激戦
「それでは……行ってまいります。お嬢様」
兜を小脇に抱え、黒部は主人であるカサンドラにたいして一礼した。
カサンドラもまつげを伏せて、それに応じる。遠い少女時代からよく尽くしてくれた腹心は、いま黄金色の動甲胄を身にまとっていた。
扉が閉められ、遠ざかってゆく足音を聞きながら、カサンドラは傍らに立つ男の首筋にすがりついた。
「ああ、カシナート様……」
男は首に回された腕をうるさげに払いのけた。
カサンドラは電気に打たれたように居住まいを正した。気遣わしげな声をあげて、男に問いかける。
「アンドロイド兵まで出してしまって、よろしかったのですか?」
「構わぬ。どうせお前の兵どもでは止められぬのだろう?」
男の言葉に、カサンドラは唇を噛んだ。
「ですが……。あれを見られてしまっては、もはや言い逃れが……」
「消せばよい」
「は?」
カサンドラは問い返した。
「見た者すべてを、消せばよかろう」
「な……」
カサンドラは絶句した。男の顔をまじまじと見詰める。
「だが《星鯨》の巫女たるラセリアと、星海の《ヒーロー》とやら……。この二人だけは、生かしておかねばな……くっくっく」
カサンドラは不安そうな面持ちで、笑う男を見つめていた。
◇
蜂の羽音のような唸りをあげて、プラズマ・ブレードが耳横をかすめてゆく。強烈な磁場にあおられて、パワード・スーツの表面を紫色の放電が走った。
ジークは舌打ちしながら、ホバーを吹かして後退した。
敵の本陣である社長宮殿を目の前にして、ただひとり立ちはだかった敵兵は、近接戦闘の恐るべき手練だった。1発の銃弾も、いまだその金色の動甲胄を捉えられずにいる。
「くそっ!」
いったんは開いた距離を、敵は一挙動で詰めてきた。
金色の甲胄が、ふたたびジークの眼前に迫る。
「ジーク!」
アニーの放ったレール・ガンの弾体が、敵のいた地面に土柱をあげる。
突進の勢いを一瞬で殺し、敵は後方に飛びすさっていた。
ホバーを切って着地したジークは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。あのまま飛び掛かられていたら、かわしきれなかったところだろう。
立ちどまった相手にたいして、散開した味方がロケット砲を撃ちこむ。破壊不能の動甲胄を着た相手には、打撃系のダメージが有効だ。至近距離で爆発を喰らえば、鎧は無傷でも中にいる人間のほうが持ちはしない。
加速しつつ迫る無数のロケット弾は、ことごとく分断され、あらぬ方角へ飛びさっていった。鞘から抜き放たれたプラズマ・ブレードを見た者はいなかった。近接信管さえも作動を許さない神速の居合だ。
どういうわけか、敵はジークひとりを狙っていた。
他の者を手にかけるつもりなら容易にできただろうに、ジークだけを宿敵のように狙ってくるのだ。
「勇者殿! これを――!」
声とともに投げ渡された棒状の武器を、ジークは前を向いたままキャッチした。メイスだ。それも甲胄砕きと呼ばれる対動甲胄用の白兵武装である。超振動で甲胄内部の肉体を粉砕するというマツシバの禁止兵器だ。
武器を投げ渡してくれたのは、さっきまで敵同士だった宮殿守備隊の一兵士だった。
アンドロイド兵が続々と現れるようになって、かなりの数の兵士がこちらに寝返ってきている。
「名前くらい、名乗ったらどうだ?」
メイスの先端を相手に向けて、ジークは尋ねた。
自分でも不思議なことに、妙に肝が据わってきている。戦争という組織戦のさなかに一対一の果たし合いを強要される理不尽さも気にならない。
「……」
相手は無言で、腰に吊った剣の柄に手をかけた。
名乗る気がないことを知って、ジークもまたメイスを構える。接近戦では役に立たないレーザー・ライフルを足元に落とす。
敵は腰を低く落とした独特の構えを取っていた。
不動の構えに入って、すでに10秒あまり。鞘の中のプラズマ・ブレードには、充分なエネルギーがチャージされている頃だろう。
相手の体がわずかに落ちた。
次の瞬間、撃ち出されるようにその体は加速した。一動作で10メートルもの間合いを詰め、ジークの目前に迫る。
「なっ――!?」
指先ひとつ、動かす暇はなかった。ジークはなすすべもなく、喉元に迫る抜き身のプラズマを見つめていた。
青白い光がフェイス・プレートを覆いつくし――そして、その光を跳ねのけるように、鮮烈なイメージが心の奥底から湧きあがった。それは、ただひとり運命と向かいあう気高き心の乙女――ラセリアのイメージだった。こんなところで死ぬわけにはいかない。彼女をほうりだしてゆくなど――!
