SSSの井戸端会議
ブリッジの片隅では、アニーだけでなく、エレナとカンナとジリオラとリムルと――『SSS』の人間ばかりで固まっていた。
遠くから、マギーがうさんくさそうな目を向けている。その目線から隠れるようにして、皆でこそこそとなにかを話しあっている。その秘密の会合に、アリエルも『SSS』の社員として出席することにした。見れば――天井からファイバーが一本下がってきている。
『メモリィちゃんも、いるれすよ』
明るく響き渡る声に、しいっとやって、アニーは暗く秘密っぽく微笑んできた。アリエルは首を抱えこまれて、円陣に引っぱりこまれていった。
「オマエさん、っとに、天然だわナ。触らぬ神に祟りナシっていうだロ。ほっとけほっとけ」
「けどセーラさんに、心配いらないって――」
「あれはね。ジークを心配してるんじゃなくって、自分の心配してんの」
「えっ? ええっ?」
「人の心配できるほど、余裕ないんだってば」
「そうね。まだ愛ではなくて、恋でしかないのね」
「えっ? 愛って? 恋って?」
『アイとは捧げることなのれす。与えるものなのれす。コイとは求めることなのれす。奪うものなのれす。メモリィちゃんはすべてを捧げていて、なんにも求めてないれすから、それは百パーセント純粋なアイなのれす』
「よくわかんないです」
アリエルは言った。データライン直結してくれたら、わかるのに。メモリィの言葉は、いつもどこか変なのだ。
「だーら、ほッとけっての、ほっとけほっとけ」
アニーとエレナとカンナと、よってたかって丸めこまれる。
「はぁ……」
アリエルは納得しないまま、うなずいておいた。
「ところで……。なんの話、してたんですか?」
「セーラじゃ役者が足りてないって、そーゆー話っ」
「役者が……足りない?」
「ジークがブリッジにいないと、しまらないね――って、アンタ、そう思わない?」
「あっ。思います」
アリエルは同意した。それについては、激しく同意だった。
しかし肩越しにセーラを見やると、まだ爪を噛んでいて――。セーラが気の毒に思えてきてしまって、アリエルはフォローを入れることにした。
「でも仕方ないですよう。だって――、ジークさんと比べちゃったら――。だって、ジークさんって、最高の船長さんなんですし」
「は?」
アニーに変な顔を向けられる。アリエルは説明を加えることにした。自分がわからないときには、相手はたいてい説明してくれないものなのだけど、自分のほうは説明をしていこうと、そう思う。
「ですから、ジークさんより、いい船長さんって、宇宙のどこにもいやしませんよね? いくらセーラさんが優秀だからって、それと比べられたら――」
「なに? なんで? だってジークはノビタで。――えっえっ? 最高? なんで?」
不機嫌にも聞こえる声が出てくる。アニーは激しく混乱しているようだった。
「ジークはねっ。カッコいいんだよっ」
『メモリィちゃんもそう思うのれす。らのれ、すべてを捧げているのれす』
リムルとメモリィの援護射撃を受けて、アリエルは自信を持ち直した。
今回は、自分は変なことを言っていない。
「こりャいいや。ノビタが出世したもんだ。言うに事欠いて、銀河最高の船長だッて?」
カンナがそう言う。
これで三対二。アリエルたちの意見はまだ多数派だ。
――と、エレナがこっそり手を挙げていた。
「わたしも……、お兄ちゃん、カッコいいと思うから……」
なぜか、ばつの悪そうな顔で言ってくる。なんでだろ。
エレナの隣では、ジリオラも、こくりと深くうなずいている。
「信頼できる」
これで五対二。圧倒的優勢だ。
「えっえっえっ?」
「あっテメーらこの裏切りモン」
「裏切っていないんだよ。ジークは最初からずっとカッコいいんだよ」
「んだヨ、私ら、少数派かよ」
「あの。……じゃあ、ジークさん、カッコよくて、最高の船長さんだってことで……、いいでしょうか?」
「よかないけど……、まあ、いいんだけど」
「多数決なのかヨ。ま。いいけど」
「しかしセーラのやつもさぁ。あいつに頼りすぎるからいけないのよね。甘えてんのよね。きちんと一人でやれるくせに」
