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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP2「パンドラの乙女」  第一章 新入社員
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港湾事務所

 翌日、ジークが港湾局の建物に顔を出したのは、正午を大きく回ってからのことだった。

 悔し涙に枕を濡らし、たっぷり昼過ぎまでふて寝を決めこんでいたのだ。


 ひどく硬い表情で、入口のドアをくぐってゆく。


 以前から考えていたことではあったが、今日こそ、その決心がついた。新しい社員を雇うのだ。しかもその社員は、|絶対に男でなければならない《、、、、、、、、、、、、、》。


 広いホールには、かなりの数の人々が行き来していた。

 《サラマンドラ》が現在停泊しているここメイダス・ステーションは、この東銀河では比較的大きな交易点となっている。


 港湾局の職業センターの窓口をあたれば、流れ者の船乗りのひとりやふたり、すぐに見つかることだろう。


 できれば腕のいいメカニックが欲しいところだが、このさい贅沢を言うつもりはなかった。

 宇宙の男でありさえすれば、それ以外のことには目をつぶるつもりだ。


「あら、きのうのボク」


 窓口を探してホールをうろついていたジークは、呼びとめる声に振り返った。


 一瞬、誰だかわからなかった。

 髪を下ろして局の制服を着込んだ彼女は、きのうとはまるで印象が違っていた。オレンジ色のジャンプスーツにかわって、タイトミニのスカートから健康的な脚が伸びだしている。どんな魔法を使ったものか、よく見るとそばかすまで消えているではないか。


