ダークヒーローとの決闘
(すげぇ……)
正直なところ、ジークは父親からもらったこのレイガンに、これほどのパワーが秘められているとは思いもしなかった。
無数の自動砲台は、出現すると同時に破壊していた。腕が勝手に動くのだ。地上で戦った連中をさらに強化したようなアンドロイド兵も何体か現れたが、空き缶でも撃ち抜くように簡単に倒すことができた。
そしていま、掌にはいるほどの小さなレイガンは、宇宙船の耐爆仕様の隔壁を焼き切ろうとしていた。真っ赤に溶けた金属が、どろどろと流れ落ちてゆく。レイガンの出力は一向に衰えるようすがない。
ついに隔壁は屈伏した。ブリッジ内部へとつづく大穴が、ぱっくりと口をあける。
「ジークぅ!」
まっさきに耳に飛びこんできたのは、アニーの声だった。
ジークは焼けた金属がふりかかるのも構わず、ブリッジの中へと飛びこんでいった。
広めのブリッジには、アニーとラセリア、そして《ダーク・ヒーロー》の姿があった。もうひとり――巨大な眼球と3メートル近い身長を持つミュータントの姿もある。
壁際に立つ《ダーク・ヒーロー》は、ジークを見て驚きの声をあげた。
「馬鹿なッ――貴様はたしかに死んだはず!」
「勝手に殺すな! ――おい! ラセリア! アニー! 無事だったか!?」
「はい、勇者さま」
「なによ。姫さまが1番で、あたしは2番目なわけ?」
「減らず口がきけるようなら、だいじょうぶだな」
ジークはレイガンを構えたまま、《ダーク・ヒーロー》とふたりのあいだに移動していった。ラセリアとアニーを、背中にかばうようにする。
「ふっ……ふふふふふっ。いいだろう、もういちど殺してやる。今度こそ確実に……二度と復活できぬように、プラズマの海にほうりこんでくれるわ!」
「まあっ! その台詞、なんて悪役らしい――グーですわ、グー!」
「ふたりとも、下がっていろ……」
「はい、勇者さま」
「信じてあげるから、今度こそやられないでよね」
ふたりが壁際まで離れるのを見守ってから、ジークは《ダーク・ヒーロー》と向かいあった。もうひとりのミュータントは静観を決めこむつもりらしい。とりあえず無視することに決め、ジークは《ダーク・ヒーロー》に意識を集中した。
戦いはどちらからともなく始まった。ジークがレイガンを構え、《ダーク・ヒーロー》が横ざまに飛びのく。床に突き立てられた剣に《ダーク・ヒーロー》が手を伸ばし、ジークはレイガンを連射する。
平行に伸びる何条もの青いレーザーが、《ダーク・ヒーロー》に向かう。《ダーク・ヒーロー》は床から引き抜いた剣を、迫りくるレーザーに叩きつけた。
光が弾ける。
その閃光を突き抜けるようにして、《ダーク・ヒーロー》の体が飛び出してくる。
「うわっ!」
ジークは横に体を投げだした。
横薙ぎに振るわれた剣が、ジークの足を浅く切り裂く。
「ジーク!」
アニーの叫びがあがった。
ジークは床を転がりながら、《ダーク・ヒーロー》との距離を取った。
「ちっ!」
ジークは起きあがるなり、壁に向かって駆け出した。
やはり接近戦は不利だ。剣を手にする前に速攻で決めるつもりだったが、こうなっては距離を取っての銃撃戦に持ちこむしかない。
《ダーク・ヒーロー》はその場から一歩も動こうとせず、ジークの行動を薄笑いを浮かべて見守っていた。撃ってみろといわんばかりに、剣をだらりと下げて自分から隙を作る。
「遠慮はしないぜ!」
ジークは続けざまにレーザーを撃ち放った。
《ダーク・ヒーロー》は重さのないステッキのように大剣を振るって、レーザーのことごとくを止めてみせた。
さきほどとは違って、レーザーのエネルギーは拡散しなかった。そのパワーは吸い取られるようにして刀身に吸収されたのだ。黒い刀身がエネルギーを受けて青白く輝いている。
「返すぞ」
《ダーク・ヒーロー》が剣をひと振りすると、青いレーザーが扇状に広がりながらジークに向かってくる。
「なっ――!?」
慌てながらも、ジークは戻ってくるレーザーに向けてレイガンを撃った。光と光が空中で激突し、閃光をあげて相殺する。
