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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP1「放浪惑星の姫君」  第七章 武装蜂起
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死の淵

「血だッ! もっと血を持ってコイ!」


 戦場の後方に仮設された野戦病院で、カンナは血まみれの姿で奮闘していた。戦いが終結したいまとなっては、司令部の役目は残っていない。


 丈の余る手術着をひきずって、カンナは存分にメスを振るっていた。

 処置を行った患者は、すでに数十人に及ぶ。いずれも緊急手術の必要な重体患者ばかりだった。


「たいへん! 脈拍が弱まってきてるわ――」


 看護婦の経験もあるエレナが、心電計の指示を読み取って報告をしてくる。

 カンナは強心剤のアンプルをへし折って注射器に吸いあげた。先端から滴をたらす注射器を、腹にぱっくりと開いた傷口に差しいれた。人体の中でもっとも太い下大静脈に、薬液を直接注入する。


 カンナは患者の名前を叫んだ。


「ぜったい助けてみせるからナ! ジークっ!」


    ◇


 そこには何もなく、ただ闇だけがどこまでも広がっていた。

 奈落という名の闇の底に向かって、まっすぐに落ちてゆく自分だけがある。かすかに残ったジークの意識は、その過程をぼんやりと感じていた。


 蛍火のような小さな輝きが、ジークの周囲をしきりに飛びまわっていた。そのひとつに向けて、ジークは疲れたように語りかけた。


(もういいだろ? 休ませてくれよ……)


 その蛍火は、ぱっと燃えひろがるように弾けて、カンナのイメージに変化した。

 もうひとつの蛍火が、燃えあがる。こんどはエレナだった。ついでジリオラが、アニーが現れる。


 4人の女たちのイメージはしばらくジークのまわりを漂っていたが、やがて上に向かって昇っていってしまった。

 ジークのほうがさらに下降したのかもしれない。ジークにとっては、どちらでもいいことだった。


 深く深く、安息の待つ“底”に向かって落ちてゆくジークを、呼び止める声があった。


(勇者さま――勇者さま――)


 ジークの意識は、消滅に向かう一歩手前で振り返った。目の前にひとつのイメージが浮かんでいる。


(ラセリア……かい?)


 返事がくるわけもなかったが、ジークは思わず尋ねてしまっていた。

 そのイメージがあまりにもまばゆく輝いていたからだ。清冽な輝きがディテールを覆いかくしてしまっている。


(ごめん。やっぱりぼくは、君の勇者さまにはなれなかったよ……。言いたかったんだ。君を助けてみせるって……でもだめだった)


 ジークは呻くように言った。罪悪感が重くのしかかる。


(どうして言えなかったんだろう。助けるって、そのひと言が……)


 光をまとったラセリアのイメージは、ゆっくりと首を横に振った。


(気になさらないでください、勇者さま)

 ジークは愕然となった。自分の作りだしたイメージだとばかり思っていたものが、返事を返してきたのだ。


(貴方はよくしてくれました。謝らなくてはならないのは、わたくしのほうです。貴方を巻きこんでしまったのですから……)

(ぼ、ぼくは……)

(いいのです。こうなることは、初めから決まっていたのですから……)

(ちがうんだ……。ぼくは――)


 ラセリアのイメージは、優しげに微笑んだ。


(勇者さま、ラセリアは感謝しております。勇者さまは、いつだって精一杯がんばってくださったのですもの)

(違うんだ! ぼくは――!)


 ジークは自分の周りにたちこめる闇を、腕を振って追い散らした。

 なんのことはない。すべては自分の心が作り出していた、偽りの情景なのだった。

 もはやジークは迷うことなく、まっしぐらに上昇していった。


    ◇


「5分、経過したわ――」


 エレナは唇を噛んで、そう言った。


 それは実質上の死亡宣告に等しい。

 その場にいた医師と看護婦たちの顔に、諦めの色が浮かぶ。カンナだけがただひとり、黙々と体を動かしていた。


 両手に持った電極を、チャージの完了を示す発信音とともに押しあてる。

 そのたびに少年の体は手術台の上で跳ねあがる。5秒に1回。カンナはそれだけを延々と繰りかえしていた。


「カンナ、もう……」


 傍らに立ったエレナが、カンナの腕にそっと触れる。カンナは鬼のような形相でエレナの腕を振りはらった。


「じゃまだい! コイツが死ぬもんか! 私が死なせるもんか!」


 カンナはそう叫んで、ふたたび電極を押しあてようとした。

 その手が、ぴたりと止まった。

 ジークの首にかけられたままのペンダントから、白い光が洩れだしていたのだ。


 ピッ――と、音が響きはじめる。

 全員の視線が、心電計のモニターに向いた。完全にフラットだったその画面に、力強い脈動が現れている。


「イヤッホォォゥ――!」

「奇跡だ!」


 手術室に勝利の雄叫びが響きわたった。

 医師と看護婦は手に手を取って喜びあった。その感激も過ぎ去らないうちに、彼らはもっと信じられない光景を目撃することになった。


 いましがた心臓が動きだしたばかりのその患者が、がばっと跳ね起きたのだ。


「ジ、ジーク……? お前サ……」


 カンナでさえ、驚いたようにジークの顔を見ていた。それはすでに死人の顔ではなかった。生命力に輝く生者の顔だ。


「おいカンナ! なにぼけっとしてる! 行くぞ! あいつを追いかけに!」


 ジークはそう叫ぶと、手術台から床に軽々と降り立った。

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