女ふたりの捕獲作戦
半分個室になってる感じのボックス席に、三人で座る。
こっち側には女で二人。並んで座る。向こう側には、彼が一人で座る。
アニーは席につくなり、ばしばしと、慣れた様子で料理と飲み物を注文していた。
ためらうことなく、昼間っから酒を注文。男も緑色のしゅわしゅわ言ってるあれは、たぶんなにかのカクテルだろう。まさか見た目通りの緑の安っぽいソーダ水のはずはあるまい。セーラはアルコールは苦手なので、ソフトドリンクを頼んでいた。
東洋茶のグラスを両手で持って、ちびちびと飲みながら――セーラは、グラスの縁越しに、向かいに座る男を見ていた。
アニーがやってきて、店に連行されてからというもの、男は、始終、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「その顔、疲れない?」
「ほっとけ」
アニーが言う。男が言う。軽口の叩きあいは、まるで、彼女と彼のいつものやりとりの再現だ。
セーラは不思議な顔で、二人を見つめた。
「このあいだは、さんざん、飲むだけ飲んで、帰りやがって……」
「なに? 不満? あたしとこのあいだヤリそこなったから、セーラに手を出そうとしてたわけ? あんたって、そんなに女に困ってんの?」
アニーの言葉が、ぐさっ、ぐさっと、男に突き刺さっているのがわかる。
男はしばらく無言でいたが……。やがて、くっく――と、喉の奥で笑いをたてた。
「おまえはほんとに面白い女だな。俺にそんな口を聞く女は、宇宙広しといえども、そうそういないぞ。
「何様のつもりなんだかー」
アニーはそう言うと、火を着ければ燃えあがってしまいそうなアルコール濃度の酒を、ごくごくと水のように飲み干した。
「わ、わたくしだって。そ、そのくらい、言えますし――いつも言ってますし」
「言ったんさい。言ったんさい」
「あなたは――いつも強引なんです」
「そうか。強引か。いつもか」
男は笑って、緑色の液体を飲んでいる。
「強情なんです。あと常識知らずです。規格外すぎます。それから、あとは――、マイペースすぎます」
半分――いや、三分の二くらいは、この男にではなく、あの男への文句。
「そうか。大変だな」
だが男は愉快そうに笑っている。
「あと、お礼の一つぐらい言わせなさい。――本日は、助かりましたわ」
セーラは大仰な言いまわしで、そう言った。男は、なにかしたか? ――という顔をする。
向こうにはわからないだろう。セーラが〝彼〟の顔を求めて街をさまよい歩いていたとき、ばっちりのタイミングで現れてくれた。まるで白馬に乗った王子様が、姫君の危機に駆けつけるかのように――。
そして自分のちっぽけな悩みを、どこかに吹き飛ばしてしまったのが、この男だった。
器に余る重責も、喧嘩を止められなかったことに対する敗北感も、不思議に思えるほど、消え去っていた。
「こいつ。可愛いな。どうだ? ――俺は三人でも一向に構わんが?」
「ばーか」
そう言う男の顔に、アニーが合成チェリーの種を投げつける。
「か、かわいい……とかっ!? なに言ってるんですの!?」
やっぱりこの男は〝彼〟とは違う。〝彼〟がこんなことを言うはずがない。顔を真っ赤にさせてうつむきながら、セーラはそう思った。
「ねえ。セーラ? ……いまの〝三人〟ってところ、意味、わかってる?」
アニーが口を寄せて言ってくる。
「いま三人なんじゃありません?」
セーラは首を傾げて、そう言った。
「やっぱりあんた……。カワイイわ」
「な……!? なに、ばかなこと言ってるんですの!!」
アニーとは最近、色々あって、ずいぶんと親しくなっている。心を開いて、誰にも言わないような秘密まで言いあうような仲だ。もはや〝親友〟と呼んでも、過言ではないかもしれない。
(だけど……、本当に似ていますわよね)
(うんうん。あたしも最初は間違えたわよ)
(でも……、ぜんぜん、違いますわよね)
(そうね。童貞臭くないっていうか)
(ど――童!? いえ! そういうことを言っているのではなく――!)