「ボクじゃない。ジークって名前がある」


 一語一語、気を遣いながら発音した。昨日とおなじ過ちを繰りかえすのはごめんだ。


「えらいえらい。きょうはちゃんと言えたね」

「ぐっ……」


 ジークは奥歯を噛みしめた。

 すっかり子供あつかいだ。人間関係は最初が肝心ということだろう。そういえばアニーやカンナたちを雇ったときも、最初からつまずいていたような気もする。


「ところで、きょうはなんの用で来たのかなー?」

「職業センターって、どこだよ?」


 憮然とした声でジークが尋ねると、女の子は目を丸くした。


「あら、転職したいの?」

「だっ……、だからオレは社長だって! 従業員を探しにきたに決まってるだろ!」

「はいはい、知ってるって。きのう免許証みたものね。ジークフリード・フォン・ブラウン君、16歳。『SSS』の社長さん――だったよね」


「あんまり馬鹿にするなよ……こう見えたって、海賊とやり合ったことだってあるんだからな」

「はいはい、職業センターだったわね。旧棟の2階で調停課といっしょの……いいわ、連れてってあげる。お姉さんについてらっしゃい」


 本気にしていないのか、女の子は軽くいなすと先に立って歩きはじめた。


「ふぅん、意外と親切なんだな」

「バカね。案内することにしちゃえば、公然とサボれるからに決まってるじゃない」

「は、はぁ……」


    ◇


 女の子に先導されて階段をあがってゆくと、空調のフィルターが詰まったような、かび臭い空気の漂うフロアに出た。


 近代的な新庁舎のほうと比べると、同じ部署であることを疑うほどボロくさい建物だった。

 埃状の錆を吹いた年代物の建材が、何十年か前に仮組みされたままの姿をさらしている。


 女の子は『職業センター』と書かれた窓口の前で足を止めると、奥に向かって大声を張りあげた。


「すいませぇ~ん! 求人希望の人を、案内してきたんですけどぉ♡」


 頭のてっぺんあたり飛びだしてくるような、よそ行きの声が飛びだしてくる。

 奥のデスクにいた初老の係員が、手元の書類から顔をあげる。係員は老眼鏡をはずすと、穏やかな笑みをその顔に浮かべた。


「おや、リズじゃないか。いつ見てもきれいだね」

「いゃぁだっ、もおっ! クランさんたらぁ!」


 これでまた、女性不信になる材料がひとつ増えた。

 ジークはふたりのあいだに割りこむようにして用件を切り出した。急いでいるわけではないが、この調子で世間話でも始められてはたまらない。


「メカニック登録してる男はいないかな。できればM級の跳躍機関(ジャンプ・ドライブ)を扱った経験があるといいんだけど……」

「ほう、メガドライブとね?」


 眼鏡の奥で、老係員は目を光らせた。


「ああ、どうも調子がわるくてね。プラント回りに強いやつだと助かる」

「古い船かい?」

「大戦期のやつだよ」

「そいつはすごい。ならプラズマ・チャージャーも扱えないといかんね。ちょいと待ってくれ、そういえばいい奴がいたかな。たしか、このあたりに……」


 立てかけてあったキーボードを引き寄せると、係員はいくつかのコマンドを打ちこんでいった。

 こちらからは見えないが、彼のかけている老眼鏡の内側には情報が表示されているのだろう。


 結果が出るのを待つあいだに、女の子がジークの耳元に口を寄せてきた。


「ちょ…、ちょっとちょっと。いきなりどうしちゃったのよ?」

「なにが?」

「だってだって、まるでベテランの船長みたいな……」

「ベテランだよ。生まれてこのかた16年、ずっと宇宙にいたものな。船長になったのは、つい半年前だけど」


 相手が男でありさえすれば、ジークはいくらでもしたたかになれるのだ。


「それにM級のドライブって……、《ヒーロー》とかが乗る船についているアレでしょ? キロドライブの1000倍の性能があって、何光年もひとっ飛びっていう……」

「千と24倍、15光年だよ」


 ジークは得意げに答えた。《ヒーロー》という言葉にはぎくりとしたものの、自分の船を誉められて悪い気はしない。


「いいかね――? ぴったりの人材が見つかったよ」

「ああ、いいとも」

「ええと……、シルヴィア・ローエングラム。もとタラント王立宇宙軍の技術少尉で――」

「だめだ。他はいないか?」


 有無をいわせぬ口調で、ジークは遮った。


「まだ名前しか言ってないがね?」

「その名前、女だろ? 最初に言ったじゃないか。男の(、、)メカニックはいないかって。他にはいないのかい?」

「何故だね? 誓って言うが、腕は確かだぞ。条件も合う」


 気分を害したのか、係員の声が低くなる。

 ふたりのあいだに割り込むようにして、女の子が言う。


「ほらほらっ! この人の会社っていま女性社員ばっかりだからぁ、気の合う男性社員がほしいそうなんですよ! ねっ、ブラウンさん?」

「ブ…、ブラウンさんぅ?」

「あ、そうそう。まだ名前も言ってなかったよね。わたしエリザベス。よかったらリズって呼んで」


「……」


 彼女の豹変ぶりに、ジークは呆れて物も言えなくなった。


「まあそういうことなら、もうすこし探してみるがね。ええと……。ライナ・ミルギンスキー、ドナ・モルガン……、ジェラルディン、カルメン、シーラ、リタ……」

「女の名前ばかりだなぁ……。男はいないのかい、宇宙の男は?」

「メカニックの登録をしているのは、みんな女ばかりのようだね。おかしいな、きのうはたしかに――」


「べつに機械を扱えなくてもいいよ。男だったら、もう、どんなのでもさ」


 ジークが投げやりな声で、そう言ったとき――。


「はなしてよぉ!」


 少年の叫び声が聞こえた。

 見ると、筋骨たくましい中年男が、抵抗する男の子を力ずくで引きずってくるところだった。引きずられているのは、まだ12、3歳の線の細い少年だ。


「じゃまするよ! 仲裁課ってのは、こちらでいいのかい!?」

「調停課だがね……。そう、ここでいいのさ」


 押しの強そうな中年男だった。ジークは宇宙商人とみた。それも普通の者が行かない星系に好んで出向き、法外な値段で暴利をむさぼる悪徳商人だ。


「はなしてよぉ! ぼくがなにしたっていうんだよぉ」


 腕を掴まれたまま、少年が叫ぶ。


「なにいいやがる、この密航者が!」


 男は太い腕を振りあげた。

