げていってしまった。
「なぁ?」
「あによ?」
「ヤらないか?」
ズボンの前を突きあげる股間を見せつけて、そう言った。
「一人でマスでもかいてな」
「ははっ――!」
予想通りの答えが返ってきて、ジークは、膝を叩いて、愉快に笑った。