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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP10~12「鏡像宇宙の英雄達」 第四章
318/333

あのひとを探して

 船には、いられなかった。


 だからセーラは、市街区をさまよい歩いていた。


 ふらふらと歩くセーラに目を留める者は、あまり、いない。


 「お姉ちゃん、いくら?」などと声を掛けてきた――ψ人だかΞ人やらがいたようだが、金的を蹴り上げて掌底を叩きこむまでを、すべて全自動で無意識のうちに行って、セーラはそのまま、ふらふらと歩きつづけていた。


 自分にはリーダーの器が足りていない。


 ――その思いがセーラにはある。


 養成校時代であれば、絶対に、否定していたところだろう。実際、能力面において、セーラを上回る者は、教官のなかにおいてさえ少なかった。


 リーダーとしての指揮能力や、人心掌握力においても、人後に落ちないつもりだ。


 ――が。


 ジークフリード・フォンブラウン――という、類いまれな実例を見せつけられてしまうと、自分の平凡さが、嫌というほどわかってしまう。


 彼こそリーダーだ。


 彼には現実を変える力がある。どんな過酷な状況にあっても、彼は決してへこたれず、絶望せず、さらには祈らず――最後には、現実そのものを変えてしまうのだ。彼がいれば、自分たちはなんだってできる。自分たちに襲いかかってくる、ありとあらゆる困難と障害は、それを乗りこえ、成長してゆくための糧でしかなくなる。


 ――そう信じられた。実際。そうだった。


 そのリーダー役を――自分がやらねばならないのだ。


 私なんて。ただの背伸びしている小娘でしかないというのに。


 どうして彼は、いまここにいてくれないのだろう。私を助けてくれないのだろう。


 こんなにも困っている女の子が、ここにいるというのに。


 切ない気持ちに、胸が締め付けられる。


 セーラはその場に立ち止まった。自分の胸を抱きしめるようなかたちで、雑踏のはずれで立ち尽くす。


 ――と。


「え?」


 自分の目が見た光景が、信じられなくて――。セーラは思わず、まばたきを繰り返した。


 彼がいる。ジークがいる。


 ズボンのポケットに手を突っこんで、往来を、なにげなしに歩いてゆくではないか。


「ちょ――!? あなた! そんなところでなにをしているんですの!?」


 思わず叫んでしまっていた。


 悩んでいる乙女をほったらかしにして、なに――ひょいひょいと、そのへんを、ほっつき歩いているのだ。あの男は。


 マツシバの姫のところに連れて行かれたのではなかったのか。


「ちょっと! 貴方! 副長! なにしているんですの!」


 セーラは叫んだ。往来を歩く人の多くが振り返るぐらいの大声で、遠慮なしに叫んだ。


 だが相手は気付いていないようで、すたすたと歩き去ってしまう。


 それをセーラは追いかけた。


「副長! 副長! もう副長ってば! ――ジークフリード! 止まりなさい!」


 名前を省略せず、フルネームで呼んだ。


 そこで相手はようやく立ち止まった。振り返ってくる。


「女……、おまえも、俺と誰かを勘違いしているのか?」

「え?」


 振り向いてきた相手の、顔……ではなくて、雰囲気に、セーラは呑まれた。


 なんていったらよいのか……。


 セーラのよく知る人物とは、まったく、違う人物という感じがした。


 しかし顔はまったくの一緒。


 なぜ別人と思うのだろうか?

 男の顔をじーっと見ていたら、わかった。


 雰囲気だ。


 ぜんぜん雰囲気が違うのだ。――彼とは。うちの副長。ジークフリード・フォンブラウンという少年とは。


 ああ。うんそう。〝少年〟じゃなくて――。いま目の前にいるこの人物は――〝男〟だ。そう呼ぶのが、いちばん、しっくりとくる。


 男の顔を、まじまじと見ていたら――。


「あっちいけ」


 手で、追い払うような仕草をされる。


 カチンときた。


 この私を一体誰だと思って! ――と、一瞬、脳髄が沸騰しかけたものの、男子のケンカも止められないダメ船長だったと、すぐに思いだして――しゅんとなった。


「あのう……、お話を」

「お前も俺のことを、どこかの誰かと間違えているだろ?」

「い、いえ、あの……、最初はたしかに間違えていましたけど。いまは間違えていないっていいますか。あの。できましたら。そのへんの店で、すこしお話ができるといいなと。そう思うのですけど」


 すぐに船に帰るつもりはない。帰りたくもない。他人のそら似だとはわかっているが、親しみのある顔の相手と、すこし話すくらいのことをしても――。


 男は、深々とため息をついた。


「おまえ。俺に気でもあるのか?」

「は?」


 セーラは、ぽかんと口を開けて聞き返した。


「今夜のセックスの相手でも探しているなら、どこか、よそへ行けと言っている。――俺はいまそんな気分じゃない」

「は? は? ハアァ? ――貴方! いいい――いま! なんとおっしゃいました? せ、せ、せ、せ!? ――おセックスっ!?」


 生まれてこのかた、一度も口にしたことのない言葉だった。おもわず素っ頓狂な声で叫んでしまった。


「――私がっ!! こともあろうに、この私がっ!? 貴方を、そんな下品な目的でお誘いしたと?」

「ああ。そのへんの店で酒を飲んで――はい、さようならと別れるつもりでいたんだったら、俺の誤解だったな。すまなかったな。お嬢ちゃん。――これで気は済んだか? 済んだなら、とっとと、あっちに行ってくれ」


 またもや、手で追い払われる仕草。


 セーラはまたもや沸騰しかけた。


 この私を一体誰だと思って! ――ああそうだった。ダメ船長だった。


「だいたい。おまえみたいな体型の女は――好みじゃない」

「は? ハアァァァァァぁぁ――っ!?」


 セーラは目玉がひっくり返るほど、驚き呆れた。


 言うにことかいて――体型!? 本人の一番気にしていることをっ!?

