夜のお仕事
夜になった。
「でさ、でさ――こいつらがあ、はじめのころお、どれだけ使えなかったかっつーとお」
「はんちょ~、一生ついてゆきますぜ~、はんちょおおぉ~」
「うざい。はよ死ね。過労死で」
酒瓶を抱えこんだマギーが、おっさんのハゲ頭を足蹴にして、靴のフットプリントを付けている。ジークはソーダ水をストローでちゅうちゅう吸い立てながら、乱痴気騒ぎに付き合っていた。
「はっ。腹上死が希望であります! はんちょお~、ぜひぜひ、はんちょおの上で過労死おおお」
「ぎゃははははは。それ、いい、それサイコー」
昼のあいだはレストランを営業しているこの店も、夜ともなると、メニューと内装と照明を一変させて、ぼっくたり……ならぬ「高級ホストクラブ」へと店構えを替えることになる。
店内を行き来する女の子たちの顔ぶれも換わっていた。制服のほうも昼間とは一変していて――耳が付いていたり、黒いレオタードだったりする。
腰を振って歩く彼女たちを正視していると、顔が火照ってきてしまう。この時間の総支配人はラファエルであって、昼間の健全な時間担当のジークとしては、逃げるようにして場所を移してゆくのが常だった。
「あー、疲れた、ツカれた」
どすっと、隣の席に腰を下ろしてくる人物がいた。
「おいジーク、ちと肩揉めい」
危険なコトを言ってくるカンナから、飛びすさるように距離を取る。タイトなスリットドレスは紫色で、薄暗い照明のもとで、その色香は漂ってくるほどだ。カンナの仕事は「賭け棋士」であった。いつも夕方には仕事が終わっている。こんな時間まで引っぱるのはめずらしい。
「おおおおお~、これまた美人のおおおををを~、はんちょおおお、紹介してくださいよ、はんちょおおお~」
「その愉快なイキモノは、ナニかね? おいジーク?」
ジークはカンナから可能なかぎり距離を取っていた。カンナは気にせず、おしぼりで首筋を拭き、脇の下まで拭いている。
「いやー、まいった、マイッタ。あいつら今日は二一六体がかりでやって来やんの。こりゃ明日あたりは、一二九六体にナルのかね。考える時間ばっか六倍六倍で増えてイキやがって、どーせ負けんだから、とっととイッちまえっての。やたら遅いヤツは嫌われっゾ」
「あー! はい! はいはいはいっ! 早さには自信があるでありますっ!」
「だからこのイキモノはナニかね? おいジーク。おいノビタ」
「俺のおおお、子をおおお、孕めえええぇ。はんちょおからも言ってやってくださいよお~」
「あはははは。はらめー、はらめー。ぎゃはははは」
「よせやい。あんなのイッペンで充分さね。――おーい、セクハラ魔神っ」
カンナがラファエルに指を立てる。
「こっちドンペリ一丁なー! この貧乏っちいイキモノに付けとけや。なんか私のこと口説いてるみたいだしサ――ちと男気みせさせてやんな」
「五番テーブル! ドンペリ入りましたぁ!」
「ありがとうございます!」「ありがとうございまーす!」「ノー・プロブレム」「ありがとーございまぁす!」
総支配人の掛け声に応じて、女の子たちのあげる声が店中を駆けめぐってゆく。
「ありがとぉござーいまーす。ほらジェニーもっ、言わなきゃ言わなきゃ」「ありがと……、ございます」
紛れて聞こえてきたコドモの声に――ぎょっとなって、ジークは顔を向けた。
ウサギの耳が二組ほど。他よりも低い位置で、ぴょこぴょこと揺れている。黒のレオタードのほうも身長だけは合っているのだが、もともと起伏のあるスタイル向けの服だから、すってんと一直線な体の前面が余りまくりで、不自然にペコペコとしていて、無惨きわまりない有様だった。アニーがバニースーツを着るようなものだ。
「子供がこんなとこ来ちゃいけませんっ。そんなの着てもいけませんっ」
ジークは席を立ち、二人のところに向かっていった。両方の手で一羽ずつ子ウサギを掴まえて、店の奥に引っぱってゆく。
「コドモコドモ、ゆうなぁー! わたしたちも働けるってばー。ねー、ジェニー」
生意気にも抵抗をしてくる。二人がかりで立ち向かわれると、ジークも容易には引きずっていけなくなる。