一瞬のあいだに起こった想念の爆発が、ジークの心を白く染め抜いた。
我に返ったとき、敵の動甲胄は数メートルも離れたところに転がっていた。事態を呑みこめずに立ちつくすジークの前で、それはむくりと起きあがった。よくはわからないが、何らかの力が働いて相手を跳ね飛ばしたらしい。
「それが……それが《ヒーロー》の力とやらか!」
吐き捨てるように、男は言った。
「貴様が……貴様が来たせいで、お嬢さまは……」
その声には無限の怨嗟がこめられているように思えた。
男は腰をぐっと落としこみ、ふたたび構えを取った。勝負をかけてくるつもりだ。ジークもメイスを構える。今度こそ、後れを取りはしない。
ホバーに動力を伝えてゆく。浮上しようとする機体を押さえながら、出力をレッド・ゾーンまで引っ張ってゆく。
「いくぞ!」
ためこんでいたパワーを解放し、ジークは弾けるように加速した。静止状態から、一気にトップ・スピードまで持ってゆく。
距離が詰まる。
相手はわずかに腰を落とした。
居合の間合いに踏みこむ寸前、ジークはホバーの噴射を一瞬だけ緩めた。
それをきっかけにして、頭から飛びこむように前方に回転する。パワード・スーツの機械の足が、浴びせかけるように襲いかかる。
背中を向けた相手の動きが、360度の視界を通してはっきりと見えていた。鞘から抜き放たれようとするブレードの柄――一点めがけて踵を叩きつける。
ガッ――!
抜きかけたブレードが、鞘の中に押しもどされた。
「うおおっ!」
一回転した勢いを乗せて、ジークは渾身の力でメイスを叩きつけた。
動甲胄の肩口に激突した鉄球は、内包されたエネルギーを振動に変えて放出した。耳鳴りが襲う。視界に映るあらゆる物が、幾重にもぼやけて見える。
超振動の放出は、1秒ほどつづいたあとで唐突に終わりを告げた。
金色の動甲胄は、斬りかかろうとするその姿勢のままに動きを止めていた。関節や装甲の繋ぎ目から、白い気体がしゅうしゅうと音を立てて吹きだしている。
ジークもまたメイスを相手に打ちつけた姿勢のままで立ちつくしていた。
心臓の鼓動と、荒い息遣いだけがスーツの内側にこもっている。凄まじい戦いだった。どちらが生き残ってもおかしくなかった。しかしジークは、いま自分が生きていることを実感していた。
「ジークぅ!」
動こうとしないジークに、アニーが駆けよった。
胸元のリリース・パネルにコードを打ちこんで、フェイス・プレートを強制的にオープンさせる。
汗まみれのジークの顔が現れた。
みずからもフェイス・プレートを開きつつ、アニーはジークの体をスーツごと揺さぶった。
「しっかりして! ジーク!」
ジークはぼんやりとアニーを見つめた。
魂が飛んでいってしまったような虚ろな目を、ゆっくりとアニーの顔に向ける。
「ジーク! あんたまだやることがあるんでしょ! 姫さまを守るんじゃなかったの!?」
その言葉に、ジークの目に光が戻った。
「ア、アニー……?」
まばたきして、アニーの顔を見つめる。
アニーは溜めていた息を、ほっと吐きだした。安堵の表情で、ジークのスーツに両腕を回そうとする。
「あぶない!」
「きゃぁ!」
ジークはアニーのスーツを力いっぱい突き飛ばした。
同時に自分も地面に身を投げだす。急激な動きに、フェイス・プレートが自動的に閉まった。