 同年代の少女たちより成長具合がよろしくないことを、セーラは特に気にしていた。


 コロス。もうコロス。ぜったいにコロス。


 やっぱこの男は、彼じゃない。彼もだいぶ無神経でだいぶ鈍くて、だいぶ朴念仁ではあるものの、こんなに失礼ではない。


 コロスつもりで睨みつけてやっていると、男は、はあぁぁぁ、と、深いため息をついた。


「ヤるのか、ヤらないのか、――とっとと決めてくれ」

「だから! なにをですの!?」

「酒と食事とセックスだ」

「そういうことを飲み食いなんかと同列で語らないでくださいまし!」

「同列でないなら――じゃあ、なんになるんだ?」

「そ、そういうのは、もっとロマンティックであったり、運命的なものだったりとかっ――そ、そう! とにかく! 愛がないとなりません! 愛がっ!」


 なぜ自分はこんな往来で恋愛論を力説しているのだろうか。それこそ、どこか店にでも入って――。いいえ! こんな、「飲む」と「食べる」と「いたす」が同列になっているような男と、二人っきりで店など入ったら、飲むと食べると同列なカンジに襲われてしまうに決まっている。


「愛か。くっく……、おまえ、妙なことを言う女だな」


 彼は愉快そうに笑った。すうっと近づいて、セーラのパーソナルスペースの間合いに入ってくる。


「女――おまえ、俺の女になれ。愛なんぞでいいなら、たっぷり、くれてやる――。ここにな」


 男の手が、下腹部に触れてきた。股間を無遠慮に撫で回す。


 セーラは思わず――平手で相手の顔を殴りつけた。


 ――できなかった。殴りにいった手は、男にしっかりと掴まれてしまっていた。


 手首を握られて、建物の壁に押さえこまれる。


 壁と男の間に挟みこまれた。


 そして顔の横に、どん――とばかりに手をつかれる。


 股間というか下腹部に、男の割り入ってきた膝が押しあてられ――。さらに、顎を、くいっと、上向きにさせられた。


「返事は? イエスって言えよ? そうしたら、今夜、抱いてやる」


 絶対。言わない。


 セーラは矜持にかけて、黙っていた。男の言いなりになど、なるつもりはない。


 なんでこんな目に遭っているのか、わけがわからなかった。


 自分はただ、彼によく似た男に、声を掛けただけなのだが――。


「うん? 怪我をしてるのか?」


 顎を掴んでいた男の手が、急に優しくなった。口元と頬を、男の指がなぞってゆく。ついさっき、ラファエルとキースのパンチを顔面で受け止めたところだった。その怪我だ。


「誰に殴られた? ――言え。俺が殺しておいてやる」


 絶対。言えない。別の意味で言えない。


「これでもう痛くはないか?」


 男が言う。優しい声で言う。


 驚いたことに、歯が再生していた。失った奥歯が戻っていた。


「え? えっ? えっ?」


 セーラは驚いていた。男は――、いま、なにをした?

 と、その時――。


「なーに、ナンパしてんだかー?」


 聞き覚えのある声が響いた。


 誰か知っている人の声だ――と、セーラが理解するかしないかといううちに、男は、さっと身を離していた。


 温もりと体温とが、急激に遠ざかる。


「だいじょうぶ?」


 声の相手に顔を覗きこまれていた。相手が誰だかわかった。――アニーだった。


「だ、だいじょうぶですわっ!」


 そう叫びながら、セーラは髪を整えた。服も整えた。


「ほんとにぃ? 壁ドンされて、レイプされる寸前みたいに見えてたけど?」

「ほ、ほんとにっ! だいじょうぶですわっ! なんでもありませんわっ! レ、レイプ――とかっ! そういうのとも違いますから!」

「――あんたも。そーゆーことすんなら、せめて路地裏に連れこみなさいよね。往来でサカるとか、犬猫かっつーの」


 アニーはこんどは男に向けて、そう話しかけている。男のほうは――なんと、バツが悪そうな顔になって、そっぽを向いていた。


「あ、あの……、アニーさん? ……この方とは、お知り合いで?」


 セーラがそう聞くと、アニーは「まあね」とでもいうように、片目をつぶってみせた。


「立ち話もなんだし。――あそこの店にしよ」


 アニーは近くの飲食店を指差した。


 お店に入って、飲食をして……。それは……、まずいのでは!?

 セーラは、ぼんやりと、そんなことを考えていた。

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