厨房への入口あたりで力比べをしていると、バニーやら男性ホストやらが通り過ぎてゆく。スプーンとフォークのシルバー類がじゃらじゃらと音を鳴らせて選ばれてゆき、厨房から出されてきたツマミが流れるように運び去られてゆく。
まったく同じ酒瓶が、何百本もストックされている。引き出しの奥から引っぱり出されてきた「ドンペリ」というラベルが、そのうちの一本に貼り付けられる。「ドンペリ」は銀のトレンチに載せられて、さっきまでジークのいた五番テーブルに運ばれていった。その隣では別のバニーが同じ酒瓶に「スパークリングワイン」とラベルを貼りつけている。中身はいっしょで、ラベルだけが違うのだった。
「みんなといくつも違わないじゃん! エレナさんだって十四歳じゃん!」
ジークは大きくため息をついた。力なく笑い返して、おおきく肩をすくめる。
「――〝大きなおともだち〟のほうは、どうした? アイドル業は? もっと健全なお仕事があるだろ」
「ああ――ダメダメ。あいつら金ないもん。もうとっくに搾り尽くしちゃったよ。ねー、ジェニー」
その言葉に、ジェニーまでもが、こくりとうなずく。
通路のまんなかで、いつまでも通行の邪魔をしているわけにもいかず、ジークはしかたなく二人の手首を離した。
「カンナのとこ、行ってろ」
「やたっ!」
「あと――そいつは、しまっておけ」
びっと指を突きつける。顔のほうは背ける。
暴れた拍子に、もともと余っていた胸がさらに余って――いや余っていたのはバニースーツの胸元であって、足りなかったのは胸のボリュームであったわけだが。
「エ……っ、エロッ! エロエロっ!」
ぺろんと剥き出しになっていたモノを収め直し、テレサは舌を突きだして駆けていった。ジェニーがぺこりと垂れ耳を揺らせて、あとについてゆく。
『テレサ嬢。ジェニー嬢。――なんと今夜がデビューとなります! 皆様お見知りおきください。以後ご贔屓に』
夜の総支配人のラファエルが、マイクまで使ってそんなスピーチを入れてくる。愛想を振りまきつつΩ人のオッちゃんたちのいる五番テーブルに入っていったふたりは、すっかりヨッパライとなった連中の合間に、すぽんと収まった。
「カワイイお嬢ちゃんだな~。でもオジサンの隣に来ると、孕ませちゃうぜ~」
「いいよー。もう子供産めるもん」
ないムネを張って、テレサは強がっている。言葉の意味をわかっているやらいないやら。
ジークは店内を見回した。
マギー班長はようやく沈没してくれていた。カンナは最高級シャンパンの「ドンペリ」を、かっぱかっぱと一人で消費している。すぐ二本目のオーダーが出てきそうだ。オッちゃんたち全員の一週間分の給料ぐらいの値段がするのだが。
今夜はプロレス興行のほうは休みなのか――ジリオラもいた。
ウサギ耳と迷彩レオタード、さらに白くて丸くてフサフサのシッポまで付けて接客をしている。「うにゃうにゃうにゃ」と猫語で話すΔ人の客相手に、度数が九七もあるスピリッツを、どぷどぷと豪快に注ぐのがジリオラの「接客」であった。まったくの無言なのだが、それで通じ合っているらしいので、それはそれでいいのだろう。Δ人専用のホステスであった。
隣のボックスでは、空中に浮遊する結晶生物Λ人を相手に、圧縮された高速言語で小鳥のようにさえずりを返す少女もいた。Λ人の言葉をそのまま使える特殊技能持ちの少女だった。耳の先が垂れて落ちているから、バニーはバニーでも、きっとロップイヤー種なのだろう。「恥ずかしいです」とか言ってセーラーの上衣を着こんでいるのだが、セーラーバニーとなってしまって、もっと恥ずかしくなっているような気がする。
昼間は調理場勤務で、夜の部ではΛ人専用ホステスをしているその彼女は――アリエルであった。本人はおしゃべりをする仕事だと思っているらしい。その理解は七割ぐらい正しい。六角柱の結晶生物が相手だから、手も足も、変な器官も出てはこないので、セクハラも起きようはずがない。結晶生物Λ人の生殖というのは、トンカチで結晶をカチ割って行われるらしい。