丸太ほどの太さのレーザー・ビームが、ジークたちの頭上を通りすぎていった。肉眼ではっきりと確認できるような、とんでもない出力のビームだった。
背後で無数の絶叫があがる。全周囲の視界に、いやでもその光景が映った。動甲胄の一体にあたったレーザーが拡散し、鎧を着ていない一般兵の体を焼き焦がしていた。服を燃えあがらせた男たちが、叫び声をあげながら地面を転げまわっている。
ジークたちの頭上を、さらに何条ものビームが抜けていった。ジークは地面に低く伏せたままで、ビームの襲ってくる方角を凝視した。
森の奥に、熾火のように赤く光る単眼が見え隠れしていた。アンドロイド兵のモニター・アイだ。波間を漂う夜光虫のように、無数の単眼が闇の中に浮かびあがっている。
レーザーの照射によって、森の木々が燃えあがりはじめていた。隊列を作って行進してくる敵の姿が、炎に照らしだされておぼろげに見えはじめる。
大きい。そのアンドロイド兵は、いままで戦ってきた相手より何回りも大きかった。
視界の隅で、緊急通信が入ったことを示すマークが点灯していた。
『おいジーク! 聞こえるか? しっかりシロい!』
耳に飛びこんできたのは、カンナの声だった。
オペレータのエレナを差し置いて、直接交信してきたことになる。
『おいっ!? レーザー撃ってきやがったぞ! レーザーをっ!』
『その巨人は新型だワサ! いままでのヤツと同じだと思ってっと、大ケガするゾ!』
『新型だって?』
『いままでのやつらなんか、ソイツらに比べたらオモチャみたいなモンだ。それからこいつは私の推測だが、おそらく他爆装置も効きゃせんゾ』
ジークは訊いた。
『どうやって倒す?』
『心配すんなッて。いま飛車を向かわせてる』
『ジルが――?』
『じゃナ、ガンバレ』
そう言って、通信は一方的に打ち切られた。
単眼からレーザーを撃ち出しながら、巨人たちは前進をつづけていた。
いままで倒してきたアンドロイド兵よりも数がありそうだった。
ボディはふた回り以上も大きかった。もはや人型兵器というより、巨大ロボットとでも呼ぶべき威容を誇っている。
「どうしよう、ジーク! もう来ちゃうよ!」
間断なく撃ちこまれるレーザーのおかげで、ジークとアニーは身を起こすこともできず這いつくばっていた。
巨人の足音が地響きとなって聞こえてくる。
起きあがればレーザーに狙い撃ちされ、このまま伏せていても踏み潰されることは必至だった。後方の味方は応戦に必死で、こちらに構っている余裕はありそうにない。
その時ジークは、空の高みから聞こえてくる金属音を聞いた。段々と大きくなってくる。何かが落下してくる音のようにも思えた。
「ジーク! あれっ!」
アニーの声に、ジークは空を見上げた。
いや――すでに視界に入っている夜空に注意を振り向けた。
空の高みから、数機のパワード・スーツがバーニアを全開にして降下してくる。まっしぐらに落ちてくる機体は、それぞれが長大な槍をたずさえていた。尾を引いて伸びるバーニアの炎と同じくらいの長さを持つ《完全剛体》の槍だ。
空から落ちてきたパワード・スーツの一隊は、流星のような勢いで巨人の頭上に襲いかかった。
どぉんと、木々を震わせて衝撃波が広がる。
ジークは見た。銀色の槍が巨人の頭頂から股間までを貫き、地面に縫いとめている。
『いまだ、退避しろ』
