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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第八章 炎の海の死闘
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星鯨の体内へ突入

 追いすがる6隻の船から、決死の覚悟が伝わってくる。《サラマンドラ》を逃すまいという気迫は尋常なものではない。


「だめだワサ! こりゃ振りきれんゾ! おいジーク! 1、2隻落としてからにしようぜ!」


 3次元軌道図に手をつっこんでいたカンナが、めずらしく弱音を吐く。

 ジークはぱっくりと開いた6枚の“歯”に目を向けた。《星鯨》の口の中は、まばゆいばかりの輝きに満たされていた。中に太陽でも飲みこんでいるかのように、強烈な光が洩れだしている。


 ジークには確信があった。

 ラセリアとアニーはあの中にいるのだと――。船体をかすめるビームの光条に、ジークの思考は寸断される。


「ジーク! 90-45だ! 3秒後に大きいのが通るゾ!」


 カンナの指示通りに機体を操り、ジークはミサイルの一群をやりすごした。子ミサイルを大量にばらまく厄介なタイプだ。巻込まれていたら大事だ。


「たいへん――お口が閉じはじめたわ!」


 息をつく暇もなく、エレナの声があがる。


「開閉率は――えっ、そんなに!? 45秒後に閉じきる計算よ!」


 肉眼でも、閉まりつつある口が見えている。

 ジークは口に向かって艦首をぐいとねじ向けた。


「おいジーク! ソッチは――!」


 《サラマンドラ》はさきほどやり過ごしたミサイルの針路に飛びこんでいった。

 後方に金属反応を探知したミサイル群が、減速をかけつつ大量の子ミサイルを放出する。

 衝撃音が船殻を叩いた。子ミサイルの数はおそらく100は下らなかったろう。船体に直撃してきたのは、そのうちの3つか4つ――。残りのすべては、迎撃されるか防御されるかのどちらかだった。


 対空砲座についていたジリオラが、スティックから手を離して吹きだした汗をぬぐった。エレナもまた、自走式カニ・ロボットのコントローラーであるトラック・ボールから手をのけた。大きく息をついて、ジークに言う。


「もうっ、無茶するんだから……」

「どうだカンナ? このまま直線でいけば間にあいそうか?」

「ぎりぎりってとこだナ……1秒、いやコンマ数秒ってとこだワサ」


「回避なしで真っすぐ飛ぶとなると、あと2……いや3回は攻撃を喰らうな。ジル、エレナさん、守りはまかせたよ」

「はいはい……」

「私も手伝うワサ」


 エレナはため息をつき、ジリオラは肩をすくめた。カンナも航法の3Dディスプレイを片付けて、対空機銃のスティックを起こす。


 ミサイルとビームが波状攻撃をかけて襲いかかってくる。ジルとカンナは両手に一本ずつスティックを握って応戦した。エレナは手首のスナップを利かせてトラック・ボールを走らせる。


 対空機銃がミサイルを狙う。撃ちもらしたミサイルとビームは、船体表面を高速で這いまわる《完全剛体》のポイント・デフレクターが受けとめる。爆風にあおられて何体かのカニ・ロボットが転落したが、《サラマンドラ》は大きなダメージを負うことなく加速をつづけた。


 前方に見える“歯”は、いまにも閉じあわさろうとしていた。

 隙間からは強烈な光が溢れだしている。あの中は恒星内部にも匹敵する熱とプラズマの海なのだろう。だがこの《サラマンドラ》とて、そこに潜るように設計された船なのだ。


 間一髪のタイミングで、《サラマンドラ》は飛びこんでいった。たった数メートルの余裕しかない間隙を、全力加速のまま抜けてゆく。


 そして《サラマンドラ》は、《星鯨》の体内――プラズマの海に飛びこんでいった。


    ◇


 見渡す限りの一面が、炎に包まれていた。

 紅蓮の炎は絶え間なく動いては、成長をつづけている。巨大な塊が育ったかと思うと、ぱっと散って消滅する。渦巻く炎には、まるで生命が宿っているかのようだった。


「素晴らしい! まったくもって素晴らしい! あらゆる物質を分解し、《力素エネルギー》に変換して蓄えるプロセスをこの目で見ることができようとは! これこそ究極の消化器官! 生物進化の究極の形であるといえよう!」