(そういう意味でしょ。口説き慣れているっていうか。変なところで気が利くっていうか。強引なときと優しいときと、絶妙っていうか)
(え。ええまあ……。たしかに……)
さっきのやりとりを思い出して、セーラは赤くなった。
「なんだ。俺には内緒の話か。おまえら二人。そういう仲か。ふむ。おまえたち二人の絡みを見ているだけというのも、それはそれで、愉しそうだ」
「ばーか。おっさん臭いのよ」
鼻に皺を寄せてアニーが言う。
なんの話だろう、と、セーラは思った。
「ああ。セーラは、わかんなくてもいい話」
どうやら、わからなくて、よい話らしい。
「ところで、あんたさ? マツシバの姫のこと、知りたがっていたわよね?」
「まあな」
「いま、うちのもんがマツシバのところに入りこんでんの。帰ってくれば、あんたの欲しがる情報、持って帰ってくるかもよ?」
アニーがそんな話を切り出した。
男は興味を持ったようだ。緑色の飲み物――どうもソーダ水に見えてならないのだが――に、口を付けてから、おもむろに、言う。
「……なにが望みだ?」
(ちょお~っと、お願いがあるんだけどぉ~)
(ちょっとちょっと――いったいなんの話ですの?)
セーラはアニーの耳元でそう言った。真意が読めない。なにかを取引しようとしているらしいのだが……?
だがアニーは「まかせといて」とウィンクを返してくるばかり。
「あんたどうせ。することなくて暇してんでしょ?」
「そう見えるか?」
「行くところもないと見た」
「ふむ……。まあ。当たっていると言えなくもないな」
「じゃ……、じゃあ――」
セーラは、身を乗り出した。
行くところがないというなら――。それだったら――。
「うちに来るというのは、どうでしょうか!?」
セーラは言った。名案だと思った。
「あ。それ。言っちゃう? 言っちゃう? あたしが言おうと思ってたのにー」
「え?」
驚いて、アニーを見やる。
「つまり。影武者なわけよ。あれが居なくて、うちって、いま浮わついているわけじゃん? こいつに、船長席……じゃなかった。副長席に、座っていてもらえるだけで、皆だって、しゃんとするじゃん」
「なるほど!」
セーラは両手を合わせてそう言った。それは名案。
「おい。なんだそれは? なんの話だ?」
「座っているだけの、誰にでもできる簡単なお仕事▽」
「俺は労働とかいうものを、したことがないんだが」
「うっわぁ。こいつ。だめなやつだ」
「……」
アニーが言うと、男は、傷ついたような顔になった。ちょっとカワイイ。
「……座っているだけでいいのか?」
男は渋々といった感じで、そう口にした。あれ? 譲歩してきている? だったら――。
「やめておいたほうが、いいんじゃありません?」
セーラはアニーにそう言った。さらに言葉を続ける。
「――きっと無理ですわよ。務まりっこありませんわーっ」
本当は、セーラは男に来て欲しかった。だから言った。――逆のことを。
どういう仕組みでそうなるのかは知らないのだが、セーラは経験的に、殿方を挑発する方法というものを熟知していた。養成校の女帝時代に、多くの教官を葬り――げふんげふん、自主的かつ自分の意思によって〝辞めさせた〟。
男は、しばらくうつむいていたが……。
やがて喉の奥底から、声をもらした。
「ふっ……、ふっふっふ……」
男は静かに笑っている。
アニーと二人で、男の様子を見守った。
「ふ……。いいだろう。できるかできないか。試してみればわかることだ」
男は――そう言った。
ちょろい。
「セーラ。あんたって、すごいわね……?」
アニーがそう言って、目を丸くしていた。
こうしてセーラたちは、代理の〝替え玉副長〟を手に入れた。