慣熟航行
「主機関内圧六十パーセント。臨界まで三五秒――」
「レーダー。正常」
「慣性航法装置。問題なし」
ブリッジの各所から報告があがる。いちばん高い場所にある〝副長席〟に座った男は、音楽を聴くかのように、次々上がる報告に耳を傾けていたが――。
「おい――。操縦系の一番大事な部品が、来ていないようだが?」
その声にセーラが眉をひそめる。
「なにやっているのかしら。アニーさん。――まったくもう」
「仕方ない。おいセーラ。――おまえが操縦しろ」
男は、ひとつ下の〝船長席〟に座る少女の――金髪のてっぺんに声を投げた。
「え? わたくしが?」
「できないのか?」
「いえ……、できますけど」
万能なセーラは、すべてのポジションを交代することができる。だが正直いって、力量は正規要員の七割程度――。特に〝操船〟に関しては、あの異能持ちの五割に届くか怪しいところで――。
「ビビるな。なにも戦闘をやろうっていうんじゃない。船の性能チェックをするだけだ」
「ビ――ビビってなんか! おりませんわ!」
挑発を真に受けたセーラが、パイロットシートに移動する。
体格の割に大きなお尻を、本来の操縦者の小さなシートに、ぎゅうぎゅう押しこもうとしていると――。
「わっるーい! おそくなったー!」
正規のパイロットが駆けこんできた。
元気なお尻に押し出されて、ワンバウンドして、セーラは自分の船長席へと戻った。
「ねえちょっと――急に発進って、どういうことよ?」
アニーが言う。非番のときに呼び出されたわけで、これでも相当、急いで来た。
「船の性能テストだ」
「アニーさん。副長の言う通りですわ。発進の準備をお願いしますわ」
事情を知るもの同士――〝秘密〟を共有するもの同士。密やかな〝笑み〟に意味を込めてみせる。
「――さんは、やめてよ」
「はい?」
「だから……、もう、〝さん〟だとか、他人行儀なの――やめてって、言ってんの」
「え、ええと……。ア、アニー?」
「そう。こんど。〝さん〟とか付けたら、ぶっ飛ばすかんね?」
「は、はい……、わかりましたわ。き、きもに命じておきますわ……」
セーラはドキドキしながら、そう言い返した。
やった。呼び捨てになれた。なんて友達っぽい。
「発進まだか?」
男が言う。アニーは聞き返す。
「だからなんで飛ばすんだってば? ――ちゃんと戻ってくるのよね?」
〝戻ってくるのよね〟のところに力を込めて、アニーは聞いた。現在、|《にょろQ》が動けないでいるのは、乗組員の一名が戻ってきていないからだった。置いていくわけにはいかない。
「修理した部分があるからな。そこを確認する。実際に飛ばさないことには、わからん」
「そんなことしなくていいから。座ってなさいよ」
アニーは言った。もーほんとに余計なコトしないでいて欲しい。ただ座っているだけで、船内がしゃんとする効果のほうは、文句のないレベルで発揮されているのだが……。
はじめから事情を知っているセーラやら、アニーたちSSSの面々はともかくとして――。他の面々は――ブリッジクルーでさえ、養成校組は、けっこう気付いていないっぽい。
「俺の船だ。俺の好きにする」
「あたしの船よ! 名前書いたもんね! |《にょろQ》って!!」
「わたくしの船ですわ! 《クイーン・オブ・ローズ》号ですわ!!」
「ま……、まあ、誰の船でもいいが。とにかく性能テストを――」
そのあたりのやりとりのところで、ぷっ、くすくす――と、ブリッジクルーの間から、笑いが起こる。
男は――ジークの替え玉は、ぎろりと、にらんだ。笑いが止まる。誰が笑っていたのかは、結局、わからない。たぶんアマリリスとかマギー近辺。
ほら。意外と。バレてない。
「……んんっ! とにかく、発進準備だ!」
「アイアイ。――発進準備」
アニーは操縦桿を握った。