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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP10~12「鏡像宇宙の英雄達」 第四章
319/333

女ふたりの捕獲作戦

 半分個室になってる感じのボックス席に、三人で座る。


 こっち側には女で二人。並んで座る。向こう側には、彼が一人で座る。


 アニーは席につくなり、ばしばしと、慣れた様子で料理と飲み物を注文していた。


 ためらうことなく、昼間っから酒を注文。男も緑色のしゅわしゅわ言ってるあれは、たぶんなにかのカクテルだろう。まさか見た目通りの緑の安っぽいソーダ水のはずはあるまい。セーラはアルコールは苦手なので、ソフトドリンクを頼んでいた。


 東洋茶のグラスを両手で持って、ちびちびと飲みながら――セーラは、グラスの縁越しに、向かいに座る男を見ていた。


 アニーがやってきて、店に連行されてからというもの、男は、始終、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。


「その顔、疲れない?」

「ほっとけ」


 アニーが言う。男が言う。軽口の叩きあいは、まるで、彼女と彼のいつものやりとりの再現だ。


 セーラは不思議な顔で、二人を見つめた。


「このあいだは、さんざん、飲むだけ飲んで、帰りやがって……」

「なに? 不満? あたしとこのあいだヤリそこなったから、セーラに手を出そうとしてたわけ? あんたって、そんなに女に困ってんの?」


 アニーの言葉が、ぐさっ、ぐさっと、男に突き刺さっているのがわかる。


 男はしばらく無言でいたが……。やがて、くっく――と、喉の奥で笑いをたてた。


「おまえはほんとに面白い女だな。俺にそんな口を聞く女は、宇宙広しといえども、そうそういないぞ。


「何様のつもりなんだかー」


 アニーはそう言うと、火を着ければ燃えあがってしまいそうなアルコール濃度の酒を、ごくごくと水のように飲み干した。


「わ、わたくしだって。そ、そのくらい、言えますし――いつも言ってますし」

「言ったんさい。言ったんさい」

「あなたは――いつも強引なんです」

「そうか。強引か。いつもか」


 男は笑って、緑色の液体を飲んでいる。


「強情なんです。あと常識知らずです。規格外すぎます。それから、あとは――、マイペースすぎます」


 半分――いや、三分の二くらいは、この男にではなく、あの男への文句。


「そうか。大変だな」


 だが男は愉快そうに笑っている。


「あと、お礼の一つぐらい言わせなさい。――本日は、助かりましたわ」


 セーラは大仰な言いまわしで、そう言った。男は、なにかしたか? ――という顔をする。


 向こうにはわからないだろう。セーラが〝彼〟の顔を求めて街をさまよい歩いていたとき、ばっちりのタイミングで現れてくれた。まるで白馬に乗った王子様が、姫君の危機に駆けつけるかのように――。


 そして自分のちっぽけな悩みを、どこかに吹き飛ばしてしまったのが、この男だった。


 器に余る重責も、喧嘩を止められなかったことに対する敗北感も、不思議に思えるほど、消え去っていた。


「こいつ。可愛いな。どうだ? ――俺は三人でも一向に構わんが?」

「ばーか」


 そう言う男の顔に、アニーが合成チェリーの種を投げつける。


「か、かわいい……とかっ!? なに言ってるんですの!?」


 やっぱりこの男は〝彼〟とは違う。〝彼〟がこんなことを言うはずがない。顔を真っ赤にさせてうつむきながら、セーラはそう思った。


「ねえ。セーラ? ……いまの〝三人〟ってところ、意味、わかってる?」


 アニーが口を寄せて言ってくる。


「いま三人なんじゃありません?」


 セーラは首を傾げて、そう言った。


「やっぱりあんた……。カワイイわ」

「な……!? なに、ばかなこと言ってるんですの!!」


 アニーとは最近、色々あって、ずいぶんと親しくなっている。心を開いて、誰にも言わないような秘密まで言いあうような仲だ。もはや〝親友〟と呼んでも、過言ではないかもしれない。


(だけど……、本当に似ていますわよね)

(うんうん。あたしも最初は間違えたわよ)

(でも……、ぜんぜん、違いますわよね)

(そうね。童貞臭くないっていうか)

(ど――童!? いえ! そういうことを言っているのではなく――!)

