アニーとデート
ストリートは二十四の種族でごった返していた。
イカダ都市の中央を貫く大通りは、賑わいを見せつつあった。
各種族による出店が並んでいる。屋台から活気のある声が飛びだし、通りを歩く雑多な人種に投げかけられている。
角を曲がってゆくアニーの後ろ姿にくっついて、ジークは横町に足を踏み入れていった。
メインストリートから外れると、屋台のかわりに、壁ぞいに店が並ぶようになる。元が宇宙船なだけあって、部屋の数には事欠かない。ひとつひとつの店を、入口から覗きこみはするが、中に入ることまではしない。
進行方向の三軒先――。ε人のおねえさんが、戸口から前脚と後ろ脚だけを出して、艶めかしい目線を送ってきていた。豹だけあって、とてもスマートだ。手脚だけでなくてウエストもほっそりしたものだった。胸は体毛に覆われている。自前の毛皮を持つ彼女たちは、衣服を着ける習慣がない。
「はいはい。行く行く」
戻ってきたアニーに片手を取られ、ジークは店の前から引っぺがされた。正気に返ってから、アニーの手を振りほどこうとするのだが、しっかりと絡んでいる腕は容易に外れてくれそうにない。
横丁を抜け、ふたたびストリートに出る。
「おじさーん、串焼き、一本ずつね」
香ばしい匂いが周囲を支配していた。アニーが引っかかったので、必然的にジークも引っかかることになる。
屋台でΞ人が売っているのは、キノコの串焼きであった。Ξ人の四本腕が便利に動いている。タレを付けた串をひっくり返しながら、別の腕で、つぎの材料をもぎにかかっている。材料は後ろに生えていたキノコである。
食っていいのか? ――とも思うのだが、食うほうも、食われるほうも、気にしていないようなので、ジークも気にしないことにする。
「おまえも食うか?」
ちびキノコのやつが、例によって、膝下にくっついてきている。串を示してそう訊くと、やつは腕をゆらゆらと振って返してきた。
アニーと並んで歩きながら、串焼きにかぶりつく。炭素系種族全般向けの味付けにしては、タレが利いていてうまかった。
「どっか飲めるところ、ないのかなぁ? さっきみたくボッタクリのところじゃなくって」
ジークの腕を取ったアニーは、きょろきょろとストリートを見ながら歩いている。
「酒? ……オレ、そういうの苦手って、知ってるくせにぃ」
「屋台のファーストフードもいいんだけど、公園もなんにもないし、道ばたにしゃがみこんで食べるっていうのもムードないのよねぇ」
アニーは聞いちゃいない。ない胸をジークの二の腕に押しあてて、ぐいぐいと引っぱってゆく。
ストリートには様々な背格好の連中が歩いていた。
ぱっと見渡した視界のなかに、同じ姿形をした生き物を見掛けないというのは、考えてみれば不思議な体験であった。二十四種族が出歩いているのだから、そうなってしまうのは当然であるのだが。
例外が、ジークとアニーの二人だろう。
Ω人ふたりで連れだって歩いていても、いまやそれほど目を引かない。しばらく前までは、難民の中の係員のように、目立ってしまって仕方がなかったのだが。
道行く連中のほとんどは、誰が自分たちを助けたかなんて、気にもしていない。ジークもまた、それでいいと考えている。
出店が立ち並ぶことからわかるとおり、彼らにはもう食事の配給をしてやる必要はなくなっていた。空気漏れの補修のほうも、菌糸が自動でやってくれるために人手がかからない。ちびキノコのやつが撒き散らしている胞子が、エアの循環にまざって漂い、空気漏れしているところに引き寄せられていって着床する。適度に不衛生な環境が幸いして、胞子が芽吹き、粘菌がぺとぺとと隙間を塞ぐ。生えてきたキノコは、食用にもなる。
筏都市の管理のほうも、自然と立ちあがってきた自治会に、権限を移譲しつつあるところだ。長老連が後見人となり、あの三匹のチビッコたちが成人するまでの摂政制となるらしい。
そんなわけで手が空いて、ひさびさに得られたオフの日であった。
「しっかしここの連中、恩知らずよねー。さっきのおじさん、カネ取ったのよ、おカネ。このあいだまでエサくれてたモンのカオ、覚えてないのかしらねー。三歩歩いたら忘れるって、あれ、なんのドウブツのことだったっけ」
「リムル?」
「犬だったっけ猫だったっけ」
「ニワトリじゃないかな」
「知ってるなら、とっとと言いなさいって」
アニーの腕が、ひときわ強く絡みついてくる。ぐいぐいと。それだけ強く押しつけられてくると、アニーとはいえ意識してしまう。やっぱり、なんだかんだいっても柔らかいものだった。それに、首筋のあたりから、いい匂いが――。
耳まで真っ赤にさせて引っぱられるままでいると、急にアニーが立ち止まった。
「あら。あんなのまで、できてるんだ」
ストリートの終点から、また細かな路地がはじまっていた。廃材を立てかけただけの看板に、ペンキで下手な書きつけがあった。
「へぇ。〝交尾所〟――ねぇ。うん。連れこみ宿って書くよか、風情があるわねぇ」
アニーの感覚はまるでわからない。ジークは首をぶんぶんと首を横に振りたくった。
「静かっていえば、このなかも静かなのかなぁ。どうする? ――入ってく?」
賑やかを通り越して騒々しいほどのストリートに一瞥をくれつつ、アニーが言ってくる。その流し目の威力は、ジークを凍りつかせるに有り余るほどだった。
首を振ることさえかなわず、かちんと固まってしまったジークを引っぱって、アニーは歩きはじめた。
「冗談。――冗談だって。なぁに本気にしちゃった?」
からかうというより、心配している響きがそこにあり、ジークはずんと落ちこんだ。からかってくれて、無神経な笑いのタネにしてもらったほうが、どれだけかマシであった。
引きずられるように連行されてゆく。腕はまだ当分離してもらえそうにない。
アニーは行き先を決めていないようで、通路の分岐が来るたびに迷っているようだった。
「やっぱり、静かなところがいいかなぁ……。ねぇ、Bブロックのほうとか、どうだと思う? いまって、もうあんまり人、いないよね」
「どうして人気のないところに行きたがるんだよ」
ジークは思い切って訊いてみた。「顔貸して」と言われて、連れ出されて、それっきりである。どこへ向かうつもりなのかも聞いていない。
「そりゃぁ、だってぇ、静かなほうがいいじゃない。――デートなんだし」
「そっか」
ジークはうなずいた。
うなずいてから、愕然とした。
なんですと。
「で、で、で、で、で――でーと……?」
「そ。じゃんけんで勝ったんだから。あたしに権利あるのよ。きょう一日」
どうりでエレナちゃんもリムルのやつも、まとわりついてこなかったわけだ。
「あいこばっかで大変だったわ。十四回も――、って、ねぇ、聞いてる?」
「きいてる」
頭がくらくらとしていた。効いていた。銀河ヘビー級ボクシングチャンピオンのパンチを食らったように効いていた。デート。デート。アニーとデート……。
「あ。こっちこっち」
ジークはいいように引きずられていった。