難民キャンプにて
「はい。あんたバッテリーね。二十四ボルト、二〇〇〇AH」
「これは民生規格品です。拙者はMILスペックでないと。それに容量も足りず、二四時間後に想定される次の補給まで拙者の活動は最低水準に制限されます。また形状も合致しません。角形ではボディ内に格納不能で――」
「だまれ」
すぱーんと、アニーのお玉が一閃する。
だが丸い主眼のまわりに四つの補助眼を持つ金属武者は微動だにしない。目を交互に点滅させて抗議の意を訴えてきた。
「拙者、塩化物も有機物も要りませぬ」
レンズにかかったスープをワイパーを作動させて拭いながら、κ人はどこからともなく響いてくる声でそう言った。
「だーらバッテリーなんでしょ。ロボットなんだから電気ありゃいいんでしょ」
「その呼称は適切ではありませぬ。さらに差別です。生体脳は三パーセント残存しています」
「せめて一〇パーセントにしてから言え。はい。次――」
食事の配給を受ける列には、まだ大勢が並んでいた。アニーは機械人には目もくれず、転がり出てきた毛玉のむくむくを、じいっと鑑定する。
「ねえたん。紙くれー。紙ー。うまー」
つぶらな瞳から目を離して、アニーは鍋をにらみつけた。混濁した闇鍋状態のスープの中を透視しているかのように、繊維に富んだ木の根っこばかりを迷いなく集めてきて、大盛りにして渡す。毛玉の内側から子供よりも細い手が伸びてきて、はしっと両手で掴んでゆく。
「しかし規格が。これでは形状が」
まだそこにいた機械人が、ぐずぐずと言っている。
アニーは手を出すことなく足を出した。ハイキックが炸裂する。列に並ぶ連中にパンツを平気で見せつける。
「コード挿して鼻から吸え。人間――鼻からスパゲッティだって食える」
「拙者はロボットであるのでそれは無理かと。たしかにその位置にソケットはありますが」
「どけ」
ずいと押しのけて、前に出てきたのは、戦闘種族Δ人だった。
機械化歩兵のκ人よりも、頭ひとつ分大きい。バッテリーを抱えてすごすごと立ち去るκ人には目もくれず、獅子の顔を持つライオン人は、その鋭い犬歯を剥いた。
「肉」
その肉食獣の表情にも怯むことなく、アニーはお玉ですくって大盛りを作った。
「――ん。」
ライスの上に、スープをぶっかけて、ぐいと差しだす。
「肉は」
「んっ――」
アニーは顎で指し示す。スープの具である肉片が、ちょびっとだけ、散らばっている。
「肉が」
お玉が一閃した。すぱーんと打ち抜かれる。機械も毛皮も扱いはまったく同一である。
「猫ならネコマンマ食ってろ!」
うにゃうにゃと、まだ文句を言っているΔ人を、気迫で追い返す。
「ったく。この非常時に。あれ食いたいこれ食いたい。やかましい。食えるだけありがたいと思えってーの。ねぇ?」
ずっと横目で見ていたジークは、アニーに声を掛けられた。ずっと思っていたことを口にのぼらせてみる。
「――なぁ。アニー」
「うん?」
アニーが三人を始末するうちに、ジークは十人ぐらいを終わらせていた。ジークの列に並んでいるのは、昨日、アニーにお玉で引っぱたかれて、躾けられた連中ばかりで、ヒツジのように従順で手間がかからない。実際ヒツジが多かった。無重力ヒツジのμ人と愛玩生物Ω人とは、はじめから及び腰で後方に控えていたために、戦後の人口比率は一目してわかるほど跳ね上がっている。
「給仕の仕事、よかったな」
「あン?」
「ほら前、ホールに出たいって言ってただろ。ひらひらなやつ着たいって――」
「これのどこがヒラヒラかっ!」
白衣というか割烹着というか作業着というか、そんな野暮ったい服の裾をつまみあげてアニーが叫ぶ。
二十四種族用の配給食では、硝酸やら水酸化ナトリウムやら、爆発性のものまで扱うことになるので、作業着は厚さと強度とを備えている。
「あんたも叩いて修正してやろーか」
これだけ酷使されていても、まったく曲がっていないスペースチタニウム製のお玉をかざして、アニーが凄む。
「な~んだ、兄貴も嫁さんに頭上がらね~んじゃ、ないっすか」
