エピローグ
スポット・ライトのまばゆい光が、ステージに立つ司会者に投げかけられる。
彼はマイクを振りあげると、大きな声で宣言した。
『えー、お集まりいただいた全社員の皆様。長らくお待たせいたしました。このたびめでたく社長に復職いたしましたラセリア様と、その功労者であるキャプテン・ジークを称える祝賀会をはじめたいと思います』
司会者は大仰な仕草で、ステージの袖に体を振りむけた。
『ではラセリア社長、どうぞー!』
スポット・ライトが走り、ステージの袖に光のサークルを描きだす。
だがいくら待ってみても、ラセリアはステージに登ってこない。司会者はマイクを握り直した。この程度のハプニングに動じていては、司会者は務まらない。
『それでは先に、外宇宙の《ヒーロー》であるキャプテン・ジークの登場です! 皆様、拍手でお迎えください!』
反対側の袖に向かってライトが走る。
響きはじめた拍手は、やがて海鳴りのように大きく轟いた。
しかしこちらからもまた、ジークは現れなかった。
鳴っていた拍手も散漫になり、やがて完全に止まってしまう。
ステージの上に、司会者だけがぽつりと立っていた。
惑星マツシバの全社員――200億の人間が発する無言の重圧が、彼の両肩に重くのしかかる。
『えー、突然ですが予定を変更いたしまして……。不肖ながらこのわたくし、芸を披露させていただきます。――おほん』
彼は咳払いをひとつすると、おもむろにマイクを持ちあげた。
『小話をひとつ。となりの家に、塀ができたんだってね。カッコいー!』
200億の人間が、一斉にブーイングをあげた。
だが彼も宴会部の主任を張る者。
舞台で死すとも本望である。
それに彼にはまだ、100と7つの芸が残っているのだ。
◇
波の音だけが、静かに歌を奏でている。
それは哀しげで、思わず心が切なくなるような歌だった。歌の名は、別れの歌という。
港にならんだ船にまじって、《サラマンドラ》は船腹を桟橋に寄せていた。吃水線の上に見えるハッチと桟橋のあいだには、すでに橋がかけられている。
「どうしても……、どうしても行かれてしまうおつもりですか?」
目にいっぱいの涙をためて、ラセリアが言った。
「いや、その……」
「ええ、わたくしのわがままということはわかっています。でもこの気持ちは、わたくしにはどうにもならないのです。どうかお許しくださいませ、勇者さま……」
ラセリアの目から、ついに涙がこぼれる。
その涙を隠すように、ラセリアは顔をうつむかせた。
「いや、あのね……。だからオレも、ひと月くらい休暇をとってもいいかなー、なんて思ってるんだ、この星で。――なっ、アニー? お前もバカンスがしたいとか言ってただろ? なっ、なっ?」
「知んない」
話を振られたアニーは、そっぽを向いてすっとぼけた。
「わかっておりますわ。勇者さまには大事なお仕事があるのですもの。わたくしなどがお引き止めしてはいけないことは、よくわかっているのです。でも……」
「だからオレもね、ここにしばらく残りたいかなー、なんて思ってたりなんかして」
「ああっ、勇者さまもわたくしと同じお気持ちなのですね……。嬉しいですわ。それだけで、わたくしには充分すぎるほど……」
「い、いや、だからね……」
なおも食い下がろうとするジークに、呆れ顔のアニーが冷たい言葉を投げつける。
「あんたさ、いいかげんあきらめたら?」
「まァ、《ヒーロー》もんのドラマだと、ラストは哀しい別れってのが定番だナ。ヒロインの星に居着いちまう《ヒーロー》なんざ、見たことないワサ」
カンナがしみじみと意見を口にする。
「ジーク殿、よろしいですかな?」
ラセリアの従者としてただひとりこの場にいるエドモンド老人が、遠慮がちに口を開く。
「わたくしが思いますところ、台詞を間違えておいでではないかと……」
ジークは深くため息をついた。この場にいる全員が全員とも、どうあってもジークに別れの言葉を言わせたいらしい。
もはや諦めの心境で、ジークは言った。
「ラセリア――ぼくは行かなければならない。だけど君には、支えてくれる多くの人たちがいる。ひとりじゃないんだ。やっていけるよね」
「あーあ、言う言う」
そう言ったアニーに、歯を剥いてみせる。
顔から火が出るほど恥ずかしいのはジークのほうだ。
「もしもまた――君になにかあったときは、すぐに駆けつけるよ。銀河のどこからだってね……。約束するよ、絶対だ」
ラセリアは優しい眼差しを向けながら、ジークの話に耳を傾けていた。
一語一語、聞き漏らさないように、しっかりと――。
見つめあったまま、時間だけが静かに流れてゆく。
やがてラセリアは、ジークの胸にそっと頭をよせた。ジークだけに聞こえるように、小さな声でささやく。
「勇者さま、さよならは言いません。だってまたすぐに――」
「え?」
聞き返したときには、ラセリアは身体を離していた。そしてとびっきりの笑顔をジークに向ける。
「さあ、勇者さま。宇宙があなたを呼んでおりますわ」
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星くず英雄伝第1話完了です!
明日から第2巻「パンドラの乙女」がスタートします!