「甘えるのはいけないと思います」
アリエルは断固として、そう言った。
「お兄ちゃんに甘えるのは、それはいいとして――」
「いいんですかっ」
「――船長がぐずぐずになっちゃっているのは、船内の雰囲気にも、たしかによくないわよねぇ……。こんなに浮わついていたら、なにかあったときに困るし。でも花瓶の刑ってどういうのかしら?」
「なんで甘えるほうは、いいのよ?」
「アニーも甘えてみればいいのよ。もっと素直に」
「ば、ばっ――ばっか! 馬鹿そんなの。なんであたしが」
「カンナもね」
「ナッ、ナッ、ナッ――なんで私マデ」
「なんで甘えるのはいいんですか? どうやって甘えたらいいんですか」
「うるさい。黙りやがれ」
「コロスぞ」
アニーとカンナと、二人して怖い顔して言ってくるので、アリエルはぶるぶると首を振って縮こまった。
「ど……、どーせ船も動いてねーから、どーでもいいんだけどサ。ミロ、ほれ、尻叩きできるヤツがいねーもんだから、テレサのやつなんか、図にノリやがって」
ブリッジの反対側から聞き耳を立てているテレサは、隙あらば、こちらにやってこようとしていた。
「あんたもマリリンの手綱、しっかり引いときなさいよね。あの子ってば、最近、船の中で自分が二番目だって、絶対そう思ってるから」
「アタマの良さじゃ、その通りだろうサ。――ま。私がいるから、船のナカでも、宇宙のナカでも、二番目以下が、永久決定だがナ」
「あの。セーラさんの精神安定の件なんですけど……」
アリエルは手を挙げて、皆の視線を引き寄せた。ずっと考えていたことを、いま、発表する。
「あの。私、思ったんですけど……。副長席に、ジークさんのぬいぐるみでも置いておいたら、どうでしょうか? セーラさんの膝の上に置いたほうが、もっといいかと思うんですけど」
「アホ。却下」
「でもでも。私、それで、すこし……、だいぶ、落ち着きましたけど。前、惑星連合に置き去りに――いえ、出向になってたとき」
「うわっ。マジ? 痛っ」
「そりゃ! アニーさんは――! ……ずっとジークさんと一緒でしたけど。私は……、ずっと、ひとりだったんですよ?」
言っているあいだに、どんどん恥ずかしくなってきて、アリエルは黙った。
「あ、あたしだって……、あいつと、離れてたことくらい……、あるわよ。一ヶ月……だけど」
「一ヶ月だけじゃないですかあ――私なんて二ヶ月もっ」
「あたしのときは今生の別れかと思ったの! あんたなんか、ただの置き去りってだけじゃない」
「置き去り……だったんですか? あれって? やっぱり?」
「あ。いや。ごめん。ほんとごめん」
「まァそれはいいからこのコムスメども」
「そ、そういやさァ……。ヌイグルミよりもいいヤツを見かけたんだけど。このあいだ、街でさぁ――」
急に重たくなってしまった場の空気をなごませるように、アニーが軽い調子で話しはじめる。
「――あいつと、超そっくりのやつ、見かけたんだけど」
「あいつってジークさんのことですか?」
「ほかに誰がいるの?」
聞かれてうなずく。そりゃそうだ。
「ジークさんの……そっくりさん?」
と、そうつぶやいてみて、アリエルは首を傾げた。そっくりさんというからには、Ω人のはずだが――。そもそも数が多くないのだ。Ω人は。|《にょろQ》のクルーを除くと千人くらいしかいなくて、全員のきちんとした名簿ができているぐらいなのだ。
名簿の中に、歳や顔つきが似ている人は――頭脳のデータバンクを検索してみたが、やっぱりいない。そもそもオジサンばっかりで、若い男の人自体が、ほとんどいない。
「それってやっぱりジークさんじゃ、ないんですか?」
「まっさかぁ。だって口説いてきたのよ? あたしのこと」
「ええっ」
「あと髪の色も違ったし。ジークってばブラウンでしょ。でもあいつは黒髪だった」
「髪は、染めた……、とか? あと、えっと、えっと、あの、えっと、アニーさんを口説いたりしてきちゃったのは、なにかわるいものでも食べちゃったとか」
「あんたあたしに喧嘩売ってる? エンピツと空き缶がいい? それとも花瓶になってみたい?」
「いえあの。ごめんなさい」