ソファーにぐるりと囲まれたいちばん奥のボックスでは、白い燕尾服の上衣を着こんだゴールデン・バニーが、特級の上客をもてなしている。種族順位第一位に輝くα人。しかも族長クラスのうちの一人である。エレナでなければ恐ろしくて任せられないような上客だ。
ぱっと見は、肌色のホイップクリームの山である。
水よりも軽い比重で――脂肪分のかたまりで、ぶよぶよとした不定形の物体だ。どこに目鼻が付いているのかもわからない。側に付き添ったエレナが、「はいあーん」とばかりにスプーンを突っこんでいるところが、口だということはわかるのだが。
食欲ばかりが異常増大した超肥満生物が、種族順位第一位というのは――なんだか釈然としないのだが。この宇宙ではそうなのだから、しかたがない。
族長クラスということは、|《力》を持っているということになる。
種族として存続しているのであれば――どんな種族であっても、同族のうちにかならず一人以上の|《勇者》を持っている。《勇者》とは《力》を持つ存在のことであり、ジークたちの「表の世界」でいうところの《ヒーロー》や《ダーク・ヒーロー》のことであった。
こちらの世界――ジークたちが|《鏡像宇宙》と名付けたこちら側の世界においては、不思議なことに、《ヒーロー》と《ダーク・ヒーロー》の区別がないらしい。《星鯨》との戦闘の最中に、《ヒーロー》の純色系の輝きと、《ダーク・ヒーロー》の暗色系の輝きと、ともに確認されていたのは、そうした理由からだった。
|《力》を持つ者は《勇者》と呼ばれ、種族を率いてゆく存在となる。
守護する|《勇者》を持たない種族は、容易に滅んでいってしまう。それがこの《鏡像宇宙》における弱肉強食、適者生存のルールであった。より多く、より強大な《勇者》をどれだけ輩出するか――。それが種族としての勢力となり、種族順位を決定づける要因でもあった。《ヒーロー》的な《力》が物を言うというのは、表の世界と同様である。
まあ例外がないこともない。
暢気で陽気な無重力羊のμ人のように、ナノ樹の世話が上手いという能力だけで、|《勇者》の一人も擁することなく生き延びている種族もいる。商売上手なおかげで世を渡っているΟ人という存在もある。
Ω人の場合は、やや特殊なことになっていた。
あらゆる種族の素体であり、寵愛の対象であるということもあるのだが、それだけではこの混沌とした|《鏡像宇宙》で生き延びることはできなかったろう。独自種族としては認められず、他の強力な種族に〝ペット〟として飼われることになるのが関の山だ。
特別な|《力》を持ったΩ人の《勇者》がいるという噂があった。それは他のどの種族も持ち得ないような、強大な《力》を持つ《勇者》だという。
だが噂だけで、実際に見た者はいない。
それは男であるとも、女であるとも云われる。少年であるとも少女であるとも――老人であるとも云われる。伝わってくるのは、ただ、星をも砕くという超絶的なパワーの伝説だけである。
その人物は噂だけでΩ人の生存を支えるだけの存在感を持っているのだった。
「お兄ちゃん」
甘い声に顔を向けると、エレナが微笑んでいた。
「例の話の裏ですけど――取ってまいりましたわ。例の黒いオーラの《ダーク・ヒーロー》は、やはり、どこの種族の《勇者》でもないらしくて……」
α人の|《勇者》の接客を通して聞き出してきたのだろう。そう言ってくるエレナの顔にも、やや翳りがある。
先の戦いにおいて――。|《星鯨》をぶん殴って縦回転させていた者がいた。《星鯨》を撃退した《勇者》である。いまこの武侠星に集まっている二十四種族のうちの、どの種族の《勇者》でもないのだという。
漆黒のオーラというものが、純白と並んで特別な意味を持つことを――ジークたちは知っていた。
「そうか。まあ色々と聞き出しておいてくれ」
「はい。でもα人はだめそうですわね。本能だけで生きてるようで、もうっ、さっきからっ、セクハラばっかり。――アリエルやカンナのほうのΛ人のほうが、よほど情報を握っていそうに思いますけども」
「はーい、フルーツ盛り合わせ、あがったよー!」
昼も夜も調理場勤務のアニーが、投げ遣りに叫んでくる。
「あっ。はいはい」
カウンターに向かうエレナに、ジークは声を掛けた。