ジリオラの声が無線に飛びこんでくる。ジークはホバーを吹かして、横手にある茂みに飛びこんだ。アニーも遅れずについてくる。
「いまの声……ジルね!? ジルが来てくれたのね!」
「ああ――」
一糸乱れぬ行進をみせていた巨人たちの動きに混乱が生じていた。
足元で暴れる何者かと争うように、不規則な足音が地響きとなって聞こえてくる。ジークは視覚機能の感度を目いっぱいにあげてジリオラの姿を探した。
その姿を見出せぬまま、無線にふたたびジリオラの声が聞こえてくる。
『ジーク、そこにいるな?』
『ジル、援護する!』
『いや、いい――それよりも、ここはわたしに任せろ。おまえは先に行け』
『そんなこと言ったって!』
ジークは叫んだ。
その叫びに反応するかのように、もうひとつの受信マークがまたたいてから点灯する。
『こちら本部。シルバー1へ伝達――社長、前進ねがえますかしら?』
『エレナさん!?』
『いいから行け。わたしにも、すこしくらいはいい格好をさせろ』
『だけど……』
ジークの迷いを消すかのように、ジリオラは強く言った。
『おまえがすべきことは、わたしの援護ではあるまい。戦士なら、守るべきもののために戦え』
どこにいるともわからないジリオラに、ジークは叫んだ。
『ああもうっ! わかったよ! そうやってみんなでオレを《ヒーロー》にしたがればいいさ!』
無線の向こうで、ジリオラとエレナの笑う声が聞こえる。
『20――いや、30秒くれ。隙を作る』
そう告げて、ジリオラは交信を終了した。
「ジーク――みんな、いるよ」
隊員たちはジークの周りに集結を完了していた。顔を向け、指示を待っている。
ジークは言った。
「25秒後に突入する。あの巨人を飛びこえてゆくぞ。ホバーを目いっぱい回しておけ」
隊員たちは一様にうなずいた。
それからの十数秒は、ジークにとって異様に長く感じられた。ホバーが回転力をためこむ金属的なうなりだけが聞こえてくる。やがて巨人のいる森の奥から、強烈な光が放たれはじめた。1ダースもの閃光弾をいちどきに解放したかのような輝きだ。
「よし、行くぞ!」
先頭に立って、ジークは跳躍した。
限界までためこまれたホバーの出力を解きはなって、高く高く舞いあがる。木々の梢をかすめて、小さな森をひと息に飛びこえてゆく。視覚を一時的につぶされた巨人たちは、敵を求めて右往左往していた。
輝きつづける光の中に、ジークはジリオラの姿をみとめた。
自分の数倍はありそうな巨人を背負い投げで放り飛ばし、その傷だらけのパワード・スーツは振り返った。親指を立てて、サムアップ・サインをジークに送ってくる。
ジークは前を向いた。目指すは――社長宮殿。
絢爛豪華なその建物は、あちこちであがる火の手に照らしだされてぼうっと浮かびあがっていた。
◇
通信機器の静かな動作音だけが聞こえてくる司令室で、カンナは盤面をじっと見つめていた。
盤上にある駒の数は、開戦時にくらべてはるかに少なくなっている。宮殿の周囲を堅く守護する巨人にたいして、わずかに残った手勢が果敢に戦いを仕掛けていた。
そしていま――いくつかの駒の働きによって、敵の合間にぽっかりと道が開く。カンナは一枚の「銀」を取りあげ、ぱちっという乾いた音とともに前に進める。
堅牢な《矢倉》の構えを切り崩し、「銀」は敵の「玉将」の眼前に現れた。
カンナは厳かな声で、宣言した。
「――王手」