「ひ……、非常識なことしやがって!」
レーザーを投げ返してきた相手に、ジークは悪態をついた。
だがそのおかげで、半信半疑だった考えに確信が持てた。レーザーを投げ返せるものなら、あれもできるに違いない。
ジークは腰を低く落とすと、《ダーク・ヒーロー》に向かって叫んだ。
「次はこっちの番だな。行くぞっ!」
レイガンを構えながら、ジークは真横に向かってダッシュした。
3歩目で大きく跳躍し、空中にいるあいだにレイガンを3連射する。
だがそのレーザーは、《ダーク・ヒーロー》を狙ってはいなかった。はるか横に向かって、まっすぐに伸びてゆく。
「ははっ! どこを狙っている!」
見当はずれの攻撃を、《ダーク・ヒーロー》はあざ笑った。その顔が途中で凍りつく。
「――!?」
3条の青いレーザーが、ぐいと軌道を変化させた。
獲物に飛びかかるヘビのように、横合いから急激に襲いかかる。3条のレーザーは空中で絡まりあうと、一本の螺旋と化して《ダーク・ヒーロー》の左腕を貫いた。
「ぐわっ!」
一瞬の攻防が終わる。
両者のあいだで圧縮されていた時間が、ふたたび元の速さで流れはじめる。
《ダーク・ヒーロー》はだらりと下がった片腕をおさえ、憎悪に燃える瞳でジークのことをにらみつけていた。
「馬鹿なっ! 貴様にそんな真似ができるはずが――」
ジークは言った。
「さあどうする? 片腕でもまだ戦うか?」
「貴様っ! なにを見ている! 早く力を貸せ!」
《ダーク・ヒーロー》はブリッジのはずれで静観を決めこんでるミュータントに、恐ろしい形相を向けた。
ジークは身構えた。
その新しい敵が、どんな力を持っているのかまったくわからない。
ミュータントはおどけたように肩をすくめてみせた。
「すまんが、断らさせてもらうぞ。荒事は苦手なのでな」
盛りあがった筋肉を見るかぎりとてもそうは見えないが、ミュータントはそう言った。
「貴様っ! 約束が違うぞ! |《星の涙》を手に入れるまでは協力すると――」
「だからなのだよ。この距離ならば、もう――」
そう言って、ミュータントは窓の外に眼球を向けた。何か――光り輝く星のようなものが、そこに浮かんでいた。
ミュータントは大仰な仕草でマントを振り広げた。逞しい両腕を前に伸ばし、何かを包みこむような形を取る。巨大な眼球は、手の中の空間をじっと見つめていた。
肌が引っ張られるような異質な感覚、そして――。
ミュータントの両腕のあいだに、きらめく結晶体が唐突に出現した。
「この通り――わしは《星の涙》を手に入れた。したがってお前との契約も完了したことになる」
「貴様、貴様ぁ……」
ジークは意味のないつぶやきを口から洩らしている《ダーク・ヒーロー》に、レイガンを向けた。
「もうあきらめろ。お前はもう終わりだ。さあ、その剣を捨てろ――」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れッ! この私が……この私がこんなところで――!」
油断があった。
《ダーク・ヒーロー》の突然の動きに、ジークの反応は一瞬ほど遅れた。射撃体勢に入ったときには、軸線上にラセリアが入っていた。ジークは引き金を引くのをためらった。
「きゃっ!」
突き飛ばされたアニーが、悲鳴をあげて倒れる。
《ダーク・ヒーロー》はラセリアの腕をつかむと、その体をぐいと引き寄せた。抱きかかえるようにして首筋に剣の刃をあてがう。
「ふははっ! 形勢逆転のようだな! さあ、銃を捨ててもらおうか――」
ジークは歯噛みした。《ダーク・ヒーロー》に隙を与えたのは自分の慢心だ。
「どうかなされたのですか、勇者さま? さあ、遠慮なく悪を打ち倒してくださいませ」
自責にかられるジークをよそに、人質となっている当のラセリアは平然としたものだった。無垢な笑顔をジークに向ける。
「黙れっ! 貴様、自分の立場がわかっているのか!」
《ダーク・ヒーロー》はラセリアの首筋に剣の刃を押しつけた。
