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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP10~12「鏡像宇宙の英雄達」 第三章
310/333

アニーとデート

 ストリートは二十四の種族でごった返していた。


 イカダ都市の中央を貫く大通りは、賑わいを見せつつあった。


 各種族による出店が並んでいる。屋台から活気のある声が飛びだし、通りを歩く雑多な人種に投げかけられている。


 角を曲がってゆくアニーの後ろ姿にくっついて、ジークは横町に足を踏み入れていった。


 メインストリートから外れると、屋台のかわりに、壁ぞいに店が並ぶようになる。元が宇宙船なだけあって、部屋の数には事欠かない。ひとつひとつの店を、入口から覗きこみはするが、中に入ることまではしない。


 進行方向の三軒先――。ε人のおねえさんが、戸口から前脚と後ろ脚だけを出して、艶めかしい目線を送ってきていた。豹だけあって、とてもスマートだ。手脚だけでなくてウエストもほっそりしたものだった。胸は体毛に覆われている。自前の毛皮を持つ彼女たちは、衣服を着ける習慣がない。


「はいはい。行く行く」


 戻ってきたアニーに片手を取られ、ジークは店の前から引っぺがされた。正気に返ってから、アニーの手を振りほどこうとするのだが、しっかりと絡んでいる腕は容易に外れてくれそうにない。


 横丁を抜け、ふたたびストリートに出る。


「おじさーん、串焼き、一本ずつね」


 香ばしい匂いが周囲を支配していた。アニーが引っかかったので、必然的にジークも引っかかることになる。


 屋台でΞ人が売っているのは、キノコの串焼きであった。Ξ人の四本腕が便利に動いている。タレを付けた串をひっくり返しながら、別の腕で、つぎの材料をもぎにかかっている。材料は後ろに生えていたキノコである。


 食っていいのか? ――とも思うのだが、食うほうも、食われるほうも、気にしていないようなので、ジークも気にしないことにする。


「おまえも食うか?」


 ちびキノコのやつが、例によって、膝下にくっついてきている。串を示してそう訊くと、やつは腕をゆらゆらと振って返してきた。


 アニーと並んで歩きながら、串焼きにかぶりつく。炭素系種族全般向けの味付けにしては、タレが利いていてうまかった。


「どっか飲めるところ、ないのかなぁ? さっきみたくボッタクリのところじゃなくって」


 ジークの腕を取ったアニーは、きょろきょろとストリートを見ながら歩いている。


「酒? ……オレ、そういうの苦手って、知ってるくせにぃ」

「屋台のファーストフードもいいんだけど、公園もなんにもないし、道ばたにしゃがみこんで食べるっていうのもムードないのよねぇ」


 アニーは聞いちゃいない。ない胸をジークの二の腕に押しあてて、ぐいぐいと引っぱってゆく。


 ストリートには様々な背格好の連中が歩いていた。


 ぱっと見渡した視界のなかに、同じ姿形をした生き物を見掛けないというのは、考えてみれば不思議な体験であった。二十四種族が出歩いているのだから、そうなってしまうのは当然であるのだが。


 例外が、ジークとアニーの二人だろう。


 Ω人ふたりで連れだって歩いていても、いまやそれほど目を引かない。しばらく前までは、難民の中の係員のように、目立ってしまって仕方がなかったのだが。


 道行く連中のほとんどは、誰が自分たちを助けたかなんて、気にもしていない。ジークもまた、それでいいと考えている。


 出店が立ち並ぶことからわかるとおり、彼らにはもう食事の配給をしてやる必要はなくなっていた。空気漏れの補修のほうも、菌糸が自動でやってくれるために人手がかからない。ちびキノコのやつが撒き散らしている胞子が、エアの循環にまざって漂い、空気漏れしているところに引き寄せられていって着床する。適度に不衛生な環境が幸いして、胞子が芽吹き、粘菌がぺとぺとと隙間を塞ぐ。生えてきたキノコは、食用にもなる。


 筏都市の管理のほうも、自然と立ちあがってきた自治会に、権限を移譲しつつあるところだ。長老連が後見人となり、あの三匹のチビッコたちが成人するまでの摂政制となるらしい。


 そんなわけで手が空いて、ひさびさに得られたオフの日であった。


「しっかしここの連中、恩知らずよねー。さっきのおじさん、カネ取ったのよ、おカネ。このあいだまでエサくれてたモンのカオ、覚えてないのかしらねー。三歩歩いたら忘れるって、あれ、なんのドウブツのことだったっけ」

「リムル?」

「犬だったっけ猫だったっけ」

「ニワトリじゃないかな」

「知ってるなら、とっとと言いなさいって」


 アニーの腕が、ひときわ強く絡みついてくる。ぐいぐいと。それだけ強く押しつけられてくると、アニーとはいえ意識してしまう。やっぱり、なんだかんだいっても柔らかいものだった。それに、首筋のあたりから、いい匂いが――。


 耳まで真っ赤にさせて引っぱられるままでいると、急にアニーが立ち止まった。


「あら。あんなのまで、できてるんだ」


 ストリートの終点から、また細かな路地がはじまっていた。廃材を立てかけただけの看板に、ペンキで下手な書きつけがあった。


「へぇ。〝交尾所〟――ねぇ。うん。連れこみ宿って書くよか、風情があるわねぇ」


 アニーの感覚はまるでわからない。ジークは首をぶんぶんと首を横に振りたくった。


「静かっていえば、このなかも静かなのかなぁ。どうする? ――入ってく?」


 賑やかを通り越して騒々しいほどのストリートに一瞥をくれつつ、アニーが言ってくる。その流し目の威力は、ジークを凍りつかせるに有り余るほどだった。


 首を振ることさえかなわず、かちんと固まってしまったジークを引っぱって、アニーは歩きはじめた。


「冗談。――冗談だって。なぁに本気にしちゃった?」


 からかうというより、心配している響きがそこにあり、ジークはずんと落ちこんだ。からかってくれて、無神経な笑いのタネにしてもらったほうが、どれだけかマシであった。


 引きずられるように連行されてゆく。腕はまだ当分離してもらえそうにない。


 アニーは行き先を決めていないようで、通路の分岐が来るたびに迷っているようだった。


「やっぱり、静かなところがいいかなぁ……。ねぇ、Bブロックのほうとか、どうだと思う? いまって、もうあんまり人、いないよね」

「どうして人気のないところに行きたがるんだよ」


 ジークは思い切って訊いてみた。「顔貸して」と言われて、連れ出されて、それっきりである。どこへ向かうつもりなのかも聞いていない。


「そりゃぁ、だってぇ、静かなほうがいいじゃない。――デートなんだし」

「そっか」


 ジークはうなずいた。


 うなずいてから、愕然とした。


 なんですと。


「で、で、で、で、で――でーと……?」

「そ。じゃんけんで勝ったんだから。あたしに権利あるのよ。きょう一日」


 どうりでエレナちゃんもリムルのやつも、まとわりついてこなかったわけだ。


「あいこばっかで大変だったわ。十四回も――、って、ねぇ、聞いてる?」

「きいてる」


 頭がくらくらとしていた。効いていた。銀河ヘビー級ボクシングチャンピオンのパンチを食らったように効いていた。デート。デート。アニーとデート……。


「あ。こっちこっち」


 ジークはいいように引きずられていった。

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