(そういう意味でしょ。口説き慣れているっていうか。変なところで気が利くっていうか。強引なときと優しいときと、絶妙っていうか)

(え。ええまあ……。たしかに……)


 さっきのやりとりを思い出して、セーラは赤くなった。


「なんだ。俺には内緒の話か。おまえら二人。そういう仲か。ふむ。おまえたち二人の絡みを見ているだけというのも、それはそれで、愉しそうだ」

「ばーか。おっさん臭いのよ」


 鼻に皺を寄せてアニーが言う。


 なんの話だろう、と、セーラは思った。


「ああ。セーラは、わかんなくてもいい話」


 どうやら、わからなくて、よい話らしい。


「ところで、あんたさ? マツシバの姫のこと、知りたがっていたわよね?」

「まあな」

「いま、うちのもんがマツシバのところに入りこんでんの。帰ってくれば、あんたの欲しがる情報、持って帰ってくるかもよ?」


 アニーがそんな話を切り出した。


 男は興味を持ったようだ。緑色の飲み物――どうもソーダ水に見えてならないのだが――に、口を付けてから、おもむろに、言う。


「……なにが望みだ?」

(ちょお~っと、お願いがあるんだけどぉ~)

(ちょっとちょっと――いったいなんの話ですの?)


 セーラはアニーの耳元でそう言った。真意が読めない。なにかを取引しようとしているらしいのだが……?

 だがアニーは「まかせといて」とウィンクを返してくるばかり。


「あんたどうせ。することなくて暇してんでしょ?」

「そう見えるか?」

「行くところもないと見た」

「ふむ……。まあ。当たっていると言えなくもないな」

「じゃ……、じゃあ――」


 セーラは、身を乗り出した。


 行くところがないというなら――。それだったら――。


「うちに来るというのは、どうでしょうか!?」


 セーラは言った。名案だと思った。


「あ。それ。言っちゃう? 言っちゃう? あたしが言おうと思ってたのにー」

「え?」


 驚いて、アニーを見やる。


「つまり。影武者なわけよ。あれが居なくて、うちって、いま浮わついているわけじゃん? こいつに、船長席……じゃなかった。副長席に、座っていてもらえるだけで、皆だって、しゃんとするじゃん」

「なるほど!」


 セーラは両手を合わせてそう言った。それは名案。


「おい。なんだそれは? なんの話だ?」

「座っているだけの、誰にでもできる簡単なお仕事▽」

「俺は労働とかいうものを、したことがないんだが」

「うっわぁ。こいつ。だめなやつだ」

「……」


 アニーが言うと、男は、傷ついたような顔になった。ちょっとカワイイ。


「……座っているだけでいいのか?」


 男は渋々といった感じで、そう口にした。あれ? 譲歩してきている? だったら――。


「やめておいたほうが、いいんじゃありません?」


 セーラはアニーにそう言った。さらに言葉を続ける。


「――きっと無理ですわよ。務まりっこありませんわーっ」


 本当は、セーラは男に来て欲しかった。だから言った。――逆のことを。


 どういう仕組みでそうなるのかは知らないのだが、セーラは経験的に、殿方を挑発する方法というものを熟知していた。養成校の女帝時代に、多くの教官を葬り――げふんげふん、自主的かつ自分の意思によって〝辞めさせた〟。


 男は、しばらくうつむいていたが……。


 やがて喉の奥底から、声をもらした。


「ふっ……、ふっふっふ……」


 男は静かに笑っている。


 アニーと二人で、男の様子を見守った。


「ふ……。いいだろう。できるかできないか。試してみればわかることだ」


 男は――そう言った。


 ちょろい。


「セーラ。あんたって、すごいわね……?」


 アニーがそう言って、目を丸くしていた。


 こうしてセーラたちは、代理の〝替え玉副長〟を手に入れた。

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