「〝も〟ってのはなんなんだよ? どういう意味だよ? だれと一緒で〝も〟なんだよ?」
器の中身を半分にしてやりつつ、ジークは厳しく追及した。
以前「整備班」として雇われていて、マギーの下に配属されていた元人さらいの連中である。七パーセントの生存者のなかに、ちゃっかりと紛れこんでいる。
「誰が誰の嫁だっつーの」
アニーがお玉でさらに半分に減らしてゆく。半分の半分で、四分の一となってしまった。
「いや、いやっ、だから、ほらっ――」
ひげ面が向いた先には――。
「ほらっ、そこもっ、そっちもっ! 洩れてる洩れてる早く塞いでってば早く早く――ちょっとユーリ、聞いてんの?」
「まったく、もうっ。手際が悪い。わたくしにお貸しなさい。貸しなさいっての、キース、聞いてます?」
テレサに使われているユーリと、セーラに従おうとしないキースとが、でっかい注射器の形をしたガムガンをそれぞれの手に持ち、空気漏れのする壁面に取り付いている。ホールを無理に大きく作ったものだから、隙間から空気漏れがよく起きている。
数日もすれば構造材の噛み合いが収まるべきところに収まって、あたりが出てきて空気漏れは止まる。だが昨日組んで今日だから、洩れているのが当然だ。
「まったく。ほんと。使えない。頭ばっかりデッカチで。手のほうはてんでノロくさい」
「まったく。ほんと。使えない。不器用なくせにロバより頑固で。わたくしにお貸しなさいってーのに」
作業が終わるまで見守っていた姉妹二人は、そんなひとりごとを口にしながらやって来た。
だいたい異口同音で、だいたい同じ内容の文句を言いながら、列のいちばん前に大胆に割り込んでくる。この姉妹がひどく似ているという見解には、本人たち以外の人間はだれもが大いに賛成してくれることだろう。
「わたし。大盛りで」
「わたくし。すこしで」
「これが嫁さん?」
アニーが肩をそびやかす。髭のオヤジは四分の一になった器をかばいこんで、そそくさと立ち去って行った。
「なんの話ですの? それよりこの食事の味――もっとどうにかなりませんこと? ああもう、そんなにいらないって、言ってますのに」
「炭素系全種族向けの味付けだから、こうなってんの」
「大盛りにしてっての。こんなんじゃ、ぜんぜん足んないよ」
「体重と基礎代謝の係数で量は決まってんの」
「コドモだから基礎代謝、高いんだって」
「都合のいいときだけコドモぶるかね。こいつは」
アニーのお玉が振るわれてしまう前に、ジークはテレサに声をかけた。
「じゃあ交代してくれ。一時間やってたら、好きなだけ盛っていいから」
「ほんとっ? やるやるっ」
お玉をテレサに手渡して、ジークは二人分の「ヒューマン用食事」を持って、配給所を離れていった。
キースとユーリとが、順番をきちんと守って列の後ろに並んでいる。
「来いよ、旦那がた――」
「なんです?」
「飯だ」
「ああ」
列から二人を引っぺがして、ホールの片隅へと連行してゆく。
「わっかんない言葉で、ごちゃごちゃ言うな! わがまま禁止っ!」
すぱーんと、背後でいい音がしていた。テレサの声だった。ワガママ大王は他人のワガママにはたいへん非寛容であった。
重力プレートが切れる手前あたりで、地べたに適当に座りこむ。
汁物を無重力の中で食うものではない。重力が敷かれているのは、ホールの中央付近だけだった。
「どうだ? 見回ってきて? 連中の様子は――?」
訊くと、キースは無言で返してきた。ユーリも疲れた顔を返すばかりだ。
「そうか」
ジークは黙って具の少ないスープをすすった。
残存艦隊を救助するために引き返したジークたちは、ひどい光景を目撃した。七パーセントの残存艦艇というのは、まったく数字の上だけの話であった。大きな隕石の直撃を受けずに生き残った艦艇でも、微細な隕石に無数に撃ち抜かれて、穴だらけになってしまっていた。
まともに稼働する艦艇はほとんどなく、かろうじて生きている艦艇と、残骸とを絡み合わせて、巨大なイカダを作り上げた。かつて宇宙樹脱出計画の時にやったことと、似たような要領である。