陶器のようになめらかな肌に、うっすらと赤い筋が浮かぶ。ラセリアは傷つけられることなどおかまいなしに、《ダーク・ヒーロー》に顔を振りあげた。
「貴方こそ自分の立場がおわかりですか? さきほど貴方は、『馬鹿な』と二度ほど言っておりますわね? ご存じですの? 古今東西、『馬鹿な』と言って生きのびた悪役はいませんことよ」
「黙れと言っている!」
「やめろっ!」
ジークの叫びも空しく、ラセリアの白い首に、もうひと筋の傷か刻まれる。
ラセリアは苦痛に顔を歪めながら、ジークに向かって顔を向けた。
「勇者さま――ラセリアは、勇者さまを信じております」
ジークは、はっと息を呑んだ。
ただひとつのことを伝えたいがために、ジークはここまでやってきたのだ。それはラセリアと出会った最初の時から、言いたくて言えなかった言葉だった。
ジークは大きく息を吸い、口を開いた。
「かならず助ける。絶対にだ! だからオレを信じろ!」
「はいッ!」
ジークはレイガンを持ちあげた。
《ダーク・ヒーロー》に狙いをつける。
「何をする? おい、やめておけ! こちらには人質が――!」
最後まで聞かず、ジークは引き金をひいた。
青いレーザーが空間を切り裂いて伸びてゆく。
《ダーク・ヒーロー》はレーザーの射線上に、ラセリアの身体を差しだした。カサンドラに対して、そうしたのと同じように――。
ジークの放ったレーザーは、ラセリアに触れる寸前でぐいっと進路を曲げた。
彼女の体をよけるように迂回して、背後の《ダーク・ヒーロー》に襲いかかる。
《ダーク・ヒーロー》は剣を引きもどし、その黒い刃でレーザーを受けてみせた。
だがレーザーは止まらなかった。
刃を打ち砕き、《ダーク・ヒーロー》に迫る――。
「ぐわぁッ!」
レーザーに込められたエネルギーが、《ダーク・ヒーロー》の顔を――体を焼き焦がした。
ふたたび、時間が流れはじめる。
体から紫色の煙を立ち昇らせ、《ダーク・ヒーロー》は立ち尽くしていた。その目は見開かれたままの形で焼けあがり、白く混濁していた。
「ば、馬鹿な……」
三度、その言葉を口にして、《ダーク・ヒーロー》はゆっくりと倒れていった。
「ジークぅッ!」
振り返ったジークに、アニーが声をあげて飛びこんでくる。ジークはよろめきながらアニーの身体を抱きとめた。
「おっ、おいアニー!」
その身体がほとんど裸同然ということに気がついて、真っ赤になる。
「ジークぅ! ジークぅッ!」
歓喜の涙を振りまいて、アニーはジークの胸に顔をうずめた。
「勇者さま……?」
顔をあげると、ラセリアが立っていた。何かを期待するような顔付きだ。
「あ、ごめん」
ジークはアニーの身体を、ぽいと横へ押しやった。
「勇者さまっ!」
飛びこんできたラセリアを、ジークは力いっぱい抱きしめた。
「ち、ちょっとジーク――ひどいよ、そんなのって!」
アニーのむくれた声も、どこか遠くから聞こえるようだった。ジークは腕の中にいるラセリアの甘い香りを、胸いっぱいに吸いこんだ。
ジークとラセリアが抱擁している、その時――。どこからともなく、拍手が響いてきた。ジークは我に返って、ラセリアから体を離した。
「いやいや、たいした意志力だ。特に最後のあれなどは――測定器を持ってこなかったことが悔やまれるほどだよ」
ジークは黙ったまま、右手のレイガンを持ちあげた。
巨大な眼球に、ぴたりと狙いを定める。
「若き《ヒーロー》よ、君と争うつもりはない。すくなくとも、今はな――」
ジークは目を瞬いた。
ミュータントの姿が、どこかぼんやりと薄れてゆくように見えたのだ。いや――目の錯覚ではなかった。手にしたラクビー・ボールほどの結晶体とともに、その姿は徐々に透明になりつつあった。
「我が名はドクター・サイクロプス……宇宙の真理を探究するもの」
声だけを残して、その姿は完全に消えさっていった。どっと吹きだした安堵が、ジークの精神を満たしてゆく。
ジークにはもはや、戦う力は残っていなかったのだ。
――逃げていってくれてよかった。
その思考を最後に、ジークは意識はぷつりと途切れた。