 ドクター・サイクロプスは腕に力こぶをこしらえ、誰にともなく力説していた。

 船は炎の海をゆっくりと進んでいる。アニーにとっては、周囲の光景よりも船の耐久性のほうが気にかかる。


「ねぇ、この船って……だいじょうぶなの? こんなところに来るようにはできてないんでしょ?」

「そのために、彼奴がおる」


 ドクターはブリッジの中央に立つ《ダーク・ヒーロー》に眼球を向けた。黒衣の男はブリッジの床に片膝をついた姿勢のまま、剣を床に突きたてている。


 アニーは目を凝らした。

 《ダーク・ヒーロー》の体から黒い霞のようなものが染みだしているのが見える。それは剣を伝って、ブリッジの床へと流れこんでいた。


「何を珍しがっておるのだね? そちらにも《ヒーロー》がおるのだろう? ああして《力》を送りこんで、船の潜在力を引きだしておるのだ」

「潜在力……?」


 聞きなれない言葉に、アニーはとまどった。ドクターは出来の悪い生徒に教えさとすように、辛抱強く説明をつづけた。


「船の存在そのものに働きかけ、言い聞かせているのだと思いたまえ。『お前は強く優秀な船だ。このくらいのプラズマなどへいちゃらだ』――とな。《ヒロニウム》が輝くとき、そこには意志の力がすべてを支配するフィールドが出現する」


 ドクターの“講義”を静かに聴いていたラセリアが、窓の外を見ながら口を開いた。


「それよりもドクター。ポチの好物をこんなにたくさん用意されたのは、貴方ですわね?」


 船の周囲には、崩壊途上の巨大な物体がいくつも漂っていた。

 角が取れて丸くなり、だいぶ小さくなってはいるが、2週間ほど前に飲みこまれた銅塊であることが判別できる。


「ポチ……? おおそうか! ポチというのか、この《星鯨》は……。まあなんにせよ、個体に名前は必要であるな」

「貴方の目的を、お話しいただけますか?」


「なに、たいしたことではない。《星鯨》の体内で生成される《星の涙(スター・ティア)》がどうしても必要になったまでのことだ」

「《星の涙(スター・ティア)》……?」


「詳しいことはわしの論文に書いてあるのだが……先史文明人がそう呼んでいた、《力素エネルギー》を遥かに超える究極のエネルギー体のことだ。結晶化した《力素エネルギー》と思ってくれれば、まあ間違いはなかろう。この者との約束でな――」


 そう言って、ドクターは《ダーク・ヒーロー》に眼球を向けた。


「――力を貸すかわりに、わしはそれを手に入れる。ギブアンドテイク。ごく明快な取り引きである」

「あんたが黒幕だったのね!」


 アニーにもようやく話が呑みこめてくる。


「黒幕とは人聞きが悪い。わしは所有者のない資源を回収しにきただけだぞ」

「あんたそっくりのアンドロイドのおかげで、いっぱい人が死んだんだから! あんた科学者のくせに、理性ってもんがないの!?」


 ドクターは、まぶたを大きく見開いた。


「理性だと? はははっ! わしは言おう、生命体に理性など不要ッ! 必要なのは、知性と欲求――これだけだ。わかるかね? さあ――講義はここまでだ。そろそろ中心部に到達したらしい。見たまえ、あれが《星の涙(スター・ティア)》だ――」


 そう言って、ドクターは前方を指差した。

 遥か彼方に、光り輝く何かが見えている。


 立ちこめる炎を通してさえ、その光はしっかりと確認することができた。エネルギーの渦巻く炎の海で、それは明星のように明るく輝いていた。


                    *


 数万度ものプラズマが吹き荒れるその場所は、深宇宙探査船の《サラマンドラ》でさえ、はじめて経験する過酷な環境だった。以前潜った恒星の表層など、ここに比べたら穏やかな海のようなものだ。


「船外温度……2万度を越えたわ。これより先は計測不能ね」


 エレナの報告は、最後まで稼動していた放射温度計が作動を停止したことを意味していた。これですべてのセンサーがブラック・アウトしたことになる。


「どうするね、ジーク? これでなんにも見えなくなったゾ」


 熱気のこもるブリッジで、カンナが上着を脱ぎながら言った。

 《星鯨》の体内に突入してからのわずか十数秒で、《サラマンドラ》のセンサーのほとんどは機能停止におちいっていた。生き残ったわずかな機器からの情報だけを頼りに、ジークは《ダーク・ヒーロー》の船を追いかけていた。