「ところでエレナさん――」
「はい?」
フルーツ盛り合わせを持って、エレナが振り返る。
「戻ってるよ」
「えっ? ――あっ。きゃっ!? もう、いやね、お兄ちゃんのいじわる。早く言って言って」
器ばかり豪華な銀の食器の〝フルーツ盛り合わせ〟を持って、エレナは戻っていった。あれはツマミの中で一番高い。整備班の下働きの連中の給料でいうと、きっかり一日分くらいだ。
「おーい! コゾー! こっちー! こっち戻ってこーい!」
呼ばれて顔を向ければ、その整備班の下働きのΩ人の連中がジークのことを呼んでいた。浮かれて騒ぎまくっている。マギー班長が沈没しているので手綱を締める者がいない。カンナは手酌で飲み続けていて、テレサとジェニーの二匹の子ウサギたちは、ツマミを腹に収めるのに夢中になっていた。まあ食い盛りだし。
「へっへへへ、そいつ――男が好きなヤツだから、気をつけろよコゾー。――まー男なら孕みはしねーがなっ!」
席に着くなり、そんなことを言われた。男たちが声を合わせて、ぎゃっはっはと笑う。ぜんぜん面白くなかった。隣の男がぺったりと張りついてくるのも楽しくない。子ウサギたちは無関心だった。たぶん意味がわからないでいるのだろう。
なにか会話の途中だったらしく、笑いが収まると、ひとりの男がムキになって声を張りあげはじめる。
「ほんとだって! ホントだっつーの! 俺の爺さんはよ、若い頃は楽園にいたんだって。それが〝罪〟だとか、なんかそんなことやって、追い出されちまったらしーぜ。――ところで〝罪〟ってなんだ? 誰か知ってるかよ――おい?」
男たちは一斉に首を振る。
「いったい、なにやったのさ?」
鶏の唐揚げを口いっぱいに頬張って、テレサが訊いている。色気もヘチマもカケラも、まったくなんにもありゃしない。
「孕ませた。――お偉いさんの娘だか孫だか、なんかそんなの」
「あっ、そ」
「楽園だって?」
ジークは身を乗り出して、そう訊いた。カンナが無関心なのが不思議であった。
「そう。楽に生きてける場所だったらしーぜ。〝法〟ってやつがあって、〝秩序〟ってやつがあって、俺らみたいな食い詰めモンでも、生きる〝権利〟とかってもんがあって、〝生活保障〟してくれるんだと。ところで〝法〟とか〝秩序〟とか〝権利〟とか――なんだ? 誰か知ってるかよ――おい?」
男たちは一斉に首を振る。
「その楽園っての、もしかして、『惑星連合』とか言わないか?」
「あー、なんかそんな感じだったかなー。でも惜しい。『惑星』ってとこまで合ってたが、下は違ったような……。惑星……、惑星……、そう! たしか『惑星同盟』だった」
「なんかビミョーにショボイ感じだねー。ねー、ジェニー」
元の宇宙に帰るための手がかりが見つかったかと思ったのだが――微妙に違うようだった。しかし手がかりは手がかりだ。この武侠惑星から去ることだけは決まっていても、次の目的地は決まっていなかった。
「オッサン、場所は覚えてないの? その追い出されてきたっていう場所の座標だとか。なにかそーゆーもの」
「な~んか、ガキの頃、爺さんに言われてた気もするんだがなぁ~。どうだったかな~」
言いつつ、男はぐびりと酒をあおる。
その手からグラスを取りあげて、ジークは言った。
「思いだせ」
「誰か孕まさせてくれたら、思い出せるかもな~」
「いいよ」
「よくない」
「約束だけしといて、逃げちゃえばいいじゃん」
「それもよくない」
「カタいっての。ジークは。こんなスケベオッサン、騙してポイ捨てしちゃえばいいじゃん」
「お~い、聞こえてるんだけどよ」
「こんなコトもあろうかと……。脳配線を変更して、なんでも思い出せるようになるナノマシンが、じつはイマこんなトコロに」
これまで沈黙を通していたカンナが、急にそう言ってきた。
テレサたちとは違ってきちんと谷間のある胸元から、赤い錠剤を取り出してくる。
「イヤー、向こうじゃとっくにロストしてるナノマシン原種が、なんでも揃うもんでサ、おもしろいモンがイロイロ作れるんだわ、コレが」
目配せして、テレサとジェニーに合図をする。二人が男の後ろに回ったところで――。