寄せ集めた船の数は千をわずかに越える程度で、これもまた前の時と似たようなものであった。しかし違うのは――。一隻一隻の大きさである。どれも人類基準でいえば巨人艦であり、千隻寄せ集めたその総質量によって、微細な重力が発生するほどであった。形状のほうも各種族ごとに様々である。
とにかく急いでいたことと、ナノテクを乱用して成長性樹脂を使ったりしたことから、作業が完了したときには総指揮を執っていたアニーでさえ全体の形がわからなくなるほどであった。
ジャングル惑星にいた頃の地図班が再結成されて「イカダ都市」の全体像を測量しにかかっているが、概略図が上がってくるまでには、まだ当分は掛かりそうな気配だ。
「――で、様子はどうだよ?」
スープをすすり、硬いパンを噛みちぎ――れないので、手も使って引きちぎりながら、ジークはふたりにそう訊いた。
キースとユーリのふたりは、今朝からずっと空気漏れの補修作業で各地を回っていた。〝接客〟に死ぬほど向いていない二人は、必然的に作業要員である。
「二十四時間前の配給とさ。それと今回の配給と……、両方合わせても、やってきた連中の数と、生存者の数とが、ぜんぜん合わないんだけどさ」
「ああ」
キースはうなずいた。
うなずいたばかりで、だからどうだ、とは言ってこない。硬くてゴムのように伸びる矛盾したパンを、スープに漬けこんで柔らかくして食べているのを見て――ジークもその智慧をすぐに真似した。
「意気消沈してましたよ。あちこちで座りこんで、うつろな目をしてましたっけ」
ユーリが智慧に屈せず――執念深くパンに囓りつきながら、言ってくる。
「怪我人は?」
「怪我でどうこうなるようなタマですか。首が折れても平気でいるような非常識な連中が。内臓引きずって平気で歩いているやつは見かけましたけどね」
「けど生きてりゃ腹が減るだろ」
「腹が減るのは、常に覚悟完了してるΔ人とか、なにも悩みのないμ人とか、エロ気と食い気のΩ人とか、そんな連中ばっかでしょう。人はパンのみにて生くる者にあらず――ていうでしょう。希望が必要なんです」
「希望? 希望か……」
ジークはうなずいた。
完膚無きまでの敗北であった。全種族代表の|《勇者》たちが、目の前で貪り食われるという光景であった。
「……まぁ。しかたないですよ。僕ら人類でいうのなら、《セカンド・ヒーロー》の戦死の場面を見せられたようなものですからね」
「――ごふっ! ごふっ! がふ! げふっ!」
激しく、むせる。
噴出したパンとスープが重力境界でぷかぷかと漂う。ユーリは自分の器をかばいつつ、非難の目を向けてきた。
ついさっきまでと三メートル違う位置にキースはいて、淡々と食事をつづけている。
「と、とにかくさ――」
そう言いかけて、ジークは咳を何度かして、喉をすっきりと通してから、もういちど続けた。
「仕事は山ほどあるんだから。座りこんでるだけじゃなくてさ――。怪我してないなら、なにか仕事ぐらい、やらせられるだろ」
「だから怪我してたって、やつらには関係ないですって」
「内臓引きずってたら、いくらなんでも、困るだろ。――あちこち汚れるし」
「そういう問題ですか」
「とにかく、引っぱたいてでも、連れてこいっての」
「そんな乱暴な」
「やれっての」
「頭から囓られますって。自分で出来もしないこと言わんでください」
「で、できるぞっ。なんで出来ねーなんて、決めつけんだよ」
「そういうのは――」
キースがなにかを言いかける。
ジークとユーリはぴたりと口を閉ざした。言い合いをやめて、キースの次の言葉を待ち受ける。キースはスープを三口ほど口に運び、それから、もういちど口を開いた。
「そういうのは、女の仕事だ」
背後のほうから、すぱーん、すぱーんと、無慈悲にお玉が振るわれる音が響いてくる。
「俺たちには――、無理だ」
すぱーん、すぱーんという音に合わせて、ジークとユーリは揃って首を縦に振った。