 船が通ったあとには、プラズマにトンネル状の航跡が残る。周囲の温度変化やプラズマの密度から割りだすことができるが、それも計器が生きていればの話だ。


「そうだな……」


 ジークはひとつの思いつきを実行に移すことにした。いまならできるかもしれない。かつてないほどに、船と自分が同一化しているいまなら――。


「舵を空力系に切り替える。みんな、しっかりつかまってろよ」


 女たちに準備の時間を与えてから、ジークはゆっくりと目を閉じた。計器の情報を心から締めだしてゆく。意識にのぼるのは操縦桿から伝わる手ごたえだけだ。


 ジークはそこに“風”を感じた。《星鯨》の体内を流れる数万度のプラズマ流は、生命の躍動に満ちた“風”となって感じられた。そしてジークは、“風”の中にあるわずかな乱れ――しばらく前に通りすぎていった物体の航跡を感じ取った。


「よし! 見つけた!」


 ジークはスロットルを押しこんだ。《サラマンドラ》は弾かれたように加速した。


「でかしたジーク! このままぶつけてヤレ!」

「ぶつけるだって? このままかよ!?」

「おうともサ。――エレナ! カニを艦首に集めて衝角【衝角:ラム】のかわりにしろい。突撃ダー!」

「あの子たち、まだ元気かしら?」


 心配そうに言いながら、エレナはキーボードで指令をタイプした。カニ・ロボットたちがまだ船体表面に踏んばっているか、指令が届いているか……それらを確かめる術はない。


「よぅし! ジーク、行けいっ!」

「おう!」


 《サラマンドラ》はさらに速度を増しつつ、見えない相手に向かって突っこんでいった。


    ◇


 《星の涙(スター・ティア)》を目前にして、海賊船ブラック・ウィンドの船体を大きな揺れが襲った。


「きゃっ!」


 アニーとラセリアはもつれるように床に倒れた。


「何事だ!」


 《ダーク・ヒーロー》はそう叫んでから、部下がひとりもいないことに気づいた。手近なコンソールまで歩いてゆき、ディスプレイに状況を映しだす。


 ワイヤー・フレームで示される《ブラック・ウィンド》の横腹に、別の艦船が深く食いこんでいる。その艦影にアニーは見覚えがあった。


「《サラマンドラ》っ!」

「このプラズマの中で衝角戦【衝角:ラム】だと!? 非常識なやつめ!」


 《ダーク・ヒーロー》は憤慨したようすで、コンソールを拳で叩いた。その途端、こんどは艦内を真っすぐに貫く主通路に点滅する光点が現れる。


「侵入者だと!? ふざけるな!」


 いくつかのスイッチを操作すると、光点の針路上に自動砲台を示すシンボルが現れる。

 アニーは固唾をのんでディスプレイの映像を見守った。

 ひとつ――またひとつと、砲台のシンボルは消滅してゆく。《ダーク・ヒーロー》は短く舌打ちした。


「ならばこれならどうだ!」


 《ダーク・ヒーロー》は保護カバーを割って、別なボタンをぐっと押しこんだ。ディスプレイに見慣れぬシンボルが出現する。


「アニー、あれはなあに?」


 尋ねてくるラセリアに、アニーは首を振った。

 通常の規格には存在しないシンボルだ。


「そういえばまだ5体ほど残っておったな……。あれは強力だぞ。地上戦に投入されたⅠ型、Ⅱ型とは比較にならんほどの戦闘力を――」


 ドクターが言っているあいだに、シンボルはひとつずつ消えていった。すべてのシンボルが消えさると、光点はふたたび移動を始めた。


「――持っておるのだが。まあ《ヒーロー》には役者不足であったな」


 光点の進路を阻むものは、もはや何もなかった。

 行く手にはブリッジへと続くドアが待っているだけだ。


「そうはいかんぞ」


 《ダーク・ヒーロー》の手がコンソール伸びた。数桁のコードが入力されると、アニーたちの背後で、ずずんと重たげな音が響いた。


 振りかえると、ブリッジのドアの内側に分厚い隔壁が下りていた。


「ふっ……これならば入ってくることはできまい」


 アニーは考えた。

 入力されたコードは目に焼きつけている。《ダーク・ヒーロー》の隙をついて飛びかかれば、隔壁を開くことができるだろうか――?


「だいじょうぶよ、アニー。――ほら」


 隣に立つラセリアが、アニーの腕をつつく。アニーは隔壁に顔を向けた。厚さ20センチはある耐爆仕様の隔壁が、あろうことか、まっ赤に赤熱している!


 隔壁はみるみるうちに溶け崩れてゆき、大きな穴が口をあける。


 そしてアニーは見た。

 レイガンを構えたジークの姿を――。


「ジークぅ!」


 不覚にも、その時アニーにはジークが《ヒーロー》のように見えてしまっていた。

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