「押さえろ」
「やーっ!」
子ウサギたちが両手を取って、ジークが口をこじ開けて錠剤を放りこむ。酒瓶を突っこんで流しこんだ。
「三十秒で消化器系から静脈に回って、四十五秒で心肺通過な。六十秒で脳関門通過で、七十五秒目から効果が出るぞ。なッ――? 昔の違法なナノテクってのは、ちょいとしたモンだろ?」
「なんで向こうの世界には、そういう便利なの――ないわけ?」
「ンなもん自由に出回らせた結果が、コレだろーが」
椅子に深々と座ったカンナは、顎をしゃくって、ホールに顔を回した。
どんよりと曇っていたオッサンの目が、突如として、知的に輝きはじめる。
「おおお。我思う故に我あり! E=mc2乗! 自然対数の底は二・七一八二八一八二八四五九〇四五二三五三っ! 俺が初めて孕ませた女の名はエリザベータ! おおお! なんでも思い出せるぞっ! 光のトンネルが見えるるるるっ!」
「なんかヘンなこと言ってるー」
「まー、その脳改造ナノマシンには問題点があってだナ。ナンか前世の記憶なんつー、余計なモンまで、思い出しちまうンだよナ」
「ねー、あんたの前世って、なぁに?」
「マツタケ」
椅子の上で手足を抱えこんで、虚空を見つめながら、男は言った。
その言葉に、トレンチを頭のカサに載せて歩いていたチビキノコが、ぎっしょんと音を鳴らせて立ち止まる。三本腕のうちの一本で、男の背中にひたっと触れてゆき、ぎっしょんぎっしょんと歩き去ってゆく。
「前世の松茸のハナシはいいからサ。コドモの頃に爺さんから聞かされたっつー、座標言えよ、座標をサ」
「おじいちゃん、言ってるよ。AX‐七八一五三二九……、一七・五一二、三一二・七八三五、一五八・三三五〇九……」
「ふんフンふん」
男は何十桁もの数値を淀みなく口にしていった。いくつかの基準恒星の方位を示すことで、銀河の中の一地点を指し示す、古い座標の表記法だった。ジークでも眼鏡を持ち出してこなければわからないものを、カンナは鼻歌を歌いつつ聞き取って、そして言った。
「イッショだわな」
「なにが?」
「いや、今夜のシゴトの連中――二一六体も集まってきて、重合合体してきたもんだから、断片化してた情報がタマタマ揃って、『惑星同盟』の座標が判明したワケよ。――それと同じってコト」
「先に言っとけよな。そういうことは」
「ウラ取らなきゃ、いかんだろーが。情報ってのは」
「――で、その惑星同盟ってのは、なんなんだ?」
「人が集まっているところだよ。Ω人っーか、昔ながらの文明を残した『人類』がね。コッチの世界の惑星連合みたいなもんかね。《ヒーロー》が仕切ってて、亜人たちは入っていけない。マー、勢力的には、だいぶちっちゃいみたいナンだが――」
「《ヒーロー》がいるのか」
ジークは言った。その声も明るくなる。この混沌とした|《鏡像宇宙》においても、純色の輝きを持つ者たちの心の資質は、向こうの宇宙と同じであった。向こうの世界に戻るための援助を求めることができるかもしれない。
「なんか悪だくみしてるよー。ねー、ジェニー」
「してねーよ。向こうの世界に戻る相談してんだよ」
「えー、こっち面白そうじゃん。戻らなくてもいいよ、べつにィ――。ねー、ジェニー」
ジークは目を留めた。
ここしばらくテレサの「ねー、ジェニー」のフレーズをスルーし続けていたジェニーだったが、この言葉に関してだけは、こくこくとうなずいて返している。
「みんなで海賊でもやって、生きてけば――いいじゃん」
「よくない」
「手下もできたし」
――とテレサは、オッサンたちを見つめて微笑んだ。よくわからない種類の色気のこもった目で。
「じゃあ……、目的地決まったから、もう出発?」
ジークに向き直ったときには、普通にコドモの目に戻っている。
「あ……」
「ジーク君っ! 部品――っ!!」
突如、マギーが立ち上がって、天井に向けて絶叫をした。一瞬後には、もうテーブルに突っ伏していて、寝息を立てている。
「ごめんなさいごめんなさい。すぐ手に入れてきます。きますから」
「なんかカッコわるいねー。ジークって。ねー、ジェニー」
ジェニーが、こくこくとうなずいていた。