 ごちんという鈍い音が響き、リズとジークはそろって首をすくめた。


「痛そ……」

「おいおい、密航者だって?」

「ああそうさ! パンドラからの帰りに、どうも食いもんの減りが早いと思って調べてみりゃあ、こいつが船倉に隠れてやがったのさ」


「密航者だなんてひどいよ。ちょっと乗せてもらっただけだよ」

「それを密航っていうんだろうが!」


 男がふたたび腕を振りあげる。

 叩かれる前の猫のように、少年がぎゅっと目をつぶる。

 見かねたジークは、ふたりのあいだに割って入った。振り下ろされる寸前の腕を押さえこむ。


「そんなに殴るなよ。かわいそうだろ」

「なんだおまえは? 関係ねえやつは、ひっこんでやがれ! こいつのおかげで、いったいいくら損をしたと――痛てッ!」


 男の手首を軽くひねる。それだけで男は喚くのをやめた。


「まあまあ……。そんなに喚いてないで、話し合おうや。――損をしたって言うけど、どういうことだい?」


 関節に加えていた力をすこし緩めると、男は口を開いた。


「き、決まってるだろ。こいつが乗ってたおかげで、食いもんに酸素に水に電力に――」


 ふたたび力を入れて、ジークは男を黙らせた。どうやらとびきりの強欲商人らしい。


「わかった。じゃあこうしよう。あんたの出した損害分はオレが立て替える。だからあの子は自由にしてやれ。10クレジットもあれば足りるだろ?」

「冗談じゃない! 100クレジットは貰わんと割に合わん!」

「15――」

「50だ!」


 しばらく交渉を行った結果、商人は25クレジットで納得した。

 来たときの剣幕などすっかり忘れて、揚々と引きあげてゆく。あとには少年だけが残された。


 商人の後ろ姿を「あかんべ」をして見送り、少年は輝くような笑顔でジークに礼を言った。


「ありがと! お兄さん! ぼくリムルっていうんだ。お兄さんは?」

「この人はブラウンさんっていうのよ。こう見えて社長さんなんだから」

「ありがとう、ブラウンさん!」


「でもあなたって、すごいのね。25クレジットっていったら、わたしの1ヶ月のお給料分とおんなじ。それをぽーんとキャッシュで出しちゃうんだもの。しかも見ず知らずの男の子に――」


 なぜか潤んだ瞳を、リズが向けてくる。


「い、いやぁ……」


 照れ隠しに笑ってはみたものの、すこしばかり後悔していた。

 雇い入れた相手に渡すつもりの手付け金を、ほとんど使ってしまったことになる。


 まあ、過ぎたことを悔やんでもしかたがない。ジークはため息をつきたい気分をこらえて、傍らに立つ少年に優しい顔を向けた。


「ええと――リムルだっけ? もう自由だから、どこでも好きなところに行っていいよ」

「そんなわけにいかないよ。だって立て替えてもらったお金、返してないもん。人に借りたものは、きちんと返さなきゃいけないんだよ。知らない?」


 リムルは得意げに胸を張った。


「勘違いしてるぜ。あれは貸したんじゃなくて、あげたんだ【あげたんだ:傍点】」


 どういう事情で密航したのかは知らないが、関りあいになりたくない――それがジークの本音だった。

 さいわいにも、この交易ステーションは、どこの国家にも属していない中立地帯だ。滞在するにも労働にも、特別なビザは必要ない。


 リムルはそうしたあいだにも、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回していた。『職業センター』という表示を発見して声をあげる。


「ねぇ、おじさん! ここ『職業センター』っていうの? もしかしてお仕事くれるとこ!?」


「ああ、その通りだがね……」


 いかにも迷惑そうな顔で、係員はしぶしぶ肯定する。

 ジークは自分が解放されたい一心で、横から口をはさんだ。


「オレからも頼むよ。なにか見つけてやってくれ。皿洗いとか床のモップがけとか、なにかあるだろ?」

「あのね、あのね! ぼく海賊さんたちと出会えるような、素敵なお仕事がいいな!」


「海賊だって? おいおい、なにを言いだすんだ」

「カッコいいよねー! 海賊さんって! ブラウンさんもそう思う?」

「人の話を聞けっ!」


「なに?」


 リムルはきょとんとした顔をジークに向けた。

 さきほどから黙っていたリズが、小首をかしげながらジークに言う。


「ねえねえ、ブラウンさん――」

「ジークでいいって」

「じゃあ、ジークさん。この子、パンドラから密航してきたのよね。だったらおかしくない?」

「なにが?」


 聞いてから、ジークはパンドラという星について、自分が何も知らないことに気づいた。


「どんなところなんだ? パンドラって?」

「ここから10光年くらいのところなんだけど……。呪われた惑星っていわれてて、とにかく女ばかりの惑星ほしなのよ」

「女ばかりの惑星ほしだって?」


 なるほど――そいつは確かに呪われている。

 ジークは小犬のようになついてくるリムルに顔を向けた。


「つまり――あれだな? 君は女ばかりの惑星ほしが嫌で、逃げだしてきたんだな?」

「えっ?」


 きょとんとするリムルの肩を、ジークはがっしりとつかんだ。


「わかる、わかるぞ! ようっくわかる! そりゃそうだよ。そんなところに男ひとりでいたんじゃ、逃げだしたくもなるよな! うんうん」

「いえ、あのね……、わたしの言いたいのは、そうじゃなくて――」


 リズの言葉も、ジークの耳には入らない。


「よし、わかった! 君の仕事が見つかるように、オレが責任をもって手伝ってやる。まかせろ!」

「ありがとう! ジークって優しいんだね!」


 リムルはジークに飛びついて、顔をこすりつけてきた。


「水くさいこというなよ。男同士だろ?」


 リムルの肩を抱いたまま、ジークは係員に顔を向けた。


「なぁ? この子が働けそうな場所、なんとか見つけてやれないかな?」

「そうまで言うなら、ひとつだけ心当たりがないこともないがね」


 もったいをつける係員に、ジークは聞いた。


「へえ――どんなところだい?」


 係員の眼鏡が、照明を受けてきらりと輝く。


「さっき、男ならどんなのでもいいとか言っとったが……、こんなの(、、、、)でもいいかね?」

トラブルメーカーが仲間になりました。

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