「あんたの場合、どうしても本人だってことにしたいらしいけど。ありゃ別人よ、別人」
「そうなんですか……」
アリエルは肩を落とした。考えてから、アニーに訊く。
「ダッシュついてました?」
「ついてない」
「このバカメ――っ!!」
突如、カンナが大声をあげる。
「なっ――なによ」
「カンナさん。カンナさん」
怒鳴り声がアニーに向けられたものだと知って、ほっとしたアリエルだが、ブリッジの注目を浴びてしまっていることに気づいて、カンナを抑えにかかった。
「――なんでソイツ、引っぱってこなかッたんだヨ。そんなダイジなヤツ」
「大事って……、な、なんでよ」
「おまえだって、まさか他人のそら似だって、ホントにそう思ってるワケじゃねーんだロ?」
小声に返って、カンナが言う。
六人の女と一本のケーブルとは、頭を寄せ合うようにして話しこんだ。ますます怪しい一団である。
「いや……、その……、まあ……ね。銃とかも、おんなじやつ、持ってたし」
「ラセリアのニセモノもいたんだしヨ。ジークのニセモノだって、いたって不思議はねーわけサ。私らのニセモノだって、どこかにいるカモよ?」
「どうして来てもらわなかったんですか?」
アリエルはアニーにそう訊いた。
「そうサ。――口説かれるなり、たらしこむなり、なんなりしてヨ」
「や――、だって、ほら、あたし、いまその……、つまり、バージンだしぃ。なんかあったら、なんかあっちゃうじゃん?」
「いいじャン。なんかあったッて。べつに減るもんでなし。男なんか、いっぺんヤッちまえば、あとは言いナリだろうが」
「いや、そうだけど。……やっぱ、困るし、それは、ちょっと」
「なんかってなんですか? やるってなにを?」
「アニーがやらないなら、わたし、行ってきちゃおうかなぁ~。ねえどこにいたの? その黒いお兄ちゃん」
「あの。私、行ってきましょうか。ジークさんに似ている人を見つけて、お願いして、来てもらえばいいんですよね?」
よくわからないなりに、遅れを取ってはならないと、アリエルは口を挟んだ。がんばって自己主張してみた。そのくらい自分にもできるだろうと思った。
「ううう……。どーしても、連れてこないと……だめ?」
「アニーがやらないなら、ぼく、やっちゃうよー。ジルも行く?」
『メモリィちゃんも、やるれすよ。られかカラダ貸してくださいなのれす』
リムルとメモリィ、二人もそう言っている。
「だめっ――だめっ! でもっ……。やっぱ、だめ」
二人のことを牽制しつつ、アニーは踏ん切りがつかないようだった。なんで自分だけは無視されてしまうのか。
「ココがいわゆるパラレルワールドのひとつだッつーコトは、オマエさんにだって、わかってンだロ?」
「そりゃ。まあ……」
アニーがうなずく。
「パラレルワールドだったんですか」
アリエルも言ったが、誰も顔を向けてくれない。
「しかし単なる時間分岐の世界線の一つとしちゃぁ、出来すぎなんだヨ。それこそ狙ったように、見事に配役が逆転してるワケだ。あのラセリアが悪で――」
「――黒いお兄ちゃんがいて」
「そうそう。ノビタじゃないヤツな。オンナを口く甲斐性のあるヤツな。よし――ソイツのこと、いま、デビルジークって命名しとこうぜい」
「デビル……って、悪い人なんですか?」
「ワル……には、見えなかったなぁ」
アニーが答えてくれた。やった。
「おッ――なんだなんだ。たらしこまれてきたのは、ナンダ、おまえさんのほうかヨ?」
「会えばわかるよ」
カンナがからかうが、アニーは短く答えただけだった。
「ま……。こっちの世界でも重要人物だってことは、間違いねーだろうナ。やっぱ《ダーク・ヒーロー》っつーカンジ?」
「たぶんね」
「とにかくそいつ見つけたら、有無を言わさず、連行してくるコト。手段は選ぶなヨ」
「選んでもいいのかしら」
「選んでもヨシ」
「どんな方法、選べばいいんでしょう? あの。きちんとお願いして、来てもらうっていうのは……」
『られか、カラダ貸してくれないれすか?』
そのときだった。
「――大変です! 船長っ!」
床のハッチが突然開かれて、急を告げる声が飛びこんできたのは。